1178. 旅の七十三日目 ~シャンガマック参加
森の影の中に現れた部下、シャンガマックを迎え、ドルドレンは『よく帰ってきた』と笑顔で頷く。
部下。大迫力。黄金の鬣をかかえる大きな獅子の背中に、既に騎士の枠を超えた、ぶっちゃけ野生児の状態のシャンガマックに、今、ドルドレンは負ける気しかしない(※お父さんのダイナミックさ認める)。
そんな総長の笑顔の不安そうな震えに気が付かない(※距離ある)褐色の騎士は、一呼吸おいて、ニコッと笑い、改めて戻った事情を伝える。
「俺も同行です。まだ練習はしているんですが、用事で」
「うむ。聞いている。昨日の晩、ビルガメスが来てな。お前が『精霊の力を持つから、一緒に行くように言った』と」
あの後だ、と思いながら、シャンガマックは微笑む。
総長の表情から、特に何も気にしていない様子。総長は、精霊の用事に男龍が関わることを、変には思わないのか・・・それとも、もう納得するような理由でも聞いたのか。
「バニザット」
シャンガマックがぼんやりした数秒間。獅子が名前を呼んで、その声にハッとする。『うん』答えてすぐに背中を下りると、獅子の顔の側に顔を寄せて、鬣を撫でる。
「じゃあ。行ってくる。終わったら呼ぶよ」
「待て」
シャンガマックが行こうとしたのを、ヨーマイテスは止める。影の中で体を変えると、大男の姿になってから、息子を引っ張り寄せて両腕に抱き締めた。
この様子・・・いつもながら。ガン見で見入るドルドレン(※うわ~って興奮中)。奥さん、早く早く!と心の中で呼ぶのが聞こえたか(※違)。
停まった馬車の前で声がしているので、皆がわらわら下りてきた。そして、凄い場面(※でもないと思う)に、皆で目を丸くして見守る。
イーアンは急いで、ドルドレンの側に行き、伴侶に『早く』と乗せてもらい、御者台で観劇(※もはやそう)。
そんな、不純な仲間の視線なんか、全くお構いなしに。
心が潰れそうに苦しいお父さんは、息子をぎゅっと抱きしめた腕を緩めると、少し体を離し、その顔を見る。騎士も微笑んでいるけれど、少し寂し気。
「俺が行けない以上。もう、こいつら(←仲間)に預けるしか出来ない。いいか、遺跡に入ったら。絶対に長居するな」
「分かった。大丈夫だ。早く出るよ。もし何かあったとしても」
「言うな。何もないと信じるぞ。お前には誰も、何も、指一本触れさせない」
「有難う。あのね、そうじゃない。もしも、だ。もしも、俺がまた倒れたとしても、ヨーマイテスを呼んでもらう。そう言いたかった」
「ああ、バニザット」
やめてくれ、と絞る声で、お父さんはまたもぎゅうううと息子を抱き締め、息子の頭を大切そうに何度も撫でると、ちらっと馬車を見た。
突き刺さるような凝視の視線の数・・・『何だ。何を見ている』全員が見ていることに、不愉快な顔を向けるヨーマイテス(※皆さんは一瞬だけ目を逸らす)。
「行ってくるよ。また、数日後に」
「終わり次第呼べ。すぐに向かう」
ヨーマイテスはそう言って、名残惜しそうに息子をもう一度抱き締め、その頭に口付けた。長い口付けは、息子の無事を願う祈りで、ヨーマイテスのサブパメントゥの力を注ぐ。
シャンガマックの体に、髪の毛越しに届いた、父の力。精霊の加護を受けた首と両腕に燃えるような熱を持ちながら、弾けて駆け抜ける血潮の勢いに、今、勇みづく。
顔を上げて、碧の目に力強く微笑む騎士は『必ず、呼ぶ』と父に言い、背の高い父の顔を撫でた。父は本当に辛そうな顔で、彼をそっと送り出す。
ここまでの流れで。不純な夫婦(※♂♂好き)は、顔を赤くしてはーはー言って見守り(※瞬き少な目)ミレイオは、顎が外れそうなくらい驚いていた(※うへ~っキモ~って)。
親方は、彼らの強い絆がただただ、羨ましかった(※昨晩、喧嘩になりかけた人)。
その他、オーリンやザッカリア、バイラやフォラヴは、『あのイカツイ男が、あんなに』と、そこで驚くだけ。彼を相手に普通のシャンガマックにも、よく考えれば驚くが、シャンガマックはあのまんまなんだと納得もした。
森の影から出てきたシャンガマックは、一度振り向く。父と目が合い、彼はそのまま影に消えた。見送った姿に有難さを感じながら、仲間に目を向けると、なぜか全員が自分を見て呆然としているので驚いた。
「どうしたんですか。あの、ホーミットはもう帰ったので」
「あ。ああ、そうだな。うん。じゃ、乗って」
ドルドレンは、ハッとしてゲホゲホしながら部下を促す。イーアンも、胸を苦しそうに押さえて、うーんうーん言っているので、馬車の夜は冷えたのだろうかと、シャンガマックは気にした(※風邪)。
皆の元に戻り、ザッカリアが近くに来ると『シャンガマックが強くなった』と言われ、褐色の騎士は微笑む。
「強くなっているかどうか。これから力試しだ」
「シャンガマック。お帰りなさい。御者はミレイオにお願いして、一緒に荷台へ」
フォラヴに促され、シャンガマックは頷くと、こっちを見ていたミレイオに、食べ物を少しもらいたいことと、それから『ちょっと御者を頼んでも良いか』を訊ねる。
ミレイオはニコッと笑ってすぐ、保存食の平焼き生地と、燻製の魚を渡し、御者を引き受けてくれた(※あのオヤジ相手に、うわ~って感じのまま)。
フォラヴとザッカリアと一緒に荷台に乗り込み、シャンガマックは、動き出した馬車の後ろを見ながら、朝食を食べる。
それから『昨日、男龍は何て?』の質問を友達にした。妖精の騎士は彼の前に座ると、昨日の晩の話を先にしてから、昨日一日に起こった出来事を全て話した。
「精霊・・・シカの?お前が」
「そうです。彼は私に最初、どうにか出来ないかと頼みました。妖精は自然を癒すからと言うのですが」
「なったばっかりだ・・・あ、いや。そういうつもりは」
「いいえ。構いません。実にその通りです。この前、自分自身を理解した私には、何も思いつかず。それをザッカリアが、私の代わりに彼に伝えてくれました。
そして、ザッカリアの質問から、その方は『結界の石がある場所』を話して下さいました」
「それが・・・空の城」
「はい。向かう先は同じようです。空の城自体は、私たちには皆無。ビルガメスは、連動と同じ方向だから、そのまま進むように言いました。
そして、空の城の下に眠るという『石』については、シャンガマックに任せたから、シャンガマックが探し出すだろうと」
妖精の騎士は静かにそこまで話すと、友達のもぐもぐしている顔を見て微笑み、そっと布で口を拭いてあげた(※口から出てた)。
「ん。すまない。久しぶりにこんなの食べたから」
勢いで頬張った、と笑う褐色の騎士に、フォラヴもニコッと笑って『ホーミットは、あなたに何を食べさせてくれましたか』と、少しだけ話を変える。
シャンガマックが『自分はどうしていたか』を、その質問に繋ぐと、大人しく聞いていたザッカリアは、お菓子箱を取って『好きなの、食べて良いよ』とお菓子を分けてくれた(※料理食べてないと知る)。
「シャンガマックの魔法とは。精霊の力とは限らないものですか」
「いや。精霊の力だ。魔法は力の種類があるのかどうか・・・俺の場合は、精霊の加護が強いから、精霊の力を上手に使う方法と。ホーミットは話していたな」
「魔法、使えるの?結界じゃないのとか」
魔法の練習をしている話は聞いているので、フォラヴがそのことを詳しく訊ねると、シャンガマックの返した内容に、ザッカリアが目を輝かせて食いついた。笑ったシャンガマックは頷く。
「そんなに寄るなよ。ちゃんと聞こえている。結界だけだったが、今は別のことも出来る。始まったばかりだから、これからもっと覚えるだろう」
「ホーミットが教えてくれるの?ホーミットも魔法使う?」
「使わないな。彼は、魔法ではないんだ。サブパメントゥの力だから、魔法のように見えるけれど」
「すごい強いよね!それに、耳だけとか。カワイイの!」
シャンガマックは子供の嬉しそうな顔に、自分も笑ってしまうのだが、ちょっと咳払いして『カワイイって言ってはダメだ』と注意する。顔が笑っているシャンガマックに注意されても、何んともないザッカリアは『だってカワイイでしょ』と粘る。
「ダメだ。嫌がっていたぞ。お前が可愛いと何度も言うから」
「でも触らせてくれたもの」
「ザッカリア。お前だって、可愛いと言われたら嬉しいか?ユータフに言われて嫌がって」
「あ!嫌だっ 気持ちワルい(※ユータフ気持ち悪い認識)」
そうか・・・ちょっと沈む子供に、フォラヴとシャンガマックは笑って『分かれば良い』と教えた。フォラヴはその話を少し聞きたくなり、どういう感じなのかとシャンガマックに訊ねる。
「ザッカリアに聞けば、きっとまた『可愛い』と言うだけでしょう。あの厳しい顔つきの彼が、耳・・・?手足もと、そんな話は聞きましたが」
「うん。そうだ。魔法でも何でもない。変化する最中に止めている。ホーミットに言わせれば、中途半端な状態で、何の意味もないそうだが」
アハハと笑う褐色の騎士に、フォラヴも笑顔で頷く。ザッカリアは『そんなこともないと思うよ』と控えめな主張をしていた。
それからフォラヴは、ふと思い出した、精霊の力の繋がりで『ワバンジャという方が』通り過ぎた貴族の領地とのいざこざも話して聞かせた。
褐色の騎士はその話に、苛立ちを含んだ顔に変わる。『ひどい』と呟いた声は怒りがあり、フォラヴは静かに頷いてから、『イーアンが』と、対処の済んだことも続けると、幾分か気持ちが落ち着いたようだった。
「そうか。そんなことが。しかし、その貴族は腹立たしいが・・・そこはイーアンが努力してくれたのか。
それで、そのワバンジャという若者は?彼は人間だろうか」
「分からないです。見た目は人間ですが、とてもそうと信じられない力を普通に使いました。あなたの魔法の話を聞いていて、また種類は異なりますが、彼を思い出しました」
「ワバンジャ。俺も会いたかった」
「はい。あなたが会ったなら、あなたは彼を理解した気がします。
ワバンジャは、トゥートリクスと同じくらいの年齢でしょうけれど、しっかりした概念を持ち、世界観は、大変優れている視点であると思えました。
自然と共に生きるからなのか、精霊信仰からなのか。私には、それだけが理由には思えませんでした」
友達に教えてもらった『人間らしからぬ能力の祈祷師』に、シャンガマックは心惹かれる。
もしかすると、自分が出会うべき人物の一人だったのではと、そんなことも思い、少し勿体なく感じた。しかし今は『いつか会いたい』そう呟いて微笑むだけ。
この後、ザッカリアが勉強する時間で、フォラヴは友達に『少し休まれては』と促す。それを有難く受け入れ、シャンガマックは荷台の壁に寄りかかって、考える時間を過ごすことにした。
分かったことがある――
フォラヴの話が全部だとすれば。ビルガメスが昨日、皆に伝えたのは『空の城=連動の原因』ではない。
あくまで、別の存在のような響きを持たせた言い方は、男龍らしいような気もしたが、そう思えばヨーマイテスは自分に、かなりギリギリの線まで教えてくれたのかとも知る。
「有難う、ヨーマイテス」
誰にも聞こえないくらいの小さなお礼を、口の中だけで呟き、シャンガマックは改めて思う。
そこまで教えないといけないくらい、危険なんだろう。それは、はっきりした。
もう一つ。『他言無用』の重さも相当、と理解する。言えないのだ。男龍も、ヨーマイテスも。言うわけにいかない場所・・・そこに自分は、誰にも知られないように入らないといけない。
その上、誰にも見られないように、そこから出てこないといけないわけで――
ごくっと唾を飲み込み、思わず立った鳥肌に身震いした。これは武者震いだと、すぐに自分に言い聞かせ、本来だったら人間が関わるはずのない場所へ向かう、大きな仕事を受け取った自分を奮い立たす。
それにしても。イーアンさえ知らない様子の『空の城』。
この時、シャンガマックはおぼろげに思い出していた。
一昨日、スフレトゥリ・クラトリで戻った日の帰り道に、ヨーマイテスが寄ってくれた『お前が驚く、不思議な遺跡』・・・その話を。
不思議な遺跡?と訊ねた騎士に、ヨーマイテスは少し可笑しそうに『お前に危なくないやつだがな』と答えたのだ。
危なくない遺跡。危ない遺跡。この二つは同じ種類なのではないか、とシャンガマックは今、思う。
普通の遺跡について、父は一切『危ない』の言葉を使わなかった。魔物が棲みついた南の古代墳墓だって『危ない』とは言わなかったのだ。
朝、父が『甘く見るな』と注意した遺跡こそ、これから向かうその場所、空の城。
その種類は、最初にシャンガマックが倒れた遺跡と同じという。つまり――
褐色の騎士は青い空を見つめる。森を抜ける細い道を進む馬車は、風に乗る潮の匂いに包まれる。
俺は。先祖のバニザットのようになれるだろうか。彼は何度も遺跡に付き合ったという。
「よし。挑むぞ」
シャンガマックは、ぐっと力を込めて意気込んだ。
お読み頂き有難うございます。




