1196. ロゼールの気遣い
「ここからどこへ行くの?行き先、ある?」
荷物の袋から、自分の衣服や持ち物を取り出すロゼールは、フォラヴとザッカリアに訊ねる。
午前の馬車はゆっくり、広大な平野を真っ直ぐ通る道に乗って進む。ゴトゴト揺れる馬車の荷台で、ロゼールは、解放感抜群の『旅気分』。
「タンクラッドが荷物を出します。向かう先に郵送施設があるか、それは分かりませんけれど」
「そうか・・・ん。ん?」
言い難いことに気が付いたロゼール。答えてくれたフォラヴとザッカリアを見て、少し黙った。二人はロゼールの視線に、『?』の顔を向ける。
「何か。気になりますか?」
「あ、いや。良いんだ。郵送施設ね。俺が行こうか?言葉は通じる?」
お皿ちゃんを出して見せたロゼールに、フォラヴは微笑む。『言葉は大体、どこも通じますよ』と答えてから、心配要らないことも伝えた。
「もし、なければ。その時はオーリンが動いて下さいます」
「そうなんだ。なら、良いか。俺も飛ぶ用事は手伝えるから。後は料理だね」
「それが一番楽しみだよ!ミレイオもイーアンも料理は上手いけど、ロゼールの食事が食べたい」
子供が喜んで側に来る。笑うロゼールは頷いて『昼は俺が作らせてもらおうか』と、ザッカリアに約束。
それから、ザッカリアとフォラヴが勉強する間は、ロゼールも仕事の帳面を開いて、流れを書き始めた。のだが――
二人には言えないこと。というか、フォラヴには絶対に言えないこと。
それが気になっていた。一回目は気のせいかと思ったが。
帳面を開きながら、炭棒をくるくる回して考えている振りをしつつ、昨晩の総長、今朝のタンクラッドさん、フォラヴとザッカリア、そしてバイラさんにも、感じたことを思う。
ミレイオとオーリンは、そう言えば・・・臭わなかった。
通り過ぎていく、馬車の後ろに流れる風景。
はしゃいでやって来たは良いものの。この広大な場所。お風呂、どうしているんだろう。
かなり長い間、入っていないんじゃないかと思う、体の臭い。髪の毛の臭い。強くなる脂の臭いが、ある。
意外なのは、フォラヴにもあることだった。そして、彼は全く気が付いていないような(※信じられない)。
タンクラッドさんやバイラさんは、男前だから(※男の体臭は強そう)。総長は気にする方だけど、まぁ、総長も年が年だし(※加齢と限定)。
ミレイオは全くそういう臭いがしなかった(※自宅で風呂入ってる人)。オーリンも・・・(※空は体臭を分解=スバラシイ)どうしてだろう?とは思うけれど、あの二人だけは臭わなかった。
遠征と同じなのかなと思う。遠征に出た時は、長いとホントに凹むくらい、臭かった。
テントにも毛皮にも臭いはつくし、毛布なんてベタベタになる(※顔触れるところ特に)。人数が多い遠征は、テントの外でも、臭いが充満する(※動いている物体が臭う⇒騎士集団)。
俺もそうだろうな~と思ってからは、いつも、石鹸は持ち歩く癖まで付いた。少しくらいは平気だけど、料理もするし、汚い手で食べ物を触ったり、洗っていない頭で鍋を覗き込むのが嫌だった。
こんな時。思い出す。イーアンは凄かった(※ドルドレンも思ったこと)。
女なのに、遠征を嫌がらない。手洗いもどこかでひっそり済ませて。風呂に入れなくても、体を拭こうと努力した。龍に乗ってからは、風呂に帰っていた(※龍で)。
長期遠征は、イーアンの戦い方ではまず出くわさないから、そうした面では短期で良かったんだろうけれど。それでも女の人が、風呂も手洗いもない遠征に出るなんて、本当に大した人だと感心した。
そんなことを考えながら。ロゼールは、誰よりきれい好きなフォラヴが、この状態であることが一番心配だった。
我慢しているのか。どうにもならないことだから、仕方ないのか。
色の白いフォラヴも・・・どちらかというと、淡い色の肌色だった総長も、日に焼けている。馬車の旅はロゼールが思うより過酷なのかも、と感じた。
「俺が出来ること。ある、かな」
ぼそっと呟くロゼール。ふっとこちらを見た騎士二人に『何でもない』と笑顔を向け、笑顔を返してもらうと、また帳面に視線を落とす。
旅の衛生状況。イーアンがいたら、絶対に手を打っていると思う。打っていて、これだとすれば。短い日にちしか同行しない自分に、何が出来るのか。
衣食住。大事なことなんだよな、と。家庭的なロゼールは、課題のように『衛生問題』を考えこむ時間を過ごした(※厨房担当は家庭的)。
そしてお昼。
ロゼールは、ミレイオの昼食準備の手伝いを申し出たが。何と先約があった。
「時間に余裕ある時は、バイラが手伝ってくれるのよ」
「代わった方が良いですか?でも、私もお世話になっているから、どこかで手伝っておきたくて」
何とな~く、バイラは料理の手伝いをしたがっている様子なので、ロゼールは引っ込み『夕食を良かったら』と頼んだ。ミレイオは嬉しそうに頷いて、夕食の調理担当をゲットしたロゼール。
ザッカリアに事情を話すと、子供は少しつまらなさそうな顔で『やっぱりな』と(※子供は勘が良い)呟き、何が?と訊ねたロゼールに『夕食楽しみにする!』と笑顔を返した(※さりげなく会話終了)。
することのなくなったロゼールは、どうしようかなと馬車へ戻ろうとしたが、親方が引き留めた。
親方は荷台に座っていて、ふらっとした若い騎士を手招きして呼ぶ。ロゼールは側へ行って、親方の横に腰かけた。
「イオライセオダ。どうだ」
「あ、もしかして。あの地震の被害ですか?」
親方はそれを気にしていたようなので、ロゼールは、町が少しずつ落ち着いて来ている状況を伝える。まだ撤去作業や修繕家屋の対処は続いているけれど、普通に暮らすにはそこそこ、日常が戻っていると教えた。
「そうか。お前が来てくれたから、やっと分かったな」
「そうですよね。知りようがないですものね。ギアッチが、総長に話したとは言っていたので、ご存じだろうとは思っていましたが。詳しいことまでは」
「無理だな。目で見ているわけじゃないから。オーリンも何も言っていなかった。だが、彼は東だから」
「はい。オーリンの家の方は被害がないんですよ。地震はあったみたいです。大きくなくて」
「サージの工房はどうだ。大丈夫そうか?町の人間は死傷者は」
「死者はいました。でもお年寄りで、驚いて転んだり。その、驚き過ぎて亡くなって、とか」
「ふむ。地震の直接的な影響ではなくか」
「そうです。物が落ちたり、建物が倒れたり、地割れがあったり。見た目は強烈ですが、それによる死者はいません。怪我をした人はいました。
イオライセオダ剣工房は、少しボヤが。火を使っていたと話していました」
タンクラッドの顔が心配そうに曇る。ロゼールは、ボヤはわずかで、剣や工房や母屋に影響していないと話した。『大丈夫です。俺も見ましたが、壁が焦げたくらいでした』すぐ消したみたいでと、言うと、親方は頷く。
「それと、タンクラッドさんの自宅も。外は平気そうでしたよ。中は分からないにしても」
「俺の家なんか別にいい。大して荷物もないし。ミレイオの家は?見たか」
「はい。行きました。中はやっぱり分からないけれど、お墓の石がずれていたから、直しました」
ハッとするタンクラッド。ミレイオはあの日、夜に自宅へ戻ったのだ。それで、家の中は物が落ちていたと片付けに嘆いていたが、外の石は無事だったと・・・・・
「お前が見た時。石は」
「あの、割れたりはないんですよ。ただ、周囲が花壇だから。土が柔らかいのか、石がこう・・・なだれていてと言うか。
元々、少し斜めに置かれていますよね?それがずり落ちてて。だから。重かったけど、元の位置に戻しました」
優しいロゼールの動きに、親方はニコッと笑って、彼の頭を撫でた。『ロゼールが直してやって。ザンディも嬉しかっただろう』と言うと、ロゼールは『当然のことですよ』と微笑んだ。
他にも、イオライ地域に救援物資を出した様子を、ロゼールは教えてあげて、タンクラッドの心配は尽きないものの、全く知らない状態ではなくなったことから、少し心に安心が戻った。
「食事よ。おいで」
二人が話していると、ミレイオが呼びに来たので、二人はお昼を食べる。
ロゼールは、バイラの味付けに驚いて、すぐにバイラの横へ行き『何を使うんですか』と細かく訊ね、食事中はずっと、バイラの話を聞き続けた(※料理好き)。
こんなロゼールの声が聞こえていると、総長もフォラヴも、ザッカリアも。心なしか、緊張が消える。
彼がいるだけで、支部に居るような、ちょっと懐古的に感じる思いが浮かぶ。不思議なもので、ほんの数ヶ月でもそう思う。
ドルドレンにとっても、フォラヴにとっても。支部でロゼールといる生活はもう、10年以上。ザッカリアは心細い時期に入ったので、早々、家族同然の心の拠り所。
一番支部が長いのは総長で、16の頃に入っているため、早20年だが。
しかしロゼールは、子供の頃に来たので、支部歴16年(※590話後半参照)。良い勝負である。ご家族同然。小さかったのに、細かったのに、こんなに大きくなっちゃって(※でもそばかすで童顔)。
フォラヴも11年目だし、シャンガマックも同じくらい。皆、他人とは言えない身近さなのだ。
一人でも増えると(←騎士)異様に、懐かしさと安心が増すのも、これは当然なのかも知れないとドルドレンは思った。
ロゼール参入で和む、お昼。その時間も終わり、片付け始めた時。
親方は、よっこらせと腰を上げて、ロゼールを呼ぶと『面白い相手に会わせてやろう』と笑顔。
ここから、ショショウィ・タイムである。親方は自慢そうにロゼールに、仰々しい言い方で『地霊』の話をざっくりして聞かせ、驚くロゼールに『すごいカワイイぞ』と耳打ち(※ひそひそ不要内容)。
「カワイイんですか」
「カワイイ。それだけのために居ても良いと思えるくらいだ」
「コルステインと、どっちが」
「そういう質問はよせ!(※親方困)」
ハハハと笑ったロゼールは、さらっと謝って地霊召喚を促す(※ロゼールは動じない)。咳払いして、親方が呼びだした白い猫が出てくると、その登場の仕方にも感激し、出てきた白いヤマネコにも拍手して喜んだ。
「本当だ~っ、こりゃカワイイですねっ!おいで、俺はロゼールだ。うち、実家もネコ、いっぱいいたんですよ!」
『誰。ショショウィ。ネコ。違うと思うけど(※さりげなく主張)』
「ロゼール。頭の中で話すんだ。声で話しても、ショショウィは返してくれるが、ショショウィは発声出来ない。頭の中なら会話可能だ」
ここからは親方とロゼールの、ショショウィを楽しむ会。
ナデナデして、大きな緑の目に『俺の目と同じ色だね』と笑うロゼールに、ショショウィは気を良くした様子で『ロゼール。一緒に動く。良いと思う(←お気に入り増える)』そう親方に伝えていた。
ショショウィの懐く相手が増えているな・・・面白くないタンクラッドだが、ロゼールがめちゃめちゃ可愛がっているので、こんな機会はないだろうからと、邪魔しないでやった。
そうこうしているうちに、馬車は出発。ショショウィにさよならし、ロゼールは総長の横に乗せてもらった。
「郵送施設。ですよね」
「そうだ。だが、無くても、まぁ。とりあえず、宿に泊まれればな。フォラヴがそろそろ根を上げるだろうし」
何のことかな、と思って総長を見ると、御者をしながら総長は部下を見て『風呂だ』と苦笑いした。
「あ。お風呂。そうですよね」
「テイワグナは広いのだ。本当に広い。間に村とか町がない。まとまっているのだな。
ハイザンジェルでも、一週間近く彷徨う場所はあるが、ここは下手すると、本当に1ヵ月とかな。町にも何も出くわさない」
「あの、ええっと。総長。俺も思ったことがあって」
バイラを気にしたようにチラッと見たロゼールに、総長は『二人で相談が良いのか』と訊ねる。バイラはすぐに振り向いて、ニコッと笑うと馬を進めた。
「あ、すみません」
「大丈夫だ。バイラはとても気が利く。本当に、気遣いの弛まぬ男である。それで。何だ。相談とは」
「はい。総長、お風呂入れないの、何日くらいなんですか」
「何だって?」
ロゼールは総長には、正論と思えることは普通に言えるので、来てから気が付いたことを伝える。ドルドレンの顔が曇り『うぬ。お前』と呟いた。
「今も、それを俺に思っているのか」
「仕方ないですよ。横にいるんだし(※肯定)」
「仕方ないとは何だ!こっちだって好きで、この状態ではないのだ」
「総長はまだ良いけど(※丈夫そうだし)。フォラヴとザッカリアが可哀相で」
「俺は?!俺は良いのかっ」
「そういう小さいところで引っかからないで下さいよ。お風呂のこと、もうちょっと気にしても」
「お前、段々、執務の騎士みたいになってきたぞ。俺がいないと、皆、嫌味ったらしくなって!」
話が進まない、とロゼールは訴え、総長に『路銀があるなら、出来るだけ宿に行ってあげてくれ』とお願いする。総長は怒りながら『そのつもりでいるから、町を設定しているんだろう』とやり返していたが、ロゼールは『もっとコマメに』と厳しかった。
前に馬を進めたバイラは、二人の相談が筒抜けで。可笑しくて笑い出すのを我慢したが。
多分、自分も臭っているんだろうなぁと(※当)それは少し気にした。
普段は、そういうもの、としか思わないけれど、気にされるくらいの状態は考えものだな、と思うところだった。
オーリンは朝に戻っているので、荷馬車の荷台はミレイオだけ。
親方は、寝台馬車の御者を引き受けていたので、風に乗って話が聞こえていた(※地獄耳もある)。
何やら縫物をしているミレイオをじーっと見て、『あいつに香袋貰ってるけど、効果がないのか』と考えていた。一応、身に付けてはいるのに。
その視線に気が付いたミレイオが、顔を上げて『だから言ってるでしょ』と(←こっちも聞こえている)しょうもなさそうに笑う。親方はムスーっとして、それには返事をしなかった。
ロゼールに指摘された内容は。なかなか心に響くものがあり。
他にも、ロゼールは久しぶりに会った仲間の状態に、実に細かく心配をしており、それを午後の道でずーっと、総長に聞かせていた。
総長は面白くないどころか、和んだ時間が嘘だったんじゃないかと思えるくらい、苦い時間を過ごした。
言い返すと倍になって返ってくるあたり、ロゼールもまた、家庭を守るお母さんのようである、とひしひし感じるドルドレン。
「爪。切った方が良いですよ」
げんなりしているドルドレンに、さっきから気になって仕方ないと、ロゼールは攻撃の手を緩めることなく、見える範囲はチクチク攻め続けた。
ドルドレンは、早く町に着いてほしいと、目一杯心から願う。
その願いを受け取ったように、道の前を進むバイラが振り向き、『あと1時間くらいで、最初の村ですね』と微笑んだ。
その目はとても同情しているようで、ドルドレンは本当にバイラがいてくれて良かったと、心から感謝した(※でもロゼールのチクチクは続く)。
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