1176. ビルガメスとヨーマイテス
この夜。夕方くらいに戻った、イーアンとオーリンは、馬車の食事を囲みながら、皆に男龍の話をした。
男龍の話自体はイーアンがしたのだが、帰り道で話を聞いていたオーリンも、ちょくちょく口を挟みながらの説明だった。
イーアンは男龍が対処するような言い方をしたが、『実際には分からない』具体的なことは聞いていないことも伝えた。
そうは言っても、男龍が『動く』と言った以上、それは嘘にはならないことなので、皆も『何かはしてくれるんだろうな』との了解をして、このまま連動対処のために、明日も道を進むと決まる。
オーリンも。少し躊躇いがちに、自分の話をした。
これについてはイーアンは黙っておいた。よくあることではあるが、オーリンは彼女と長続きしないので、その話を詳しくさせるような、下手な言葉は控えた(※こういう時、何を言ってもそうなる)。
オーリンのことは、皆はただ、うんうん・・・頷いて聞き終わる(※何も言えない)。
一人だけ、優しさからなのだが、オーリンを苦しめたのはザッカリア。悲しそうに、小さな笑みを浮かべたオーリンの側へ行って『元気出して』と、言ったのまでは良かったが。
「総長とイーアンは、結婚するから違うけどね。でもさ、他は誰も女の人と一緒じゃないよ。誰も、女の人と遊んだり眠ったりしないから、大丈夫だよ。皆も、今のオーリンと同じ。
あ!そうだ。コルステインは、おち〇ちんがあるから、タンクラッドおじさんは男と眠るみたいな感じだよ。だからね!元気出して!」
ザッカリアは、オーリンの背中を撫でながら、慰めて『自分たちと同じ状態だから、寂しくない。平気だよ』と励ましたつもり(※いろいろ別解釈に変化する)。
オーリンは。『お前だけ、旅の間にいつも女作ってるだろう』と引っ叩かれた気分。苦笑いを通り越して、両眼を押さえて笑う(※ちょっと涙ぐむオーリン)。
そして、余波を食らった親方。『男と寝ている』と言われ、笑うに笑えず。顔だけはどうにか笑ったが、思わぬ刃を突き刺された気がしていた。
イーアンとドルドレンも、ちょっと肩身が狭い(※『お前らは仕方ないが』の指摘)。二人で苦い笑いを浮かべて、顔を俯かせるしか出来ない。
ミレイオもバイラも、笑いたくて仕方がなかったが、頑張って耐える(※声は殺して笑った)。
純粋でまじめなフォラヴは唯一、固まるだけで笑うこともしなかったけれど、ザッカリアの存在は、こんな意味でも、旅で大切だとしみじみ感じた。
馬車の夕食は微妙な沈黙に包まれ、ザッカリアは、何も答えずに悲しんでいるオーリンが可哀相になり、そこから先は黙っておいた(※この後、ギアッチに報告して『気遣い』について教育を受けた)。
*****
そんな馬車の、繊細な心が絡まって解けなくなっている頃(※ザッカリア効果)。
離れた場所の洞窟の上に、真っ白い光が降り、気配で気が付いていたヨーマイテスは、シャンガマックを奥へ隠してから、洞窟の入り口の脇に身を寄せる。
「いるんだろう。サブパメントゥの者よ」
「名前を呼ばないのは配慮だな。呼んで構わん。バニザットは知っている」
白く眩しい光が、洞窟の入り口を煌々と照らし、影の対比がはっきりとして、目が向けられないシャンガマックは、洞窟の奥の暗がりから、その声の主に気が付いた。『ビルガメス』あの堂々とした言い方、あの厳かな声。なぜここに、と不思議に思う。
「俺に用か。バニザットに」
「ふむ。俺は『サブパメントゥの者』と最初に言ったが。お前は既にサブパメントゥではないのか」
からかうような言い方に、ムカッと来るヨーマイテスは獅子の体に変わって『光が強すぎる』ことを理由に、俺を呼び出す気がないふうに見えるぞと、嫌味で返す。
「そうか?以前のお前なら、俺がここまで近づいた時点で逃げているだろうに」
「男龍に近づかれたのは、4本の角のやつだけだ」
「ルガルバンダか。まぁそうだな。俺は中間の地に降りなかった。さて、無意味な話は止めるぞ。
出てこい。もしくは、ここで話す」
「待て。下へ降りる。お前は光をどうにかしろっ。俺の体が、サブパメントゥであることに変わりはないんだ」
フフンと聞こえた男龍の声に、舌打ちしたヨーマイテス。明度が下がり、どんどん白さは辺りの夜に馴染んで、洞窟の外、その下へ。
ヨーマイテスは、急いで奥にいるシャンガマックの側へ行き『話があるようだ。すぐ戻る。お前はここに』と伝えた。頷いたシャンガマックだが、男龍相手で大丈夫なんだろうか、と心配が募る。
「そんな顔をするな。俺に危害を加えようとしているわけじゃない。
もしそうなら、旅の邪魔をするだけだろ?大丈夫だ。心配するな。バニザット、お前はここから動くな」
「ここに居るよ。でも。俺が必要ならすぐに呼んでくれ」
男龍の性質と、女龍の性質は違う。イーアンは比較的、サブパメントゥにも触れる龍とは聞いているが、男龍はサブパメントゥに触れたら、相手が消えてしまうとも言う。
「彼は、ビルガメスだ。一番大きい男龍なんだ。イーアンと同じような力を持つ。ヨーマイテス、絶対に触らないでくれ」
「泣きそうな顔をするな、バニザット。触りはしない」
獅子は静かにそう言うと、そのまま影に滑り込んで消えた。残されたシャンガマックは、すぐに洞窟の入口へ行き、下を覗く。白い光の塊が魔法陣の上にある。
「ヨーマイテス。気を付けてくれ。ビルガメスは、イーアンが来る前の『空の最強』だった。出来るだけ離れて・・・・・ 」
龍気を受けている状態だろうに、と思うと。シャンガマックは気が気じゃない。なぜかヨーマイテスを呼び出した男龍の用事が早く済むように、それを懸命に祈る。
空の上を見れば、アオファの影もある。『龍が。ああ、俺の味方の龍が。今、これほど辛く感じるとは』父・ヨーマイテスが心配でならないシャンガマックに、男龍と多頭龍の存在は胸を絞るようだった。
「用事か。何だ」
影を伝って下に出てきた獅子は、影の中から、魔法陣の中の白い光に訊ねる。
「もうすぐ。ドルドレンたちが向かう場所で連動がある。身に覚えがあるな?」
「ぬぅ。お前はそんなことを俺に」
「そこにシャンガマックを行かせる用事が出来た。しかしお前は行ってはならない。理由は今の通りだ」
「何だと?バニザットを連動に?そんなことを許可すると思うのか、そんなこと絶対に」
「奇妙な様子だな。ヨーマイテスよ。お前はシャンガマックと、親子のように振舞っているように見えるが、お前の子はミレイオだろう」
「うるさい!ミレイオは、ミレイオだ(※これ以上は別に言う気にもならない)!
俺の息子はバニザットだ。バニザットに、危険と分かっている場所へ行かせると思うなよ。あいつらが向かうのは勝手だが、俺は」
「よく、喋るな。そんなに大事か。それなら余計に、お前は行くなよ。これはシャンガマック向きの用事なんだ。
この場所。魔法陣とは。ふむ、シャンガマックの力試しにもなりそうだな・・・話を聞く気があるか?」
光の塊を直視出来ない獅子は、暗がりの中で黙る。
男龍が出てきたということは。そして連動するガドゥグ・ィッダンに、バニザットを向かわせる意味があると言うなら。
無視は出来ない内容だろうと判断し、仕方なし、口答えをしないことを以てして、先を促す。
「よしよし。話を聞くくらいの素直さはあるようだな。それでは聞け。ドルドレンたちは今日・・・・・ 」
ビルガメスは、何があったかの要点を教え、ガドゥグ・ィッダンの存在の保護についても、触りだけ伝えた。
本当は。この場でヨーマイテスを動けなくするという方向もあるのだが、さすがに龍王の話なども浮上している現時点で、早々、簡単に手を下すことも選べなかった。
にしても。対峙する獅子の両腕に刻み込まれたように浮き上がる、不可思議な光の模様を見ていると、本気で『統一』を狙う意志を感じるし、そしてこれを得た時点で、一か八かの命の賭けに出たことも見て取れる。
もう一つ。本当に理解に難しいのは、この『サブパメントゥの知恵の宝庫』たる存在が、なぜに世界の知恵・ミレイオ―― サブパメントゥの生きた宝石 ――を置いてまで、人間のシャンガマックを息子にして離れようとしないのか、そこだった。
「話は、そこまでか」
話を終えた男龍に、獅子は低い声で訊ねる。ビルガメスは頷いて『そういうことだが』分かったか?と余裕たっぷりで訊ね返した。
「ちっ。龍はどうしてこう、気に食わない奴ばかりなんだ。あの女龍だけでも」
「ヨーマイテス。今すぐ消えたければ続けろ。イーアンを侮辱すると、お前は次の秒に消えるぞ」
ぐぅ、と唸るサブパメントゥの獅子に、ビルガメスは余裕のある笑みを引っ込めて、静まり返った空のように虚空の表情を浮かべる。
「この先。俺の意識に、一度でも。龍とイーアンを、侮辱する言葉が入り込んだとすれば。お前は消える。一言も、最後の言葉を言う暇はない。
今許してやったのは、俺の情だぞ。お前が息子扱いしている男を悲しませるなよ」
そう言うと、ビルガメスは上を見上げ、幾つもある首をふよふよ動かして待っている多頭龍に『帰るぞ』と伝え、真っ白い光の塊に変わった。
瞬間的に膨れた龍気に驚いたヨーマイテスは、急いで地下に潜り込んだ。潜り込んだのと同時、ビルガメスは龍を連れて、空へ飛び去る星として消えた。
上にある洞窟の入り口から、急に発光を強めた白い星が、飛び去るのを見送ったシャンガマックは、急いで洞窟から首を出して、下を見まわす。
「ヨーマイテス!」
どこにいるんだろう、と明暗の激しさにやられた目を凝らし、父の名を何度も呼ぶ。
「バニザット、こっちだ」
後ろから聞こえた声に、シャンガマックはすぐに振り向き、そこに獅子の姿がぼんやりと見えたので、急いで側へ行って、獅子の顔を両手に挟んだ。
「ヨーマイテス。大丈夫だったか」
「ちょっと。くらつくな・・・面倒だ。いや、言うまい。相手が龍だと、自由に言葉も喋れない」
どうしたのか、何があったのかと、シャンガマックは獅子の碧の目を覗き込んで訊ねる。
獅子は遣り切れなさそうに『文句一つ。言うわけにいかん。言えば、次の瞬間に俺の命は終わる』くさくさしたように、そう吐き捨てたが、それ以上は言わなかった(※聞こえてたらヤバイ)。
「え?次の瞬間に、ヨーマイテスが死ぬってことか?どうして!何があったんだ」
「落ち着け。俺も落ち着きたくないが(?)落ち着くことにする(※言いたいこと、山のようにあるけど我慢)」
嫌だ!ダメだ!と、取り乱し始めた息子に『落ち着けって』と獅子は言い続け、困惑したシャンガマックが『俺が。これからビルガメスに話を』と立ち上がったのを、押さえつけて止め(※息子必死)『まずは聞け』と窘めた。
「そんなことを言われて、俺が黙っていられると思うのか(※父に似る)。いくらビルガメスたちが、これまで俺たちの旅を守ってくれていても、ヨーマイテスの命をいつ奪うか知れないなんて。
そんなの冗談じゃない。そんな中で動くなんて、出来るはずがない」
「バニザット。バニザット、俺の目を見ろ。お前の気持ちは分かるが、とにかく話を聞くんだ」
獅子に、真上に乗られて(※どっかり)動きようの無い騎士は、『分かった』と答える。でも暗がりのその目に、夜の小さな光が煌めく様子は、涙が浮かんでいるように見えた。
「泣くな。大丈夫だ。良いか。男龍の用事は、お前だった」
薄っすら涙を浮かべるシャンガマックは、真上の獅子の顔を見つめる。自分に用とは――
獅子は騎士の上から下りて、人の姿に変わる。それから、倒れたままの息子(※倒したんだけど)を起こして、自分の胡坐の上に座らせた。
「これから。連動が起こる。ドルドレンたちはそれに対処するだろ?
お前も・・・言ってみれば、その理由で男龍の用事が出来たんだが。お前は、対処しない」
黙って父の目を見つめる騎士は、小さく頷く。何か別の仕事だと、どこかで気が付く。
「今日。ドルドレンたちは朝っぱらに魔物退治だった。それはもう終わったんだが、その魔物の出現も加わって、土地の精霊の結界が壊された。
結界には、精霊が使う石を用いていた。精霊は石の代わりがないため、通りがかったミレイオたちに頼んだそうだ。しかし、その石は戻せない。割れたからだという。
この『石』に問題がある。割れた石を戻せず、途方に暮れていたミレイオたちは、精霊に『空の城の下にある石』さえ手に入れば良い、ようなことを伝えたようだ。それが、元々の結界の石なんだ。
だがな。精霊はその場所に近づけない。そこでイーアンだ。イーアンは空の城と言われて、男龍に相談に行った。
イーアンも知らないその名前。男龍は気が付き、空の城を動かした後、石を取れば良いとしたのだが」
「その。空の城は」
「ここでは、空の城とだけ教える。お前の好きな遺跡の一つだと思え。ただ、特殊だ。
そして面倒なことに、その遺跡こそ、連動の生じる場所でもある。バニザット、精霊の石を取れるのはお前だろう、と男龍は言った。男龍が触れば、壊れる可能性がある。イーアンは連動対処で動けない」
「俺が・・・精霊の石を、連動の場所から取る、という意味か?」
「正確には。連動が収まった直後だ。長居は出来ない。そして、お前だからこその条件もある。
決して中で見たことを他言するな。お前は言わない。俺と約束するんだ」
父の言い方が、何かとても大きなものを隠している気がして、シャンガマックは誰に言わないのかを察する。
頷くシャンガマックの頭を抱き寄せ、ヨーマイテスは溜息をついた。
「よし。お前は出来る。だがな、俺は一緒に行けない。俺が行くわけにいかない場所なんだ」
「え」
「近づくことも出来ん。だから、俺が手伝うことも、助言することも出来ない。お前は一人でその石を取り、戻ってくる」
どうして?と一瞬、思うものの、龍気が凄いからかと、すぐアギルナンのことを思い出した。近くにも行けないくらい、の龍気・・・ヨーマイテスが言い切るからには頷くだけ。
頭を抱き寄せたままの父の顔を見上げると、その顔はとても寂しそうだった。
「俺は。お前を一人で行かせるのが、これほど苦しいとは思わなかった。今はとても苦しい」
父の言葉に同じように思う、シャンガマック。
そして父の言い方から、非常に危険だとも感じる。とはいえ、自分だけが叶えられるその仕事と分かれば。
「行ってくる。俺は大丈夫だ」
「バニザット。今から苦しい。連動が始まったら、即だ。女龍には、男龍から告げられる。
お前は誰に何を聞かれても、決して内容を口にするな。すれば全てが狂うんだ。そして、その遺跡も」
言いかけて目を閉じるヨーマイテスの、大きな胸がぐっと膨れる。
息を吸い込んだ大男は、両腕に騎士を抱き締めて『時間が消える。お前が無事に出ることを、俺は離れた場所で待つだけとは』と呻くように呟いた。
体温のない父の体に、シャンガマックも腕を回して抱き返し『絶対に、無事に戻る』と覚悟を伝えた。
不思議なことに。怖れよりも、自分の力に与えられた、最初の舞台のように。
褐色の騎士はこの話を、運命として受け入れていた。
お読み頂き有難うございます。
申し訳ございませんが、明日は一日お休みします。体調不良ですので、明後日は通常通りの予定です。
どうぞよろしくお願い致します。いつもいらして下さいます皆様に、心から感謝して。良い週末をお過ごし下さい。




