1193. ロゼール真夜中の到着
「もうすぐですか」
「そうかな・・・うん。そうかもな」
真夜中、紺色の星空を降りてくる龍の背中で、若い騎士と弓職人はテイワグナの大地を目指す。
イヌァエル・テレンまで上がり、そこから平行に移動。移動中に夕食を騎龍状態で摂り、オーリンに美味しがられて嬉しいロゼール。二人は仲良く笑いながら、のんびり龍族の空を抜けると、いよいよ降下。
それがさっきで、ガルホブラフはイヌァエル・テレンを出て、雲を突き抜け、大地に向かって降りる最中。
「具合は?気持ち悪いか」
「はい」
正直にげんなりしている返事が、少し気の毒で笑う声も控えめなオーリン。『帰りもこうだから』覚悟はしておいて、と頼んだ。吐きそうですよ、と食べたばかりの食事に、後悔するロゼール。
「大丈夫、大丈夫。そんな長くは続かない。息苦しいのは、イーアンも最初あったと言っていた。最初だけみたいだけどね」
「そうなんですか・・・一試練ですね。イーアンは強いや」
「うん。それは否定しないよ」
アハハと笑う龍の民は、見えてきた平野の道沿いの馬車を指差す。
「見えるか?二台、あそこに」
「はい。あれか・・・随分と・・・見える範囲、何にもないですね」
「テイワグナはこういう場所多いよ。広いからな」
ここまで伝えて、ふっとオーリンは気が付く。ちょっとガルホブラフを停めて『また言い忘れた』と振り向く。空中で停止したロゼールは、気持ち悪い胸やけに、口に手を当てて頷く。
「あのな・・・ええと。何て言ったら良いかな。あのさ、人間じゃないのがいるんだよ」
「イーアンいないですよね?」
「ハハハ。確かにイーアンは人間じゃないけど。そうじゃなくてね、見た目がもう、全然違う仲間がいる」
「ミレイオは知っていますよ。友達で」
「ロゼールは面白いな!でも、ミレイオでもないよ。それと、ミレイオに聞かれたら怒られるぞ」
そうですね、と苦笑いするロゼールに、オーリンはその相手の特徴を教える。そして、誰といるかも。
「へぇ。タンクラッドさんの彼女」
「あー・・・まぁ。何て言うかな。そう言えなくもないんだが。イチモツはあるよ」
「どっちなんですか」
「どっちでもないんだと思うよ。はっきりしない性別なんだろ。見た目は、イチモツさえ見なきゃ、女そのものだけど。裸だし」
「俺、直視出来ないですよ」
恥ずかしそうに困る騎士に、オーリンは首を傾げて、コルステインの印象を考え、空を指差す。
「それは平気じゃないの。体の色。この空みたいな色だから。夜空みたいな肌なんだよ」
「わぁ。綺麗だなぁ。それで、翼があるんですよね?」
「お前、平気そうだな。でも、手足違うぞ、さっきも言ったけど」
「ええ。鳥の足ですよね。料理するんで、大丈夫です(※丸鶏OK厨房担当)」
ロゼールの許容範囲が可笑しくて、オーリンは笑って咽ると、『よし、じゃ行くか』と龍を出す。ロゼールも少し体調が戻り、笑う余裕が出てくる。
「タンクラッドさん、イーアンが好きなんだと思っていたけれど。懐の広い人だから、そのくらいスゴイ彼女でも大丈夫なんですね!俺はタンクラッドさんの、そういうところ好きですね」
「あのさ。彼女、でもないんだよね。そーいうこと出来ないから(※伏せる)」
あ、そうかと頷く。でもそれはそれで、真面目でスゴイですよ!と褒めるロゼールに、オーリンは『こういう若者もいるんだなぁ』と感心した。
オーリンとしては。タンクラッドが、コルステインを大切にしているので、コルステインに少しでも失礼と感じたら、彼は烈火の如く怒る印象。それもあって、先に話しておいたのだが。
「今、真夜中だから。俺は運が良いですね!その人に会えるんですもんね。毎日、来るのは夜だけですか?さっき、そう話していたけれど」
ロゼールは好奇心なのか。ちっとも違和感がない様子。
イーアンを、姉のように慕う時点で、かなりの肝っ玉だとは思っていたが(※基準イーアン⇒オカシイ印象)。
夜だけだね、と答えると、もう間近に迫る馬車の間に目を凝らしながら、ロゼールは『見えないかな』とワクワクしていた。
「もう着くぞ。えーっと。どうしようか。皆、寝ているしな」
「じゃ、そっとで。俺もどこで寝て良いか分からないけど、別に外で寝るのは平気ですから」
全く寒くないやと呟くロゼールに、オーリンは笑って頷き、馬車から少し離れた場所に龍を降ろす。
「わぁ・・・本当に。総長たちの馬車だ。信じられない、こんなにすぐ会えるなんて」
龍を降りて、控えめに感動している騎士の声に、オーリンは『今、誰か呼んでくる。待ってて』と声をかけ、ガルホブラフとロゼールを残し、馬車へ向かう。
オーリンの気配からか。馬車の間に、ゆらっと大きな背のコルステインが現れ、龍の民と距離を取って立った。
遠目で見ているロゼールは感激! わ~~~っ!!って、言いたいが我慢(※夜)。
すぐに人間じゃないと分かる大きさ。夜に紛れるような不安定な体の色。でも、髪の毛は月明かりのように煌めいて美しくなびき、背中に大きな一対の黒い翼。
その大きな目が、自分に向けられたのを感じ、あの人だ!と分かる嬉しさに、ロゼールはドキドキする。
続いて、若い騎士の頭の中に声が響く、不思議な体験。
『お前。誰?』
『え?ええ?あれ、声が』
『誰。お前。何』
『あ、もしかして!あなたですか?俺はロゼールです。イーアンの友達です(←真っ先に)』
『イーアン。友達。お前。イーアン?龍?』
『いえ、違います。俺は人間ですけれど、イーアンは龍ですね。俺はロゼールです』
大きな存在との距離は、ざっと50mほど。
こんなに離れているのに声が聞こえる。頭の中で喋るなんて、それだけでも・・・冒険が始まった気分のロゼールには、第二弾の嬉しい体験。
大きな存在は、近づいた龍の民にちょっと顔を向けた後、彼が馬車に入ったのを見送り、また顔をロゼールに向けて手招きした。
『俺、あの。でも荷物があるから、まだここにいないと』
『来る。お前。ここ。コルステイン。お前。呼ぶ。ロゼール?』
『はい、ロゼールです』
『ロゼール。ここ。来る』
どうしよう、と思いつつ、ガルホブラフを見ると、龍は『行けば』みたいな顔で見ている。若い騎士は、龍の体に括り付けた荷物を気にしながら、すぐに戻るよと声をかけて、そっとコルステインに近づいた。
間近で見る迫力。クローハル隊のショーリよりも大きい背に、本当に、女の大きな胸と、鳥の手足、男の象徴が(※立派)ある。なのに、顔が小さくて女のように可愛い顔。大きな青い目と、月光のような長い髪に、ロゼールは惚れ惚れした。
「カッコ良いな、素敵だなぁ」
『お前。もう。少し。ここ。来る』
『はい。あの、俺はあなたに危なくないですか?』
オーリンが教えてくれた話では、コルステインはイーアンやオーリンに触れないとか。
どんな違いがあるか分からないので、とりあえず訊くと、コルステインはかくっと首を傾げて、『どうして』と訊ね返した。
それから、近づいた若い騎士の肩に手を置くと、ちょっと引き寄せて、その顔を覗き込む。ロゼール大感動!
その感動する感情は、コルステインに筒抜けで、コルステインは微笑んだ。
『お前。ロゼール。仲間?』
『え。あ、いえ。ええっと、総長やシャンガマックやフォラヴとか、ザッカリアの仲間です。タンクラッドさんは』
『タンクラッド。そこ。寝る。する。お前。寝る。ない?』
『いえ。眠いですけれど。大丈夫です』
ふぅん、といった具合に、コルステインは頷く。それと同時くらいで、荷馬車の扉が揺れ、総長とオーリンが出てきた。
「お。おお!ロゼール!よく来たな!久しぶりだ、元気か」
嬉しさで顔が弾ける総長は、夜でも構わず大きな声で歓迎し、すぐにロゼールに両腕を拡げて抱き締める。ロゼールも抱き返して『総長こそ!元気そうで良かった!』と喜んだ。
「今。コルステインが俺を呼んでくれて」
言われて振り向く二人に、青い瞳を向けたコルステインが微笑んでいる。ドルドレンはコルステインの前に彼をまた連れて行き、改めて紹介する。
目を見ているコルステインは、若い騎士を見下ろして頷くと、そのオレンジ色の柔らかい髪の毛を鳥の手でちょっと撫で、それから騎士の胸の辺りも、鉤爪の背で上下に撫でた。
「これは」
「コルステインが、褒めてくれる時とか。親愛の表現でこうしてくれるのだ。とても優しい。そしてその世界の最強でもある」
嬉しそうな部下に、ドルドレンは教えてやり、コルステインにお礼を言う。コルステインはどうも、新参者を確認したかっただけのように、ロゼールをもう一度見ると、馬車の間に戻った。
「コルステインは、タンクラッドが大好きである。タンクラッドと一緒に眠るために、わざわざベッドを作ったのだ」
「大きいですもんね」
「お前のその、太い神経に時々驚かされる。それで済むあたりが、ロゼールらしい度胸である」
それ褒めてるんですか?と訊ねる部下に、総長は笑って、彼の頭を片腕に抱えると『もちろんだ』と答え、嬉しくて仕方ない気持ちを、ロゼールに伝える。
来たら早めに帰さないと、と思っているのも頭の中だけ。ドルドレンはこんな遠くまで訊ねてくれた部下に、本当に嬉しくて涙ぐみ、でも涙を落とさないように笑い、ちょっと目を擦るに留める。
二人は真夜中の再会を喜び合いつつ、龍の背中の荷物を下ろす手伝いへ。
「オーリン。早かったな。何時に出た?」
「そうだな、夕暮れだったよ。一度、空に上がったんだ。それから来たからな」
「イヌァエル・テレンに」
そう、と頷くオーリンに、ドルドレンはこの前の、山脈へ向かった際のことを思い出す。
イーアンとタンクラッドと男龍たちと一緒に、同じ道筋で移動した。不思議に思うが、その方が早いんだなぁと感心する。
「荷物は、荷馬車に運ぼう。それで、オーリンどうするのだ。泊っていくか」
「うん、そうするかな。ベッドあるの?」
「寝台馬車は、フォラヴとバイラだけである。ザッカリアは今日、俺の横の部屋で寝ているから、二階のザッカリアの部屋をロゼールが。シャンガマックのベッドをオーリンだ」
「ロゼール・・・!!」
後ろから、抑え気味の、それでもすごく喜んでいる声が聞こえ、さっとロゼールは笑顔を向ける。両腕を拡げた妖精の騎士が、満面の笑みで首を振りながら近づき、遥々来た友達を抱き締めた。
「あなたに会えるとは!何て幸運でしょう」
「フォラヴ、元気だった?ごめんね、起こしたか」
「起こして下さったら良かったのに!寝れなかったから」
ハハハと笑うフォラヴに『朝に挨拶しようと思ったんだよ』とロゼールも答え、一度起こした体をもう一度ギューッと抱き締める。
「雰囲気が少し変わった気がするよ。フォラヴは旅に出て、変わったんだね」
「分かって頂けて嬉しい。さぁ、嬉しいのも一先ずはここまで。
荷解きは終えた様子です。いつまでもここに、いませんように。荷を運んで、馬車へ入って休んで下さい。オーリンもお疲れ様です。シャンガマックのベッドが空いていますから」
妖精の騎士は友達の訪問を喜び、オーリンを労い、笑顔を総長と見交わして、荷物を一緒に運ぶ。オーリンは龍を空に帰し、総長に『朝ね』と言うと、あっさり1階のベッドへ入って行った。
「ロゼールも。私の横はザッカリアの部屋ですが、彼は今日は総長の横に。早く眠りましょう」
フォラヴは本当に嬉しそうで、ロゼールの荷物を半分持つと、総長に会釈してそそくさ寝台馬車へ戻る。
ロゼールも総長にもう一度挨拶し『朝。起こして下さい。多分、起きれませんから』と冗談を言い、笑顔で寝台馬車へ入った。
ドルドレン。感無量。部下に会えたことがこんなに嬉しいなんて。
久しぶりに会えたことが、張り詰めていた・・・『でもないよな。俺は結構、のんびり過ごしている』ハハッと笑うと、ドルドレンも喜びを胸に、ベッドへ戻る。
一瞬。ザッカリアを起こした方がと思ったけれど。扉を叩く手を止めて、そのままベッドに潜り込んだ。
明日の朝。楽しみが増えたなと思いながら、ドルドレンは静かに眠りに就いた。
お読み頂き有難うございます。
昨日のPVの凄さにびっくりしました。
あまりアクセス数まで見ていないのですが、今日、知ることが出来たので、ここでお礼をお伝えします。本当に有難うございます!とても嬉しいです!
11日。開示します前に、こうして元気を頂けたことに心から感謝して。
いつもここへお立ち寄り下さいます皆様に、本当に本当に、心から感謝しています。有難うございます!




