1161. ハウチオン家の魔物相談
午前の道を進んでいた馬車は、足止めを食らう形で街道に佇む。その時間20分。
相手の正体は、別に怪しくもなければ、危なくもない。それは分かるのだが、話がどうにも曖昧で、バイラは何度も確認をした。
「とりあえず、寄ってもらえませんか。あなた方がハイザンジェルの騎士だとは分かったので」
「さっきから同じことを質問しています。寄ったとして。正確には何をしてもらいたいんですか。それが」
「魔物退治ですよ。それと領主様に会って頂くことで」
「先を急ぐ旅だと、総長もずっと言い続けていますが、退治するだけなら、魔物退治は場所を教えてもらえば、対処も出来そうです。中の警護団施設に私も話を付けに行きますから。
だけど、領主の方に会うのは別の話ですよ。それに時間を使うとして、どれくらい時間が掛かるのか」
「それは。それ、私もお答え出来る範囲でしか。領主様のご都合に寄ります」
使用人の中年男性は、バイラの態度に怪訝そうに眉を寄せてから『あなた、警護団ですよね?』と嫌味のように言う。
それが何ですか、とばかりに、バイラが溜息をついて頭を振ると、相手は納得いかなさそう。
「警護団施設は領地の中にあるんです。あなたもご存じでしょうけど、貴族の資金で」
「私一人の態度で、施設をどうこうする気ですか。それも、あなたが相手で、それを言われるとは」
ムッとしたような顔の使用人に、バイラは少し強めに伝える。
「私は警護団の職務でも特別な任務です。この立場は、ハイザンジェルの魔物資源活用機構に因んで用意されています。私の意見と責任は、警護団全体に向かうものではなく、ここで完結するものです。
貴族の領地に入って、何か問題を起こしたならいざ知らず。それもないのに、脅すような言い方を使っても、私には何も影響ありません。無論、彼らにも影響はないのです。
相談でしたら、話し合いに応じて下さい。こちらに用事があるのは、こちらの仕事です」
こんな具合の言い合いの末。
馬車は『時間はこちらで決める』ことを条件に飲ませ、魔物出現の話に応じた形で、使用人の馬に付いて行った。
街道からしばらくの間。道らしい道もなく、ただ広いだけの場所だった。徐々に道が見えてきて、横渡しのように引いた道に乗り、馬と馬車は遠くに見える林へ向かう。
ドルドレンが見ている限りでは、この道は自分たちを案内するために、誘導している気がした。
街道からこの地点までも時間が掛かり過ぎるし、遠くに見える林の中に館とやらがあるなら、そこから見て、とても人の視力で街道の馬車を見つけられる気がしなかった。
使用人たちは、どこかに待機でもしていたのか。
彼らが来た方向も違うし、見張りでもさせられていたのかと、そっちの方が気になった。こんな・・・魔物騒動のある中で。使用人をその辺に待機させて。
そんな無神経なことを貴族がするかなとは思ったが、貴族にも色々あるから、そんな奴もいそうではある。もしそんな相手が『ミレイオ後ろ盾のホーション家』と親戚だとしたら、あまり理解を得られる気がはしなかった。
揺られる馬車の荷台では、イーアンとミレイオ。タンクラッドが寝台馬車の御者を代わってやったので、フォラヴとザッカリアが、一緒に寝台馬車の荷台。
前から聞こえた話は知っているので、親方は、バイラに戻されたイーアンと、ミレイオの顔を見ながら、手綱を取る。二人は少し不安そうに見えた。
ミレイオは、ヒンキラの町を出た時に、向かう先が『ホーション家の親戚』と聞いた時から嫌そうだった。これは、ミレイオの誇り高い部分があるんだろうな、と親方は思う。
人間のように暮らしていても、人間じゃない強さを持っている以上、例え、権力でモノを言う人間社会の貴族が相手でも、そんなものに支えられていること自体が複雑な心境のような。
イーアンはもう、前の姿じゃない。肌の色も違うし、角も大きい。首都のパヴェルの家を出てから、自分たちの情報は貴族にも流れただろうが、見た目が変わるとどうなるのか。
『龍の女』は浸透していそうだから、おかしなことにはならないだろうが、それでも本人は『貴族嫌い』の根底がある分、何か言われたら嫌だとか、そうしたことを気にしていそうな様子。
「魔物退治だからな」
手綱を取りながら、親方は呟く。行く先に魔物が出ているなら、退治は仕事。
今回の目的地は、ヨライデ方面の海沿いへ向かうことだが、その手前で助けを求められれば、それは当然退治するわけで。
仕事だから、相手が貴族だ、誰だと関係ないが。
それにしても、荷台の二人の表情を見つめる親方は、何となく二人が可哀相に思う。
ミレイオは自分より年上で男だし、イーアンは自分と3つ違い程度なのに、二人が自分の子供のように感じる時がある。
姉妹で、子供――
変なもんだな、と思いつつ、二人が不安そうな印象を持つと、いつでも脳裏にかすめる『ミレイオとイーアン』の感情の動きを察してしまう親方は、彼らを守ってやろうと溜息をついた。
「貴族の領地。手っ取り早く終わらせないとな。だらだら続いたら、あいつらが精神的に疲れる」
それに、と視線を向ける、近づく林。林の向こうに、大きな館が見える。林から館までの距離もありそうな、そこ。そこだけ別空間のように、緑が生い茂る。
「『ワバンジャの話』も途中なんだ。あいつの話を紐解く方が、ずっと大事だ。こんな貴族に係わってる時間はない」
昨晩、皆で夕食時に話し続けたこと。そして、コルステインに聞いたこと。これらは、まだまだ面白そうで、もう少し、不思議で純朴な『ワバンジャの話』に浸りたい親方。
ちょっと鼻で笑って、首をゴキゴキ鳴らすと『とっとと、魔物退治だな』と伸びをした。
寝台馬車の後ろでも、フォラヴがぼんやりと外を見ていた。ザッカリアはつづりの練習中だったが、『馬車が揺れるから、うまく書けないよ』と文句を言っている。
「もうやめてもいい?俺のせいじゃないのに、字が下手になるの」
少しイライラしたような顔の子供に、妖精の騎士は笑って了解した。それから彼に提案する。
「私が馬車の揺れを軽減出来たら、書き取りの練習を続けますか?」
「しない」
子供のふてくされた顔にまた笑い、フォラヴは彼におやつを食べるように勧め、水を渡す。お菓子の箱を取り出して、ザッカリアは二つ菓子を取ると、一つはフォラヴにあげる。
「有難うございます。あなたの分がなくなってしまいませんか」
「いいよ。総長に買ってもらうから(←無尽蔵に)。ね、どうして外を見てたの?貴族の家に行くから、何か気になったの」
「ええ・・・そうですね。気になったことは、貴族ではなく、貴族の領地に出るという魔物です」
「ワバンジャの所みたいなヤツかも、って?」
お菓子を頬張った子供に、喉に詰まらないよう水を飲んでと促してから、彼が水を飲むのを待ち、フォラヴは微笑んだ。
「魔物の種類ではありません。気配がないことです。あの館の近くなのかどうか。分かりませんけれど、気配を一切感じません」
「それがワバンジャに似てる?」
「違います。ワバンジャは、精霊の力でしょう?私が考えていたのは」
フォラヴはそう言って、向きを変えた馬車の外を見送る。通り過ぎる道の両脇には木が増え始め、人工的に植えたと分かる、洗練された『自然風』の庭をじっと見た。
「魔物の気配がない場所に、魔物の相談を受けるのも・・・何かが違うような気がします」
「それは?何なの」
「上手く言えません。あまり誰かを疑うのは好きではないのです。
だけど。魔物ではない、別の話を持ち掛ける気なのではと。私たちを利用するつもりがあるのではないかって。
・・・・・いけませんね、私はそんなことを考えて」
ザッカリアには難しいことは分からないが、フォラヴの言い方から、その空色の瞳が悲しそうなのもあって、『違う話なら、断ってすぐに帰れるよ』と励ました。それからもう一つ、お菓子をあげた(※子供なりの気遣い)。
馬車とバイラの馬は、案内されるままに敷地の林に入り、一本道を抜けて真正面の館へ進む。
貴族の家はどこもそうなのか。どうしてこれほどの広さが必要なのかと思うほど、無駄に大きい気がする毎回。
道の正面に横長にどーんと立つ館は、5階建てくらい。横はもう、何部屋あるのか数える気にもなれない(※奥にも続いている)。林は一見して雑木林なのに、やたらきちんとしていて、手前の花々も花壇がないのにすっきり整列。
「不自然な自然である」
ぼそっと呟くドルドレンに、斜め前のバイラが振り向いて、苦笑いで頷いた。
案内もそろそろ終わりの頃。館の前に到着すると、馬を下りた使用人が、バイラに厩のある場所を指差して『そこに馬車を置いて下さい』と伝えた。
「時間の制限はすぐかも知れません。そのつもりで領主様にお話を通して下さい」
バイラは先に釘を刺すように言うと、嫌そうな顔をした使用人を見ずに、総長に馬車を奥へと伝える。バイラと馬車は館の前の道を通って、奥に見えた厩の手前で停めた。
若い方の使用人が来て、『こちらへ』と旅人を誘導する。イーアンとミレイオは出たがらない。
出ない方が無難と判断し、ドルドレンは使用人に『自分が代表で話を聞く』ことを告げ、バイラと自分、そして親方が立候補したので、残りの4人を馬車に待たせ、3人は館の中へ入った。
パヴェルの家の、長い長い廊下を覚悟していた、ドルドレンとタンクラッドは、意外にも手前の部屋で済んだことにホッとした(※長い道のり覚えられない)。
館の右手から入る大きな扉をくぐった、すぐの部屋に通され、大きな部屋ではあるが外に近いので、安心して椅子に座る。
バイラは落ち着かなさそうにしていて、それを見てタンクラッドが『箱だけだ。中身は変わらん』と教えた。
待たされること5分。どこにいるか知らないが、貴族が急いで来たところで、これだけデカい家じゃ、たどり着くまでにそれくらいはかかるだろうと、踏んでいた来客の3人は、開いた扉の向こうから聞こえる声に顔を向ける。
「ようこそ御出で下さいました。私はメガラ・トゥス・アンフィムネス・ハウチオン。
セドウィナ・ペルジェイ・オーロット・ホーションの伯母です。突然、お引止めしたことをお詫びします」
登場した女性は、50代半ばにも見えるが、化粧と飾り物が多くて判別付きにくい。黒い髪に、少し茶色がかる肌、青い目で、どことなくセドウィナの面影もあるような。バイラは初対面のため、ただ緊張するだけ。
ドルドレンが席を立ち、それに倣ってバイラも立つが、親方はそのままだった(※常に自分のペース)。
女当主とは知らず、ここでもセドウィナのような、女性が前に出る環境かなと思いつつ、ドルドレンも自己紹介。それから、連れの警護団員バイラと、座ったままの不敵な剣職人もとりあえず紹介した。
メガラは頷いて、剣職人を一瞥しただけで、ドルドレンに手を差し伸べたが、ドルドレンは女性の手を受け取らず『俺は騎士修道会総長だが、騎士団ではない』と遠回しに断る。その手を引き取って、挨拶する習慣はない、と教えた。
「面白い方です。失礼にも当たることを平気で行われて」
「ふむ。面白い。失礼かどうかを、突如、無理に連れ寄せた相手に求めるとは」
言い返した黒髪の騎士に、メガラは少し躾けるような目の細め方をして、座るように促す。
ドルドレンは普通に座り、バイラも何もどこも見ずに座る。親方、膝を組んだまま背凭れに体を預けて、様子を観戦。
不遜な態度の剣職人には我慢する気はないようで、メガラは彼をちらりと見た後『少しは礼儀を持った方が良い』と注意する。
「そうか。俺が礼儀。それは何だ、飾りか。旅する俺たちを無理に連れてきた、ここの使用人に言え。『相手を選べ』とな」
顔色の変わったメガラの怒りを含む目つきに、ドルドレンが静かに続ける。
「気分が悪いかも知れん。だが彼の言うことを謝る気はない。俺たちの都合は常に命がけだ。使用人に時間制限を聞かなかったか」
「知りません。『そのような話』は、少しは耳に入れますが、私の立場も」
「分かった。ではこれ以上、互いに気分を悪くする時間を持たないよう、早めに用件を聞こう。
魔物退治で呼ばれたようだが、俺たちに魔物を倒してほしいと。そうしたことか」
メガラは不躾な客に、顔を繕うことなく嫌悪を示し、数秒黙ってから大袈裟な深呼吸をする。
それは威圧のようで、ドルドレンたちは、この場にイーアンとミレイオがいないことを感謝した(←絶対耐えられない人たち)。
「そうです。魔物退治が国の仕事とされていると、アリジェン家からの連絡で聞いています。
最近では、ヒンキラの町から、先日は行商にもあなた方のお話を聞きました。それで立ち寄る可能性があると分かり、お招きしました」
恩着せがましい『招く』言葉に、剣職人は目を閉じる。心の中で『ミレイオがいなくて何より』と呟く(※騒ぐくらい煩くなる予感)。
同じようなことを奥さん対象で思うドルドレンも、静かに頷いてから返事をした。
「では。魔物はどこに」
「行商が『あなた方に話した』と言っていましたが。馬のような魔物が出ます。警護団に言いつけて、すぐに追い払わせましたが、あれは多分・・・あの奥地に住む蛮族の呼び寄せた魔物です」
タンクラッドの目が開き、女を睨むように捉える。バイラもハッとした顔で女当主を見た。
ドルドレンは首を傾げて『蛮族』と呟き、少し黙ってから、メガラを見つめ『蛮族と』と繰り返した。
「そうです。ご存じないか分かりませんが。
私の領地に巣食う蛮族です。あれの嫌がらせかも知れません。魔物を出して、馬のように見せ、行く道を閉ざし、人々を惑わして殺すのです」
メガラの言葉に、ドルドレンは目を閉じて小さな溜息をついた。
お読み頂き有難うございます。




