1167. 行きつ戻りつ馴染むこと
シャンガマックが同行した午前中。雨は降り止まず、何事もなく昼を迎える。
ザッカリアは、ホーミットの獅子の一部変化を気に入って、帰るようにと言われても、嫌がって帰らなかった(※これにより、大男は撫でまくられた)。
雨の昼食は、木の下に馬車を止め、横に張り出す庇を出して、炭を熾して調理。食べるのは馬車の中なので、ザッカリアとしては『俺と一緒に食べよう』とホーミットを引き留めたいところ。
「俺は食べない。お前。もう戻れ」
「嫌だ。一緒にいたい。どうしてシャンガマックは良いのに、俺はダメなの?空の一族だから?でも、龍気はないよ。だから触れるし、ホーミットは大変じゃないでしょ」
「何を駄々こねているんだ。子供みたいに」
「子供だもの。背は伸びるけど、まだ力も弱いんだ」
ザッカリア、自分で言っておいて、しゅんと萎れる。ホーミットは、子供の変化がよく分からないが『子供は子供』と、まとめておいた(?)。
「バニザットは俺の息子だ。お前は、お前の父がいるだろう」
「いる。ギアッチだよ。後ね、総長も。総長は2番目なの」
「二人もいれば充分だ。バニザットも食事を摂りに行った。お前も行け」
「戻ってきて、ここで食べても良い?」
「何でだ!お前は仲間のところで食べろ」
「怒らないでよ。怖いよ」
ヨーマイテスは調子が狂う。子供は腕に貼りついて離れない。耳も尻尾も手足も、獅子のまま(※中途半端)で、いつまでこんななんだ、と苦虫を嚙み潰したような顔で唸る。
「あのな。お前は」
「ザッカリア!食事を食べて下さい」
説教しかけたヨーマイテスの声を遮る、フォラヴの声が外から響いた。助かった、と思った大男に、続いて助っ人。口を開けたウシの向こうから、シャンガマックが覗き込んで『昼だよ』早くおいでと呼ぶ。
「俺が出たら。もう、いなくなっちゃうでしょ」
「うーん、そうかも知れないけれど。でも、昼は食べないと。お前の分、なくなるぞ」
タンクラッドさんが凄い勢いで食べている、と教えると、子供は慌てて外へ出た(※親方は残らず食べる)。
出て行った子供の背中を見送り、シャンガマックは、中に座る父に視線を移して微笑む。
「お疲れ様。有難う、ヨーマイテス」
「お前がこんな姿でいさせるから(※リアルコスプレ)!俺が、どれだけ面倒だったと思っているんだ」
シャンガマックは、父の怒っている声に笑い、中へ入ると『すまなかった』と謝り、でもとても助かったことを伝えた。
「バニザット。もう行けるのか。ザッカリアが来たら敵わん(※もういい、って感じ)」
「うん。食べたから。だけど、イーアンが」
「今度は何だ。女龍がどうした(※もうイヤ)」
ちょっと待ってて、とシャンガマックは後ろを気にして、再び外へ出た。何なんだと思いつつ、ヨーマイテスは体を人の形に戻して、息子を待つ。すぐに騎士は帰ってきて、手に何か抱えていた。
「それは」
「イーアンとミレイオが。ヨーマイテスと一緒の間は、これも食べるようにって」
何だとぉ?眉を寄せて覗き込んだ、息子の腕に抱えられた包み。中を見れば、卵と芋。
苦笑いするシャンガマックは、すまなそうに父を見上げて『俺がいろいろ食べるから』だって・・・と(※実家に戻った息子状態)。
「これじゃ。俺が何も、お前を気遣っていないみたいだ。嫌がらせの過ぎる奴らめ(※結婚するとありがちな、実家トラブルその①)」
「そうじゃないんだ。ヨーマイテスの優しさは伝えてある。だけど、栄養があるから、これも食べるようにと」
一気に機嫌が悪くなったヨーマイテスに、表から女龍の声が掛かる。もっと顔が険しくなった父に、シャンガマックも少し戸惑う。
「ホーミット。ここを開けて下さい」
舌打ちした大男は、乱暴にウシの横っ腹を開ける。
影の中なので、どうってことはないが、外から龍気が流れ込んできたことに、ぬぅと顔をしかめる。開いたところには白い女龍が立っていた(※イーアン仁王立ち)。
これにはシャンガマックも、意外で驚く。さっき、何も言っていなかったけれど・・・・・
「何の用だ。バニザットに、こんな食べ物を持たせて」
「あなたに伝えます。シャンガマックは人間です。雑食という言葉を知っていますか。人間は雑食です。様々なものを食べて、体の健康を保つのです。
だから、持たせたそれがなくなり次第、また取りに来てください」
「ふむ」
「それと、ザッカリアのお願いを聞いて下さって、有難うございます。
こちらから見ると、仔牛にしか見えないのに、開けば奥が広がり、非常に不思議です。中さえ見えなければ、全く問題ない牛の状態に、お礼を言います」
「そうか」
そして、イーアンは腕組みして、首を傾げる。少し仰け反ったその目つき。横柄極まりない、女龍の態度に、仏頂面で聞いていたヨーマイテスは、ぐっと眉を寄せる(※戦闘体勢Go)。
「何だ。まだあるのか」
「ふむ。その首飾り。それ、ありませんでしたでしょう。よく似合っていますよ」
「ん」
イーアンはそう言うと、フフンと笑って(※不敵な姑状態)腕組みしたまま背中を向け『それでは、シャンガマックを頼みましたよ』と言い残し、そのまま立ち去った。
女龍が去ったので。ヨーマイテスは脇ッ腹の扉を閉める。無表情で振り向くと、息子がちょっと微笑みを浮かべていて『良かったね』と一言。
「バニザット。お前は何を考えて」
「俺は何も。卵と芋を受け取っただけだ。今のはイーアンが自分から来たと思う」
「お前のこれ。話したのか」
「いや。話していない。イーアンは細かいところも見ているから」
首に手を置いた父に、にっこり笑うと、シャンガマックは『行こう。雨が上がりそうだ』と促した。ヨーマイテスは何かを言おうとしたが、外から聞こえたザッカリアの声に、はーっと溜息をつき、苦笑いして首を振る。
「よし。戻る」
そう言ってすぐ。ウシは、ぐぐぐと沈み込み、窓の外は暗くなる。シャンガマックは皆に、心の中で挨拶をした。
*****
雨は上がりかけ。少し雲の切れ間に青空も見えて、ぬかるむ場所もちらほら。馬の足に気を付けて、馬車はゆっくりと午後も進む。
寝台馬車の荷台にいたフォラヴは、ザッカリアがふて寝(←ホーミットに逃げられたから)したのもあって、久しぶりに総長の側に座った。
ドルドレンは『構わん』と促したが、自分と同じ御者台に座る、部下の態度が珍しい。
雨上がりかけで、まぁ濡れても少しだが、フォラヴは濡れるのも嫌なら、御者台が湿っているのも嫌だろうに・・・と思ったら、御者台に座布団を置いてから、ひざ掛けを使っていた(※雨除け)。
「そこまでして。お前は無理しなくても」
「いいえ。無理ではありません。でも総長とお話したかったのです」
「うむ。何かあるだろうと思った。何か気掛かりか」
「そうではなくて。気持ちのわだかまりを、あなたに伝えておきたかったのです」
どうしたかと訊ね返せば、この前の『山脈のことで』と、話が重い方向へ流れた。ドルドレンはすぐに理解する。シャンガマックと会ったから、思い出したんだなと。
「フォラヴは、さっき。シャンガマックと話さなかったな」
「少しは・・・でも。まだ自分の気持ちが、整理出来なくて」
「俺も、少しはあった。イーアンと話し、バイラに考え方を教わったから、シャンガマックを見ても平気だった。
忘れていたとは言わないが、しこりにはならなかった、と分かる。お前は苦しいか?ベリスラブの・・・こと」
総長に小さな声で訊ねられたので、フォラヴは一瞬、目を伏せた。前を進んでいるバイラは、少し先へ移動して、彼らの会話の邪魔にならない位置で進む。
「私は。彼を、どこかで責めました。それが苦しいのです」
「フォラヴ。それを言ったら、俺もだぞ」
「総長とは違う意味で、私は自覚する必要があったのです。総長は責任者として。私は聖なる力を持つ者として」
不思議な言い回しに、頷いて先を続けるように促したドルドレンは、部下の告解にも似た吐露を、黙って聞いた。
「そうか。ザッカリアに。彼は子供だから、口にすることが核心に触れることもある」
「はい。言われてハッとしました。妖精は癒せるのだから、行けば違うだろう、と言われて。
私は自分が、『シャンガマック任せに、無責任な思いを持っていたこと』を、その一言と同時に意識しました」
「うん」
「私が行くとなれば。私は耐えられなかったかもしれません。そして、もし癒せても。
イーアンが話した恐ろしい出来事を、相手に通過させないとも限らない。私は浅はかでした」
「そんなこと思うな」
「総長。私の弱い心をこれからも知っていて下さい。私が友を疑い、自分を蚊帳の外に置くことがないように。私はまだ、能力に気が付いたばかりです。どうぞ支えて下さい」
雨露が光るような、空色の瞳を向けて、妖精の騎士は悲しそうに頼んだ。ドルドレンは、彼の気持ちがとてもよく分かる。部下の背中を撫でて『俺も同じだ』と顔を覗き込み、頷く。
「お前の頼み。俺は受け入れる。お前も俺を支えてくれ。俺も弱い。
昼。シャンガマックを、久しぶりに見たような気がした。俺は、彼を疑ったのかと自分を恥じた。
彼の行動を責め、詰るような言い方をしたのだ。あの、誠実で勇敢な男を、そんな目で見た自分が嫌だった。さっき話した、シャンガマックの黒い瞳は、誠実そのものだったのに」
うん、と頷くフォラヴも、白金の髪を揺らして、小さく首を振る。
「本当に。彼は逞しくなりました。ほんの十日程度の間に、ホーミットに大切にされて、詰め込むように学んでいると分かります。そんな真面目な彼を、私は」
「もう。やめよう。気が付いたら、それで良いのだ。同じ場所に留まろうとは、思わない。既に、その過ちは越えた。フォラヴ、元気を出せ」
悲しそうなまま微笑む部下に、ドルドレンは別の話をする。ザッカリアが話していた『ホーミットの変身』について話すと、フォラヴもそれを面白く感じていたようで、少しずつ二人に笑顔が戻る。
思えば、ホーミットも。今日、こうして来てくれたから、少しまた近づいたのだ。
ぶっきら棒で、掴みにくい性格でも、シャンガマックは大切にしているようだし、ザッカリアも怖がっていた割には、すっかり馴染んでしまった(※相手はそうでもない)。
「これからも。きっと互いの・・・知っているつもりで知らない部分を見て、驚いたり、考えたりするだろう。逆も然り。知らない相手の新たな一面に、良くも悪くも心は反応する。
一緒にいることに、感謝するばかりではないかも知れない。だとしても、信じた相手に近づく気持ちは、常に忘れずにいよう」
ドルドレンはそう言うと、横に座る騎士に微笑んだ。妖精の騎士もにっこり笑い『あなたが総長で良かった』と褒めた。
それから、他愛もない話を続けて、今日も夕方を迎える。雨上がりの淡い水色と黄色の夕方の空、紫と桃色の混ざる雲が浮かぶ。向かう先に見える水平線は白っぽく、光を静かに湛えて揺れていた。
*****
午後に戻ったシャンガマック。寄り道して、ヨーマイテスに『次の遺跡だ』と教えてもらった場所の前を通り、そこはまた『お前が驚く』不思議な遺跡という話で、楽しみが増える。
寄り道してからの魔法陣の台地は、夕方より早めではあったが、雨が先ほどまで多く降っていたようで、水溜まりだらけだった。
魔法の練習用にと、父は魔法陣の上、全てに青白い炎を渡らせ、圧巻なその光景の続きは『カラカラだ』魔法陣には水の一滴もなくなったため、シャンガマックは夕暮れが来るまで練習に励んだ。
最初に覚えた魔法は、呪文も間違えなくなったし、動かし方を変えると別の威力を見せるので、それを何度か繰り返し、体に染み込ませて覚える。それが楽しくて、気が付けば夕暮れを迎える。
「もう休め。食事を持ってくる」
父は練習相手になってくれた後、シャンガマックを座らせると、そのまま森へ消えた。
今日。久しぶりのような一日だったな、とシャンガマックは夕暮れの藍色の空を見て思う。
魔法陣の上に座り、空を見上げて『皆が無事で良かった』ホッとした気持ちに感謝して、早く戻らなきゃと、頑張る意思をまた固めた。
父が戻り、青白い炎を出した上に、魚を放り、すぐに身だけにして焼いてくれる。
獅子は振り向いて、シャンガマックに『おい。渡されたものも、ここに入れろ』と言う。あ、と思い出して、シャンガマックは、芋2個と卵1つを加える。
獅子なので表情は分からないけれど。ちゃんと意識してくれていることに、嬉しくなる騎士は、隣に立つ獅子の鬣を撫でてお礼を言った。
「今日。本当に有難う」
「何がだ。ザッカリアか」
焼けるまでの間、火の近くに寝そべった獅子の体に寄りかかって、碧の目を見ながらシャンガマックは微笑む。『彼もだけど。皆と一緒に動いてくれた。イーアンとも普通に話してくれたし』嬉しかったよ、と言うと、獅子は唸った。
「俺は、楽しくも嬉しくもない時間だった」
「そんなこと言わないでくれ。ザッカリアもイーアンも、きっと嬉しかったはずだ。ヨーマイテスが来て、俺と一緒に動いてくれたことが、うんと距離を縮めたと思う」
「距離。何の」
声の低い獅子の首に抱きついて『ヨーマイテスのだよ』と笑う騎士。
碧の目が据わっているが、獅子状態は顔が変わらないから分かりにくい。
シャンガマックはそっと、獅子の尻の方を見て、尻尾がパタパタ振られているので、父も嬉しいんだと判断した(※尻尾あると分かりやすい)。
「『楽しくも嬉しくもなく嫌』だったのに。でも、遊んでくれた。ザッカリアは、ヨーマイテスを怖がっていたけれど、途中から大好きになった。ヨーマイテスが優しかったから」
「あいつがしつこいからだ。子供だから、聞き分けがない」
豊かな鬣に腕を回したまま、炎を見つめて騎士は満足そうに笑みを浮かべる。父がどんなに突き放すようなことを言っていても、彼がとても頑張って、心を開いてくれたのは分かっている。
「イーアンも。ヨーマイテスに近づいてくれた。ヨーマイテスはちゃんと話してくれた」
「何言ってるんだ。あいつが一方的に話したんだぞ。俺は返事しただけだ」
「それでも。今までよりも、ずーっと近づいた。皆も、ヨーマイテスが近くに感じたと思う」
「鬱陶しい」
吐き捨てる獅子に、小さく笑うシャンガマック。
ぎゅーっと獅子を抱き締めて、獅子の目のすぐ側に顔を当てると、目を閉じた。
「優しいヨーマイテス。俺の、大事な大好きな、ヨーマイテス。今日は有難う」
静かに深呼吸して、微笑んだまま目を閉じる息子の顔に。獅子は何も言わなかった。シャンガマックは知っていた。ヨーマイテスがとても喜んでいるのを(※尻尾バッタバッタ振ってる)。
お読み頂き有難うございます。




