1200. 旅の七十七日目 ~断水
翌朝の旅の一行は、まずは地域の状況を聞ける場所へと、村長さんのところへ。
「ここで長居はしないが。続きに町も、その次に村もあるようだから。コリナリ村で分かることは、先に聞いておこう」
バイラもここには駐在所がないので、とりあえずは村役場に向かう。騎士の4人(※ロゼール付き)とバイラは村役場。
ミレイオは親方と一緒。『することないから』らしく、騎士たちが戻ってくるまで、素朴な村の周囲をちょっと見て、調べてみることにした。
その前に。
親方は、郵送施設の簡易的なものがあると知ったので、宿の人に場所を聞いてから、荷物を持って訊ねる。
村は、多分。今まで見た村の中で、一番小さい。徒歩5分で簡易施設に着き、そこは本当に郵送施設なのかと思うくらい、普通の人の家だった(※入りにくい)。
「看板出てるから。これ」
「そうだなぁ。扉を叩くのも気が引ける」
と、二人で外で話していると、中から人が出て来て、その人はお客さんだったようで『どうぞ』と扉を開け放しておいてくれた。二人は顔を見合わせて、中へ入る。
中へ入ると、いきなり仕切られたちっちゃな空間。カウンターの向こうにはおじさん。おじさんは目が合うと頷く(?)。
本当にそうなんだ、と頷いて(?)親方は金属と手紙の入った箱の重さを量ってもらい、料金を支払う。
キキの住むヒンキラの町までの日数を訊ねると『今、出してもらえたら、今日の午前の便で4日後に着く』と教えてもらった。
「今日逃すと、来週までないから」
「頼んだぞ」
一週間に一度の、貴重な機会と知って、親方は普段の自分の行いの良さに感謝した(※だからか、って)。施設を後にして、親方とミレイオは村の外へ向かう。
「良かったわね。今日たまたま」
「俺の行いの良さだな」
「最近。あんた、特に何もしてないわよね」
何だとぉ?!と怒る親方に『怒りっぽいとハゲるわよ』とミレイオが言うと、親方は黙った(※そういうの気にする)。
「ちょっと、外・・・離れたところから見ようよ。何か変だったのよ」
ミレイオは村の門をくぐってから、敷石をさっと見て『これも気になるんだよね』と呟く。それからそのまま、村と街道を繋ぐ細い道を二人は歩く。
何が気になったのかを言わないミレイオに、親方は『こいつがこういう時は』と想像する。
大体、何かデカめのことが裏にあるんだよなと考える。今までもそうだった。言いたがらない時とは違うが、すぐに言わないことに限って、勘づいている内容が厄介事の類。これはイーアンも同じ。
「お前たちは似てるよ」
ぼそっと落としたタンクラッドの呟きに振り向き、ミレイオは『誰と?』と訊く。タンクラッドは、自分を見上げた明るい金色の瞳を見て『空にいる』と笑う。ミレイオも笑って首を振る。
「そう?どこでそう思うのやら」
「行動・・・違うか。行動に移る前、だな」
「何が言いたいの」
「お前が何を感じているのか、ってことだ。イーアンも嗅ぎ付けると、相手が見えないうちは言わない。それはあいつが、一発で見抜けない範囲って意味だ」
「ふぅん。そういうの、よく見てるわよね。でもそうか。そうね、私も今。そうってこと?」
違うのか、と親方が返すと、ミレイオは立ち止まって村を振り向いた。親方も同じように村に顔を向ける。気にしていることを訊ねると、ミレイオは村を見つめたまま唸る。
「違和感」
「何の」
「この辺一帯よ。気配とは違うんだけどさ。何か、嫌な感じがしているのよ」
村を見続けるミレイオの横顔に、タンクラッドは続きを待つが、ミレイオはそれ以上は分からないのか、眉を寄せて黙っている。それから親方を見て『あんた、何も感じない?』と訊ねる。
「分からんな。気配なら、気が付きそうだが。そうじゃないと言うなら、俺も分からんぞ」
そう言ってから、タンクラッドも少し考える。ミレイオの感じている『嫌な』何か。それは敵という意味だろうとすると。
「ふーむ。不自然ってことだったらな。思い出せば、まぁあるぞ。ただ、それももしかすると、理由を知れば『何だ』と思うことかも知れないが」
「教えて。何?」
「まずはな、あの石だ。門の外の。お前もさっき、あれが気になると言っただろう。
新しいよな。書かれている字が。時代なんか分からないにしても、書かれている字に使われているのは顔料だ。彫刻じゃない顔料が、あんな場所にあって削れていないなんて、新しいだろ?
あの字。テイワグナの文字じゃない。これまで回った地域であんな形は見ていない。この村の人間の何か所以でもあるか、それはどうか・・・俺は無いような気がする。村の中の文字も、人の言葉も全く関係なさそうだ」
「言われてみるとそうね。他にはある?」
「水の少なさ、で・・・かな。宿の話は承知の上で、だぞ」
「何?水?」
「風呂だ。濁っていなかっただろう」
分からなさそうなミレイオに、タンクラッドは少し見つめてから『お前。ハイザンジェルの家の風呂、確か自分たちで掘っただろ』と教える。その言葉に呼び起こす記憶で、ミレイオは目を見開いた。
「そういうことだ。急過ぎるんだ」
「いきなり。ってこと?『徐々に水量が低くなってきたから』じゃないってことね」
「としか思えん。自然に水が足りなくなるなら、この辺の水の供給の仕方だったら、濁るだろうに。吸い上げるような具合になるんだから。
村中、どこでも何百回も毎日続けていたら、水がどこかしら濁る。飲料水はろ過が進んでいたとしても、生活用水はそこまでしないだろう。
それであの水の状態は、不自然に思うがな。見たところ、貯水池の施設もないし」
俺の話は、ただの『変』に感じた部分だぞと、親方は添える。別の理由があるかも知れないことに、何でも『これは変あれは変』とは言えないことを伝える。
「石、見てみよう」
ミレイオはとりあえず、敷石をもう一度ちゃんと見ようと言い、二人は村の門の前に並べられた石の前まで行く。
見下ろす石の状態。それはタンクラッドが指摘したように、顔料も薄れていないし、石に摩耗もない。
「読めるか」
「いや~・・・これは読めない。でもどこで見たかは、何だか似ているの思い出したわよ」
すっと鳶色の瞳を向けるタンクラッドに視線を合わせ、ミレイオは『ヨライデの海の遺跡』と呟く。
それから、腕組みした片方の手をちょっと動かし、敷石を指差すと『魔物の彫刻に書いてあったやつ』そう、小さい声で教えた。誰かに聞かれていないか、気にするように。
「なるほど」
「どうする?」
「もう。お前の嫌な予感の罠の中、かな」
「かもね」
「ドルドレンに知らせるか」
そうしましょう、とミレイオも頷く。二人は、敷石をもう一度目に焼き付けると、村の中へ戻った。
*****
同じ頃。ドルドレンたちは村役場から出て来て、馬車に乗ったところ。
バイラもここではすることがないようで、『次の町に行ってから』らしかった。
「この村に警護団が来ないなんて・・・あり得ないんですけれどね。見回り程度はあるにしても。駐在所もなければ、書類写しも置かないなんて。集落じゃないんだから」
呆れたように言うバイラに、ドルドレンは毎度、こういう話の時に思う『バイラがまとも』だと、今回も感じる。
「集落なら、まだ分かるんですよ。覚えていますか?首都に向かう手前で寄った、集落。あそこだって周回で行って、『休憩所的な場所』で書き物くらいはするんですよ。こっちは南だからなぁ。管理が緩いんだろうなぁ」
あーあ、みたいな顔のバイラに、笑ってはいけないのだが、つい笑ってしまう総長。バイラも苦笑いを向けて『次の町で、仕事を済ませますね』と伝え、役場を出ると、馬と荷馬車は一旦、宿へ向かう。
「それにしても、断水ですか」
「急みたいだな。昨日あたり、おかしかったと話していたが」
「何だろう・・・カヤビンジアのような、どこかで水が閉ざされたとか」
バイラは良いながら『でもないよな』と自分で答えを出す。総長が、呟いた彼の答えの理由を訊ねると、バイラも不確かそうな顔つき。
「川。ないんですよね。地下水なので井戸です。だから、落石などは考えにくい。アギルナンの地震は、さすがにここまでは揺れないでしょうし」
「魔物の話はあったが、地震の言葉は一切なかった。村長は魔物が出るようになって、対策を考えているとは話したが。それより『水の具合を調べてほしい』と言われたのは驚いた」
ですよね、と笑うバイラ。旅人の騎士修道会は、魔物退治の話をしただけなのに。
「『魔物絡みだと調べる気になれない』と、そういうことなんでしょうね。言葉を濁していたから」
「そうかも知れん。調べに出かけてやられると思えば。怖くて動けんとは思う。だが、俺たちもそこまでは」
「だけど。総長は断っていたにしても、調べるつもりじゃありませんか?」
顔を向けたバイラに、ドルドレンは少し笑う。優しい総長だから、次の町に行く前に時間を作って調べてやろうとしている。それはバイラにはもう、手に取るように分かっていた。
「時間によるかな」
「そう言うと思いました。地下水を調べるのは簡単じゃないので、ちょっと宿で地図を見ましょう。今朝から断水となれば、私たちも今日、この村を離れないと水不足を手伝うことになります」
少ない水を減らすのも気の毒、と意味を含めた言葉に、ドルドレンも頷く。『本当だな。宿なんて、水がない状態で客が来たら、たまったものじゃないな』そう答えて、早めに調べて、それで何も分からなければ、今日には出発しようと話した。
寝台馬車を宿に預けているので、荷馬車とバイラの馬だけで、道を進んでいると。
どういうわけか、間近になった宿から寝台馬車が出てきた。あれ?と思うと、気が付いたタンクラッドが手を振る。
「どうしたのだ。どこへ行くのだ」
「お前たちを迎えに行こうと思った。ちょっとな・・・ここから出て話した方が良いんだ」
「何かあったのか」
親方の横に乗っていたミレイオが、御者台を下りてドルドレンの御者台にひょいと乗る。
「何か変なの」
小さい声で耳打ちし、灰色の瞳が驚くのを見て『多分だけど』と続けると口パクで『魔物』と教える。
目をパっと見開いたドルドレンに『ここで声にしないで』と頼み、とにかく一度、村を出ようと促した。ドルドレンは、馬車の向きを変えたタンクラッドの視線を受け止め、彼が頷いたので了解。
バイラも聞こえているので、少し驚いた一瞬を見せたが、すぐにいつも通りの顔に戻り『じゃ、先に行きます』頷いてそのまま、先頭を進んでくれた。
馬車は宿に寄らず、そのまま村の外へ向かう。そろそろ、村の門が見えてきたと思ったところで、馬が止まる。
「あれ。おい、どうした」
バイラは、自分の馬が立ち止まったので、何かあったかと足元を見るが、別に何もない。
「どうした」
「あの、いえ。馬がちょっと。動かなくて」
え?と、後ろを進んでいたタンクラッドが反応し、馬車を寄せようとしたが、こちらも馬が歩かない。さっと振り向き、『ドルドレン、横に並べ』と命じたが、ドルドレンが動かそうにも馬は立ち止まる。
「どうしたのだ。何かいるのか」
ドルドレンが馬の足元を見てから、前に馬車を停めた親方の見ている顔に、首を振る。『動かない』と教えると、親方も『こっちもだ』と答えてから、ミレイオと目が合う。
「始まったか」
タンクラッドの低い声が、ミレイオとドルドレン、バイラには、前置を飛ばした緊張を生んだ。
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