1174. 空の城の影響
「ワバンジャのこと。聞き忘れたのだ」
仲間が戻って一安心。時間は分からないものの、お昼にするにも中途半端な太陽の位置に、とりあえずは先へ進むことにした一行。
馬車を出して、下りの道を夕方まで進む。ドルドレンは、バイラに忘れたことを話し、振り向いた彼が『また会う時の方が良いですよ』と言ってくれたので、うん、と頷く。
「さっき、それを聞いたら。思うにですが、すぐには答えてもらえなかったかも知れないですよ。
精霊に悩みがなかったら、教えてくれる可能性はあるでしょうが、彼の求めの方が切実で早急ですから」
「そうだなぁ。とても困っている、と分かる。何でも出来そうなのに・・・こういう時、例え、人間が追い付かない力の持ち主でも、手出し無用の条件があることを知る。
あの状態で俺が訊ねても、そんなことどうでも良い、と撥ねつけられたかも知れん」
バイラの意見に同意しながら、ドルドレンも『言われてみればそうだな』と思う。
「イーアンとオーリンは空に行きましたから、きっと戻ってくる時には、何かしら情報を得ているでしょう。精霊が渡してくれた木の実があれば、すぐに彼に会えるんでしょう?」
ドルドレン。レゼルデの『魔法の木の実』をもらっている。
お別れ際。レゼルデがフォラヴに持たせ、フォラヴがドルドレンに手渡した。自分が持っていて良いのか?と部下に訊ねると、空色の瞳を向けた部下は微笑んだ。
――『これをあなたが使い、レゼルデに頼まれた品を渡す方が、印象が良いと思いました』
その言葉の裏は分かるので聞かなかったが、どうやら部下は『ギデオン』と差をつけてあげたい、と思ったようだった(※ドル複雑)。
「そうだな。これ。どう使うのか。割ったり擦ったりするのだろうが」
腰袋に入れた、小さな木の実。何の変哲もない、普通の木の実に見えるのだが、精霊が渡したので何かしらあるのだ。しまってある腰袋に視線を落とし、少し考えてから、ドルドレンはバイラに視線を戻す。
「どれくらい離れても大丈夫、という意味だろうな。『ここから無事を導く』と彼は言ったのだ。
つまり、どんなに離れても、彼の範囲内を俺たちは移動しているような」
「総長は『空の城』の意味は、何か思い当たりますか?」
精霊の範囲内・・・そこに『空の城』があるのかと、それが不思議に思ったことを、バイラは訊ねる。ドルドレンも首を横に振り『見当もつかない』と返事。
「イーアンさえ、全然分からないと言っていたのだ。男龍に訊けば、大抵の事が分かるだろうから、それまでは考えもしないよ」
ハハハと笑った総長に、バイラも笑って『毎日。不思議なことが山積み』と呟く。その言葉は、ドルドレンがイーアンと出会ってから、いつも思っていたことだった。
*****
お空へ行ったイーアン。オーリンは『ちょっと、町に戻ってくる』ようで、1時間後に待ち合わせした。
オーリンと離れてから、イーアンは男龍の島へ向かい、向かう最中で出迎えのルガルバンダに会う。どうしてか。こういう時は、大体ルガルバンダ。
「どうした。午後に来るなんて珍しい」
お前だと思ったから迎えに来た、という男龍に、お礼を言ったイーアンは『訊きたいことがあります』とその場で止まる。
空中で止まるのに理由があるのか、と質問され『急いでいる』ことを伝えると、ルガルバンダは『一先ず、うちへ来い』と女龍の手を取り、引っ張るように大急ぎで自宅へ戻った。
ルガルバンダのおうちは比較的近いので、あっさり到着。お子タマがいて、イーアンを見つけた皆は、わらわら寄ってくる。
「お前が数日来ないから。子供たちが寂しい」
「この前、ビルガメスにも言われました。ミューチェズを連れて来て下さって」
「子供のうちに、中間の地に連れて行くなんて。本当は危ないのに。ビルガメスはどうも・・・・・ 」
言いかけながら、見上げた女龍の顔に微笑み『そこに座れ』と促す。長椅子に座ったイーアンは、子供たち集られつつ『空の城をご存じですか』質問を直に投げた。
「空の城・・・とは。誰に聞いた」
「今日ですね。いろいろありまして」
イーアンは、連動が起こると聞いたヨライデ方面へ進む道で、今朝は魔物退治だったし、その後はミレイオたちが精霊に連れて行かれたしの、大忙しだったことを話す。
そして『その精霊が』彼の頼みの中に、空の城の言葉が出てきたと教えたところ。
ルガルバンダは4本の角に、両手でかき上げた長い髪をよいしょと引っ掛け(※立て巻きカール)少し背凭れに体を預けると、横のイーアンに『それは』と言いかけて黙った。
気が付くイーアン。こりゃ・・・言えない系だな(※いつもそう)。どうなのよ、この場合はと悩むイーアンの顔に、ルガルバンダは笑って、女龍の白い頬を撫でた。
「何て顔で、俺を見るんだ。ビルガメスだって、俺と同じような反応するぞ」
「だって。それ、知っていらっしゃるでしょう。でも言わないっていう、あれですね」
「言わないんじゃないんだ。お前が知りたがりだから、余計な知識を入れないように、俺たちは気を付ける。そうだな、空の城については『その系統』だとは言える」
頬っぺたナデナデされながら、横と後ろにお子タマが圧し掛かってくるのを頑張るイーアン。ここまで来て、教えてもらえないとは・・・ぬぅ。と唸る。
ルガルバンダの金色の目がイーアンの悩む顔を見つめ、『ビルガメスに相談するか』と囁いた。
イーアンが彼を見上げると、ルガルバンダは、イーアンを押し潰しそうな大きさの子供を、ぴょいぴょい摘まんで放り(※扱い雑)女龍を楽にしてやってから『どうする』と顔を覗き込む。
「ビルガメスと相談したら。精霊の求める石は手に入りますか」
「それは分からん。仕方ない。どっちにしろ、ビルガ・・・おっと。もう来たか」
苦笑いするルガルバンダが外を見る。
イーアンは気が付かなかったが、毎度のこと。と思ったら、ビルガメスが到着するなり、家に入ってきて『イーアン。なぜそんなに龍気がない』と心配そうに言う。
「今朝。魔物の気配が出ただろう、あれだ。あれのせいで」
「あんなの。なぜ長引かせた。すぐ片付けられただろうに」
ルガルバンダが代わりに答えた言葉に、ビルガメスは首を振って『動けない事情でもあったか』と言いながら、子供たちを跨いで、長椅子にかける。
実のところ。魔物退治後に、精霊レゼルデのため、一旦トワォで回復した龍気を抑え込んだ。親方に頼んで消してもらったのは、話したらあれこれ言われそうで、イーアンは黙っておいた。
黙っていると、ビルガメスもルガルバンダも、龍気の話にこだわる。
話が進まなさそうなので、イーアンは『空の城について訊ねに来た』と会話を流して、目的を告げた。
「空の城?ルガルバンダ」
ビルガメスはすぐ、薄緑色の男龍に振る。自分が呼ばれた理由がこれ、と見越す質問に、ルガルバンダは苦笑いする。
「俺では答えようがないだろ?時間制限もある。すぐに戻らんと、イーアンは『連動』に備えているから、緊急だな」
「空の城とは、どこの言葉だ。誰かいるのか」
「精霊だそうだが。お前、ビルガメス。この前話していた、その精霊じゃないのか」
合点がいった様子のビルガメスは、ルガルバンダを見つめ『さて』と首を少し傾げる。ルガルバンダも困ったように小さく笑うと『だろ?』と繋げた。イーアンは成り行きに期待をするだけ。
「なるほど。精霊に言われたか。精霊の様子はそこが狂いだったとは」
何か知っていそうなビルガメスに、イーアンは一々、凄いなと思う。
それまで全く関心も・・・多分、知ることもなかった相手のはずなのに、それでも注意を向けたらすぐに、相手の多くを見る力。とても、真似出来ないと思う時。
大きな男龍は、少し黙った後にイーアンを見る。その金色の目を見つめるイーアンは、どうにか前向きな答えを求めて、口にはしないが願い続ける。
「イーアン。お前たちが、人間なのに精霊のような動きの男の話をしたが。
その人間と似通う問題を持つ精霊がいる、と俺は言った。それは精霊の持つ悩みのことではなかった。その精霊が、『精霊のような男』と近い存在だと思ったから、そう伝えただけだった。
偶然、被っていたことのようだが、しかし。どうしたものか」
「どうするんだ。連動が起きて、その後」
ルガルバンダは言いかけて、ビルガメスの答えを待つ。ビルガメスはイーアンから、ルガルバンダに視線を向けて『どうするかな』と微笑む。
「俺が行くか。精霊のためではないが」
苦笑いするルガルバンダに、ビルガメスも困ったように笑って、下を向くと、長い美しい髪をかき上げる。
「そう。そうだな・・・仕方ないな。空の城とやら。ハハハ、そんな呼び名では。ルガルバンダ、対処しろ。イーアンが終えてからだ」
ビルガメスに命じられて、ルガルバンダは頷く。
二人の男龍の、何だか『仕方ないな』といった顔つきに、イーアンは最後まで何のことか、分からずじまい。
それでも対処はしてくれそうなので、自分はどうするべきかだけを確認し、言われたことを了解して、お礼を言って外へ出た。
「イーアン。次はもっと早く来い。子供たちはお前が急に来なくなって不安だ」
ビルガメスの注意事項をもらい、毎日来ていたんだからそれはそうかも、と思うイーアンは、『短い時間で良ければ、時々来ます』と約束し、挨拶をして、オーリンとの待ち合わせ場所へ向かった。
待ち合わせの一枚岩では、オーリンが先に待っていて『俺も用事済んだよ』と何やら、切なそうな顔で微笑んだ。
それはきっと、彼の心に痛い『済んだこと』なのかなと思ったイーアンは、ガルホブラフに乗せてもらって、帰り道にオーリンの打ち明け話を聞くことにした。
とりあえず。
空の城については、近いうちに解決する・・・そのことも新たな展開として、持ち帰りながら。
お読み頂き有難うございます。




