116. 冬の夜のプチ会議
(※クローハルとその他のだらだら回です)
後片付けを終える頃の厨房に、片目の騎士が来た。食堂通路のカウンターに肘を置いて『酒を瓶で』と3本分の硬貨を渡した。
今週の料理担当・6名いる内の一人がロゼール。時計をさっと見た『これから3本呑むんですか』とロゼールの横の騎士が訊ねた。
「ジョグセン、余計なこと訊くな」
ブラスケッドが少し笑って頭を振る。厨房の反対側にある、広間の暖炉側にクローハルが座っていた。
ロゼールは何となく見当をつけて、皿洗いを黙々と続ける。
ジョグセンと呼ばれた――焦げ茶色の長髪を後ろで編んだ、黄緑色の瞳を持つ――若い騎士は、『いろいろありますよね』と独り言のように呟いて、足元の開き戸から酒の瓶を3本出した。
片目の騎士は出された瓶を3本受け取って、大きめの容器を2つ持って暖炉の側へ行った。
「ブラスケッド隊長とクローハル隊長、この前、確か1本酒飲んでたんじゃなかったか。そのツケはまだ貰ってないな。忘れてるのかな」
「そんなの言えるのか、ショーズ。『お前払っとけ』とか言うぞ、あの人達」
「買出しの日にもうちょっと多く頼んでおくか。最近ヘリが早い気がする」
「・・・・・ 買出しか。別材料も仕入れたいな。ちょっと聞いてくるよ」
ロゼールが前掛けを外し、紙を巻いた炭棒と粗紙を持って、暖炉の二人の方へ歩いていった。
後ろで見ていた5人は『隊長たちに何か、材料で欲しいの訊くのかね』と首を傾げた。
明らかに荒れていそうなクローハルに、ちょっと近づき難い雰囲気もあったが、ロゼールは思うところあって二人に声をかけた。
伊達男と片目の騎士が振り向いて『どうした』と答えたので、ロゼールは『ちょっと伺おうと思いまして』と着席の許可を求めた。若造に顎で示すクローハル。笑顔で着席するロゼールは、粗紙を机に置いた。
「今週中に買出しなんですけれど。酒の本数を増加するのと、お菓子の材料を仕入れようかと」
酒はさて置き。二人は『菓子』の言葉に目を見合わせた。柔らかい淡いオレンジ色の髪の毛が炎に照らされて、森のような緑色の目が子供のように笑みを湛えている。
「菓子によるな」 「はい。そうかな、って」
「おい。思い出せるか?」 「あれだろ、木の実」
「ロゼール。木の実仕入れとけ。種類は適当に」 「はい。後は」
うーん、と唸る二人の隊長。『お前、遠征一緒に行っただろ。何か知らないのか』と伊達男がロゼールに訊いたので、ロゼールは『お菓子じゃないですね。遠征に持っていった食材では作ってくれましたが』と答えた。
「作ってくれた?遠征で?」 「え?あの材料でか?」
「ええ。あ、そうだ。民宿でスウィーニーの叔母さんに出してもらったお菓子、喜んでいましたね」
誰の事と名前は出ないものの。
ロゼールは、クローハルの御執心は知っているので、落ち込んだクローハルの理由はあの人、と見当をつけていた。多分、何かしらあったのだろう、と。
ブラスケッドは面倒見が良く、大体の失恋騎士と一緒に酒を飲んでくれる有名な存在だから、それでピンと来たのもある。
自分は関係ないし、何もしなくても良かったのだが。何となくクローハルが気の毒に見えた。
四六時中、女性の影が絶えない伊達男だけれど、本気か冗談か、これまでとちょっと違う追い回し方に気が付いていた側は・・・ どうも今日、振られ立てホヤホヤの男(※振られ決定)に慰めたくなった。
ちょっと彼女の好きそうなものを頼むのに、参加させたら。彼女と話が出来るネタにでもなるかな(※会話不可状態と決定)と思って、援護するつもりだった。
そしたら、食い付きが早い。あれ、振られてないの? それとも立ち直りが早いの?
「その菓子は何だ。思い出せるか」 「それより何を作ったんだ、あの食材で」
なぜかブラスケッドまで乗ってくる。この人の乗り方は意図がよく分からないから、とりあえず質問に答えるのみ。ロゼールが思い出せる範囲で、叔母さんのお菓子について話し、遠征の食事内容を伝えると。
アレも頼め、コレも頼め、と言い始める。途中、シャンガマックが集めた木の実の話がぶり返し、シャンガマックを呼んで来い、と命令される。
こんなつもりじゃ、と思いつつも従うよりないロゼールは、シャンガマックを呼んで広間へ。
「シャンガマック。お前が集めた木の実は買えるのか」 「はい?」
ロゼールが大方の事情を話すと、シャンガマックの黒い瞳が驚いて丸くなる。複雑そうな表情をしているが、親切なシャンガマックは『そういえば、工房で民宿の菓子を分けてもらった』とそれも呟く。
「お前、何でイーアンの工房に」 「皆行ってるでしょ」 「菓子は出なかったな」 「遠征後です」
「渡した木の実は何だ」 「あれは天然ですから」 「集めて来い」 「無茶言わないで下さい」
知らない間に着席し、知らない間に酒の容器が増えて注がれている中、シャンガマックは『別に酒は要らない』と断るが結局飲まされる。ロゼールを睨むシャンガマック。『ごめんよ』と苦笑いするロゼール。
やれ、『思い出せ』『材料を言え』『木の実はどこだ』と責められ(?)続ける。
ロゼールとシャンガマックが『これ以上はよく思い出せない』の一辺倒になると、『一緒に遠征行った奴、ここに呼んで来い』と言い始めた。
どれだけ情報収集するんだ、と、その人を人とも思わない(※すでに夜10時)強引さに驚き呆れる。
が、仕方なしに従う。アティクは熟睡で起きず、ダビは食べ物は覚えないと言うので、この二人は外した。ギアッチは『自分は年なんで』と夜間の冷えを気にして健康維持のために断った。
民宿の甥っ子・スウィーニーは駆り出され、慰労会で良い思いした(※あーん行為)トゥートリクスはもちろん連れられ、見るからに純愛取り巻きのフォラヴも引っ張ってこられ、暖炉前はなぜかプチ会議になった。
トゥートリクスが『ヘイズの料理は好きじゃないの?』とロゼールにボソッと言うのを地獄耳で捉える伊達男は、『ヘイズを呼べ』(※夜10時半)と喚く。
こんな酔っ払いイヤだ、こんな大人イヤだ、と抵抗するも『早くしろ』と言われれば、渋々ヘイズも犠牲に差し出すロゼール。
部屋から夜中に引っ張り出されるヘイズは『風邪気味で喉が痛いのに』とロゼールにちょっと怒っていた。
諦めて『はいはい』と部隊長の質問に答えるヘイズ。作った朝食の話には(時間が時間だからか)何やらおかしな方向の雰囲気が漂った。
ヘイズとトゥートリクス、ロゼールが見ていた、あの人が食事を味わう印象をそれぞれ言葉にすると。
しばらく、場に静けさが訪れる。
何故かすでに全員が酒を飲んでいる状態で、誰ともなく酒を追加して、もう一杯呷る。
「もう一回最初から話せ」
クローハルの要求がなぜなのかは、全員が分かっているので誰も反対しない。再度、妄想に突入。
トゥートリクスは顔が赤い。まだ感覚的に子供っぽいところがあるので、話すのも恥ずかしそうで、罪悪感がありそうだった。
ロゼールとヘイズも少々恥ずかしそうではあるが、出来るだけ淡々と、自分の見た光景を正直に伝える。
すでに料理の内容と材料は問われていない。なので、用が済んだ輩は、自室に帰っても良さそうなのだが、他の者も何となく帰りたくない状況だった。
「 ・・・・・食べて喜ぶのと。作って喜ぶのと。どっちが良いんだ」
クローハルが8杯目の酒を呷り、額に手を置いて悩む。シャンガマックは『作る事が好きだから、作らせたら』と言うと、『最初の選択肢は一つだったんだよ』とロゼールが肯定した。『作ったら、皆に食べさせてくれるよ』トゥートリクスは嬉しそう。
「でも。彼女に食べさせて、その・・・吐息を漏らしたり、呻いたり・・・ペロンって舐める・・・姿を直に見たいと思いませんか」
白い頬を真っ赤にしたフォラヴが真剣に悩んで意見を言うと、『それは見たい』とクローハルもブラスケッドも素直に力強く頷く。『匙を。ペロン』とシャンガマックが眉根を寄せて、赤くなりつつ想像している。
『実際に目の前で見ますと、強烈な破壊力があります』妙な解説をするヘイズ。『もう全部、匙に一口ずつ料理入れて並べれば良いんじゃないか?』ブラスケッドの一言に、無理があると分かっていても、その場の全員が同意を示し頷く。
『どんな料理が好きか・・・叔母さんに聞いてみようか』話を聞きながらスウィーニーが当たり路線を提案する。『それは大事だ。明日行け、スウィーニー。何か用を作ってやる』クローハルが指差して任命。
「俺、食べさせてもらったから。ある物でも良いかなって思うけど」
トゥートリクスが恥ずかしそうな顔で俯いて呟くと『お前だけ』と複数の声が飛ぶ。『でも良い考えかも。普段ある料理で組み合わせ自由、って出してみて。どうすると美味しくなるかとか相談するでしょ?そうしたら』ヘイズが机を指で叩きながら、料理を考案する。
ブラスケッドは腕組みしながら『あーん、か』と呟く。『あいつが黙ってない。だから、ひっそりだな』計画する伊達男。
こんな展開になるとは・・・ロゼールは、イーアンにも総長にもすまなく思った。二人とも自分に良くしてくれるのに、何か裏切った気がする。
後日、また集まる約束をしてお開きになるまでに、酒瓶6本が消えたプチ会議の夜。
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