1165. 別行動:一時帰宅
朝。雨が降っている音で目が覚めた、褐色の騎士。目覚めた場所はヨーマイテスの鬣の中で、暖かな毛に潜り込む(※布団)。
「起きたか。朝だぞ」
「うん。でも。雨だ」
「雨は嫌か」
「嫌じゃない。だけど、少し肌寒いかな」
ぽそっとそんなことを言うと、獅子はぎゅううっと丸くなって、騎士に密着。シャンガマックは、父の愛情がとても嬉しかった。
「有難う。暖かいね」
「俺に体温はないが。お前がそう思うのなら、そうなんだろう」
父の返事に笑ったシャンガマックは、埋もれていた鬣から頭を起こし、大きな獅子の碧の目を見た。
「ヨーマイテスは本当に優しい。いつも有難う」
「お前がそうして寝ているとな。食事が獲れないぞ。それはどうする」
最近。一日3回食べさせてもらっているので、体が覚えたか。シャンガマックが平気と思っても、腹は鳴る。大丈夫だよと言いながら、裏腹のように(まさしく)ぐぅぅと鳴る音に、騎士は目を逸らす。
獅子は息子を見つめ『食べるか』と訊ねた。
「うーん。でもな。雨だし。ヨーマイテスが濡れるのは嫌だ。俺は雨でも平気だけど」
「俺も別に問題ない。食べろ」
ということで。父はシャンガマックを起こし、眉尻を下げて顔を向けた息子に、待っているよう伝えると、外へ出た。
「ヨーマイテス。雨なのに。濡れても平気なんだな。
俺も平気だけど、俺のために濡らすのは嫌だなぁ。体は強いだろうから、風邪を引いたりはないんだと思うけど(※過去何百年に渡り皆無)」
雨が云々。ハイザンジェルでも、騎士修道会でも。鎧さえ着ていなければ、大して気にはしない。鎧が濡れると手入れが面倒だから、雨は嫌だっただけで。
とはいえ。自分の食事のためだけに、父が雨の中に出て行くのは、何だか気が引けた。
そんなシャンガマックの気になる気持ちは、全然関係なく終わる。父は10分もしないうちに戻り、口に大きな魚をくわえていた。昨日のと似ているが、もう心配ない(※身だけ注文可)。
洞窟の入り口で火を出したヨーマイテスは、ぽいと魚を投げ入れると、息子の側に行って丸くなった。
「焼けるまでここにいろ」
「有難う。濡れた?」
帰ってきた時から不思議だったが、父は全く濡れていない。どうしてかと思い訊ねれば、答えは『別に、雨に当たる必要がない』らしかった(?)。
よく分からないが、父は濡れていないし、魚も焼いてくれているし・・・あ、と思って『身だけ』と頼むと、父はすぐに唸り声を上げ、青白い炎に包まれる魚は小さくなった(※身)。
「いつも、俺はあなたに良くしてもらって。本当に感謝している」
「親だ。当たり前だ。お前を育てている・・・ふむ。バニザット。今日、どうする」
いきなり話を変えられて、獅子に包まれている騎士は目をぱちぱち。じーっと見ている碧の目に『何が』と聞き返すと、獅子は『雨は嫌なんだろ』の理由を告げる。
「え。違うよ。そういうつもりじゃ」
「お前は濡れると、体も冷える。服も水を吸う。いろいろと面倒がありそうだ。雨は練習をしない方が良いのか」
「そんなの、平気だ。大丈夫だよ。練習は今日も」
そう言いかけたが、獅子は、目を逸らし『うーん』と唸っている(※獅子の声で)。黙って父の反応を待つシャンガマック。彼なりに何か考えていそうで、とりあえずそれを聞いてからにしようと思う。
「お前。今日は雨だから(?)戻るか」
「へ。大丈夫、戻らなくても。昨日、総長に連絡したばかりで」
「俺とは一緒だ。一緒に動けばいいだろう。今日だけ・・・雨が止むまでだ」
ええ?シャンガマックは父の提案に不安が一気に湧く。それは。スフレトゥリ・クラトリで・・・だろうなぁと思うと、心の準備が(※無理)。しかし、父はそこで決定そうな首の傾げ方。
「まぁ。それでも良いかな。ドルドレンも安心するだろう。あの煩いミレイオやイーアンも、俺に文句は付けまい。うん。じゃ。今日は戻るか」
ええええええええ~~~~ シャンガマック、そっちの方が嫌(※雨<乗り物)。
父に、問題ない、平気、と何度も訴えたが、父は聞かなかった(※息子の冷えを心配する親)。
粘ってみたが、全く父に相手にされないので、仕方なく覚悟を決めて(※あのウシ・・・)父に『食べろ』と言われた魚を食べて、美味しかったとご馳走様のお礼を言うと。
「よし。行くか」
フツーに促されて、褐色の騎士は脳内イヤイヤをしながらも、げんなりして父に従った(※従順)。
そしてシャンガマックはヨーマイテスと共に、早速、あの巨大なウシに乗り込むことになり、不安と困惑で(※どう説明しようって)胸中ぱんぱんになりながら、総長たちのいる場所へ出発した。
巨大なウシは、走らないのでゆっくり進む。でも。大きいから、進みは早い。
ヨーマイテスが気を遣ったようで、鎧のウシには綱と口輪が付けられ、乗りたければ背中にも乗れるという話だった(※目立つから遠慮)。
進んでいるのは分かるが、シャンガマックはちょっと気になることもある(※諸々気にはなるが)。
「今。どの辺だろう」
中にいると、全然外が見えない。明るいのか暗いのかもピンと来ない。
体内は、ランタンが灯ったような明るさで、浮き出ている骨(※やっと慣れた)と、赤っぽい筋肉や白い筋があるだけ(※こっちまだ慣れない)。
「どの辺・・・地名もなさそうだ。ドルドレンたちに近づいているのは、別に地上からじゃないぞ。
こいつが外を歩いていたら、気の弱い人間が騒ぎそうだからな。魔物と勘違いして」
父は馬鹿にしたように、フフンと人間どもを笑ったが、息子としては『間違いなく魔物扱い』だと頷いた(※見た目が異常過ぎる)。
「お前は外を見たいのか」
息子が気にしたことを汲んで、ヨーマイテスは訊ねる。シャンガマックとしては、自分たちがどこにいるか、少なからず把握したいので、出来ればそうしたいと答えた。
「俺と一緒に乗るんだから、気にする必要もなさそうなもんだ。だが、構わん。お前は船でも外を見るのを楽しんでいたから」
そう言うと、体内の壁(※肋骨とも言う)に寄りかかっていた大男は、肋骨と肋骨の間の筋肉に手を当てて『ここにお前の風穴』と呟く。その手をどけると、ポカっと穴が・・・シャンガマックは目を丸くする(※『うっそ―っ』て感じ)。
「だ、大丈夫?大丈夫なのか」
「ん?何が気になる。生きていないと言っただろう。多少は穴の影響もあるかも知れんが、痛みも何もない相手だ。
こいつの外は鎧だが、そこに穴があるわけじゃないから、表から見れば何も変わっていない。
ここから見れるぞ・・・お、そうか。両側にあるべきだな」
え、と驚く息子を見ずに、父はよいしょと体を起こし、息子の真横に手を突くと『ここにお前の風穴』と同じ言葉を呟く。父が手を離したすぐ、シャンガマックの頬を、外の明るさが照らした。
いきなり、お窓の出来た体内(※雰囲気ビミョー)にシャンガマックはぎこちなくお礼を言い、父の手のひら大の丸窓をちらっと見る。
「あれ?外かと思ったけれど」
「だからさっき言っただろう。お前は俺の言葉を聞いていない」
ヨーマイテスが眉を寄せて、息子に並んだ状態で窓の外を指差し『ここは水の中』と教える。一々びっくりする息子に笑って、頭を撫でるともう少し教えてやる。
「俺たちが乗り込んだのは魔法陣の中。魔法陣から地下に入って、ドルドレンたちが進む場所まで、直線を動くなら、水の中も通過する。今はそこだ」
「そうなんだ・・・あの。ヨーマイテス、俺はちゃんと聞いているよ。だけど想像が追い付かないんだ。
俺が聞いていないなんて、思わないでくれ。人間の暮らしをしていたら、絶対に触れないことばかりで」
ちょっと悲しそうな漆黒の瞳を向けられ、ヨーマイテスは少々反省(※性格変えている最中)。小さく頷くと、息子はニコッと笑ってお礼を言った。
息子が優しいしカワイイので、大男は窓の外を見ている息子を抱え上げて、自分の上に座らせる(※お子さんとして)。
シャンガマックは無抵抗なので、座らされた胡坐の上から、窓の外を見ては『あ!魚だ』とか『魚って、群れになるのか』とか『ヨーマイテス、見て!イタチみたいのが泳いでる!』とか『カワウソかな。川は少し知っているんだ。テイワグナもカワウソがいるのか』とか『こんなに長く水中で、呼吸はどうしているのか』とか、あれこれ興味津々で楽しんでいた。
二人が軽く、遊園地の潜水艦状態を楽しむ親子状態でいる、同じ時。
馬車はそぼ降る雨の中を出発し、灰色の天気の中、海に近づく道を進んでいた。
緩やかな下り坂なのもあり、うっかり滑ったりしないよう、速度を上げずに安全第一で。
雨はしとしと降るだけなので、庇を出していれば問題なく、風も時折ささやかに吹く程度。荷馬車のドルドレンと、寝台馬車の御者のタンクラッドは、のんびり手綱を取る。
バイラは雨に濡れるので、そのまんま。自分たちが雨除け出来ている分、ドルドレンはそれが少し気になって『冷えはないか』と度々、訊ねたが、バイラとしては『たまには涼しくても』と、笑って終えてしまうくらいのこと。
「私が同行したこの旅路。嘗てないほど、快適で人間的な生活ですよ。
この程度の雨に濡れることに、何の文句もありません。総長、全く気にされることじゃありません」
「そうか。でもな。俺たちだけ、雨宿りしているような具合だろう」
ハハハと笑うバイラは、首を振って、濡れた顔を手で拭うと『風呂みたいなもんですよ』と逞しいことを言っていた(※実際そんな気分の人)。ドルドレンは、彼が本当に男らしいなぁと尊敬する。
「テイワグナの旅が終わったら。バイラとは離れる日が来る。時々、それがふと脳裏に過ると、俺は何とも切なくなるのだ。最初から、そうなりそうな気がしていたが、連れて行きたい気持ちも強い」
「総長・・・有難うございます。私も同じですよ。こうして寝食を共にして、魔物退治も一緒に動いていると『ずっとこのまま、一緒なんじゃないか』と錯覚します。
でもいつの日か。私たちが別れる日が来るんでしょう。考えないようにして、過ごすのが一番かな」
二人の男は顔を見合わせ、ちょっと切ない気持ちでハハッと笑う。
唐突に思える引き合わされたような運命の元で、誰かと出会い、その時からその『誰か』との時間が始まる。それまで他人同士だったのに、昔から一緒にいたように、当たり前のように時間は流れるのだ。
「離れる日のことなんか。考える必要、ないな。今、こうして一緒にいるんだから」
ドルドレンが微笑むと、バイラも頷いて『はい』と答えて微笑んだ。ずっと一緒に笑えたら良いのに。絆が強くなった仲間に、そう思うのは、ドルドレンもバイラも一緒――
「うわっ!」
「うお?!」
微笑み合った矢先、突如、目の前の道に、ブシューッと粉塵が舞い上がる。二人は慌てて馬の手綱を引き、馬も嘶き、後ろのタンクラッドも急いで馬車を止めて叫ぶ。『どうした、魔物か!』御者台を下りて、剣を取りに走りかけた親方は、振り返りざま、わが目を疑った。
ドルドレンもバイラも、目が落ちそうなくらいに見開き、粉塵と共に、地面を溶かすかの如く、地下からぐぐっと上がってきた、巨大なウシに頭が真っ白になる。
「あ。ああれ、あれ、あれ」
バイラの声が続かない。ドルドレンンもごくっと唾を飲み『シャンガマック』部下の名を呟くので精一杯。
「何だ?バニザットか、上にいるのは」
ドルドレンの側に来た親方も、目を逸らせないまま、巨大なウシの背中に立つ男を見つめる。
「あ。総長!バイラ、タンクラッドさん。おはようございます(※挨拶大事)」
褐色の騎士は、鎧を着けた巨大なウシの背中に立っていて、頭を掻きながら、困ったように笑う。
「お前・・・それ。その、ウシのようなものは」
「はい。誕生日に父が贈り物でくれました(※事実)。これ、馬車の代わりなんです。
だけど、いきなり見たら、驚くだろうなと思って、ちょっと離れました(※これが精一杯の対処だった)」
部下も『びっくりするよなぁ』と、苦笑いで呟いている・・・・・
瞬き出来ないドルドレンは、口も開けっ放しで、あまりにもデカい、狂暴極まりない見た目のウシをガン見。
バイラもタンクラッドも、何て言ったら良いのか。
何も思いつかず、頭の中で『馬車の代わり』と言われた、不穏な言葉が繰り返される(※『あれ使う気か』って)。
荷台から、皆も下りてきて『どうしたの』と言いかけるのも一瞬、わーわー、ぎゃーぎゃー騒ぎ出す。
親方とバイラが『落ち着け』と大声を出して走り、爪を出したイーアンを親方が押さえ(※女龍戦闘体勢)お皿ちゃんを出して、青白く光ったミレイオ(※こっちも倒す気)をバイラが止めた。
妖精の騎士とザッカリアは、困惑しながらも総長の側へ近寄り、目の前のウシを見上げ『シャンガマックですか』と確認。頷く総長も、戸惑いを通り越している顔を向ける。
その時。低い声がウシの口から響いた。ゆっくりと開いた、黒い顔のウシの口の中に、堂々と座った男の姿。
「全く。煩い奴らだ。バニザットが説明しただろう。騒ぐほどのことじゃない」
ドルドレンは、この人が、今日ほど怖いと思ったことはなかった。
巨大なウシの口の中で、長椅子にでも寝そべるような焦げ茶イケメンが、自分の部下に何をしたのかと恐れる(※部下の態度が普通過ぎる)。
「ドルドレン。馬車を進めろ。俺とバニザットは、『これ』で、お前たちの後を付いて行ってやる。雨が上がるまでだがな」
焦げ茶イケメンは、開いたウシの口の暗がりから、フンと鼻で笑い、そう宣言する。
バイラと二人で『離れる日』の哀愁に浸ったのも束の間。
絶対に離れる気がない、お父さんと息子さんの関係を見せつけられ、こんな形でも良いのかな、と総長は思った。
お読み頂き有難うございます。
非公開にもかかわらず、ブックマークをして下さった方がいらっしゃいました!とっても嬉しいです!有難うございます!!
大変励みになります。頑張ります!
明日26日は、朝1回の投稿です。仕事の都合で、夕方の投稿がありません。
活動報告にも事情を書きましたので、もし宜しかったらご覧下さい。




