1169. 午前の道の続く場所
朝食の話題が海上の魔物と、海域に広がった渦だけに絞られて、肝心の『戦い方間違えた』まで行きつかないまま、旅の馬車は出発した(※時間切れ)。
反省会とした内容ではないが、何をするべきだったかは、皆の共通意識に言葉として置いておくべきだったなと、ドルドレンは思った。
奥さんは龍気消耗したので荷台。
空へ戻ったら?と促してみたが『行ってすぐ、何かあっては大変』との返答で、荷台で回復するつもりらしい。
どう回復する気なのか訊ねると、この前もらった『グィードの皮』に包まって、トワォを呼ぶようなので、荷台には親方とイーアンの二人。
何気に複雑なドルドレンだが、止むを得ないので了承。したら、有難いことに(?)オーリンがいるので『俺も龍気あるから、良いんじゃないの』とオーリン付きとなる。心なしかホッとする(※親方の目が据わっていた)。
ミレイオは、寝台馬車の御者で、フォラヴとザッカリアは、いつも通り荷台にいる。
『洗濯物が濡れた』とミレイオがブーブー文句を言っていたのもあり、出発前、濡れた服を馬車の横に紐で吊るして、移動している(※見た目が家庭的な馬車)。
バイラは馬車の前を進むが、道は一本だけ。ひたすら海沿いの道へ向かうだけなので――
「バイラ」
ドルドレンは呼んでみる。振り向いた警護団員に『並んで話そう』と言うと、にっこり笑ったバイラはすぐに馬を並べてくれた。バイラは良い人である。
さっきの戦闘の話を再び始め、少ししてから『もっと全体を見ないとダメかもね』との反省点を話し合い。
ドルドレンはふと、過ったことで脱線する。それを言うと、バイラは『ん?』と顔を向けた。
「施設ですか」
「そうなのだ。ニカファンの領地に入っている、警護団施設。寄らなかった。良かったのか」
「渡すものはないので、大丈夫です。どの地域でも一応、施設近くへ行ったら、私が置いて来ている資料はあるのですが、それはヒンキラで渡しましたし。
ニカファンとヒンキラ。近いのに警護団施設があるの、変だと思いませんでしたか」
「思った。他の地域は皆、離れているのに」
バイラが教えてくれたのは、『あれは貴族がそうさせたから』の理由。あの辺り一帯、地区別関係なく、貴族の領地だから、ハウチオン家が自分の管理に警護団施設を置いたようだった。
「そんなことも関与するのか」
「普通は嫌がるんですけれどね。警護団施設があっても、貴族に得することはないので。見た目もきれいなものじゃないし(←施設武骨)。仕方なく置いてやる、そんな印象なんですけれど。
ハウチオン家は、何でも自分の思い通りにしたかったんじゃないでしょうか」
「うん。そんな気がする。あのおばさん、そういう感じなのだ」
ハハハと笑ったバイラは、『だから、ヒンキラの施設に渡しておけば、ニカファンも見ると思う』と答えた。
「ニカファンで本当に魔物退治でもあれば。私も寄らないではいなかったでしょう。でも、魔物じゃなかったし、私たちは立ち寄っただけですから」
そう言うと、バイラからも質問。『あのハウチオン家。ミレイオの後ろ盾・・・そう話していませんでしたか』ミレイオの名前は出なかったのかと訊ねるバイラに、ドルドレンはさっくり頷く。
「何にも。あのおばさんは、ミレイオのこと。一言も口にしなかった。
これは、話したと思うが、俺たちにさえ『恥さらし』と言ったのだ。ハイザンジェルから回ってきた連絡も、適当にしか受け取っていないのかも知れない」
「ミレイオ・・・出なくて良かったですね(※見た目)。アリジェン家は、ご本人が来てくれていたから、あんなに手厚い歓待をしてくれたってことか」
だと思うよ、とドルドレン。『パヴェルは、人が好いのだ。大貴族だけど、ありがちな敷居はなくて』彼はオーリンも大好きだし、と教える。
パヴェルとの出会いも話してあげると(※674話参照)バイラはびっくりしていた。
貴族が謝りに変装してまで訊ねてくるなんて、信じられないと驚いているので、ドルドレンも同意しておいた(※あの人くらい、と思う)。
「それにしても。本当に何もないな。もう数日、この海を向こうに眺めているが、すれ違う馬車さえない」
ドルドレンは晴れた午前の風景に、綺麗だけど人っ子一人、動物一匹いないね、と言う。
「街道ですが。往来は非常に少ないでしょうね。元々、ヨライデから続くだけの道でしたから。この道沿いではない場所に、村や町があります。主要街道じゃないんですよ」
「そうなのか。『街道』と言うし、あの貴族の前の道を、真っ直ぐ来ただけだから、町もあるのかと」
「いえいえ。途中、こちらに入る手前で、別の道が伸びていました。民家はそっちですね。同じような幅だから、気が付かなかったかもしれません。動物に関しては、この前の話です。魔物が出るから」
バイラは横の林を見て、右手の奥に続く、緩い上りの傾斜の先を指差す。左側前方に海が広がり、左方面は海へ下っている。
「この右手奥は小山になっていますね。動物がいるとしたら、こうした場所だと思います。だけど、いつ魔物が・・・どこから来るか分からない以上、動物も移動し続けているかも」
「住処を追われるとは。食べる対象も変わってしまう。人間はどこでも、人を伝って動きさえすれば、何とかなるが。動物たちは移動しただけでも、生き死にに関わるな」
今朝みたいに、唐突に魔物が群れで溢れ返ったら。それだけで殺される動物もいるだろうし、逃げて、食べるものがない場所へ行き着いてしまう動物も出てくる。
ドルドレンも悲しそうに眉を寄せ、小山の続きに向かう林を見上げた。『可哀相である』早く平和にしなければと思う。
この時、ドルドレンもバイラも、ビルガメスが話していた『この道を進むなら』の言葉を、すっかり忘れていた。
*****
同じ頃。洞窟外で朝から練習に励んでいたシャンガマックは、父に休憩を言い渡され、一息ついていた。
「疲れたか」
「少しずつ慣れてきている。そうでもないかな」
「バニザットは、俺といて楽しそうだな」
何をいきなり、と笑う騎士に、獅子は『笑うことじゃない』と注意。うん、と真顔に戻した息子に、獅子は続ける。
「昨日。戻っただろう。お前は皆と共にいる時間を、引き延ばそうとしなかった」
「うーん。一時的に戻ると思っていたからだ。今は魔法を覚えないといけない」
「俺は外に出ていないが、お前はあまり、彼らと話をしなかった気がする。違うか」
「少し話したかな。昼時だし、食べながらだとそう、情報交換もままならない」
『俺と一緒にいて楽しそうだな』と聞いたのに、息子はそこを答えないので、ヨーマイテスはむすっとする(※つまんない)。
でも息子は、丁寧に答えているだけとも分かるから(※一応分かるようになった)話を変えた。
「まぁ、いい(?)。情報交換とは何だ」
仲間と何を話したのかを訊ねる父に、シャンガマックは、最近の状況を聞いたことを教える。『貴族の領地に行ったとか。精霊と妖精が一緒にいたとか。これからヨライデの方へ、連動対処に向かうとか』そんな話だったと言うと、父は黙る。
じっとしている獅子に『何か気になるのか』と訊ねると、獅子は首を揺らす。
「連動か。それは分かるな。あの道を通っている以上、向かう先を男龍にでも聞いたんだろう。お前は行かなくて良い。行っても出来ることはない」
「気になるけれど。でも行こうとは考えていない。対処できるのは龍族だけと聞いたから」
そうだ、と頷く獅子は、続けて教えてやる。『精霊と妖精か』バニザットはどう思った、と最初に問い、息子が首を捻って『一緒にいるなんて不自然に思う』と答えると。
「そう思うだろうな。だが、そんなおかしなことでもない。滅多にないだろうが、同じような派生をした場合は、似ている環境で同じような質を持つこともある。
違う場所で誕生した場合は、交わる場所にいることは出来ないもんだろうが、その妖精と精霊は、条件が重なったんだろう」
「不思議だ。力の相殺がありそうなのに」
「お互いに力を使い合えば、そうかもな。だがな。それを言うと、お前の仲間は不自然極まりないと思わないか。
女龍は龍族の頂点だ。龍の民もいる。それなのに、妖精もいれば・・・コルステインに、グィードの皮一枚で、女龍は近づく。距離が近すぎるくらい、近いだろう」
あ、そうか、と目を丸くする息子に『これからも、そういった不自然は目にするかもしれない』ことを教える獅子。
「絶対に無理、と言うわけじゃないんだ。男龍はあの妖精を触れないだろうが、イーアンは触れる。タンクラッドはコルステインと寝て、女龍にも触れる。妖精にも、精霊の力の強いお前にも平気だ。
ザッカリアはまた別の種だが、昨日会った時、前回よりもずっと強力に変化していた。本人も周りも気づいていないようだったが」
「え。ヨーマイテスは大丈夫だったのか」
「バニザット。俺はお前にさえ、こうして触れられるようになったんだ。女龍も角じゃなければ触れる。今の俺が、あの子供に苦手なわけないだろう」
複雑だよと言う息子に笑って、獅子は立ち上がる。『そろそろ始めるか』休憩を終えて、獅子と騎士は魔法陣に立つ。
「あの辺り・・・あいつらの馬車があった場所。あの辺は妖精も精霊もいる。精霊は棲み分けしていたはずだが、魔物で場所に変化があっただろう。
動いているか、閉じこもっているか。もしくは待ち続けているか・・・今、話したように、何かと混ざっている状態もあるだろうな」
何かを見通すような父の言葉に、シャンガマックは彼を見つめる。
「気にするな。お前がそうした場面と出会うのは先だ。今日も明日も俺といるんだから」
碧の目を向けた獅子に、そうだねと笑顔で頷く騎士は、皆と一緒にいない時間に、何があるのかを少し思い巡らせるものの、自分が『現状すべきこと』を意識し直す。
「さっきの。もう一度やってみろ」
向かい合わせに立った獅子に、騎士は了解し。片腕に真緑の光を集めた――
*****
馬車が通過する午前の道。だーれもいなければ、なーんにも出てこない。
バイラと話しながら進んでいたドルドレンだったが、朝の早起き(※夜明け前)と戦闘の疲れで、少しずつ眠くなる。バイラも眠たげな欠伸をして『少し眠い』と笑う。
真っ直ぐな一本道は、ゆっくり先が曲がり、馬車はゴトゴト晴れた道を進んでいるが、そのまま眠ってしまいそうで、ドルドレンは御者台に立ち上がった。
「ああ。寝そうだ」
「ハハハ。私もです。今日は、風も丁度良いし、晴れているのに少し涼しいから」
うーんと伸びをする総長に笑って、バイラも首を回し、両腕を空に向けて伸ばす。
「後ろも寝ているぞ」
皆大人しいな、とドルドレンが笑いながら振り向く。
寝台馬車の御者台は、荷馬車に隠れて見えないが、ミレイオの声がずっと聞こえるので、フォラヴかザッカリアが一緒に御者台にいると分かる。誰かと話していないと眠るな、と苦笑い。
「イーアンは、大丈夫でしょうか」
「うん、トワォ相手に龍気の回復は、少しずつなのだ。時間が掛かる。
馬車の中にグィードが出てくるとは思えないし、きっとトワォだ。タンクラッドもオーリンもいるから、何かあれば教えてくれる」
ドルドレンがそういった矢先、馬車の後ろが開いて、誰か出てきた。見ればタンクラッド。タンクラッドは進む馬車の横を歩いて、御者台に乗り込む。
「どうだった。イーアンは」
「寝てる」
「え。オーリンは」
「あいつも寝ている。オーリンは夜遅くまで起きていたとか・・・まぁ。理由はさておき」
苦笑いする親方に、ドルドレンも咽て笑う(※予想つく)。
オーリンは荷台に転がっていて、イーアンは転がしておくわけにいかないから、『二階のベッドに寝かせておいた』そうだった。
ドルドレン。ちょっと気になる(※親方が抱きかかえて?って)。その灰色の目に、親方は『他にどうしようもないだろう』と切り捨て、フフンと笑った。
「お前はまだ気にするのか」
「それほどでもない。でも(※親方は横恋慕&天然二股の印象)」
「オーリンと一緒に、転がしておいた方が正解か」
「ダメ」
だろ?と笑う親方は『龍気はトワォが来て、癒してくれた』と続け、オーリンもいたから、思ったよりは龍気も戻ったんじゃないかと話した。
「荷台にいたら、俺もつられて寝そうだ。お前と外にいる方が良い」
「そうか。ミレイオと話しているのは?フォラヴ?皆が眠いだろうに」
「ん。ん?ミレイオ?一人だぞ。あいつは御者台で、本を読んでいる」
親方の答えに、ドルドレンは『彼が話している声がした』と言うと、親方は鳶色の瞳を総長に向けて『あいつは本を読んでいる』と、もう一度言った。
二人は目を見つめ合う。お互いの思っていることが一致し、ゆっくりと荷台を振り返る。
『またか』親方の一言で、ドルドレンは額に手を置いて、眉を寄せた。前を進むバイラも、二人の動きに振り向き、目を見開いた。
「総長。馬車が」
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