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魔物資源活用機構  作者: Ichen
精霊たちの在り方
1189/2959

1189. イーアンと空の城 ~女龍の学ぶ時間

 

 イヌァエル・テレンの午前。


 戻ってきたビルガメスを待っていたのは、タムズ他(※男龍皆さん)。漏れなくお子タマ付き。

 ビルガメスは自分が家に戻る手前で、空に浮かぶ彼らの姿に、面倒臭い気持ちを丸ごと溜息に託した。



「イーアンとニヌルタはどうした」


 ルガルバンダが前に出て、止まったビルガメスに訊ねる。方向がガドゥグ・ィッダンと知っている皆は、ビルガメスに向ける視線が疑いの眼差し。

 すぐには答えず、ビルガメスは腕を伸ばすと、ミューチェズとジェーナイを抱っこしているファドゥから、息子をまず引き取る(※息子に逃げる)。


「ビルガメス。二人は」


「ここにいないってことは、ガドゥグ・ィッダンしかないだろう」


「何を暢気に。君は何で一人で戻ったんだね」


 ルガルバンダの問いに答えたおじいちゃんの、飄々とした感じ。タムズが口を開けて、信じられないと言った顔で問い詰める。


「ニヌルタも俺を暢気だと言ったが。困ったもんだな」


「君だよ、一番困るのはっ!どうして置いてきた。何があった」


「お前なぁ。本当にそんなに気が短い性質ではなかったのに」


「父と比べるな(※釘刺す)。私のことじゃない、二人をどうして」


「話を聞く気があるなら、今話すが。どうしたい」


 ビルガメスのくさくさした目つきに、タムズとルガルバンダが睨む。シムは首を傾げて、少し後ろでビルガメスの様子を見ていて、ファドゥはジェーナイを片腕に抱いたまま、大きな男龍の前に出た。


「イーアンは一人で向かった?追いかけて間に合わなかった?」


「ふむ。ファドゥ。お前の質問は良いな。順を追う。そうだ。今の問いは二つとも、そうだと答える」


「ビルガメス。ゆっくりし過ぎだ。続きは困ったことになっていない。それが分かるけれど、相手が相手だ。だから」


「ファドゥ。銀色のファドゥ。ジェーナイよ、お前の父は()()()()()()。良い父を持ったな(※話逸らす)」


「有難う。でも長くて難しい言葉は、まだジェーナイは分からないよ。とにかく教えてくれ」


 話が消えやすいおじいちゃんに、ファドゥも苦笑いで先を促す。

 ファドゥくらい根気強くないと、ビルガメスを相手に苛つかないでいられる男龍はいない。シムはどうにか我慢しているが、シムにとっては父親だからというだけ。


「お前たちの反抗的な目が、どうにも気に食わん。まるで俺が悪いみたいだ。違うのに」


 おじいちゃんは、自分を睨みつける男龍にサーッと視線を動かして、はぁと溜息。タムズが言い返そうとして、ルガルバンダが腕を出して止め、睨みながらビルガメスに『この状況は、()()()そうなるぞ』と凄む。


「ふむ。逆か。そうかも知れんな。しかし俺なら、もう少し誘導するぞ」


「ビルガメス・・・頼むから、皆を待たせないでくれ。ニヌルタがいない時点で、彼に任せたんだね?イーアンは彼と一緒?」


「そうとも言い切れない。ニヌルタは()()()が、イーアンは()()()()んだ」


「誰に」


 ジェーナイを抱っこしたファドゥは何かを勘づく。その目の変わり方に、ビルガメスは微笑んだ。


「そうだ。『始祖の龍』に、だ。イーアンは今、()()の教えを受けている。ニヌルタは、帰り道を守るために残った」


 男龍の皆の顔が、ぎょっとして変わる。ビルガメスは丁寧に大きく頷くと、腕の中のミューチェズに顔を向け、見上げた子供の可愛い顔を撫でる。


「お前の母は、俺の母と今。一緒なんだぞ。喜べ」


「はは」


「そうだ。イーアンと、俺の母だ。龍族史上最強だった、俺の母。彼女がイーアンを教える」


「イーアン、はは。一緒?」


「ミューチェズは、本当に頭が良いな。よしよし」


 ビルガメスは、繰り返して呟きながら答える子供に、目じりが下がったまま、ナデナデして頷く。

 大きな男龍と、彼の子供の会話を聞きながら、タムズは『始祖の龍とイーアン』二人の名を口にし、友達を見渡した。皆も同じように感じていて、タムズの視線を受け止める。


「イーアンが戻って来たら。()()俺たちに話を聞かせてもらう時間が必要だ。

 タムズ、お前。中間の地に下りて、ドルドレンたちに『イーアンが戻るのに時間が掛かる』と伝えろ。ルガルバンダ、オーリンを呼べ。オーリンにも話しておけ。一応、あんな(※フラフラオーリン)でもイーアンの手伝いだからな」



 では、戻るぞと、おじいちゃんは涼しい顔で皆に言うと、ミューチェズを腕に抱えたまま、皆の横をすり抜けて、あっさりと家に戻ってしまった。


 残る男龍は、思うことは一つであっても、それを誰も口にしなかった。そして、皆も戻ることにする。誰もが心の中では、『龍王の存在』が急に近づいた気がしていても、今はそれを話すべきではないと知っていた。



 *****



 旅の馬車は、この日。いつも通り、荷馬車の御者はドルドレン。タンクラッドは寝台馬車の御者で、出発し(※親方は気分で御者やりたがる)昨日の道を進み続ける。

 

 空から見れば、突き出る岩山の影に入る道で、ドルドレンたちは上を見上げて『(ひさし)のようだ』と感じる。岩山は大きく抉れていて、その緩い傾斜が張り出して屋根の状態。

 馬車が通る道はその下に伸び、下りの角度は穏やかだが、下に着くまで長い距離を通していた。


「これは、上からじゃ見えないな」


 ドルドレンの呟きに、バイラは頷く。今日は荷馬車の御者に戻ったドルドレン、先頭を進むバイラが振り向き、見晴らしの良い下り坂の下方を示す。


「あの辺まで出れば。影がもう落ちていないでしょう?この道を丸ごと日陰にしているのは、ここの()()ですから。これがある以上、上空からでは見つけられないでしょうね」


「本当だな。龍で飛んだ時は、見落とした。全く気が付かなかった。そういうのもあるんだな。起伏もあるのか」


「起伏の地形が手伝った、といった具合でしょう。この岩山自体、かなり張り出していますから、起伏のある場所に輪をかけて」


 そう言ったバイラが、顔をさっと空へ向ける。『()()()なら、見晴らしは良いですよね。遮るものもないし。上から見えないだけで』と笑った。すぐに空が明るく光り、眩しい光が日陰を突然に照らした。


「そう・・・だな。つまり。この眩しさは」


()()()()()、という手もありますね」


 ハハハと笑いながら、目を瞑るバイラの言葉に、ドルドレンも手綱を引いて目を手で覆い、『イーアンと男龍かも』と答えた(※光対処に慣れた)。



 白い光は眩しいが。いつもに比べると少し柔らか。毎度毎度『もう少し明るさを下げて』と頼まれているからか。

 馬車に乗る皆は、若干、遠慮しているような光が近づくのを感じながら、薄目を開けて見守る。


「珍しいわ。見えるなんてね」


「本当だな。いつもはもっと、()()()くらいの眩しさなのに」


 荷台のミレイオと、寝台馬車の御者を引き受けたタンクラッドが、笑い合って、薄っすら開けた目で龍族の登場を待つ。


 そんな二人の会話は聞こえていなさそうな距離で、光は徐々に明度を下げ、現れたのは。


「え?ファドゥ」


「元気かな。覚えていてくれたのか。久しぶりだ。ドルドレン」


「ファドゥ~!」


 びっくりしたけれど、美しさと綺麗さはピカ一の銀色のファドゥが現れて、ドルドレン拍手(※つい)。笑うバイラが、初めて見る銀色の男龍に『素晴らしい美しさ』と呟くと、男龍はバイラに目を向けて微笑む。


「君は人間。でも彼らを導くのか。私はファドゥ」


「え、俺に・・・あ、いえ。私に声をかけて。私は、バイラです。ジェディ・バイラ」


「そうか。ジェディ?私の子供はジェーナイというよ。イーアンが付けてくれた名前だ。君の名と似ているね(※ジェだけ)」


 頬に金色の線が走り、長い白金の髪を揺らした銀色の男龍は、翼を広げたままバイラに話しかけて、その後、再びドルドレンに微笑んだ。

 バイラは、全く見向きもされないと思っていた男龍に親しく話してもらって、こみ上げた感動が熱い涙になって流れる。


「ドルドレン。君たちの旅に、イーアンがいないと困るだろうけれど。彼女は今、成長の時期を迎えた。男龍(私たち)も知らないことだ。

 しかしその時が来て、彼女は偶然動いたのに、()()()()()

 詳しく話せないが、無事ではある。学習している。少しの間、彼女が戻らないことを、伝えに来た」


「イーアンが。学習、それで少し戻らない」


 そう、と頷いたファドゥは『また来るよ』と挨拶して、後ろにいるミンティンと一緒にあっさり戻って行った。 


 ファドゥは、本当はタムズが来るところを、代わってもらったので、目的を済ませると満足して、すんなり戻った次第(※自分役に立てた)。



「今の、ファドゥか」


 後ろのタンクラッドから声が掛かり、ドルドレンは御者台の端に動いて、後ろに向かって頷き『そう。イーアンが少し帰らないと』それを教えてくれたことを伝える。


「オーリンもか(←お遣い役)」


「分からないが。オーリンを呼ぶにも、イーアンがいないと無理だから。オーリンも戻らないかも」


 タンクラッドの質問に大声で答えてから、とりあえず進もうと、ドルドレンは馬車を出す。ファドゥに会えたのはとても嬉しかったけれど、あまりにさっくりと帰られてしまったので、余韻がない。


 下り坂だし、馬車がすれ違うには危ない幅の道なので、とにかく下りる。


「バイラ、この道を下りたら。あれ、バイラ」


「はい」


「泣いているのか」


「感動しました」


 ああ~・・・話しかけてもらったから、と総長に言われて、目頭を押さえながら『嬉しくて』と涙を流しながら笑顔のバイラに、ドルドレンは改めて、ファドゥは優しくて良いな、と思う(※フレンドリー)。


 龍の子時代のファドゥは、話だけしか知らないけれど、もう少し厳しい印象もあった(※ママっ子とはいえ)。イーアンが話していたが、今、男龍になった後のファドゥの方が柔らかくなったという。男龍の性質が影響、と。


 そんな感じだなぁと、さっきの彼を考える。タムズも優しいけれど、ファドゥの優しさはまた違う。


 信心深いバイラは、『一切、男龍に見向きされない脇役状態』だったから、感極まって泣いている。

 ファドゥがこれからも度々来ると良いなと、ドルドレンは期待する。


 それにしても――


 暫く戻らない様子の奥さん。成長の時期で学習とは。何日くらいかかるのか。イーアンは頭が良いから、早く覚えて、早く戻りますようにと祈った。

 旅に出てから、よく離れ離れになるけれど。イーアンが龍だからそういうもの、と思えるようになった自分に、ドルドレンは自分も成長したなと感じていた(※先代と違って学ぶ勇者)。



 *****



 青い明るい光に照らされた部屋の中。イーアンはひたすら、その部屋の映像を見続けていた。


 ポカーンとして見つめる、目まぐるしい()()の動き。


 イーアンと髪の質は似ているが、色が黒ではない。焦げ茶色の螺旋の髪。そして、白い大きな長い角。角もイーアンより長い。後頭部に向かって、倒れるように伸びる角。

 目の色も似ているけれど、彼女の目は中心に青い色が見えた。周囲が鳶色。大陸の人によく見られる、二色の瞳。


 人離れした白い肌は、今のイーアンと同じ。薄っすら紫が入っていて、透けるような雰囲気があった。

 年は、一見すると若く見えたが、外国の人らしい感じで、ニコッと笑った時に頬にしわがくっきり入る。年齢は同じくらいか、近かったんだろうと思う。鼻の付け根が高い位置にあり、横顔はイーアンと骨格が違う。


 でも。どこか、自分と似ている。それは思う。小さい箇所を探せば一つ一つは異なるのに、全体を見た時に、彼女と自分が似ている印象を持っているのは、イーアンも分かった。


 力強い腕を出した、布をまとう体。彼女はどこの出身なのか。


 ギリシャの彫刻の女性が着ているような服装で、足首まであるような長い布を、体にくるっと巻き付け、腰に紐を当てている。


 寒さは感じないのだろう、と分かる。足元を見れば、靴はサンダルのような形で、足首を革紐が巻く。イーアンが知らない形。布一枚、サンダルを履く姿。


 腕はがっちりしていて、広い肩幅にしっかりした二の腕の筋肉。

 その筋肉に、刺青に似た金色の模様がぐるりと巻いている。刺青で金は出せないから、これは、ビルガメス達と同じで()()()()()だと思った。


 背中の翼は、2枚になったり4枚になったり。

 イーアンよりも大きい翼で、タムズと似ている幅の翼を豪快に広げ、縦横無尽に空を駆け抜ける。


 時折、尻尾を出してグワッと向きを変えたり、突然下半身だけ、『人と同じサイズ』の龍の姿に変わったりもする。イーアンは爪だけを出すが、彼女は片腕を『人と同じサイズ』の龍の腕に変えてしまう。


「凄い人です。自分の好きに体の大きさも部位も変える。自由自在」


 そうかと思えば、誰かを威嚇した時に、大きな龍の頭を幻のようにボンと解き放ったり、顔や首の皮膚を鱗に包ませたりして、体ではなく顔で、()()()()する場面もある。人ではないんだ、と思い知らされる、強烈さ。

 顔に鱗とか、頭だけ龍を出すとか、女性に抵抗がありそうなことも平気な彼女。


「素晴らしい格好良さ。本当に強い方でした」


 イーアン、自分の抵抗が剥離する。ばらばらと、小さいことにこだわっていた何かが、剥がれては消えていく。そんな感じを受けながら、映像の始祖の龍に陶酔する時間。


 自分が誰だかを知っている。自分の立場を知っている。自分が何をする存在か、それを知っている。


 この強さ。口で言うのと、訳が違う。分かっているつもりで頭に残すのと、意味がまるで違う。


「私は、この方のように。この方と同じことを出来るようになるのか」


 そうならないといけないんだ、とイーアンは自分に言い聞かせる。

 本当にそんなに強くなれるんだろうかと、不安もある。無いと言えばそれは嘘だ。でも、()()を超える、それが『自分の立場』なんだ、とも自覚する。


 目まぐるしく見続ける、彼女の業の数々の内で、初っ端、ぎょっとした場面があった。


 彼女が一旦、中間の地を滅ぼす場面だった。その時の壮絶な力と彼女の動きに、イーアンは鳥肌が立ち、怖くて仕方なかった。


 愛する者を守るため、『(おこな)う』と決めた彼女は、そこからの行動を一切、躊躇わなかった。決定した時の表情は、あまりにも人間離れした厳しさが浮かび、これが龍族の頂点だと、魂を揺さぶられた。



「私も。イヌァエル・テレンのために。皆さんを守るために」


 最初の衝撃的な場面以降も、イーアンは何度もこの言葉を呟いた。求めた問いの答えは、齎されたと分かった今。何一つ見落とすまいと、異空間で没頭する。


 外では、イーアンが入り込んでから既に1日を過ぎ、ニヌルタもまた、同じ空間の一室で彼女の帰りを待っていた。

お読み頂き有難うございます。

いつか絵にしたいと考えている一枚に、『始祖の龍』の、人の姿があります。

まだ描けないのですが、彼女の履くサンダルに近いものは作ってあるのでご紹介。




挿絵(By みてみん)


足首に巻く革紐が、作品はバックルになっている(現代チック)のですけれど、そこはさておき雰囲気だけでも~

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