1182. 連動後 ~ファニバスクワンの絵
ジョハインの目が、すーっと上を見たので、シャンガマックは視線を追う。
「あ。彼らがいない。もう用が終わったんだ」
雲が灰色の空を見せる背景に、龍族がいなくなった後、シャンガマックも行動に移ろうと思ったのだが。
『でも。水が引くのを待つなら』まだまだだなぁ、と呟いた。ジョハインは騎士を見ていて、何も反応しないので、多分それ(←引き潮)を推奨と判断。
「じゃ。総長たちに連絡しておこう。俺は遅くなるな」
総長たちには連絡珠があるけれど。すぐに遺跡に入れそうにないことを、ヨーマイテスにも伝えたいにしても、こればかりはどうにもならない。
「どうしよう。俺が遅いと、きっと心配する(※息子34才・父ウン百才の親子)。うーん。心配させたくないなぁ。とりあえず、総長には連絡しよう」
『とりあえずの総長』を連絡珠で呼び出し、用事に時間が掛かると教えると、総長はとても気にしていた。
『シャンガマック。どこなのだ。側に行く』
『いいえ。ちょっと・・・あの。複雑なところで』
『お前一人を残していくのは出来ん。先に馬車に戻れるはずもない。イーアンは今戻ってきたが』
『ええと。俺もその、何と言えばいいか。だけど。ジョハインは一緒ですから』
こんなやり取りを続けて、どうにか総長に折れてもらったシャンガマックは、連絡珠が使える間は、適度に連絡をすると約束し、通信を終えた。
「ああ、困ったな。総長でもこれなのに(←これ)。ヨーマイテスじゃ、どれほど気にしているか。
俺が困ったところで、水が早く引くわけでもないし・・・うーむ、本当に参るなぁ。海が相手じゃ、人間は待つだけ・・・ん。お、でもない・・・か?」
何か閃いた様子の騎士に、ジョハインが黒目がちの金色の瞳を向ける。シャンガマックは自分の側にぐ~っと寄せられた龍の顔を撫でながら。
「もしかすると。相手が精霊の石なら・・・俺は今。力を増やしたり操ったり練習しているんだ。
俺がもし、海の中の石に向けて精霊の力を当てたら。石も反応して、何か起こりそうじゃないか?」
ジョハインは、シャンガマックの言葉を聞いて、目を丸くした(※『そんなこと出来るの!』って感じ)。丸い目を見て笑うシャンガマックは、龍の顔を撫でて『本当だよ、出来るんだ』と頷く。
「お前とも暫くぶりだから。こんな変化があるなんて、分からないかも知れないな。俺はこの前より、出来ることが増えたんだ。よし。待っているよりは、試そう・・・ええっと、お前は?」
シャンガマック、こういう時に龍に乗って良いのかどうか、ちょっと心配が過る。
「俺の精霊の力。お前に影響があっても困るだろう。どうしよう、俺だけで近くまで行くか」
騎士がそう言うと、龍は少し考えてから、フンフンと鼻を騎士の首元や腕に寄せて、大きな頭を傾げた。
「どういう解釈で良いのか。それは、問題ないという意味か?」
うんうん、首を揺らすような龍にシャンガマックは感心して『お前は大した龍だな。精霊の力が平気とは』そう言って、背中に乗せてもらう。
「あ。そうか、前に聞いたな。タムズが話していたっけ。ジョハインは、精霊が作ったんだよな」
乗ってから思い出す騎士に、龍は首を向けて『いいえ~』のような首の動きを見せる。違うの?と思ったすぐ、再び思い出す。
「ああ・・・そう言えば。龍は精霊が作るとか。龍は皆、精霊が作るんだったな。その中でもお前は『精霊の要素』が多いのか」
そうそう、と頷く龍に、微笑んだシャンガマック。そう思い出すと、とても不思議な話である。
龍なのに。精霊が作る――
どうしてなんだろうと思うのも束の間。答えをくれる誰かがいるわけではないので、この話はここまで。
「じゃ、行こう。もし俺が力を溜め始めて、危ないと思ったら教えてくれ。すぐに止めるから」
シャンガマックにお願いされて、龍は彼を乗せて飛ぶ。
ジョハインは、丸ごと精霊が相手でもなければ、大体は問題ない。その精霊さえ、相当な力の保有者が対象だった。
そんなことを、会話で知ることもないシャンガマックは、岩場から飛び出てすぐ、精霊の力を魔法の言葉を唱えて集め始める。
「ジョハイン。気を付けてくれ。俺の腕に力は集中する」
大丈夫~・・・と、返事も出来ない龍は、乗り手の言葉にちょっとだけ首を揺らして、了解の意思を示す(※出来た龍)。
褐色の騎士は、渦が収まりつつある海上を見つめ、魔法の言葉を唇に上がらせながら、ひゅっひゅと、音を立てて腕に巻きつく真緑の風を増やす。
風は金色の縁取りを伴い、呪文が繰り返される度に色の濃さが深くなる。深くなればなるほど、シャンガマックの体感に、精霊の力が漲る。
そろそろだ、と思ったのをタイミングに、シャンガマックは旋回する龍の背中から、真緑の光の風を海底目掛けて振り放った。
森の豊かに茂る木でも投げたように、真緑の風は腕を離れた瞬間、ふわっと膨れて海の中に滑り込む。
すぐに反応が出て、渦が消えそうな海面にボワ~と明るい緑色が広がり、驚くシャンガマックの下で、光はどんどん水色に変わった。『あれは』呟いた騎士に、ジョハインが振り向く。
「もう一回?そう言っているのか?」
龍は『まだ出来るぞ』とばかりに、乗り手を急かす。ワタワタしながら、シャンガマックは大急ぎで呪文を唱え、先ほどの一歩手前くらいの精霊の力量を込めた風を、海面の同じ場所に向けて、勢い良く解き放つ。
真緑の風は、上から見た竜巻さながら、海面に吸い込まれたかのように入ってしまう。また海中に、ふわーっとした光が広がり、それと同時にジョハインが振り向く(※次、って)。
大急ぎでシャンガマックは力を溜め、溜まったら振り放つのを繰り返し、矢継ぎ早のこの作業(?)に精霊の力を集めては、海中に注いだ。
何度も何度も連続するので、シャンガマックも疲れが来る。眩暈がしそうな頭の感覚に、『まだ?』と振り向く龍に問いかける。
「こんなに何回も連発するとは思わなかった」
と、弱音を吐いた途端。眼下の海面に光と共に渦が浮かび、その渦は細い通路のように海底に続いているのを見た。
「おお・・・・・ 」
ジョハインはここまで。騎士に一度だけ挨拶すると『?』の顔の騎士の返事を待たず、一直線に渦に飛び込み、背中で慌てる騎士を、海中の渦の中で振り落とした(※雑)。
「うわっ!ジョハイン!」
わぁぁぁ、と叫びながら落ちるシャンガマックの目に、大急ぎで空に帰って行く龍の姿が映る。龍はシャンガマックの叫び声に一回振り向くと、渦の上で体の向きを変えた(※『頑張れ』って)。
その龍の姿を見ている時間も僅か。あっさり海底に引き込まれたシャンガマックは、渦の中、水のない風景に着地し、周囲を見渡してさらに驚いた。
「これは。タンクラッドさんが見せてくれた、香炉の・・・あの渦のようだ(※618話最後参照)。
あんな規模じゃないけれど。俺の周りにだけ、海の渦が壁を作って。あ、あれ。あれは」
ハッとしたシャンガマック。狭い渦の中、水もない場所に立つ自分が、ここからどこへ移動するのかと思いきや。
その水の壁の向こうに、神殿のようなものが見える。
神殿は揺らいでいて、目を凝らしてみると、ぼんやりと神殿の下が光っている。その色は――
「薄緑色か、青の入ったような。あれが精霊の石?それとも俺の魔法の名残か?」
どっちだろうと呟いて、シャンガマックはとにかく進んでみることにする。そっと壁に手を付けると・・・水浸し。
「うん。そうなると思った」
苦笑いして、さてどうしようと考えた後。『やっぱり、精霊の力を試すだけしか俺には出来ないかな』として、少し疲れた頭に喝を入れると、騎士は呪文を唱え始めた。
片腕に真緑の風が呼び起こされて、金色の縁取りが増えた時、壁の向こうの神殿がグラッと揺らぎ、浮いたように見えた。シャンガマックはどうして良いか分からないが、とりあえず、精霊の力を満たした片腕を水の壁に差し出す。
「通るぞ。俺は精霊の光」
心にナシャウニットを思い、自分を奮い立たせるための呟きは、水の壁を押し割るように広げる。
「開いた」
騎士が通れるくらいの幅で、水の壁は左右に割れて、道が出来る。シャンガマックは、面白さにゾクッとする。精霊の力を宿した腕を前に、開かれた細い道を辿って、目の前に現れた遺跡へ歩く。道は先で広がり、水の壁は広い空間を作っていた。
これがそうか――
これが、危険な遺跡。時をなくす遺跡。
ヨーマイテスが心配していた、遺跡そのものと分かる。でも、ちょっと変な感じで、遺跡は現実ではないような様子。
「変だな。これ、本物か?」
近づいたそこには、ゆっくりと揺れる神殿に似た作りの遺跡がある。のだが。
どう見ても、透けている。水の壁を越して見た時、本当の建造物と疑わないくらいだったが、水がない状態で見ると、不思議にも全てが透けていた。
細かい模様。風変わりで、どこか見たような、でも記憶に残っていない絵柄。夥しい量の古代の絵に包まれた、その透ける神殿は、シャンガマックの探求心を掴む。
そしてこの遺跡は、浮いているとも知る。
透けているんだから、そうも見えるのかもと、一瞬目を擦ったが、間近まで来て『本当に浮いている』と驚いた。
ゆっくりと、浮かび透ける遺跡を眺めて、周囲を歩く褐色の騎士。
不思議で一杯。現実にありそうなのに、目の前に見えるのに、無い・・・無いんだな、と呟く。
ふと、足元を見ると、足元も砂ではなく広い敷石が続いていて、その敷石にも、とんでもない量の細かい絵が彫られていた。この敷石も、透けている。
「ここは一体。あ、何だろう」
透ける遺跡の中に、ふわふわと、水色の光が浮かぶのを見た騎士は、浮かんでいる神殿内の光に意味を考える。
「あれは。邪気がないな。ここ・・・そう言えば、魔物の気配は全くない」
魔物が近づきようないくらい、龍気があるからか。凄い龍が満ちているのだけど、でも。さっきから、精霊の気配もする。
「そうだ。ええっと、石だ(※忘れてた)。早くしなければ」
長居するな、と言われているんだった、と思い出した騎士は、水色の光をもう一度見てから、遺跡の浮かんだ真下に目を走らせた。ほんわりと、薄緑色の光を渡す遺跡の浮かんだ下。
目を凝らしてじっくり見ていると、何やら変な感じに気が付く。
自分が立っている場所の敷石は光っていないし、絵の雰囲気も、透ける遺跡のそれと同じ。
でも、薄緑色の光が渡るところは、大きな神殿の丁度、真ん中辺りだけで、そこに見える絵が。
「あの絵。少し違うような」
シャンガマックは、この浮いた神殿の下に歩を進めることに、少し怖いものを感じていたが、あれも確かめるべきと決めて、そっと、背を屈めて神殿の下に入る。
遠いからよく分からないが、光っているのはそこだけのようにも思う。他、広い大きな神殿の下に、同じ色の光は見えない。薄緑色の光に進むシャンガマックは、ドキドキする。
透けているから、きっと触ることも出来ないのだろうけれど。
それに、ということは、だとすれば(※不安)『落ちてきたとしても、下敷きにはならないよな』ぼそっと胸中を呟いて、神殿の中心に進む。
そして。
シャンガマックは、薄緑色の淡い光の円盤、その端に辿り着いた。
その様子はとても美しく、また、円盤に描かれている絵も初めて見るもので、古代の産物にシャンガマックの心は満たされる。『素晴らしい』ほとんどそのまま残っている絵に、いつまでも見ていたくなる。
「これ。これは精霊だな。俺の体が癒されていく。龍気の中に佇む、これほど大きな精霊の力とは。
しかし、俺を包むこの力。穏やかで静かだ。不思議だ。相当な精霊の力に思うのに、流れ込む精霊の気は微量」
「お前は誰」
「え?」
「お前。不思議な男よ。人なのか。それなのに、ナシャウニットの力が。またサブパメントゥのようにも」
足元を見ていたシャンガマックが顔を上げたそこに、柔らかな光に象られた、ほっそりとした生き物がいた。光は水色で、先ほど神殿の中に見えた色と同じ。あの光が、透けた遺跡を抜けて、降りたんだと分かった。
相手は、人の顔と胴体に、長い魚の体のような足と、腕の代わりの大きな鰭。髪はなくて、額から背中へ向かう3列の鰭が揺れている。顔は光がぼやけてはっきりしないが、男女の別がない。
「俺はバニザット・ヤンガ・シャンガマック。精霊ナシャウニットの加護を受けた人間だ。
最近、サブパメントゥの父に祝福を受けたが、体は」
「面白い男よ。サブパメントゥが父で、ナシャウニットの加護をそれほど受け取ったとは。
さて、お前ではなさそうだな。お前に龍を感じないが、この異物を外した時に訪れるとは、時の運も示唆があるのか」
会話をしているのに、全身に響くような声は、音のようで音とも違う。演奏される楽器の音が、空気を震わす体感と近い。
「あの。あなたは精霊?俺はこの遺跡に長く居られない。陸の精霊に、結界の石を求められて、俺がここへ来た。ここにその石は」
「ふむ。これか。これを使いたいと。良いだろう。今が一番良い時だ」
まるで『丁度、収穫』のように聞こえる、のんびりした言い方。示された鰭の先を視線で追うと、円盤の欠けた端。
「これ?これか?この・・・少し黒っぽい緑色の」
「それだろう。昔。とんと昔。ここが日に一度は、水の引いていた頃。
これを力の支えに持ち帰った精霊もいた。『その一人』の話ではないのか」
あの、とシャンガマックは言いかけて、少し説明する。
自分はその精霊に直接会っておらず、仲間が頼まれたこと。土地の精霊は、結界の石が魔物のために割れて困っていたこと。そして、連動の白い筒が消えた場所へ行くよう、男龍に言われたこと。
精霊は静かに話を聞いてくれて、最後を話し終えた騎士に、ゆっくり頷いた。
「シャンガマック。お前がここに来たのも、私と会う運命。土地の精霊が悲しんだ、割れた石は、魔物のためではない。しかし、お前をここに遣わした龍族の話を知れば、お前は理由を知らない様子。
フフン・・・龍め。遠慮か。それはそれで良いだろう。そう受け取ろう」
何か。精霊が思い出している様子で、男龍の処置に、鼻で笑う精霊を見ているシャンガマックは、きっとすごく昔、両者に因縁があったのかなと察する(※大体当たり)。
「分かった。シャンガマック。正直で、精霊の力を注がれた男。
お前が私に与えた力で、ここはお前のために開くに至った。だが長くは続かない。ここは恐らく、再び閉ざされる。
その前に間に合ったお前にまずは祝おう。そして、ナシャウニットの力を称え、私もお前に知恵を授けよう」
そう言うと、精霊は騎士を手招きし、恐る恐る、光る円盤の中に入った騎士を中心に立たせると、鰭をすーっと180度に動かし、騎士の顔を見た。
「覚えて戻れ、シャンガマック。私はファニバスクワン。私の絵は世界の水の底にある。絵を全て見ることが出来た時、その者が誰であれ、私の力と同等の強さを得る」
「ファニバスクワン・・・あなたの力?絵?」
驚く顔を向けて漆黒の瞳を丸くする騎士に、光に象られた精霊は笑ったようだった。
「お前の手にも、この石を持ちなさい。陸の精霊の分と、お前の分。お前の持ち返った石は、再び水を割ることが出来るだろう。私の力の一部を、受け取りなさい」
こうして。驚きながらも、わーっと笑顔に変わった騎士は、お礼を言ってから、自分が立つ場所に広がった円盤の絵を眺めて大まかに覚えると、円盤の端っこにしゃがみ、その縁に欠けて転がる石を幾つか拾った。
「これ。いくつ持って行くか・・・俺は聞いていなかった。数は」
「また暫くは閉ざされるのだ。そのくらい持っておけ」
「有難う。ファニバスクワン。またあなたと会えますように」
「水の中でな」
ハハハと笑う声が響いた途端、円盤の端にいたシャンガマックは、一気に体が浮上したような感覚になり、急いで目を閉じた。
褐色の騎士の体は、水を抜けるような音を立てて押し出され、バシャーンと大きな音がしたと同時、眩しさにハッとして顔を上げると、そこは空中だった。
下は海面。自分は空中。うお、と一声上げて落下する騎士は、凄い勢いで飛んできてくれた龍に救われ、間一髪のところで海面をすり抜けた。
お読み頂き有難うございます。




