1191. ロゼール、お遣いに出発
この日の夕方。旅の馬車が少し遅く野営地に着き、着いてから食事までの時間。ドルドレンは、ギアッチから受けた連絡を皆に話した。
夕食前、ザッカリアが『ギアッチだよ』と再び連絡珠を渡したので、ドルドレンは受け取り。『ちょっとは理解出来ましたか』と先生に訊かれ、それを皮切りに、事情云々をざーっと教えてもらう。
ドルドレンは感心した。
誰にって、ギアッチではなく親方。親方は、崩壊直前の頭ぱんぱんドルドレンに、御者台で聞いた話を、彼は推測で説明してくれた。その内容とほぼ一致。
―――『オーリンは、イーアンが暫く動けないと知ったから。
久しぶりに母国の様子でも見てくるかと、そんな思い付きじゃないのか。これまで、ハイザンジェルのことを、特に気にした話もなかったし。
行ってみたら、知り合いに会うだろ?大抵はそうなる。それなら、魔物製品の後任に状況を聞くだろう。
だが、オーリンの知り合いだから、せいぜい弓矢の範囲。北東の剣工房は動いていない。無論、鎧も盾も、知り合いなんかいない。職人は、同じ分野でもないと、繋がりなんかないんだ。
とはいえ。あの性格だ。弓矢の話を聞いたなら、他の武具防具もと、情報を集めに行ったのかもな。それが、顔の利く北西支部だ。オーリンは、お前の所属するところしか知らんわけで。
そうなりゃ、話は早い。
来訪したあいつから、総長に伝わると分かれば、子煩悩なギアッチじゃなくても、お前の仲間はあれこれ、この際だから~と、オーリンに伝言を頼むだろう。
その内容は、推測するに簡単だ。テイワグナに出しては、一々、日数の掛かる、連絡事項や荷物の最先端を、伝言に任せたいと思うはずだ。無関心に放置していると思われても、向こうも心外だろうにな。
馬車で移動する俺たちに、機構からの手紙も何も、定期的に届くわけがないんだから。
それで頼んでみたと。で、そうは簡単に行かんな。オーリンはあれで、ケロッと、役目と責任を言ってのける。
大方、『俺の範囲を超える』とでも言ったんだろう。機構の書類なんか、何かあっても責任負えないしな。
頼む気でいた連中は、それを言われると困るよな。恐らく、その流れで『誰か行かせろ』とロゼールあたりに、決まったんじゃないかと思う。
あいつなら、万が一、龍がいなくても飛んで戻ってこれるわけで』―――
親方の推測はこんな感じ。言われてみればそうかも、と思うスラスラした流れに、ドルドレンも安心(※この時点では推量)。しかし、ほぼこの通りだった。
ギアッチは業務的にきちんと伝えた後、『それじゃ宜しくお願いしますよ。ケガしないようにね』と挨拶し通信を終えた。
総長ドルドレン。珠を子供に返すと、咳払いして、自分の報告を待つ皆に、たった今、何の話をしていたのかを伝えた。
焚火を囲んだ食事の始まりに、総長が受け取ったばかりの事情説明を聞き、フォラヴとザッカリアは懐かしそうに喜び、ミレイオも『良いじゃない。それなら』と笑顔で頷いた。
バイラは、不思議な力を持っている若者(※人間の範囲だけど)の登場に楽しみが増え、彼の早い到着を待つ。
一人だけ。何も言わずに、そのイケメンスマイルを絶やさなかった親方。
自分の読みが当たったことを楽しんでいるようで、ドルドレンは彼を見つめ、つくづく、こういう人が側にいてくれた幸運に感謝した(※おかげで頭痛脱出)。
*****
所変わって、うーんと離れた、ハイザンジェル。
北西支部の日暮れ時。こちらはもうそろそろ、夜が涼しくなる頃で、暖炉の火も小さく焚き始める時期。
「涼しいよな。テイワグナなんか、まだまだ暑いけれど」
「久しぶりにこの時間まで居たんじゃないですか?どれくらいの頻度で、こっちに来ているんです?」
「来ないよ。今回は偶々。ホントに偶々思い出したから。もう・・・俺が出て、2か月以上だしさ。
俺の家、ヤギと馬がいるから。元気かなって見に行ったんだよ。友達に世話を頼んであるけど、一応ね」
「友達の家に預けているんですか?」
「そう。俺の家、お前も来ただろ?あんな場所だからさ、一々通えないじゃないか。それで、友達の家にひょっこり顔出して。近々の状況も聞いて、って感じだ。東の山奥は、もう夏終わりみたいな感じだよね」
本当ですね、と笑う、そばかすの顔を向けた若い騎士。オーリンは荷造りを手伝ってやって、赤い夕暮れの線が呑まれつつある、紺色の空を見上げる。
「どうする。一度空に行くけど。寒くないか?俺はもう慣れたが、普通は寒いと思う」
「大丈夫です。俺の服は、鎧職人が作ってくれた服で。普通の外套よりも全然保温ありますから」
「よし。じゃあな、皆に挨拶して来いよ。夜の移動だ。一旦空まで上がって、それからテイワグナに下りる。一直線に行くより早い。でも到着は夜だぜ」
はい、と元気な笑顔で頷いたロゼールは、イーアンが作ってくれた手袋を着け、荷物を全部玄関の外に出すと、支部の中へ入る。
オーリンはその間に、笛を吹いてガルホブラフを呼ぶ。龍がいるからこその、とんでもない旅行だなと笑う。
自宅のある山奥は、まだ夏でも、既に夜の気温は下がり始め、北西支部辺りも夏場ではあるものの、夜は少し涼しい。騎士修道会は、石造りの建築物だけに冷えが早いのもあるが、夏の半ばに差し掛かる時期に暖炉の様子を見ると、いかにもハイザンジェルらしい気がした。
「テイワグナじゃ・・・バイラはびっくりするだろうな」
ハハハと笑うオーリン。バイラをこっちに連れて来てやりたいな、と思う。
彼が護衛時代に、ハイザンジェルにも来たことがありそうだったが、こんな内陸まではないらしいし、彼が真夏のテイワグナから、この涼しい夜のハイザンジェルに来たら、どんな感想を言うかなと思う。
「いつか。連れて来てやろう。きっと楽しむな」
仲良くなった、道案内のテイワグナ人。テイワグナ巡回が終わったら、そこで終わる付き合いにするのも勿体ない。
オーリンは、そう思うとなおのこと『ホント。お前と出会えて良かったよ』と、友達の龍の首を叩いた。龍はちらっとオーリンを見て、何のことだか、と言ったように首を傾げて見せた。
10分後。中が少し騒がしくなって、オーリンが外で待っていると、ロゼールと一緒にわらわら騎士たちが出てきた。風呂上がりの騎士もいて『寒い』とぼやく。
「どうしたんだ。見送り?」
そんな長い旅行じゃないぞと笑った、弓職人に、ロゼールは苦笑いして『ついて来ちゃったんですよ』と答える。ロゼールの両腕には、変わった柄の大きな腕覆いが付いていて、手荷物が増えていた。
「あのな。ガルホブラフはもう、満載だ。そんなには」
「はい。でもその、これ。食べ物だから」
「食べ物」
ロゼールの横に、彼と似た雰囲気の騎士が来て『私はヘイズ・ナックノリーです』と挨拶。途中で食べる食事と、イーアンへのお土産、ザッカリアへのお土産が入っている、と袋の中の説明を補足。
「フォラヴとか総長とか・・・シャンガマックはまぁ(※伏せる)」
「彼らは、どうせ。お相伴をもらうから大丈夫(※メインが違う)」
あっさり仲間を切り捨てるヘイズに、オーリンは笑って了解。ギアッチと子供たちも来て、久しぶりのオーリンに挨拶すると『ザッカリアによろしく』とお願いする。
クローハルやブラスケッド、ポドリック、コーニスも側に来ると『ドルドレンとイーアンに、たまには戻れって言っといてくれ』と頼んだ。弓部隊長のパドリックは、平和な最近、家に帰っているという。
クローハルは『家の鍵を、俺にも渡すように言ってくれ』と、何かやましそうな聞こえのことも言っていた。
ロゼールが龍に跨ると、足元にトゥートリクスとアティク、スウィーニーが来て『総長たちによろしく伝えて』と挨拶。
その他諸々、騎士の数十人に見送りをもらい、キリがないからと、オーリンはガルホブラフを浮上させた。
「行って帰って、せいぜい1週間あるかどうか。それじゃあな」
「皆の話をしてくるよ。留守の間、工房から連絡が来たら『数日後に行きます』って答えておいて」
オーリンとロゼールの声が響く、夜の始めの空。
北西支部の騎士たちに見送られ、二人は龍に乗って、ぐんぐんと高い天へ向かって飛んだ。
ロゼールは、掴まるところのない龍に乗るのは初めてだが、オーリンの腰に掴まっていて良いと言われたので、それだけでも安心する。
冷え方の速度が急で、高く高く空へ翔け上がる龍の背中で、ロゼールは少し咳込む。オーリンが肩越しに振り向いて『平気か』と訊ね、ロゼールはすぐに頷いた。
「空気が冷たいから。吸い込んでちょっとだけ、咳しました」
「うん。最初は慣れない・・・あ、そうだ。最初。そうそう、言うの忘れた。お前、体丈夫か?」
「はい?多分。平均的に」
「あのな。龍族の住む空まで上がるんだ。そこから出る時、普通の人間は、かなり具合が悪くなるようだから。イーアンや俺は平気だし、何度も行けば『そういうもの』って慣れるんだけどさ」
ロゼールは今、詳細を初めて聞いて固まる。その様子に、オーリンは少し気になる。腹に回された手をぽんぽん叩いて『自信ないか?』と聞き返した。
「いえ、そうじゃなくて。すごい!龍族の?龍族の空なんて、俺が入って平気なんですか?」
「通過だから。奥に行くわけじゃない。平気だよ。総長もタンクラッドも入った。シャンガマックなんかも行ったし。俺と一緒だし、別に何も咎められたりはしないよ」
オレンジ色の髪の毛をなびかせ、そばかすの嬉しそうな顔が子供みたいにあどけなくて、見ているオーリンも嬉しくなる。『嬉しいか。そうだよね、龍の住む世界だぜ』ちょっと自慢もする。
「凄いですよ!最高だ~ イーアン龍に乗った時も、俺は涙が出たんです。俺の人生で、最高に素晴らしい時間でした。隣によく似た、大きな白い龍がもう一頭いて」
「ああ。ビルガメスだろ。最近、もっと凄いことになってるぞ。イーアンに、あ・・・会えないか。会えないんだった。俺はさっきから、言い忘れてることばっかりだな」
イーアンには会えないよ、と言われ、ロゼールはきょとんとする。
旅は一緒では、と質問すると、オーリンは言い難いのか、少し間を開けてから『あのね』と話してくれた。
「え。不在?今は勉強中」
「そんなところ。俺もよく知らないんだ。でもほら、イーアンは龍になるし、知らなきゃいけないこと、山のようにあるんだろうな」
「そうなんだ・・・残念ですね。うん。でも、元気なら良いです。お菓子も、取って置ける日持ちするやつだし。イーアンが帰ってくるまで持つと思いますから」
「お前、作ったの?お前からさ、ずっと良い匂いするんだよね(←食べ物)」
オーリンの質問が可笑しくて、ロゼールは笑って頷く。どこかで止まったら食べようと、袋の中の食事を促すと、弓職人は『空行ってから』と楽しみを表情に見せた。
空、空、と彼が言うのは、きっと『龍族の空』のことなんだ、とロゼールは思う。
少しだけ、自分がイーアンに近づいたみたいで、それも嬉しかった。でも何より・・・この特別な機会を得られたことは、ロゼールにとって、本当に誇らしいことだった。
*****
夕食後。ザッカリアは初めて、総長のベッドのある荷馬車にお泊りする。
度々、荷馬車の二階にも寝てみたいな、と思っていたザッカリア。
ミレイオが『洗濯してくる』と地下へ戻ったので、今日はイーアンもいないし、ベッドは空いてるし、総長とも話せるかなと相談したら、許可をもらえた。
「珍しい。お前は自分のベッドが好きだと思っていたから」
「そんなことないよ。バーウィーの家も面白かったし、エザウィアの農家の人のベッドも面白かったもの。パヴェルの部屋はあんまり好きじゃないけど(※広過ぎる)。
人の家ってさ、宿とちょっと違う感じ。寝るところ違うと、別の人の家に泊まるみたい」
「同じ馬車なのに」
笑う総長に、着替えるよう言われて、ザッカリアはいそいそ寝巻にお着換え。総長と二人で体を拭き、それから、洗濯済みのさっぱりした寝巻。といっても、柔らかい生地のチュニックで、見た目の変化はない。
「何か聞きたかったのか」
「うん。あのね、ロゼールが来るんでしょ」
「そうだ。何でか、理由は適当な気がしたが(※当)」
ミレイオのベッドを借りて、ザッカリアはベッドに座る。隣の部屋から、総長がお邪魔してきてくれて、二人並んで座るとお話の時間に入る。
「ロゼール、どれくらい居られるの?」
「うーん。それは正確には知らんぞ。届け物を持たせたとか、そんな話だったし。オーリンの龍に乗ってくるようだが、往復にどれくらい日数を使うのか。詳しいことは俺も」
「暫く一緒かな」
「どうだろうなぁ・・・この展開自体、俺には寝耳に水だ」
「水、いつ入ったの」
「違う」
今のは例え、と教えて、心配してくれた子供に『突然で驚いた』と言うと『最初からそう言って』と注意を受けた。
「とにかくな。滞在日数までは分からん。ロゼールが来るのは嬉しいが、魔物退治の質が、もうハイザンジェルの枠を超えている。テイワグナは大量出没だ。
いくらロゼールが優秀でも、ちょっと戦いまでは許してやれん。早く帰さなければ」
「どうして?ロゼール、お皿ちゃんもあるよ」
「そうだが。あれは、武器を持たん。武器のないロゼールは、相手に飛び込まないと戦えないのだ。お前も何度か見ているだろう。騎士なのに、剣も弓も使わない。その上、普通の人間で」
「バイラは?バイラ、人間のまんまだよ。馬だし」
「バイラと違うぞ。バイラは百戦錬磨だ。逃げる意味も戦う意味も熟知しているから、安心なのだ。
俺たちが動いても、彼は自分で、別行動の範囲を決めることが出来る。単体でも、充分活躍する男である。
ロゼールは優秀だが、あれは一人で戦っていたわけではない。俺の指揮下で」
「総長、一緒じゃないか」
「ザッカリア」
粘る子供に、ドルドレンは困ったように笑うと、むくれ始めたザッカリアの黒い髪を撫でた。
「もしも。ロゼールに万が一のことがあったら。イーアンがハイザンジェルに残してきた仕事を、誰も動かせなくなるんだ。
今回だって、機構や工房との行き来が出来たロゼールだからこそ、ここまで来ると言う話。
ハイザンジェルでの機構の状況を伝えて、こちらの状況も持ち帰る。手紙よりも情報量が多いから・・・とかな。何か、自分で説明していて、うそっぽい感じもしてくるが(※そういう説明受けた総長)。
とにかく、そうした理由で彼は来る。長居させたら、その分、ロゼールの仕事が滞るのだ」
「滞るって何」
溜まるの、と教えると、ザッカリアは寂しそうに睫毛を伏せる。『仕事、代わりの人は?』どうにか粘るので、ドルドレンも可哀相になって、彼の頭を抱き寄せると、腕の中から見上げるレモン色の瞳に笑った。
「それがいないから、この話をしている。イーアンがロゼールを後任の営業役に選んだのは、彼だけが飛べるからだ。お皿ちゃんで自由に行き来する。
そしてあの身体能力がある以上、ちょっとやそっとの空中戦で負けはしない。お皿ちゃんを乗りこなすだけでも大したものだが、ロゼールこそ、あの仕事に適任なのだ。真面目だし、工房の信頼も厚いし」
「寂しいよ」
「そうだな」
ドルドレンも気持ちは分かる。全く会わないなら、それはそういうもの、として時は流れるのに。
なまじ会えてしまうとなると、突然、郷愁の念にかられるのが人間だろうと思う。ザッカリアは子供だから、余計に仲間を恋しく思う。彼にとって、騎士修道会は家族なのだ。
「総長。ロゼール、いつ来るの」
「ん?最初に言ったが、オーリンが連れてくる以外のことは知らん。龍だから・・・そう掛からないだろうが。高速は無理だろうな。津波の日のような移動は、さすがに荷物付きでやらないだろう」
そうだね、と頷くザッカリア。ガルホブラフに、出来上がった魔物製品を幾つか運ばせるような話だった。
移動する旅の馬車。そこに届けるのが困難だけに、今回の展開は、即、検討された(※オーリン思い付き行動⇒意外な方向)。
一度に運べる量は高が知れているにしても、今、どこまで製作が進んでいるのか、どれくらいの規模なのか、テイワグナに出荷するにあたり、様々な製品の事情を伝えるとあり、ロゼールは荷物付きで、一時派遣の形を取り、テイワグナの大地まで来ることになった。
「早く来るといいな」
「早く来る。ガルホブラフは速い。オーリンもいるし、早いぞ」
ちらっと見上げる子供の顔を撫でて、ドルドレンは『もう寝なさい』とベッドを立った。ザッカリアは頷いて、おやすみなさいの挨拶をし、ミレイオの使っているベッドに横になる。
ミレイオは香袋を使うから、枕も布団も良い匂いがした。それにミレイオの布団は、他の皆のよりも生地がツヤツヤしてスベスベで、寝心地はとても素敵だった(※自前)。
布団をかぶった中でギアッチに連絡し、今日の話をして、それからお休みなさいの挨拶。
小さい窓をちょっと開けて、外の柔らかい夜風を入れたザッカリアは、瞬く星空を見つめ『ロゼール。明日来ますように』と祈る。
目を閉じてすぐ、眠りに就いたザッカリアは知る由なかったが、その願いは間もなくして叶った。
お読み頂き有難うございます。




