1173. 白いシカの森 ~精霊との約束
「化かされた?」
ドルドレンは繰り返してから、近づいてくるおじさんの馬車に、自分から歩み寄り、荷馬車とおじさんの馬車の中間くらいで、馬車を止めてもらう。
「こんにちは。あなたはここの方か」
「こんにちは。そうだよ、海にね。俺の家の小屋があるから。週に一度は見に行くんだ。
滅多に人なんて見ないけど、旅の人は年に一回くらいは通るからさ。あんたたちもそうかな、って」
「そうである。ハイザンジェルから来て」
「えー!ハイザンジェル!そら、また・・・凄い遠いね!道、間違えたんだな?化かされちゃったか」
「その。あなたの言う『化かされた』とは。ここは」
「あのね、この辺は。『時々、人がいなくなる』って昔っから。でも戻ってくるんだけど。戻った人たちも、全然違うところに行っちゃったような話しかなくてさ」
このタイミングで聞くとは。皆がおじさんの言葉に、ぎょっとする。
イーアンはこういう時、いつも思う『求めよさらば与えられん』。うーん、素晴らしい~(※感心している場合でもない)
さっと顔色を変えたドルドレン、急いでおじさんに『いつ?戻るとは、日数があるのか』と詰め寄る。必死そうな背の高い男の質問に、おじさんは同情した様子で眉を寄せた。
「ああ・・・やっぱりそうだったの。誰?一緒に来た人?そうか~・・・・・
日数までは分からないよ。時々のことだし、ほら。たまにしか人も来ないから。俺はそういうことないんだけど、えーっとね。最近だと」
思い出した『最近』の消失の話を聞かせてくれた、その時期はどうもかなり前。
話を聞いたバイラが、首を振りながら『それ。相当前では』自分が思うに10年以上は前じゃないか、というと、おじさんは否定。
「違う違う。そんな前じゃないんだよ、一年くらい前かな。ハウチオン家がこっちの道も広げようとして。ここは領地じゃないのにね。街道だから、使おうとしたんだろうな。
それでこの・・・こっち側ね。道のこっち、林でしょ。ここを広げようとしたわけ。あんたたちの来た、向こうの方から。
そうしたらさ、工事の朝に人が全員いなくなっちゃって。一騒ぎだよ。
俺の家はこのずっと先で、横の細い道から敷地に入るんだれど、ニカファンの警護団が来て、情報収集したもの」
人が消えても情報収集だけで帰った警護団に、思うところはあるバイラだが(※仕事してないだろって)複雑な気持ちはさておき。
「そうなんですか。彼らはでも、帰ってきたんですよね?」
「そう。えーっと・・・あれは半月後だったかなぁ。大きな森を彷徨ったとか言う話で」
バイラの質問に戻った答えに、皆は愕然。半月後・・・そんなに、とイーアンが呟くと、おじさんは初めてイーアンの存在に気が付いて、おじさんも愕然(※『この人何』って感じ)。
「え。角。あ、あっ!あんた、龍の女?」
イーアンも他3人も、あっさり正解に辿り着いて頂いて、うん、と頷く(※楽)。
ここからおじさんは、肖りたがって、一通り、民間人対応が済むと(※肖る⇒握手⇒拝む)また普通に切り替わる。
「龍の女もいるのに。化かされちゃったなんて、気の毒だねぇ(←龍の女、効力薄い)」
「半月、とさっき話していたが。もっと短い場合もあるのか」
「あるよ。その日の夕方とかね。俺の子供ん時に、友達がここで行方不明になった時は、そうだったよ」
おじさんが子供の頃・・・ウン十年前は半日だったのか、とドルドレンは困る(※違)。
とにかく、おじさんの情報に気落ちもあるとはいえ、全く分からなかったことに対して、僅かな一片が見えたことに、旅の4人はお礼を言う。
「化かされたというと、行方不明にも思えなかったのだが。でも、そうした表現しかないか」
馬車の手綱を取ったおじさんに、ドルドレンが呟く。何の気なしに呟いた言葉だったが、手綱を振るおうとしたおじさんは、旅人を見た。
「いやいや。化かされたのは本当だよ。だって、ここだもの」
「うむ。だから、ここで行方不明になったから、化かされたと表現して」
「俺の言い方が中途半端だった。ごめんな、あのね。化かされたの。ここで消えて、ここに戻ってくるから。
行方知れずで、いない間は、違う場所に行くみたいだけど、どっちみち、ここに出てくるんだよ。それは決まってるから、だから俺は『化かされた』って言ったんだ」
おじさんはそう言うと、『仲間の人。早く戻ると良いね』と同情した顔を向けて、じゃあねと馬車を出した。
見送ったおじさんの馬車が、道の先から見えなくなる頃。
ドルドレンもバイラも、イーアンも親方も、ようやく口を開いて『ミレイオたちは』と自分たちのいる場所に視線を動かした。
「ここにいるのか」
親方の呟きに、ドルドレンは頷く。『俺は。そんな気がずっとしている。先ほども話したが』その答えの続きは、誰も拾えないが、皆はここで待つより他はないことを理解した。
4人が少し気持ちの沈んだところで、荷馬車が揺れる。オーリンが起きて出てきて、どうしたのかと、皆の表情に訊ねた。
「今。地元の方が通りまして、お話を」
イーアンがそう言うと、機嫌が直ったか。オーリンは、頭を掻きながら『俺さ』と切り出す。
「夢で見たんだ。ミレイオたちが森の中にいて。白いシカと一緒なんだけど、そのシカが困ってるんだよ」
「何ですって」
「夢って感じじゃないだろ?それでな、そのシカが困っていること、どうもミレイオたちは解決出来なくて」
「それで。無事なのですか?」
「うん。あのさ、多分」
オーリンの夢の話に4人が釘付けになり、彼を囲んで続きを訊ねた質問に。オーリンが『戻ってきそうだぜ』と言った直後。
青空と旅の道一帯が、ふわーっと真緑の風に包まれる。
『え』ドルドレンの声が上がったすぐ、ハッとしたイーアンは、タンクラッドにぺたっと貼りついた。何事かとタンクラッドが驚き、女龍を見ると『私の龍気を抑えて下さい』と頼む。
「何?お前の龍気」
「早く。少しでも良いから」
何かを察したイーアンに、親方も急いでイーアンを両腕の内に入れるが。
せっかく回復したのに、良いのだろうかと思う。とは言っても、イーアンが必要そうなので、ちょっとずつ龍気を、精霊の気配と混ぜて消し始める。
その光景・・・ドルドレンはちょっと嫌だった(※『俺がその力の方が、良かった気がする』と思う瞬間)。
ハッとしたイーアンはさらに、後ろに立つ、龍の民にも手を伸ばす。
「オーリン!オーリンも」
「俺?俺もかよ」
それを聞いて、ええ?と躊躇う親方は、なぜかオーリンも腕に抱き寄せ(※お互いイヤ)龍族の二人を両腕に包んだ格好で、複雑そうな表情を浮かべて作業続行(←中和)。
これを見てドルドレン的には、やはり俺はこのままで良かった、と思えた。
「来ますよ。精霊」
「そうだ、精霊だ。出てくる・・・・・ 」
ここまではっきりすると、さすがにイーアンでも分かる『精霊』の存在。ドルドレンも、真緑の風景に変わる直前には、精霊を感じた。
見る見るうちに、全ての景色が様変わりし、見える全てが、大きな木々のゆったりと立つ森林に変わる。
「おお。これは」
「総長!」
ドルドレンが呟く声に重なり、フォラヴの声が空気を震わす。
ハッとして5人が左を見ると、フォラヴとミレイオ、ザッカリア・・・『誰』オーリンの目が落ちそうなくらいに丸くなる。見つめるイーアンは、驚く前に感動。
「んまー。あれがシカの精霊」
「イーアン、分かるのか」
「え。だって、角がシカ」
親方の確認に見上げたイーアンは、頭に角生えてると(※自分もだけど)教える。ああ・・・タンクラッドも頷いた(※そらそうか、って)。
「精霊?総長、この人は」
「精霊だ。間違いなく、ここの精霊だろう」
バイラも戸惑いがちに、総長の側へ寄って、目の前にいる不思議な存在に魅入る。バイラとしては、このまま跪いて拝みたかった(※習慣)が、状況が違うので、ただじっと見るのみ。
ミレイオとフォラヴ、ザッカリアは、レゼルデをちょっと見てから『あれが女龍』と教える。レゼルデは頷きもせず、分かっていそうに少しだけ微笑んだ。
「龍気が減った」
「減らしたんじゃないの?あの子、回復し立てだったのに」
ミレイオも気が付く。親方と一緒にいる、イーアンとオーリン。イーアンの龍気が少ない気がする。まさかと思い、こっちを見ているタンクラッドの視線に合わせると、友達の剣職人は少しだけ口端を上げて首を傾げた。
「やっぱりそうなのね。レゼルデが来たと分かったから、イーアンは龍気を消したんだわ」
「私のために」
「あの子。いつも、龍気の幅は大きいのよ。自分で押さえ込むことが出来ないから、タンクラッドに消して・・・タンクラッドって、あいつ。あいつは混ぜるの、いろいろ(※説明テキトー)」
レゼルデはそれを聞いて、最初に馬車を引き込んだ時よりも、確かに龍気が少ないことを思い出し、気遣った龍族に心を開く。見れば、もう一人の龍族の男も(←オーリン)龍気が薄い。
「お前たちは、仲間の元へ。私はここから話しかける」
「でも馬車は」
精霊が解放してくれた言葉に、ザッカリアが気にしていた馬車を伝えると、精霊は白銀の髪を揺らして『来なさい』と空間に呟く。低い呟きはそのまま、そこに馬車を現した。
魔法のような一瞬に、旅の一行は唖然とするが、とにかく馬車は戻り、馬も普通。馬車を引く馬は、レゼルデに鼻を撫でてもらうと、ゴトゴトとドルドレンたちの方へ向かった。
「良かった!無事だったか」
両腕を広げたドルドレンは、ザッカリアが小走りに戻ったのを抱き上げて、ぎゅっと抱き締める。『大丈夫だよ。レゼルデは優しいの。困ってるんだ』総長に抱き上げられて、精霊を振り向き、すぐに教える子供。
「困っている。相談なのだな。イーアンか」
「何で知ってるの?俺とミレイオは分からない、空のことだ。フォラヴも困ったよ」
うん、と頷いて、ドルドレンは子供を抱き上げたまま、絵物語のような精霊に話しかける。総長の声に、精霊は顔を向ける。その顔の不思議な印象に、ドルドレンも神秘的で感動。
「美しい精霊だ。会えたことに感謝する。
そして仲間を戻してくれたことに感謝を。その用事、もしやイーアンにあるのか。イーアンとは彼女」
顔を女龍に向けた総長に、レゼルデはゆっくりと頷いてから、女龍を見つめる。
「空の城が眠る場所。その下に私の求める石がある。空の力が強くて、私は近寄ることさえ出来ない。女龍。手伝えるか」
「あら。空の城なんて初めて聞きました。ですが、私は知らなくても、頼もしい男龍たちが知っているでしょう。今すぐではありませんけれど、聞いてみます。そして対処できる限り、お手伝いしましょう」
話をあっさり通した女龍に、精霊は微笑んだ。その微笑みの意外なほど優しい印象に、皆は暫し見惚れた。
「魔物が入ると、他の生き物が苦しむ。ここを守るための石だ。割れることなどなかった石が、今、大きな世界の動きに割れ始めた。
女龍。これは、空の力も関わること。私を手伝ってくれ」
「はい」
イーアンもニコッと笑って頷く。何となく、何となくだけれど。全体を理解したイーアン。
きっとこの、シカの精霊はこの辺全部を、こうしていつも守り続けていたのだ。変な人が来ても、魔物が始まっても、ここを生き物たちの隠れ家のようにして、安心出来るように。
それは守らなきゃね、と思う。野生動物たちが追われて、苦しいだけではないことが分かったので、イーアンもお手伝いしたい。
ドルドレンは、すんなり了解したイーアンに微笑むと、それから精霊に伝える。
「魔物から守るための場所だったか。しかし・・・さっきのおじさんの話も思えば、人間からも守る場所であるだろう。
望むほど素早い行動が可能か、約束は出来ないが、イーアンと男龍なら動いてくれる。心の優しい精霊よ。今暫く、待たれよ」
静かに伝えた黒髪の騎士に、レゼルデは低い落ち着いた声で教える。
「お前が今回の勇者か。以前も、女龍には会ったことがある。勇者はその姿を見た程度だが、随分とゆとりのない男だった。女龍は、今も昔も大らかだ。
今回の勇者は、人間としてはまずまず。手伝う約束の礼として、ここからお前たちの無事を導こう」
え・・・思いがけない、ギデオンとの比較をされた一瞬に、ドルドレンは悲しそうだった。
そんな気持ちが分かる皆は、ドルドレンの寂しそうな顔には触れず、レゼルデに口々にお礼を伝える。
ここまで。時間は分からなかったが、この後、レゼルデが消えたすぐに、森は同時に見えなくなり、旅の一行の頭上には、輝く太陽が真上を過ぎた午後の位置から、白い日差しを注いでいた。
お読み頂き有難うございます。




