1187. イーアンと空の城 ~挑戦
翌日。イーアンは早々と朝食の支度をし、それからお空へ向かう準備。
連動対処後。ビルガメスに『明日は来い』と言われていたので、それは伴侶にも報告済み。オーリンも一緒に行くというので、二人は早めに食事を済ませ、そそくさ空へ上がった。
「急ぎなの?」
ミレイオは食べながら、出かけた二人を見送ってドルドレンに訊ねる。ドルドレンはおかわりをもらい、『調べたいとか』言っていたよ、と教える。何をと訊き返したミレイオに、横に座って首を傾げて見せた。
「イーアンは何かを感じたようなのだ。昨日の連動で。それを確認したいようだったが」
「ビルガメスに聞くのかしら」
「違うだろうな。あの感じのイーアンは、こっそり動きたい時だ(※旦那は知る)」
ドルドレンが言いながら笑うので、ミレイオも、横で聞いていた親方も笑う。親方は頷きながら『そうかもな』と答えた。
「イーアンが何かを嗅ぎつけた時。はっきりしないうちは、喋らないんだ。話す必要が生じていたら、口にするが、そうじゃない場合は、確認して煮詰めてからじゃないと言わない」
タンクラッドが思う、イーアンの態度を話すと、ミレイオは『あんた、そういうのよく見てるわよね』と言いながら、ちょっと気持ちワルイと呟いて、親方を怒らせた。
ドルドレンはこういう時、複雑。自分よりもよく知っている気がする、奥さんのこと。
タンクラッドの独特な観察から出てくる言葉なんだろうが・・・少し寂しそうな総長に、バイラは側に行って『今日は、早く帰ってくると良いですね』と笑顔で助けた(※ドルは癒される)。
*****
お空へ向かうイーアンとオーリン。
オーリンは大まかな目的を教えてもらったので、幾つか質問がある。横を飛ぶ女龍に『なぁ、大丈夫なの』と最初の質問。その意味を理解しているイーアンは、ちらっと彼を見た。
「見つかっちゃったら、そこで終わりですよ。多分、叱られます」
「叱られるような内容」
「うーん・・・どうなんでしょうね。でも言いたがらないので、きっと探っていること自体、注意は受ける気がします」
「ビルガメスが叱るのか?怖い?」
あんまり、と首を振るイーアン。どう叱られるのと訊ねられて『こら、って。顔つき変わりません』角摘ままれると教えると、オーリンは笑っていた。
「無表情で『こら』か」
「そう。いつもそう。それで口答えすると、あの大きな体に抱え込まれて、真上から威圧します。『そういうことをしない』って。これも普通の口調。正しい返事をするまで、放してもらえません」
アハハと笑って、オーリンは『彼らしい気がする』と答えた。イーアンは叱られること自体、好きじゃないので『でも嫌ですよ』とぼやく。
「可笑しいな。でも、それが分かっていて、それでも調べる気なんだろ?どこ行くんだっけ」
「見当を付けている場所です。そこに在るとは限らないけれど、手掛かりがあればと」
「俺は一緒じゃない方が良いんだよね」
「はい。もしあなたまで見つかったら、あなたは何を言われるか分かりません。男龍が沈黙を守る対象を探ろうとしているわけで」
オーリンは苦笑いして『君はそういう勇気が何というか。俺は遠慮しておくよ』と頷く。
それから、イヌァエル・テレンに入ったところで二人は分かれる。『帰る時呼んでくれ』とオーリンが手を振って、イーアンも了解。
「さて。男龍は、私がここに入った時点で知っていますからね。とっとと動きましょう」
ぐずぐずしていられませんよ、と呟いて、イーアンは目星をつけた場所へ向かった。
*****
ビルガメスは、イーアンが来るとすぐに察知(※おじいちゃんは寂しい)。今日は早いなと思ったのも束の間。
「ふむ。あいつはどこへ行こうとしているのか」
子供部屋でもなく、男龍の住む浮き島でもなく。向かう先は離れてゆく。どんどん、イーアンの龍気が遠ざかることに、大きな美しい男龍はベッドに横にしていた体を起こす。
「イーアン・・・お前は」
何を勘づいたのやら、と苦笑いし、長い豊かな髪を揺らすと、男龍は立ち上がって朝の空を見上げる。すぐに追いかけようかと思ったが、少し考えて『待つか』小さな気持ちを選ぶことにした。
「もしかすると。これもまた必然」
まだ早い気もするが、イーアンの性分と動きが重なったら、それは導きもあるかも知れないと考える。止めることは容易いが、泳がせると何が起こるのか。『それも面白いかな』どうせ、目的地には辿り着けまいと知っているからこそ。
「お前は本当に、退屈しない女龍だ」
ハハハと笑って、ビルガメスは外に出る。きっと、自分が動かないと知れば、他の男龍が向かう。それは止めておくかと、動き出した他の龍気に向かって飛んだ。
*****
イーアンは飛ぶ。大きな龍気を動かしている以上、見つかるのは時間の問題だけど。それは分かっていても。確かめたいことがある。
「間に合ってほしいですね」
飛ぶ速度について、イーアンはよく知らない。
男龍の中で最速は、どうもファドゥのような話ではあるが、他の男龍も本気で飛べば信じられない速度を出す。タムズが言うには、『イーアンも同じくらい出している』ようなのだが、そう思えない速さ。
「追いつかれたら・・・怒られるかもしれません」
うへ~、想像しながら、イヤイヤ頭を振って『早くしなければ』と先を急ぐ。
イヌァエル・テレンは広いし、離れた場所へ行ったことが殆どないイーアンだが、この前、ザッカリアを連れて飛んだ時に、相当な奥まで進んだ。そこから先もあるかも知れないけれど、その時、ふと気が付いたこと。
その時は、目の端にふと入っただけで、特別、気にもしなかった。ただ、何か違和感があるとだけ感じた。その気付きは、覚えておいた。
そこだけ。なぜかイヌァエル・テレンの風景と違った。離れた場所にある島で、何が違うとは言い切れないのに、何だか緑の濃さが違うような気がしたのだ。
イーアンはそこを思う。風景が違うという、その意味。それが、地球と同じような意味で捉えられるかどうかは別にしても、何か理由があってこそ。
そしてここからは勘だったが、あの場所に感じたものと、連動で感じたものが似ている気がした。
「ここですよ。やはり、ここ。似ています。あの吸い寄せられる感覚と」
ザッカリアと一緒に来た時の見た、あの光が縦に伸びるものは、まだ遠くに見える。あれはそのままあるのだろう。でもイーアンは、そちらに用事はない。
手前の、横に逸れた海の沖に見えた島。その島の上に、イーアンは浮かぶ。
どう見ても、イヌァエル・テレンの自然じゃない。その島だけが、妙に黒々した緑の自然。熱帯雨林のように、濃い緑を湛えた島。こんもりとして、ブロッコリーみたいに見える。
側に寄ると余計に奇妙。ブロッコリーの縁が黄色く見えて、近づくとそこは金色の砂があると分かった。
「こんな場所があるなんて」
砂浜が短くて、もこっとした木々の屋根が作る島の風景は、奥へ入ったら出られないようにも思えた。砂浜から森林まで、少ししか幅がない。
「でも。行ってみましょう。もしかすると、ここにあの・・・連動の場所と被るものがあるかも知れません」
砂浜に下りたイーアンは空を見上げる。誰も来ていないし、気配もない。まだ時間はあると思い、森の中へ進んだ。
一歩入れば、光を遮る大きな葉っぱだらけ。下草も茂っていて、蔓草もたくさん垂れている。歩きにくいったらない。それに背の高い木々の葉は、本当に屋根のようで、細い光の筋が所々に差し込む程度の暗さを作る。
「生き物。いませんね。変わった場所です」
虫も鳥もいない。他の小さな生物の様子もない。木々が健康そのものなので、動物の影のなさが不思議に思う。
中を進んでいると、迷いかねない。どこかで一度浮上して、全体の位置と現在地の確認をしようと思い、イーアンは蔓草に足を取られながら歩く。
――空の城。
この言葉が頭から離れなかった。そして、連動。最初のアギルナン地区の集落で起こった衝撃は、消すことに必死で、首都から戻って大急ぎだったため、何かを観察する余裕なんてなかった。
次の時は、男龍と一緒で、彼らの動きをハラハラして見守っていたから、注意するべき点はずれていた。
昨日。グィードがいたことと、自分の龍気の使い方を計画していた分、気持ちに余裕が出来た。
そのおかげで、気が付いた。そして思い出した。意識していなかった、小さな違和感の点。点同士を繋ぐものが、あることに。
これが何か分かったからと言って、どうなるんだろうとは思った。
イーアンとしても、その続きを考える必要はあった。下手に理由もなく動き回っては、空の住人は嫌がるだろうなと。
でも。ただの好奇心でもない。自分がこれから、龍王と関わるんだと思えば。
「私は。旅を続けながら、その先も考えていないといけません」
旅路が終わった後。そこでめでたしめでたしではない。
イーアンはずっとそれを感じている。ビルガメスに聞いたあの日から(※1040話参照)続きが待っていることを、何かにつけて思う。旅はまだまだなのに、それでも自分の立ち位置に、自覚が欲しい。
「私は。『知らな過ぎる』ことを、不安に思う性質です。
痛みでも何でも、全部知っておきたかったと思う。これはもう、生まれついての性分」
男龍たちは、『知り過ぎることで、目の前の出来事に余計なことを思い、間違える』と教える。
何でも知っている彼らだから、言える言葉なのだ。それに反抗するつもりはないのだが、『私にとっては、知らないことが多過ぎる』これが不安だと、呟くイーアン。
「龍族最強なんて。大層な呼び名をもらいました。それなりの力も受け取りました。
でも中身が最強じゃない人が、最強なんて思いこめません。それは愚かというのです。
私が知り過ぎてはいけないと、男龍は隠して下さるけれど。でも私には、この状態は愚かで力だけがある、そんな不安定さ」
子供たちと過ごしている時も思う。
彼らは龍で生まれ、人の姿を得て、空の住人として生涯を送る。それも、生まれついての素晴らしい力を持っている。
対して自分は、ここに来てようやく。力を得て、『お前は誰なのか』と教えられ、これまでの概念も経験も無に帰す勢い。
知らないことだらけ。それなのに、力だけは破壊の力を持っているのだ。
「ダメですよ。ダメ。私は連動に対処したけれど、対処の仕方も龍の姿を選ぼうとしました。
ビルガメスは分かっていないと言う。そう。分かっていないのです。これだけの恐ろしい力を使える体なのに、自分のすべきことも立場への意識も、今までの私を使っては途端に間違いになる」
奥へ奥へと、真っ直ぐに歩き続けるイーアン。
あの『空の城』と呼ばれた、何か。そこがどこか知らないけれど、連動の龍気を吸い取る白い筒と、大きく関わる気がする。自分が動かした何かは、一体なぜ。なぜ自分によって、消せたのか。
「私が龍族だから。私が、女龍だから。私の龍気が強いから。私は、イーアン・・・でも、『日合三呼応』の44年間が土台ですよ。
その辺の中年おばさんが、地上を消しかねない恐れに対処しているの、理由も知らないなんて、まともに考えたらヤバいですよ」
こんなの、ビルガメスに言ったって、分かるわけないだろうなぁと思いつつ。イーアンは、誰にも理解してもらえない、自分の状態に溜息をつき、そして――
目の前が明るくなる。そこは密度のあった木々が、感覚を開けて立ち並び、下草も短くて、上から燦々と光が注いでいた。
ぽかっと開いたように、林冠に円が見えて、そこに落ちる光はまるで広場のように見えた。
「ここは」
自然に作られたのだろうか、と不思議に思い、イーアンはゆっくり中を歩く。下草が短いだけで、その場所の自然には変化がない。
何だろう、と気になる部分は変わらず、満遍なく円形の広場に似た場所を歩き、それから空を見上げた。
「あれ?」
何か見える。ゆっくり、ゆったり、何があるのか。何かが揺れている様子。青空のはずなのに、青空ではないことも気が付く。
「あれ・・・何ですか」
誰にも答えをもらえない、質問。イーアンは、じっと見つめた後で、翼を出してそこへ飛んだ。
お読み頂き有難うございます。




