1160. 旅の七十日目 ~朝の連絡・ニカファン領地
「おお。おはよう。うん?・・・あ」
ドルドレンは目を擦りながら、うっかり話しかけたことに気が付いて、欠伸を押さえつつ、やり直し。
ベッドに寝転がったまま、手に持った連絡珠を額に付け(※付けなくても良い)改めて挨拶。
『おはよう。シャンガマック。今日は早いな』
『おはようございます。俺も普段、こんなに早く起きません。もっといつも遅くて』
何だか、響く声が幸せそうな部下。ドルドレンはちょっと笑って『どうしている?』と訊ねた。
『はい。今、俺はヨーマ・・・間違えた。ホーミットと魔法の練習をして』
今の何?と訊き返したが、部下はあっさり『何でもない』で断ち切った。
『魔法の練習、かなり練習時間が必要です。この場所がうってつけなので、もし大丈夫なら』
『ああ~・・・もうちょっと頑張るつもりか』
はい、と答えたシャンガマックに、ドルドレンは少し考える。まぁ、呼んですぐ来るなら良いかなと思い、『お前を呼ぶ時、どうすれば良いのだ』呼び方知らないよと伝えてみたら。
『タンクラッドさんが、コルステインを呼ぶみたいにしてくれたら。
俺じゃないですよ。俺の名前を心に連呼しても、俺は全く気が付きませんから』
『うむ。お前は最近。何か吹っ切れたような気がする。お父さんの影響か』
『それはまぁ、親子ですから(※最近親子)。でも俺は変わらないです。
父の名を連呼して下さい。あ、そうだ。ミレイオに呼んでもらって・・・え?あ、ダメ?そうか』
何やら誰かと(※一人しかいない)会話した様子。ドルドレンは、もうこの連絡も終わるのはすぐだな、と思った(※お父さんは長電話キライ)。
『ええっと。あのう、ミレイオには言わないで下さい。呼ぶなら総長・・・ん?ああ。そうだね。
あと、イーアンも違うみたいで・・・ちょっと、ちょっとヨー、いや、ホーミット。嫌いなんて言わないでくれ。仲間なのに』
どうもお父さんに、正確さに欠ける表現だとでも指摘されている様子に、ドルドレンは眉を寄せる(※愛妻VS獅子=犬猿の仲)。そして謎の言葉『ヨー』が気になる。
とりあえず分かったからと伝えて、ちゃんと食事を摂っているか、衛生管理はどうかを訊ねると。
『もういいだろう。ドルドレン。息子がお前に俺を呼ぶ方法を教えた。適当なことで呼ぶなよ。
バニザットの食事は問題ない。いつも鳥を食べさせている(※お父さん的には100%対応)。衛生は、体を拭くんだろ。俺が一緒の時、水のある場所で拭かせている。じゃあな』
頭に、低く重い声が響き、一方的に通信は切られた(※いつも)。
ベッドに引っ掛けた腰袋に珠を戻して、小さな欠伸をした後。
奥さんが外で作る朝食の、漂う料理の香りを楽しみながら・・・ドルドレンとしては、お父さん曰く『俺が一緒(←そこ)』の、体を拭く現場を想像して、うーんうーん、朝から悩ましかった(※自分もタムズと、と願う)。
起きちゃったので、ドルドレンは着替えて焚火の側へ行く。ミレイオとイーアンに挨拶し、シャンガマックから連絡があったことを話した(※この人たちに真っ先に伝える)。
話した内容は、魔法の練習で暫くお留守であることと、彼はちゃんと食生活が守られている、そのことだけだったが――
「え。毎食、鳥」
「ちょっと、大丈夫なの?あいつ(←実父)人間が何食べるかなんか、分かってないわよ。野菜は?穀物とかせめて、ないの?お金持ってないの?」
「う。いや、そこまでは知らないが。いつも鳥を与えているとは」
「やめてよ~!動物じゃないんだからっ シャンガマックも、よく文句言わないで耐えてるわねぇ!」
栄養偏るじゃないのよと、朝から喚くミレイオに、イーアンも垂れ目を垂れさせ『それが毎食では、体にキますよ』と問題視。
ドルドレンは気にならなかったけれど(※遠征で一人だと肉ばっか)二人は栄養状態を気にして、ああだこうだと、お父さんの武骨さに不満を口にしていた。
朝食になっても、二人はぶちぶち言い続けていたが、ドルドレンは黙って奥さんの横で食べた(※自分には振ってこないから)。
そして総長の静かな朝食に、皆も同じように倣い、男たちは無言で朝食を終えた(※下手に会話に入ると面倒だから)。
出発する際、ドルドレンはさりげなく、文句たらたらの女子(※ミレイオ含む)に聞こえないよう、部下と親方とバイラに、シャンガマックからの朝の連絡を伝える。4人は総長に何も言わず、すんなり報告完了(※楽)。
馬車は、今日も元気に出発した(※ドルドレンは奥さんに、御者台でも文句を聞かされる)。
延々と『鳥食』についての講義を受ける、ドルドレンは思う――
俺の奥さんは、自分が偏食でも多分、気にしないのだ。人に作る時や、他人の食生活を預かっていると、細々気にするだけで。
だって、イーアンは言っていたことがある。『一週間、同じ食事でも死にはしない』と(※『そんな簡単に死にゃしませんよ』って)。若い頃、大荒れだった奥さんは、恐らく口に入るものなら何でも、生き延びるために食べたのだ(※壮絶なイメージ)。
食事処のゴミ箱漁ったこともあるとか、半月間ブレズ(※パン)だったとか、消毒用の酒だけはヤバかったとか(※ドルに意味はよく分からないけど、思うに危険)話してくれたことがある。
でもそれは、イーアンは『自分だったら耐える』というだけで(※耐え方半端ない)他人がそうであってはいけない・・・感じなのだろう。
シャンガマックの健康を思えば、確かにまぁ。遠征でもこんなのあるよと思うが、奥さんとミレイオは許しがたい責任感の元に、こうして文句を垂れて――
「うーん。鳥だけじゃなくて。せめて卵でもあれば」
イーアンのぐるぐるする朝食案に、どうも卵が登場したようで(※卵+肉=タンパク質増えただけ)腕組みしながら、うんうん、料理の仕方を悩んでいた。
この後、バイラの馬が来て『ニカファンの貴族の領地に入った』と伝えられた。
風景が変わったなとは思っていたが。街道沿いとはいえ、家も何もない場所に、人工的に植えられた木々の列がある程度。とはいえ、これが貴族の示しであるようにも感じる。
「館はもっと見えない所にあるでしょうし、警護団施設の入った領地はまだ先です。
ただ、この辺から既に、ハウチオンの領地なので、少し気を付けます。ここで誰とすれ違うこともないでしょうが」
バイラの話で、街道もひっくるめて領地らしいため、変な動きをすると貴族の範疇に入るようだった。とりあえず、ドルドレンとイーアンは了解したが、貴族に今や、大した面倒も感じないので気持ちは楽だった。
「かかわると面倒臭いですね。でも」
「そう。かかわり方が干渉だから、面倒である。だけど」
二人は顔を見合わせ、多分、自分たちがどう動いても、特に咎められはしないことを思う。
ホーション家は『ミレイオ』の名前が出れば、問題ない。ミレイオは嫌がるだろうけれど『それは、パヴェルにオーリンと同じ』こればかりは仕方ないこと、と二人は済まなそうに笑う。
そんな話をしながら馬車を進めていると。背の高い木が並ぶ道の左側で、動くものが視界に入る。木々や岩くらいしかない広い場所で、遠くで誰かが動くと『何か』とは思う。
それが人なのかどうかは分からないが、ひたすら広い場所だから、人間が単体で歩き回るわけもない。イーアンは遠目が利かないので、ドルドレンに示された方向の気配を感じる。
「普通の人間のようです。悪くもなく、良くもなく」
「良くないのは困るのだ」
「言ってみれば、そう。というだけです。無害と言いましょうか。む。それも違うか」
何それ~と伴侶に言われ、イーアンも眉を寄せて見えない方向をじっと見つめつつ『だって、言い方難しいのですもの』と困る。
「まぁ。普通の人でしょう。有害無害はこちらの判断」
「むぅ。イーアンは場慣れしている」
違いますよ、と笑うイーアンに、バイラが振り向く。二人の会話を面白いなと思って聞いていたバイラだが、バイラは正解を知ったので教えてあげる。
「領地の使用人でしょう。馬に乗っていますから」
砂埃が立っていることと、影が2つ見えること。太陽の反射が少ないこと。地図で見た領地の屋敷方面であることから、そうじゃないかと言うバイラ。ドルドレンは感心して、説明を求める。
「ええ。私たちを誰かが見つけたのでは。砂埃が立つので、急いで確認に向かっているように見えます。普通の人でしたら、一人じゃ危ないし、それで二人体制なんでしょう。
使用人と見当をつけたのは、この道が大きく左へ曲がっていますね。左側に館がありますから『そちらから来た』と思うのが自然です。
防具があれば、この太陽で光らないわけありません。となれば、体を防具に包む習慣のない人です。まず、護衛じゃないですね」
へぇ~・・・感心しっ放しのドルドレン。イーアンもふむふむ頷いて『頼りになります』と褒める。
「でも。誰かが通ると分かるたびに、あんなふうに来るだろうか。ここは田舎だけど街道なのだ」
「誰か、によるんですよ。きっと、確認しておかないといけない前例でもあったのだと思います」
「それは魔物ではなく?相手は一応人間で」
「魔物ではないのでしょうね。確認に近づこうとする一般人はいないかも。でも人間だとしても、厄介な相手という意味はあります」
「ふむ。バイラ。まだ他の選択肢はないだろうか。待ち人かも知れない」
ドルドレンはバイラの話を聞きながら、ふと、思ったことを口にした。バイラが『え』と訊き返す。ドルドレンの勘。ちらっと黒馬の騎手を見て『その可能性も』と伝えた。
前方に見えていた影は少しずつ大きくなり、徐々にこちらへ進路を向けているのが分かるくらいにまで近づく。荷馬車の御者台にいるイーアンは『自分は後ろへ回った方が』と伴侶に言い、頷いたドルドレンにバイラが声をかける。
「私の馬に。馬車を止めないで移って下さい。そのまま荷台へ移動しましょう」
ドルドレン、ちょっと『ええ?』って感じだったが、バイラは普通に腕を伸ばし、ゆっくり移動する馬車からイーアンの腕を掴んで、もう片腕で腰をひょっと持ち上げると、自分の前に乗せた。
「バイラは力持ちです。あっさり移動です」
「それを言ったら、イーアンは私を抱えて、空を飛びましたよ」
ハハハと笑う二人は、じーっと見ている黒髪の騎士を気にせず、そのまま馬を下げて、荷台へ・・・(※ドル少々微妙で複雑)。
うちの奥さんは気にしないのだ、と思いつつ、目の据わるドルドレンは、向かってくる2頭の馬に乗った人たちを待つ。
馬はどんどん距離を縮め、砂埃が静まることなく、とうとう旅の馬車と向かい合う位置まで来た。
なるほど。バイラはさすが、と思う観察眼。彼らは防具どころか私服だし、腰に剣は下げているけれど、自分の剣ではない雰囲気。中年の男性と若い男性の二人組で、どちらも戦う風には見えなかった。
程よく日焼けした顔と、少し素朴なシャツや色の褪せた幅の広いズボン、擦り切れた表面の革靴を見ると、彼らが地元民で、雇われている人々と分かる。
馬はすぐ近くで足を止め、そこからは歩いて馬車に寄ってきた。
「何か用か」
ドルドレンが手綱を緩めずに訊ねると、使用人の中年の方が『ここはハウチオン家の敷地です』と開口一番、領地の宣言をする。
『それを知っている』と答えたドルドレンに、中年男性は馬の進みを合わせて話し出した。
「知っていますか。でもどうも、見慣れない馬車ですし。お顔立ちも」
「あなた方は何を聞きたいのか。ここは街道だ。通過している相手の身元まで、あなた方に話す理由があるのか」
バイラが戻ってきて、珍客を馬車の後ろへ行かせない位置に合わせて、馬を歩かせる。
「ハウチオン家で、旅の方を訊ねています。あなた方はもしかして」
「誰であっても。突然、通りすがりに尋問じゃ。こちらも答える気になれん。目的があってこの道を通過しているのに、その時間さえ勝手に使うのか」
ドルドレンが正当な内容で返すと、相手も少し黙り、若者と中年男性は顔を見合わせ、困惑しているようだった。貴族の名を出して拒まれることが少ないと分かる、その反応に、ドルドレンは溜息をつく。
「俺たちは急いでいる。用事があって、こうして移動している。それくらい見て分かるだろう。
尚且つ、敷地を横断していて止められるならまだしも、ここは街道だ。誰が往来しても良いはずだ。なぜ、身元を尋ねられる」
「『ハイザンジェルの騎士修道会』じゃないですか?」
若い男性が思わず、口を出した。中年男性は『おい』と窘めたが、ドルドレンは首を傾げる反応を見せる。
「ハイザンジェル。騎士修道会。それがあなた方の目的か」
「魔物退治をしていませんか」
ドルドレンは黙る。若い男性は、もう一人の連れに止められる前に訊ね、ドルドレンの表情の変化に『魔物退治をしている騎士修道会に相談です』と伝えた。
若い男性の勢いで、ドルドレンは静かに頷く。
「魔物退治。そうなると、話は別だ」
後ろから馬を進めて御者台に寄り添ったバイラに、黒髪の騎士は視線を向け、彼がちょっと左に目を動かしたので、フフンと笑った。
「話を聞きます。私は警護団のジェディ・バイラ。彼らに付き添う任務で同行している者です。
私はテイワグナ警護団の責任がありますから、彼らに何かを頼む前に、私を通して下さい」
二人の客とドルドレンを離すように、バイラは間に馬を動かし、まずは自分に用件をと伝える。ドルドレンは、やっぱりバイラはかっこいいなぁと思った(※頼りになる人イチオシ)。
お読み頂き有難うございます。




