1184. 再び別行動・レゼルデの話
戻った褐色の騎士は、馬車の皆に心配かけたことを詫びると、石を4つ渡し『これを精霊に』と頼んだ。
「俺はもう、行きます」
「も、もう。早い。早いのだ。今、帰ってきたのに・・・あ、お父さんか(←あの方)!」
驚きと共に、さっと暗い薮へ向けた総長の顔に笑ったシャンガマックは、『そうです』と答え、自分を迎えに来てくれて、そしてここまで連れて来てくれたことを話す。
総長は困ったように目を瞑り、小刻みに首を振って、承諾を拒否する。
「いくら何でも早い。お前と少ししか、居られないなんて。あの仔牛(←もとは鎧ウシ)で良いから、一緒に来い」
「あのう。俺はまだ、学んでいる最中です。今回の話はあまり言えないんですけれど、魔法を学んでいたから、対処出来たのは間違いないので。すぐに戻って、また新しい力の練習をします」
自分でも、いけないかも知れないと思いつつ。シャンガマックは、今の別行動の意味が、この旅に大切な理由を抱えていることを、控えめに、改めて伝える。
「バニザット、お前。真面目なのは良いが。少しくらい、皆と話して行け。次にお前に会うまで、どれくらいかかるのか。今回だって、急だし」
タンクラッドも、一応、同行する目的を遠回しに押さえる。
こうも全く、触れ合うこともなく過ぎる時間に、お互いが知らないことが増えると、それは後々、面倒を起こす気がする(※中年、人生を知る)。
本当は、自由にさせてやりたいと思う親方。シャンガマックが、『自分たちに出来ない分野』を得ているのが、分かるだけに。だが、徹底的に行うことと、疎遠になることは違う。これは旅なのだ。
親方の言い難そうな言葉に、シャンガマックは彼を見上げて困る。じーっと見て『でも。あの』と呟くと、親方が目を逸らした(※仔犬ビーム)。
「あのな。責めているんじゃないぞ。間違えるなよ。俺が言いたいのは、お前が何をしているのか、そこじゃない。俺たちがどうしているかを、お前は知らないだろう。定期的にでも」
「ねぇ。ごめん、タンクラッド。ちょっと挟む。ね、シャンガマック。あんた、無理してないわよね?(※一応確認)」
割って入ったミレイオの、率直な質問に、シャンガマックは目を丸くして急いで首を振る。
「無理?そんな、俺はヨーマ・・・ええと、ホーミットといて何も無理なんかありません。いつも世話してもらって、大切にしてくれるんです」
「『ヨーマ』って何だ」
謎の言葉に引っかかる親方。シャンガマックの顔を覗き込んでいたミレイオは、背後から掛った質問に眉を寄せる(←謎の言葉の意味知ってる人)。
何でもないです、と言い切った褐色の騎士に、総長も気になっていた『ヨー』の一言と気が付き、『前も言っていたような』と詰め寄る(※どうでも良いはず)。
「あの、別に。深い意味は」
「いいじゃないのよ、何でもないって言ってるんだから。話、そこじゃないでしょ」
ミレイオは振り向いて、背の高い二人に注意すると、向き直って、シャンガマックに溜息。
褐色の騎士は、腰に手を当てて自分をじっと見る、ミレイオの大人の顔に、ちょっと俯いて『あのう。俺は、ホーミットが好きなんです。本当に大丈夫ですよ』と小さく伝えた。
「仕方ない。行くんなら、食べ物持ってお行き。何が料理出来るわけじゃないんだろうから。おいで」
ミレイオはそれ以上、何も言わず。何も聞かず。
さっと剣職人を振り返って『こういう時。誰だってあるわ』あんたも、私も、あったでしょ、と。小さく付け加えて、仕方なさそうに微笑む。タンクラッドは苦笑い。
それからミレイオは、シャンガマックを荷馬車の後ろに連れて行き、中から食料を出す。強く縫った布の袋に(※宝用)ぽいぽい、根菜と平焼き生地を入れて、中を見せる。
「これ。毎食じゃなくて良いから。一日、一回は食べなさい。
この中から選んで・・・どうせ焼くだけでしょうし、これと、これとか。これと、平焼きとか。分かる?組み合わせて。あいつに肉取ってきてもらったら、焼く時に、これも入れるのよ」
食べ方を教えるミレイオに、シャンガマックはすまなそうに頷くと『有難う、ミレイオ』とお礼を言った。
横で見ていたバイラが、少し近寄ってシャンガマックの腕に触れる。振り向いた騎士に、バイラは微笑んだ。
「あの。私が知っている野草なんですけれど、テイワグナの草が多い場所は、大抵あるんですよ」
その野草の根っこは、肥大していて『洗って焼けば食べれる』と教えるバイラ。少し驚いたような顔のシャンガマックに、馬車の脇の雑草を指差して、近くで草を見せる。
「これ。葉が特徴的でしょう?夏の間は葉っぱで見分けられます。似ている植物はないから、まず間違いません。掘ると。すぐ、こんな感じで・・・地下茎が見えて。もう少し掘ると、ほら。これくらいあるんですよ。栄養あるから」
どこでも生えているから、と教えて、掘り出した野草の根を付けたまま、シャンガマックに手渡す。
「上は食べません。根だけ。でも肉と食べるんだから、量がなくてもね」
「有難うございます、バイラ・・・・・ そうなんだ。はい、すぐ見つけます」
うん、と頷く笑顔のバイラは、褐色の騎士の腕をポンと叩いて『力強くなりましたね!また会える時、早く来ることを願っています』と挨拶した。
「はい・・・有難う、またすぐ。会いに来ます!」
褐色の騎士の微笑んだ目は、薄っすら潤む。バイラは良い人だなぁと思う(※総長も親方もイイヒトだけど)。
こうして。ザッカリア、オーリン、フォラヴも、特に引き留めることなく。空の城が何だったのかも聞かず、次に会う日を願って送り出す。
イーアンだけは、少し離れた場所で腕組みして、悲しそうな顔でシャンガマックを見ていた。
シャンガマックはそれに気が付いていたし、彼女だけが話しかけようとせずに見つめているのが、何だか気が重かったが、目が合った時、少し見つめ合ったものの、何も言わないその白い顔に、何とも言えない厳しさを感じ、目を逸らした(※女龍勝ち)。
理由は分からないから。心がモヤモヤしているのを隠し、シャンガマックは食料の袋を片手に、皆に挨拶して、暗い薮へ戻る。
最後に振り向いた時、皆の後ろに立つ白い女龍が、まだ自分を見ていることに、胸が少し苦しかった。
「長い。行くぞ」
待っていた獅子に『長い』と不満そうに言われ、そのいつもの口調に安心するシャンガマック。
うん、と頷いて背中に乗ると、獅子は暗い影を伝って闇の世界へ入る。
獅子は、息子の腕に抱えられた荷物に『また何か押し付けられたな』と憎まれ口をたたき、笑う息子は『人間は雑食だから』と返事をし。
そんな会話を続ける二人は、闇のサブパメントゥを進みながら、魔法陣へ戻って行った。
*****
「イーアン。シャンガマックに話さなかったのだ」
気が付いていたドルドレンが、彼の戻った後にイーアンにすぐ訊ねる。女龍は伴侶を見上げて頷いた。でも何も言わない。
ドルドレンは、彼女の顔つきに何か理由を感じるものの、それが分からない。シャンガマックが気にしていたのが可哀相で、奥さんに何て質問しようかと一瞬、言葉を選んだ時、フォラヴが二人の横に立った。
「総長。イーアンは。近づけません」
「え」
「私は今、シャンガマックが渡してくれた石を馬車に置きました。でも、石を彼女に近づければ、石は割れるでしょう」
フォラヴの静かな説明に、女龍は何とも言えない。黙って、自分に同情の視線を送る妖精の騎士に、苦笑いを見せた。
ドルドレンは、フォラヴとイーアンを交互に見てから、奥さんに『そうなのか』と呟く。鳶色の瞳がすっと向けられて、溜息。
「私は。龍なのです。ビルガメスも注意するほど、龍気の上がった今。折角、石を取りに行ったシャンガマックの功績を、壊すわけに行きませんでしょう」
「あ。そうか。そうだ・・・龍気が凄いから、精霊のレゼルデが近づけないと」
ドルドレンも『分かりそうなものなのに』と、こうした時、理解の遅い自分に困る。奥さんに質問したことを詫びて、イーアンが少し笑った顔に『すまないね』と謝る。
「私が話しかけたら、優しいシャンガマックは近づいて会話をしようとします。それじゃ、困りますね。
慌ててダメだと注意したら、彼が謝りますでしょう」
「ああ。イーアン。君はそんなことまで気にして。そうだな・・・でもね。シャンガマック、俺と同じで多分分かっていなかった。後で、連絡しておくよ」
ドルドレンは奥さんの頭を抱き寄せ、白い角をナデナデして顔を見ると、いつものニコーっとしたイーアンの笑顔が見れた。
フォラヴは二人を見て、ちょっと満足してから、馬車に置いた石をまた手に取った。
「さて。総長。木の実を使って下さい。レゼルデは待っていらっしゃいます」
振り向いて、微笑みながら声をかけると、ドルドレンはハッとして『そうだ』と頷く。イーアンはそっと離れて、馬車の馬の方へ歩いた。
「では。呼ぶぞ。これ、本当に俺で良いのか」
「はい。総長が呼んで下さい。私は隣にいますので」
ドルドレンが確認し、フォラヴが答え。その様子に、仲間もそそくさと定位置に動く(※害のある人と、無い人)。
フォラヴの見守る横で、ドルドレンは腰袋から出した、小さな木の実を手の平に乗せる。横に立つ部下に目を向けると、頷いて『それを指先で割って下さい』と言われたので、了解して、小さな木の実をぐっと潰す。
パキリと音がした少し後。木の実はフワフワ、緩やかな煙の筋を上げて、それは細い糸のような薄緑だったのに、あっさりと周囲を同色に染め上げる。
「おお・・・この色。レゼルデの」
「はい。もういます。総長、そこに」
フォラヴが静かに微笑んで、ドルドレンの腕を触る。部下に示された視線の先を見ると、白銀に輝く光をまとった、シカの姿。
「レゼルデ・・・?美しいな」
ドルドレンの見惚れた顔に、シカは少し首を動かした。
シカは進み寄ってきて、大きな角をゆったりと横に揺すると、一瞬で緑の風に包まれた人の姿に変わる。その姿もまた、二度目とはいえ、惚れ惚れする美しい幻想的な様子に、フォラヴはニッコリ笑った。
「ドルドレン。私を呼んだ。それはすなわち」
「そう、そうだ。これ。フォラヴ、石を」
あまりに見事なシカの神秘さにポカンとしたドルドレンだったが、訊かれて急いで部下に振る。フォラヴは石を4つ手に持ち、シカの視線を受け止めて微笑んだ。
「ここに石が。仲間のシャンガマックという男が取ってきてくれたのです」
「まさにその石。苦労したか?『シャンガマック』はどこにいる」
「ここにいません。彼は精霊の加護を受けた男。ですが、今はサブパメントゥの父を迎えて、魔法の練習に。彼は、この石を取る為に戻りまして、そして、つい先ほど」
「分かった。シャンガマックに私は感謝する。フォラヴ。お前にも感謝する。有難う」
「レゼルデは、大変に美しい精霊ですね。あなたに会えたことを忘れません」
「有難う。お前に会えたことも忘れないだろう。妖精の・・・お前は。まだ。妖精の子かな」
不思議なためらいを呟いた言葉に、空色の瞳を向けたが、レゼルデは微笑んだだけで先を続けず、フォラヴの両手に乗った石を4つ摘まみ上げた。
「すぐに結界を張る。それでは」
「あー!ちょっと、ちょっとだけ。待ってくれ!」
すんなりサヨナラしそうな精霊に、ハッとして慌てたドルドレンは、大急ぎで止めて『訊きたいことがあるのだ』と頼む。レゼルデは、大きな若葉のような色の目を向けて『何かあるか』と促す。
「今なら訊いても良いだろうか。実は『あなたと似た』と言われた存在の話が。いやしかし、あなたが精霊である以上、似ているとは」
「誰に言われた」
男龍がと答えるドルドレンに。レゼルデは大袈裟なくらいに首をゆっくり傾げ『龍族』の一言を呟く。頷いた黒髪の騎士に、先を続けるように言った。
「うむ。ええと、レゼルデに地名を伝えて分かるのか。インクパーナという地に、このもっと向こう。あっち(※指差すしか出来ない)。あっちにだな、精霊を崇める若い人間が」
「ワバンジャ」
「え。知っているのか」
「私の子。ワバンジャ」
皆は固まる。お子さん・・・?
離れた場所にいるイーアンも、静かな空間に響く、精霊の声は聞こえる(※龍気ムンムンだから近寄れない自粛)。このシカの精霊と、ワバンジャは全く似ていないけれど。どういうことなのかと驚く。
レゼルデは少し考えてから、丁寧に『多くは話さない』と断る。
口も半開きのドルドレンは、うんうん頷き、聞けることだけでもとお願いした。
彼のような存在に今後も会うとしたら、『自分たちはその意味を知らずに、通り過ぎてはいけない気がして』と、重要に感じていることを伝えると、レゼルデは微笑む。
「ドルドレン。勇者とはお前のような男か。ワバンジャは私の子。私が守った人間の女が生んだ。女は、彼を生んで間もなく魂に変わり、私は子をあの場所へ渡した。彼は私の力を知る」
短い説明でも、そこに心に苦しいものがある。ミレイオは眉を寄せて『亡くなったのね』と呟く。
彼のお母さん、レゼルデの相手の人間の女性は、子供を育てることなく死んでしまった。
自分の愛した人を思い出すミレイオは、美しいシカの精霊に同情した。
ザッカリアも切なそうに聞く。自分の親の記憶がないザッカリアは、心にすっぽりとレゼルデの言葉が入り込んで、やんわり染み渡る。
それはオーリンも同じで、自分の親たちに会える最近とはいえ、全く馴染めずに来ている関係と、今も子をすぐ『自分の子』という誠実な精霊に、考えさせられた。
フォラヴは一番・・・胸が痛んだ。私の親もレゼルデのように、今も思ってくれているのか。ワバンジャは自分が誰かを知らない様子に、今の自分を重ねる。
このお話で、親子間を何とも思わないのは、ドルドレン、イーアン、タンクラッド、バイラ(※黒い過去で自立早かった人たち=サバサバ系)。
切ない話に、『そうだったのか』と思うものの、それ以上はない(※人生いろいろって思うのみ)。
レゼルデは若葉のような瞳に、長い長い睫毛を伏せて、静かに呟く。
「また。ワバンジャのような者に出会うこともあるかも知れん。人ではない力に恐れず、その時は、優しくしてあげてくれ」
「勿論だ。ワバンジャも良い若者だった。彼はこれからも、ずっと直向きに精霊に仕えるだろう。
それでその、あの。俺が言うと余計かも知れないけれど、ワバンジャは『精霊の顔を見たことがない』と。呼び出せば呼べるけれど、顔を知らないからと話していて」
言い難いけれど、ワバンジャの話を聞いたドルドレンは、思わずそこを思い出す。小さな声で伝えると、レゼルデは優しく微笑み、ドルドレンの顔の間近に顔を寄せて、鼻先を付けた。
ビックリして灰色の瞳を丸くしたドルドレンに『勇者よ。温かな心の男』そう、嬉しそうに囁く。
「顔を見たら、ワバンジャは私を知る。彼は人間。私は精霊。同じ場で過ごすことは出来ないのだ」
「あ。そうなのか、すまない。俺は知らないからと」
真ん前の大きな黄緑色の瞳に吸い付けられたような、そんな気持ちのドルドレンに、鼻先を付けたシカの精霊は、微笑みながら離れた。
「お前たちの旅の無事を祝福しよう。女龍、大らかな龍。空に栄光あれ。サブパメントゥよ、地に揺るがぬ夜を称える。妖精の者。お前の未来に多くの実りあらんことを」
レゼルデが最後の言葉を言い終わらないうちに、辺り一帯は緑色の霧に包まれて、彼の言葉は空間に響いて残った。
お読み頂き有難うございます。




