1171. 白いシカの森 ~幻覚
その頃、ドルドレンたちは立ち往生。
進むに進めず、馬車を道の脇に寄せて、眠っていたイーアンとオーリンを起こし、事態を説明した後、皆で考え込むこと1時間。
「あの時と似ている。しかし違うのは」
「あの時の方が親切だったな。何でだか知らんが」
「遠い場所を見ることが出来た分、まだ良かった気がしますね」
ドルドレンの困った言葉に、タンクラッドが答え、バイラが説明。イーアンとオーリンはちんぷんかんぷん。
「砂嵐ですか。大きな塵旋風が上がったという(※1044話参照)」
イーアンが確認するのは、自分がお空にいた時の『マカウェ』の話。
3人は頷いて『あの時の方がまだ、良かった』と言う。オーリンは可笑しそうに下を向いてから『良かった、って話じゃないだろう』呟くように笑った。
「何言ってるんだ。状況は丸見えだったんだぞ。今、ミレイオたちがどこでどうしているか、全く分からないのと状態が違う」
タンクラッドは苦笑いのオーリンに『お前は知らないから言える』と強めに言う。状況への情報が全くなことが、いかに困るか。
「そうだろうけどな。でも、手出し出来ないんだから、同じだろう。俺は知らないけど、イーアンは確か、あの時はビルガメスに」
「はい。私はビルガメスを通して見ていました。だけど時空が違うとかで、私には手出し無用」
オーリンに質問された女龍は、『マカウェ』はビルガメス経由で見ていただけと答える。
「今回もだろうか?今回もまた、違う次元とかそんな類なのか・・・イーアンは、見ることは出来ないの?」
「出来ないですねぇ・・・ああした技は、男龍の範囲です。私、そういうのムリ(※知らない)」
伴侶に聞かれて、うーんと眉を寄せるイーアンは腕組みして『あれは生まれつきの力かも』と教え、それはさておき『ミレイオと交信も付かない』情報を与える。その情報は、余計に皆を気落ちさせる。
「俺もフォラヴとザッカリアを呼んだが。気が付かないのか、何なのか」
ドルドレンも御者台に座って、溜息をつき、腰袋の蓋を開けて中を見る。『光もしないな』不安そうに呟いた。
話を聞いているだけだったバイラは、マカウェの時を思い出しながら整理する。
「あの時は・・・シャンガマックと、ザッカリア。そしてフォラヴだったんですよね。あれは魔物が相手で、ホーミットが助けに来てくれて」
「そうだ。それがどうかしたか」
何かに気づいたらしいバイラに、ふとタンクラッドが問いかける。バイラの茶色の目が親方を見て、『今回。魔物ですか?』逆に質問。え、と止まった親方は、少し考えてからイーアンを見た。イーアンは肩をすくめる。
「申し訳ない。寝ていました(※爆睡)」
「俺は起きていたが。魔物って感じでは」
親方の答えに、ドルドレンは『あれ?』と自分の額を触る。明け方の戦闘時に冠を被ったのが、そのままなことに気が付き『そう言えば、俺も何も気にならなかったな』と親方を見た。
「ごめん、俺も寝てたから分からない。どうなの?魔物の気配は全然ないって意味か」
オーリンがちょっと笑って謝ってから、二人に確認する。バイラは当然、分からないので、バイラも親方と総長の意見を待つ。二人は顔を見合わせて『なかった・・・ような』と頷き合った。
「ふむ。そうなりますとね。ええと、バイラに話を戻しましょう。はい、バイラ。さっきの続きを教えて下さい」
何かを察した様子の女龍は、バイラに話を戻す。警護団員はハッとして『ああ』と頷くと、マカウェのことを参考にしていたと話す。
「マカウェの時は、あの3人でした。ここにいない3人です。今回はミレイオも一緒にいなくなりましたが」
「はい。それで」
「偶々かな、とは思ったんですよ。後ろの馬車と、それだけの意味。でも、この前。サバケネット地区に入った時の、妖精と精霊の助けを求めたあれ。
あの一件では、タンクラッドさんとフォラヴでしたね。最初がタンクラッドさん。そしてフォラヴが来たら、フォラヴに」
言いたいことが見えてきた4人は、バイラの話に相槌を打つ。ドルドレンがイーアンを見て、イーアンは伴侶にニコッと笑う。
「つまり。今回は、魔物絡みじゃないにしても、連れて行く相手があの3人であったと」
ドルドレンの言葉に、バイラは首を傾げて『多分、そういうことかなぁと思います』自信なさそうに答えた。タンクラッドはイーアンを見て『お前か』と一言。え、と驚く女龍。
「私。私が何ですか」
「お前は龍だ。だから連れて行かれないってことだろうな」
「うぬぅ。まるで私が厄介なように」
「え、それじゃ俺もかよ」
「お前はたまにしかいないからだ」
間に入ったオーリンに、親方がざっくり『お前は不在がち』と伝えると、龍の民は少し寂しそうだった(※サバケネット地区の時はいたのに、と思うけど言い返せない)。
「ふーむ。タンクラッドとバイラの言うことを合わせれば、徐々に不安も消える。
恐らく、相手は魔物ではなく・・・そしていなくなった3人は、ザッカリア、フォラヴ、ミレイオ。彼らは妖精にも精霊にも問題なく触れ合う。
力の特殊さがあるタンクラッドが、ここにいるということは、タンクラッドへの用事ではない・・・という意味か」
「俺たちの旅路で、突然馬車が消えるとすれば。普通の事件なら、ただの事故だが。この場合は、よその力が関与していると思って良さそうだな。そして、それは魔物ではない」
「そこで落ち着いちゃって大丈夫かよ。全然、見当違いかもしれないぜ」
ドルドレンの推測に、タンクラッドが続き、オーリンは『それは早くない?』と決定を疑う。
埒が明かないが、確かめようもない。
イーアンは消えた場所を眺めて、伴侶に頼んだ。『ドルドレン。ミレイオたちが消えた場所に、行ってみて下さい』一緒に行こう、と促したイーアンは、伴侶と二人で馬車の消失した地面に向かい、そこに立つ。
「何かあるのか」
「それを、あなたに感じて頂こうと思いました。集中してみましょう。彼らを大切に感じる気持ちを高めて」
「いつも大切なのだ」
「分かっています。でもあなたの力の使い方は愛の大きさでしょう。はい、愛情」
いきなり業務的に『愛情出せ』と命じられ、ええ~と驚くドルドレン。
奥さんに『早くしろ』と急かされて、どうやりゃ良いのか悩みつつ(※毎度『愛の力』に悩む)ドルドレンはミレイオたちへの心配を、心に強く浮かべる。でも。
「よく分かんないのだ」
やってみたけど、と奥さんに言うと、奥さんは目を半目にして『ちゃんとやったのか』くらいの勢いで見上げる(※そんなつもりはない)。
「これね。イーアン、難しいんだよ。愛、愛っていうけど。『何か上手く行ったな』って、これまでもそうだったのだ。愛でどうにかしろって、漠然とし過ぎている気がするぞ」
「でも勇者ですから。それが万物を満たすのです。もう一度、やってみましょう。
目的は『彼らを心配しているから、どこにいるか探したい』のです。そこまで愛込めて、考えてみますか」
考えているよ・・・と、呟きながら、ドルドレンは言われたとおりにする。ちょっと奥さんの肩を抱き寄せ『こうしている方が愛情出しやすい』と微笑み、奥さんにニコーっとしてもらい、リラックス。
「む。む?おお」
「ドルドレン。イケましたか(※言い方がヒワイ)」
「イケた(※同じくヒワイ?)。あのね。これ、妖精じゃないぞ。魔物でもないけど」
「精霊」
そう、と頷くドルドレン。あの『女の精霊』と感じが近いと教える。『男女の性別があるかどうかは知らんが、精霊の雰囲気に思う』ドルドレン、初試み成功。
「んまー。素晴らしい。ドルドレンの愛の力は、スゴイこと出来ますね。鈍い鈍いと言われている私には、到底出来ないことを」
「いやいや。俺の力はどうやら本当に、他の誰の力とも馴染むのだ。
関わったことがない相手ではあるが、ここはシャンガマックのおかげだな。後、ショショウィ」
ドルドレン曰く、シャンガマックが精霊の加護を受け取った後の雰囲気、地霊ショショウィと遊んでいる時、そしてこの前の精霊の女から受けた感覚が、全て共通しているという。
「言葉では言い難いが、ここにもそれがある。妖精と似ていそうで、妖精とは違うとはっきり分かるぞ。
それに・・・ワバンジャ?とはちょっとまた違うような。彼は人間的である。人間だけど」
「その言い方ですと。ワバンジャも精霊の力がやはり強いという」
「あ。そうだ、そうだ。ビルガメスが言っていたではないか!これのことか」
ということで。よーやく思い出した二人。あーそうか、そうかと二人で手をポンと打つ。
馬車からこちらを見ている、親方たちの元へ戻り、ドルドレンが試して分かったことと、ビルガメスの話をした。
「ほう。では、この状況。これこそ、ビルガメスの予告」
「予告ってほどではありませんでしょう。ビルガメスは多分、何が起こるかは知りません。気にしてないから(※事実)。
でも、ここに精霊の何か求めがあることだけは、彼には感じられたのかも」
「凄い能力だよな。男龍って」
タンクラッドは、ビルガメスが話していたことがこれと理解し、一安心。とりあえず大丈夫そうだと思うところ。
親方の反応に、イーアンは丁寧に『ビルガメス的には、本来、気にもならないことだろう』とは、一応伝えておく。彼はあの夕べ、ドルドレンに聞かれたから、感じ取ったのだと思う。
その話を知らなかったオーリンは、改めて、男龍が凄い存在だと感心する。
「それで・・・精霊の何かによって、ミレイオたちはいなくなったとして。
どうすれば良いのか、私たちも行動のとり方に悩みますね。精霊の、どこ?でしょうか。彼らの世界に?」
バイラは、次の話へ移る。ここでいつまで待つのか。それとも行動が必要なのか。そして、ミレイオたちは馬車ごと、一体どこへ行ったのか。
それを訊かれると、振出しに戻る総長。そうねぇとバイラを見つめ『どこだろう』そこまでは分からんと、困る。
「仕方ない。とりあえずは動かずにここで待機だ。どこに行ったか分からないのに、先に進むわけにも行かん」
親方はそう言うと、ドルドレンの横をすり抜けて、御者台に座る。オーリンも空を見上げて『俺。どうしようかな』と呟く。
「帰って良いですよ。彼女に振られても困りますから」
イーアンがそう言うと、オーリンはさっと振り向いて嫌そうな顔を見せる。そんなこと言うなと舌打ちするオーリンに、イーアンは『明け方来て下さって助かりました』とお礼を言うが。
「何だよ。俺が女にかまけてるみたいな言い方して」
「していません。仲がこじれては気の毒だから、って」
「俺だって、『運命の大きな歯車』の重要な位置なんだぜ(※自覚必要)。そんな、女のために帰れなんて」
「あなたねえ。前からっていうか・・・最初からではありませんか。女性絡みで、残るかどうか、毎度そうやって。女性といるの好きなんだから、お手伝いは適度で構いません」
「ヒドイ言い方だな。俺なんか要らないってことかよ」
「どうすると、そう捉えられるんですか。そんなこと言っていないでしょう」
「言ってるだろ!俺が役に立たないみたいな・・・男龍か。男龍がイーアンに協力的だから」
「あー面倒臭い。男龍に頼んだこと、一回もないですよ。協力を申し出て下さったけれど」
「面倒って。イーアンは俺がいなくても良いのか」
「うるさいなぁ(※イライライーアン)。早くお帰んなさいよ、彼女待ってるんでしょう」
「何だよ、ビルガメスか?ルガルバンダ?」
ちっと舌打ちした愛妻(※未婚)の表情が、一気に我慢を超えたのを見て、さっとドルドレンが間に入る。背中に愛妻を隠し、その背中に押しやったイーアンを、タンクラッドが引っ張って御者台に乗せる(※連携プレー)。
「オーリン。男龍は全員が、イーアンの補佐である。しかし誰も、お前の席を取ろうとはしない。それを思い出すべきだ」
静かに仲裁に入った総長に、オーリンはむすーっとしつつも、頷く(※総長には弱い)。そして。オーリンは残ることにした(※意地)。
一緒にいると喧嘩になるので、タンクラッドはイーアンを引き取って、鉱物の勉強をさせ(※意識逸らす)ドルドレンはオーリンに、空の事情を丁寧に聞いていた。バイラは付かず離れず。少し眠いけれど、青い空を見ながら、ミレイオたちの無事を祈るだけだった。
5人とも。
まさか、自分たちのいる場所のすぐ近くに、ミレイオたちがいるとは全く気が付かずに――
お読み頂き有難うございます。




