1190. 旅の七十五日目 ~機構からの伝言他
長い道のりに昼を過ぎ、午後も2時を回った辺りで、ようやく旅の馬車は、坂の下の道に出た。
行き交う馬車もないような道で助かったが、それでも時間が掛かったのは、緩やかな傾斜にするための、長い長い距離。
岩山の側面を伝うように下る道は、下りる左手を見れば、なーんにも遮ることなく、広い風景を眺め、右側が岩の壁。
この道に入る前。海へ向かう旧街道を進んでいた時も、下ってはいたのだ。
それを、山を越えて陸側に移ったため、一旦上がって、それから下がって。さらに下がって、と動いたため岩山向こうの平地に敷かれた道に入るには、実に時間が必要だった。
岩山を下りてからも、すぐに大きな道に繋がるわけではなく、ゴトゴトと馬車は、道と道の間の平原を進み、やっとこさ目指した道へ。
「お腹空いた」
後ろからザッカリアの訴えが聞こえ、それに続いて、ミレイオの笑い声と親方の笑う声。ドルドレンも思わず笑って頷くと、後ろを向いて大声で『もう食事にするぞ』と教える。
「可哀相に。ザッカリアは成長期だから、腹ペコか」
『お菓子じゃ足りないな』とバイラが笑って、腰袋の干し肉を出し『ちょっと、これを渡してきます』そう言って馬を下げた。有難うと、お礼を言い、ドルドレンもどこか馬車を寄せられそうな場所を探す。
どこでも良さそうに見えても、平原は砂埃が立つので、少しは低木でもあってほしい(※じゃないとミレイオが『調理中に砂が入る』と怒る)。
実に平原らしい平原。ドルドレンは別に構わないものの。『料理するのがミレイオ』気にしてやらないと・・・呟きながら、キョロキョロ。
「バイラ!ちょっと来てくれ」
自分が見ても分からない。バイラを呼んで、戻ってきてくれた警護団員に『どこか、少しでも砂埃が防げそうな場所』と相談すると、バイラも少し悩んだようで『この辺にあったかな』と苦笑い。
「ないかも、です。見ての通りの場所なので・・・まだ、あのさっきの、山の影だったら片側は防げましたが」
「そうか。じゃ、ミレイオが怒るのも覚悟」
仕方ないですよ、と困ったように笑うバイラに、ドルドレンも『俺が作っても良いけれど、砂が入る時点で同じ』と答えた。
こうして、遅い昼を食べるため、馬車を停めて『ここでお昼』ミレイオに伝えると。
ミレイオは『分かった』とあっさり了解し。馬車の荷台を鉤型に付けてもらい、馬車側面の庇を出すと、そこから厚手の大きい布を張り、すんなりテント状の壁を垂らした。
「端。タンクラッド。そっち止めておいて」
ひらひらの端を親方に固定してもらっている間、砂除けを施したミレイオは、ちゃっちゃと料理に入る。
ドルドレンとバイラは、その様子をじーっと眺めていて、こんな対策を考えていたなら、早く教えてくれれば良いのにと、心の中でぼやいた(←気を遣った人たち)。
それから昼食。有難く昼食にあり付いた一行は、口数少なく食べることに集中する。
食べて、おかわりして、健康な男子の腹が8分目近くまで満たされた頃。フォラヴがミレイオに『この布は』と訊ねた。
「ブガドゥムで購入した布(※824話参照)ではありませんね」
「違うわ。あれはあんたが持っているじゃない。これはハイザンジェルの布よ」
「ハイザンジェルの布」
ミレイオの答えに、フォラヴは不思議そう。こんな柄があったんだと思うような、少し奇抜な色の模様を織りなす、四方から葉が伸びる柄。ミレイオは微笑んで、布をちょっと指差す。
「凄い昔ってほどじゃないけど。結構、前に買ったのよ。王都に行った時にね、ハイザンジェルの一昔前かしらね。その時代の柄よ。古布扱う店で買ったから、年代物に見えるでしょ。私よりも年上」
「そうなのか、ミレイオはこうした美術的なものが好きだから」
ドルドレンも説明された柄に、へぇ、としげしげ目を走らせる。
でも、どこかで見たような。ドルドレンが何度か瞬きして、思い出そうとしている横で、タンクラッドがその顔に笑う。
「お前は知らないで、使っているかも知れないぞ」
「え。俺が使った?本当(※自分のことなのに)?」
「分からんものだな。騎士修道会の壁の彫刻、こんな模様があっただろう。お前たちの正装に使う剣の柄も、この葉模様じゃないか?」
タンクラッドに可笑しそうに言われて、あ!と頷いたドルドレン。フォラヴも空色の瞳を丸くして、ゆっくり頷く。『そうですよ。玄関をくぐる前。上の壁石に』そこまで言うと、総長と目を見合わせる。
「そうだ!扉の上の石。象徴の柄。あれ、そうである」
「剣もです。式の時に使う剣。あれも、タンクラッドが話したように」
「そうそう、そうだ、フォラヴ。ああ、俺も気にしていないなぁ。言われてみれば、そうだ」
妖精の騎士と総長は、可笑しそうに笑う。ザッカリアはよく知らないので『そうなの』と豆知識の範囲。
「まさか、職人に教えてもらうとは」
「俺は作らないが。イオライセオダの剣工房で、装飾剣を作る工房がある。そこで何度も見ている」
へええええ~~~ タンクラッドに教えてもらって、『自分たちが、あまりにも気にしていなかった』と笑う騎士二人。剣職人も笑う。
ミレイオも笑顔で『丈夫な布だから、何かに使えると思って』それで持ってきたんだと教えた。
この一枚の布から、昼食の終わる頃まで、ハイザンジェルの話に久々、花が咲き、同行しているバイラは、面白く話を聞かせてもらった。
こうして花が咲いたのもあり、すっかり時間は3時を過ぎる。やれやれと片付けて、さてまた移動・・・と馬車を出したすぐ。
後ろからザッカリアが走ってきて、総長の横にぴょんと飛び乗る。
「どうした」
「ギアッチ。代わって、って」
ドルドレンは、急いで渡された連絡珠を受け取り、こんな時間に何だろうと応答する。『ドルドレンだ。ギアッチ?』訊ねて即、『機構の連絡と急ぎの用なんですよ』一発目に響いた、先生の声。
『何かあったのか。挨拶もしないとは』
『こんにちは、総長』
『もういい。なおざり感ビシバシするのだ。機構が何だって?』
『いい年して、ふてくされちゃいけませんよ。物には順序。はい、じゃあね。まずは機構ですよ』
先生のペースに、いつも負けるドルドレン。ムスッとしながら頷く(※頷いてもギアッチには見えない)。
『手紙が届いたんですって。貴族経由で早かったみたいで。ヒンキラ?かな?そこからの手紙が先日、着いてですね。
機構が最速対処します。えー、武器防具一式ね。機構が買い取った分を、テイワグナの各地・大きい町に送るそうです。
もし・・・そっちは警護団?警護団で確認出来そうなら、先々で総長が確認して下さい。これが最初の一つですね。それと』
『え?!もう?ヒンキラって、つい最近なのだ。嘘だ~』
『嘘じゃありませんよ。アリジェン家のお墨付きでした。ヒンキラでしょう』
ドルドレン、止まる。パヴェルが、あのヒンキラの町にいたのか。
もしくは、ハウチオン家の情報で、パヴェルに即行・・・恐ろしい貴族の威力。その速さが信じられないドルドレンは固まる。
『まぁ。ほら。手紙ですから。受け継ぎ受け継ぎで、お金さえかければ最優先でね。馬が一頭で動けば、何十日もかかる距離でも、連携で行けば一週間、そこらでどうにかなるんでしょう』
『だって』
『あなたね、総長。世の中は、お金の力と権力が、嘘みたいな時間を作るもんです。まだ続きがありますから、ちょっと黙ってらっしゃい』
地味に注意されて、総長は黙って頷く(※癖)。
ギアッチはもう一つ、とんでもないことを教えてくれた。さすがにそれは、驚きのあまり、脳みそが口を挟む(?)。
『な。何、無理だ。そんな土地勘もないのに』
『そうでもありませんよ。土地勘なくてもですね・・・ええっと、誰だっけ。あの方。あの、ほら。弓作る人』
『弓作るって、オーリンくらいしか』
『そうそう、オーリン。彼が一緒ですから』
『ちょっと。ちょっと、待て。ギアッチ。お前の言っていることが、俺は多分、全く理解出来ていない』
『いえいえ。正しいと思いますよ。さっきね。オーリンが来たんですよ。それで』
『そんなわけないぞ。在り得ない。彼は空で』
『だから。龍に乗っているでしょう。彼ですよ。龍だから、早いんじゃないですか(※イメージ)』
頭が朦朧とするドルドレンは、先生の話を『一旦、よく考えたい(※崩壊寸前)』と頼み、ギアッチはそれを了解してくれて、また夕方に連絡することになった。
「終わった?」
横に座るザッカリアが、心配そうに総長を覗き込む。『どうしたの?顔色悪いよ』総長が眉を寄せて混乱しているみたいなので、ザッカリアは背中を撫でてあげる。
困惑を隠せないドルドレンは、うんうん、頷きながら子供に連絡珠を返し、『少し一人で考える』と言うと、子供は『考え込まないでね』と労わって、御者台を下りた。
眉間にシワを寄せて、手綱を取りながらも呻くように悩む総長。
その様子に、斜め前を進むバイラは少し心配になる。故郷からの連絡だったみたいだし、自分が訊くのも変かなと思いながらも、呻き声が段々酷くなるので、馬を寄せて声をかける。
「大丈夫ですか。何か問題が」
「うぬ。いいや、問題。そう、問題。ぬ、でも。問題とも違う」
大丈夫かなぁと、総長の蒼白した顔に『具合が悪そう』と心配すると、総長は灰色の瞳を向けて『具合が悪いのは確かだ』と言い切る。ビックリするバイラは『手綱を代わる』と急ぎ、ドルドレンは慌てて『そういう意味じゃない』と答えた。
「バイラに話しても。俺の理解不足だから」
「何ですか?私で良ければ相談して下さい」
「むぅ・・・そうだな。バイラは警護団だし」
総長の呟きの意味が、全然繋がらないバイラは、とにかく聞ける範囲の話であれば、話してもらえればとお願いする。
そして総長が、青い顔で途切れがちに教えてくれた内容に、バイラも目を丸くした。
「オーリン」
「そうなるだろ?そうなるのだ(※自分普通、って)。何でオーリンが、ハイザンジェルにいたのかも分からんし、その上、オーリンが騎士修道会に顔を出したことも、また」
「ええと、部下の人を連れてくる?そこですよね?一番信じられないのは」
「そうだ。意味が分からん。何がどうなって、そうなって、こうなるのか(※大混乱中)」
「その人は・・・何か、特殊な力があるとか」
「いーや、普通の若者である。尋常ではない動きが出来るし、空も飛ぶが」
「それは普通の若者じゃありませんよっ」
「む。そうか。ここ最近、シャンガマックのお父さんとか、コルステインとか、男龍にどっぷり浸かっているから。奥さんも、あんな感じだし(←これが一番異常)。
俺も『愛の力』だウンタラ言われるし、タンクラッドも『剣と一緒の力』って」
「総長。落ち着いて下さい。そうですね。確かに、私も。この旅に同行してから、段々、常識がずれて、『通常の範囲』に異様な広がり方が否めませんが(←この人、普通の人)。
でも、その若者は普通じゃありません。普通の若者は、空も飛ばないし、初めての人への紹介に『尋常じゃない動き』とは言われないと思います」
「え~~~」
ドルドレンの脳みそが考えることを拒否し始めたので、バイラは総長の腕を撫でてあげて『落ち着いて』と慰める。
総長が危険だと判断し(※見るからに崩壊)バイラは彼に、待っているように言うと、後ろへ行ってから、ミレイオと御者を代わってもらってタンクラッドを連れてきた。
「何だ。どうした、ドルドレン」
「タンクラッドさん。総長が今、支部から連絡をもらって。その話が強烈で」
うんうん、と聞いた剣職人も、ドルドレンのちょっと壊れた感じの目つきに訝しみ、御者台に乗って、手綱を代わってやった。
「話してみろ。何かあったのか?」
ドルドレン、頼もしい親方に縋りつく。タンクラッドはちょっとビクッとしたが(※ドルは男色傾向の危険)とりあえず冷静に。縋りついたドルドレンの背中を撫でてやって、話を聞いた(※胸中複雑)。
「ほう。ロゼールが来るのか」
話を聞いた親方。腰に貼りつく、大きな総長の見上げた顔に笑う。面白い展開だなと、意外そうな顔で、タンクラッドは頷いた。
「なるほど。オーリン・・・支部。それで機構の動き。で、ロゼールと。
フフン。距離の理由にかこつけて、放って置きっぱなしかと思いきや。まぁまぁじゃないか」
何か合点がいった様子の親方の愉快そうな顔に、ドルドレンはぼんやり『彼がいれば、俺は大丈夫』と安堵する(※頭の良さ慕う)。
横に馬を並べたバイラは、総長の様子から、どうも崩壊を脱出した様子にホッとしたが、それはともかく。どう見ても男性に気があるように見える姿には、どこか気持ちが落ち着かなかった(※当)。
お読み頂き有難うございます。




