1201. 孤立
「フォラヴ!」
ドルドレンは部下の名を呼ぶ。荷馬車に乗せていた部下たちは、動かない馬車の心配をしていたので、呼ばれたフォラヴ以外も出てくる。
「お前たちは出てこなくて良い」
ザッカリアもロゼールも出てきたので、ドルドレンは中へ入るように言う。何やらぶつぶつ言いながら、フォラヴ以外は戻り、ちょっと笑った妖精の騎士は御者台の側に来た。
「どうしましたか」
「馬と話してくれ。動かないのだ。皆」
空色の瞳を丸くしたフォラヴに、『様子がおかしい』と小声で言う総長。横に座るミレイオも眉を寄せている。了解した妖精の騎士は、馬のヴェリミルの顔を見て『何かありますか』と普通に話しかけた。
馬が顔を向けて何度か瞬きした後、フォラヴは静かに周囲に視線を動かす。『それで』と続きを訊ねた後に、馬の足が土を掻いたので、妖精の騎士は小さく頷いた。
「何か分かったか」
「はい。でも、他の馬にも聞いてみましょう」
妖精の騎士はすぐに答えず、次にバイラの馬の側へ行き、黒い毛を撫でながら同じように話しかけると、最後に寝台馬車のセンの横に立ち『あなたも?』と訊ねた。馬は顔をゆらゆらさせてから、蹄を少し持ち上げる。
センの首を撫でる手を止め、フォラヴは『それは困りますね』と、聞いている方が不安になる言葉を呟いた。
「フォラヴ」
「総長。どうお伝えして良いやら」
「こっちへ来てくれ。ここ座って。で?」
横に座らせて、頭を寄せると、フォラヴはそっと耳打ち。『下です。魔物・・・だと思いますが。そして、私たちは村を出ることが難しそうです』静かな部下の声に、うっかり眠気を誘われる(※相手妖精)ドルドレンは、ハッとして部下を見る。困っている顔のフォラヴは、少し首を傾げた。
「その意味は」
「馬が出ることが出来ません」
フォラヴの言葉のすぐ後、彼らの脇を通った、郵送の馬車が門を通過・・・ドルドレンはそれを見送り、ゆっくり部下を見る。『あれは』訊ねてみると、フォラヴも出て行った馬車を見ていて『あれは普通の人』と答える。
「俺たちだけ?それは俺たちがここに来ると知っていて」
「総長」
囁くように止めるフォラヴは、そっと指を総長の唇に当てる。ドルドレン、ちょっとイケない気分。うん、と頷いて黙る(※テレ)。
「言葉にしませんように。さて、困りました。どうしましょう」
「注意されたから、答えるわけにいかん。筆記か(※会話の方法ない)」
「一先ず、馬車を寄せて。道を塞ぎはしませんけれど、村の方々の邪魔にならないようにしましょう」
ということで。村の門の手前。塀の脇あたりに馬車を寄せると、一行はまず、荷馬車に集まる。荷台にわさわさ乗って、ここで筆記開始。
フォラヴがお馬さんと情報交換した内容。流麗な文字で、ザッカリアの書き取り練習の紙に、さらららと書かれる内容が、皆さんのハートを直撃する。
――村は、魔物の手の中。地下に魔物らしき者がいて、私たちの馬の足を止める仕掛けを作っている。
すごく怖い内容に、ザッカリアが炭棒でさらさらっと質問を書き、ぱっとフォラヴを見上げる。
――馬の足を止める、って何してるの。
――私たちの馬にだけ、足を挫く虫が付きます。それは、門を出たすぐ後に起こります。
うへ~、と顔を歪ませるザッカリアとミレイオ。ロゼールも凝視して答えに驚く。タンクラッドは炭棒を受け取り、別の質問を書く。
――村人は、敵か味方か。
――村人は関係ないと思います。
フォラヴも分からなさそうに、親方の目を見て首を振る。タンクラッド、もう一つ質問。
――あの敷石に関係があるな?
――そう思います。どなたかに、あれが誰によって敷かれたか伺いますか?
――村人は信用出来るか。
――何とも。しかし、魔性はありません。あなたは感じますか?
フォラヴに訊ねられて、親方はミレイオを見る。ミレイオは首を振り否定。親方も同意。フォラヴも頷いて、恐らく村人は知らないと判断する。
ドルドレンが炭棒を借りて、皆をさっと見渡すと、紙に書きつける。
――手分けするか。馬車番に2名。情報集めに残りの者たち。
バイラが炭棒を求め、その案に思うところを添える。
――馬は3頭です。3人残りましょう。賊はいなくても、物取りなどの恐れはあります。
――バイラは徒歩?
――はい。周辺で聞き込みします。すぐに馬に戻れる近さです。
ドルドレンは、バイラに頷き、了承。それから馬車番を決める。ロゼール、フォラヴまではすんなり決まったが、3人目に悩む。ザッカリアを残しても手綱が取れない。しかし連れて行くのも心配がある。
ミレイオがちょっと手を挙げて、自分が残る、と胸を指差す。
――ミレイオが馬車に残るのか。
――この子たちに何かあっても困るでしょ。
ザッカリアは親方と一緒に動くことにし、バイラとドルドレンが一人ずつ。
村は塀の中にまとまっていて、入り口の近くには店屋が幾つかあり、民家は奥。店屋と、業者の建物が通りにあるので、その辺りで聞けることを集める。
時間は掛けないように気を付け、体感15分以内(※テキトー)で戻るようにと、ドルドレンは伝える。
親方は背中に剣を背負って、万が一のために、ザッカリアにも腰に剣を帯びさせる。バイラも一応、暑いけれど警護団の格好に着替え、ドルドレンも剣を持つ。
「ミレイオ。二人を頼む」
「早く戻ってらっしゃい。その辺だと見えるけれど、裏一本道入れば、もう私たちから見えないんだから」
「分かった。ロゼール、フォラヴ。何かあればミレイオの指示に従え。そして、良ければ守ってもらえ(※絶対ミレイオのが強い確信)」
真面目な顔で言う総長に、笑うミレイオ。ロゼールも笑って頷く。フォラヴも苦笑いで『そうですね』と答えた。
「よし。行くか。ザッカリア」
親方は手を伸ばして、ザッカリアと手を繋ぐ。『俺から離れるな。良いな』ちゃんと確認すると、ザッカリアも不安そうに頷く。二人は道の左にある、すぐ近くの店に向かう。
「では俺も行く。バイラ、右を頼む。俺は裏通りへ」
「はい。総長も気を付けて」
ドルドレンは、タンクラッドたちの入った店の、向こう側に折れる路地に入る。
バイラも続いて、通りを挟んで右側にある建物へ。4人を見送ったフォラヴたちは、馬車と馬を極力近くに寄せた中間に立つ。
「俺が行ってもと思いました」
ぼそっと呟いたロゼールは、顔に心配が浮かぶ。『いつも。こんな感じなんですか』横にいるミレイオを見上げて訊ねる顔が、子供が困っている顔に見えて、ミレイオはちょっと笑った。
「こういうのは、そうないわね。大丈夫よ、あんたたちの方が百戦錬磨」
「有難うございます。でも、何か。俺たちの魔物退治と違う気がして」
「そうね。相手も変わるの。だけど倒すのは一緒よ。大丈夫。そんな顔しないの」
ミレイオはロゼールの頬を撫でて『ここを出たら、話してあげるから』とこれまでに倒した相手のことを教える約束をした。
ロゼールは少し微笑んでお礼を言ったが、何か得体の知れない気持ち悪い相手のような、そんな感覚が拭い去れず、総長たちの無事を祈り、また、この村から早く出られることを祈った。
バイラは入ってすぐ、テイワグナの言葉で話しかけ、左官屋のおばさんに面白いことを聞いた。おばさんが『隣の人も見ている』と教えてくれたので、今の時間はいるようだし、すぐに隣の乾物屋へ入った。
「はい、いらっしゃい。うん、うん。ああ、あれ?見ていたって言ってもね、あれが設置された後よ。
左官屋さんも言ってたでしょ?ムバナの町の業者が、さーっと並べて行っただけなんだよ。
ここのところ、魔物が出るんだよ。村には入らないけど、外に出るようになったから、魔物除けだって。昨日じゃないの?でも、昨日あったってことは、一昨日か・・・村長は知っているかもね」
「村長と話したばかりなんですよ。私も警護団なので、巡回じゃないのですが、魔物の状況を聞いて」
「あら。話してなかった?でもね、ほんと最近よ。一昨日くらいだと思うけど。『置いてっただけ』だろうから、誰も気にしてないかもね」
バイラ、ここまでで体感時間10分越え。これだけでも収獲ありと思い、お礼を言って馬車へ戻った。
続いて、タンクラッドとザッカリア。
入ったお店は、馬車の近くの花屋さん。花の苗を売っていて、親方とザッカリアの組み合わせに、客もいない午前、暇を持て余していた花屋の奥さんは魂消た(※超絶イケメンズ)。
話を聞きたいという旅人に(※村にこんなイケメンはいない)うんうん、真顔で了解し、何でも聞いてくれと胸を張る(?)。
最初に聞かれたことは、耳に入っておらず(※観察重視)『聞いていたか』と眉を寄せられたので、奥さんは慌てて『もう一度詳しく』と頼む。そして、親方がもう一度繰り返した言葉に、怪訝な顔を向けた。
「どうした」
「あれ。あたし見ていました。変な男ですよ。ムバナの町って、この道の向こうにあるんですが、そこの人って聞いたけれど。見た目がこの辺の人じゃなかったんですよ。
うちの苗の馬車が・・・市場から戻った馬車がね、夜よ。夜におかしいでしょ?ムバナから、『魔物除け』の石だとか言っちゃって。夜に並べて、そのまま帰ったみたいだけど。
ここはほら、店から見えるから。何やってるんだろうと思って、ちらちら見ていたら、あっという間に帰っちゃって。朝になって見てみたら、変な石が敷かれているでしょ?気持ち悪いですよ」
「魔物除け、とは。誰が言った?」
「うちの人です。市場から戻ってきて、男がそこにいたから『何しているのか』って聞いたんですって。それで」
「本人が、という意味か」
はい、と頷いた奥さんは、もうイケメンにデレデレしている表情は抜けて、警戒心丸出しの村人の顔。ザッカリアは少し怖くなり『変な人だって』と親方に小さい声で言う。奥さんはすぐに少年を見て『近寄ってはダメよ』と注意した。
「他に誰か見ているか?」
「どうでしょうね。お隣の人は、あの時間だから店は閉めていたし。うちの並びだと、直には見える角度じゃないから。表に出ているなら見えたかも」
親方はとりあえず、そろそろ時間切れかなと判断し、奥さんにお礼を言うと、ザッカリアを連れて外へ出た。
「ねえ。タンクラッドおじさん。その変な人が魔物?」
「分からん。だが、そうかも知れないな。となれば、魔物というより・・・いや」
「俺。分かるよ。お兄ちゃんみたいな相手かも、ってことでしょ」
親方は思っていたことを当てられて、子供に顔を向けてから、切ない表情を抑えられなかった。彼は再び、自分の知り合いの地獄に落ちた姿を見るのかと思うと。
ザッカリアも辛そうな表情をして『そうなんだね』と頷き、小さな溜息をついた。
「大丈夫。俺、少し分かるようになったから」
「ザッカリア。無理はしなくていいが」
良いんだ、とザッカリアは言うと、親方の腕にぎゅっとしがみついて歩く。すぐ前に馬車があり、待っていた皆が、その様子を見て何か嫌な展開を予想した。タンクラッドは子供の頭を撫でてやるしか出来なかった。
「どうだった?」
ミレイオが馬車に寄りかかっていた背中を起こして、ザッカリアに腕を伸ばす。ザッカリアはミレイオの両腕の中に入り『もしかしたら』と言いながら、ぎゅっとミレイオに抱きつく。
子供の様子から、ミレイオは察する。自分はいなかったが、以前に話を聞いた『厄介な相手』かなと。子供を抱き返して頭を撫でながら『何か飲む?』と訊き、彼が頷いたので、荷馬車に連れて行った。
「タンクラッド。ザッカリアのあの状態は」
「お前が森で俺たちを導いた、あのアゾ・クィ」
「ああ」
親方の答えを聞き、フォラヴは悲しそうに額に手を置いて、項垂れた。『ザッカリア。また苦難を』そう呟いて、遣る瀬無さそうに首を振った。
「決定じゃないぞ。そんな気がして来たってだけだ。段々、上塗りに近くなっているがな。ドルドレンは」
「まだです。彼は一本向こうの通りに」
「見てくる」
タンクラッドは迎えに行くつもりで、ドルドレンの動いた後を辿った。そしてすぐに、馬車へ戻った。その手に、落ちていた彼の剣を持って。
お読み頂き有難うございます。
申し訳ございませんが、本日15日も、朝の一度の投稿です。夕方の投稿がありません。
仕事の都合でご迷惑をお掛けします。どうぞよろしくお願い致します。




