1159. インクパーナの祈禱師 ~金属と馬の群れと助言
馬車を下りた親方は、到着した場所にミレイオと二人で進む。地面にも出ている金属の様子を見て『同じだ』と二人は顔を見合わせた。
「ドルドレン、少し時間をくれ。ワバンジャ、これを・・・多くは取らないから、分けてくれるか」
親方がそう言うと、ドルドレンは頷き、ワバンジャは側に来た。側に来た毛皮の若者を、しゃがんでいるタンクラッドは見上げ、彼の目を見て『それほど多くは要らない』と少量であることを告げる。
「いいよ。キキの寄越した相手だ。俺の話も聞いてくれるか?」
「何だ。言ってみろ」
「俺の槍。なくなったんだ。イーアンが消してしまった。だから、作れるキキに、槍の先を頼んでくれ」
「ん?」
イーアンは俯く(※だって。って気分)。ドルドレンはイーアンが守ってくれたのを分かっているので、奥さんの肩を抱き寄せて『イーアンは正しいことをした』と教えた。
親方に頼んだワバンジャは、槍の柄は自分で作るけれど、槍の先はこの金属でキキが作ったことを話す。
話を聞いた親方としては、自分が頼まれても良いと思えたが、ここに炉がないため、どうにもならない。それにもし、他のどこかで作ったにしても『ワバンジャに届ける』術もないと思い(※郵便来ないと思う)キキに頼むことが一番であると判断。
「分かった。お前の槍先。すぐにではないだろう。だが、キキが作るように手紙を出しておく。キキに鉱物を送ることも出来るだろう。そうすればキキがお前に、作ったものをいつか届けに来る」
「有難う。それまでは違うものを使う。早くキキに伝えてほしい」
親方はニコッと笑うと、ワバンジャに『ちょっと待っていろ』と言い、馬車に戻って、作りかけのナイフの先を持ってきた。
「ワバンジャ。これが代わりになるか、俺は知らん」
「これ。違う金属か」
親方は頷いてすぐ、しかし同じような特性を持つだろうことを話してやった。
ワバンジャが知らないと思い、ここの金属をなぜ、キキが紹介したか。自分たちがなぜ、それを求めたかを正直に、搔い摘んで話すと。見上げている若者の青紫色の瞳が輝いた。
「そうだったのか。魔物を倒したその躯。それは壊れない金属に」
「そうみたいだが、しかし龍の力に及ばん。イーアンが消した時点で、龍を越えはしない。魔物は魔物だ。聖なる力で魔性を取り除くことは出来るが」
言いかけて、すぐ。『魔性を取っていない金属で・キキはワバンジャに・槍先を作っていた』と気が付き、親方は少し黙った。
いろいろ細かそうで、親方はそれ以上を話さなかったが、若者は何だか妙に納得した様子で頷く。
「魔性か。俺は精霊と共に生きる。俺が使うものは、魔性なんか残れないよ」
「ふむ。そういうこともあるか。そうだな。キキも・・・では。え?あれ?」
「タンクラッド」
ちょっと分からなくなった親方に、イーアンが声をかける。呼ばれてイーアンの側へ行くと、話を聞いていた女龍は客観的意見を伝えた。
「多分。元々魔性消し状態なのですよ。だって、金属で残っている時点で」
「あ。ああ、そうか。そうだ、そうだな。キキが、聖別に近いことでも出来るのかと、一瞬考えてしまった。そうじゃないか、金属化しているこの地面は」
「時代が一個前なら、ズィーリーか。もしくはルガルバンダ。魔性を取るだけであれば、当時のあなたという可能性もあります。誰かがここを」
あ~そうだな、と親方納得。逆から考えれば、そういうこと。
となれば、この場所にある金属はとっくに魔性がないわけで、誰が使おうにも崩れもしなければ問題もない。
ワバンジャが見ているので、彼の元に戻り、『キキに渡す』と短く約束。どうも大丈夫そうと、分かったワバンジャも、笑顔でお礼を言った。
それから道具を持ってきて、タンクラッドとミレイオは採石開始。
熱した時、どれくらいの量が取れるのかまでは、自分たちの目で未確認なので、凡その予想分量を手に入れる。
とはいえ、その量は少なめ。ここの金属を使って幾つも作ろうとは考えていないので、キキに送る槍先の分と、自分たちが参考にする分くらい。
「こんなもんじゃない?」
「そうだな。お前の盾には足りないだろう」
「盾、作らないもの。確認と参考品って感じね」
「俺もそんなもんだ。古代の魔物の金属に、何か違いがあるか分からんからな」
そう言うと、二人は大人の胴体くらいの袋に詰めた石をワバンジャに見せ、この量で作れるものを教える。ワバンジャにはよく分からないが、彼らが良心的なのは伝わるので、了承した。
親方は、先ほど見せたナイフをワバンジャに渡す。見上げた青紫の目に微笑んだ。
「これは、柄がない。槍とは違うが、使えるなら、キキの槍先が来るまで代用にすれば良い」
「くれるのか」
「お前の親切への礼。それと、お前の生き方への感動だ」
「有難う。タンクラッド」
笑顔を向けた若者に、タンクラッドも笑みを返して『少し質問したい』と言うと、彼は頷き、剣職人が話すのを待ってくれた。
「キキは。お前のことを教えてもくれた。
分かりにくい内容だったから、会ってみないと判断しようがないと思ったんだ」
「うん。どんな」
促したワバンジャに親方は正確に話した。
「お前が『精霊の祈祷師』と。ここからは、キキが話したことをそのまま伝える。
『 ――インクパーナの地に入ると、精霊の祈禱師が現れる。
祈祷師は問いかけて、大抵の場合は相手の答えに同意せず、追い返す。
しかし答えによっては、来訪を受け入れ、祈祷師に謎々を与えられる。
その謎々は受け取れなくても仕方ないし、例え拒否したって、祈祷師は何も害をなさない』
キキ・・・は、自分がその謎々を受け取ったつもりだ、と話していた。
でも完了できない。キキは体が小さいし、途中までしか手伝えないからだ、と言った。
お前はまだ、俺たちに謎々を訊きもしないし、何も相談しないが。それでいいのか?」
「タンクラッド。キキはそんなことを話して」
「お前のためになる相手を見つけたんだ。キキは。俺たちを」
「そう。そうか」
「お前は昼をご馳走してくれた。そして金属も分けてくれた。だが、このまま出て行けと言う。
俺たちは出て行くだろう。親切の礼だと思えば、遠回りくらい何てことはない。
だが、お前は俺たちに何も望まない・・・『謎』もなかったな」
「キキに。『謎々が終わった』と伝えてほしい。金属を送って槍先を作ってもらう手紙に、そう書いてほしい」
ワバンジャは答え、タンクラッドの鳶色の瞳を見つめると『もう、終わった』と微笑んだ。
それから振り返り、白い角の女と、ミレイオを見て『魔物を倒してくれた』そう答えた。
「魔物・・・お前の謎々は」
「謎々じゃない。倒せるか、倒せないか。倒し方を知っているか。そんな程度だよ。
あれがいなくなれば、これまで通りの日常を守るだけだ。通過しようとする人間を・・・追い返すなんて。そんな酷いことじゃないよ。威嚇して道を戻らせるだけだ」
「じゃあ。お前はもう、その魔物を倒したから。これまでどおりの、通行者を阻む行動を取っただけで」
「そう。金属のここへ案内したのは、キキの名前が出たからだ。キキは俺の話を聞いて『魔物を倒せる剣を作れるだろう』と話した。俺の槍先を作って証明した。自分は戦えないけれど、武器は作れる・・・と彼は言った」
キキが寄越した相手なら、きっと魔物の絡みで金属を良く使う人間だろうと思った、と胸中を話したワバンジャ。
皆はそれを聞いて、少ししんみり。でもイーアンはちょっとだけ、疑問が頭をもたげる。
「ワバンジャ。あなたは。私がこんなことを言うのも変でしょうが。
とても人間とは思えない動きをされます。精霊の祈祷師は、その身に大きな力を与えているような。
私が消してしまったけれど(※再:だって、って思う)槍も持っていて、あの動きで、不思議な力を持ったあなたが、魔物を倒せないとは」
「倒せるよ。倒した。何十頭も倒したんだ。でもそこじゃない。
俺が倒したかった魔物のいた場所は、『聖域』だった。馬たちの墓場に、魔物は巣食った。
あの場所を俺が荒らしてはいけない。俺にそれは出来なかった」
あ。と皆が目を見合わせる。イーアンも、ゆっくり頷いてミレイオを見た。『それで』と口に上り、ワバンジャを見たイーアンに、若者は小さく頷く。
「イーアンは、精霊の力があれば倒せると思ったみたいだけど。
俺は祈祷師であって、精霊の力を使う戦士じゃない。守ることは出来る。攻撃から、大切な相手を守るんだ。だけどそれ以上の動きはしない。墓場を荒らすことは、精霊の意図じゃない」
「あらやだ。私、大荒れでした(※いやーんって感じ)」
げーっと声を出したイーアンに笑うワバンジャは、困った顔の白い女の側に来て、角を撫でる。
「良いんだよ。イーアンが倒しに来るのが運命だったのか。『魔物を清める者に魂は救われる』と予言は見えていた。墓場を荒らしたって言うけど、それであの場所にいた魔物が全部消えたなら、それでいい」
そうならいいんだけど・・・イーアンは頭を下げて『お墓なのにごめんなさい』と知らなかったことを謝った。ワバンジャは、女龍の立派な2本の角を両手でナデナデしながら『お礼を言うだけ』と笑った。
親方としては。両手で角を撫でるとは、随分、気軽な奴だと心の中で思う光景だったが、他の者はその様子を微笑ましく見ていた(※イーアン、既に動物状態)。
「あ。おお、来る」
ふと、ワバンジャはイーアンの角から手を離し、女龍の背中に手を添えて向きを変えさせる。
くるっと向きを変えられたイーアンの向かいは、岩山の遠い影。何?とワバンジャを見ると、彼もイーアンを見た。
「見ていて。空を見て」
二人の会話に、全員が同じ方を向く。ドルドレンは、ちょっと奥さんの側によって、そーっとワバンジャから奥さんを取り返した。
「来た!」
ワバンジャが笑顔で叫んだ時、山の奥から何かが飛び出てきた。一行は目を見開く。思わず攻撃態勢に入りかけたドルドレンだが、剣を帯びていない。伴侶の手が動いたので、イーアンは『違います』と首を振って伝えた。
「あれは」
「おお・・・何と壮観な」
ドルドレンが訊ねたすぐ、親方の顔が喜びを湛える。ザッカリアもわーっと笑顔に変わり『すごい!』と叫ぶ。
フォラヴの目には、動いた時から見えていたもの。それはもう、すでに形に変わって・・・『馬が』妖精の騎士の囁きは、皆の耳に届く。騎士の言葉に続くように『馬の群れ』呟くバイラは目を擦った。
「空を飛んで・・・空を駆ける馬の群れが」
バイラの言葉に、ワバンジャが振り向いてにっこり笑う。『そうだ。魂が空へ戻る』そう言って、目を合わせたバイラに頷く。
「素敵。何て素晴らしいの」
口に手を当てて、ミレイオも瞬きを惜しむ。
ミレイオの声を聞いたワバンジャは、皆から少し離れて、駆け上がりながら自分たちの方へ進む、空飛ぶ馬の群れに、両腕を上げる。
「馬よ。自由の脚。草を駆け、空を走る。翼のようなその脚よ。
ここに、その自由な魂を解放した者がいる。答えよ、馬たち。声を聞かせて旅を守り給え」
ワバンジャが大きな声を上げた時、彼の両腕を紫色の風が包む。
どこからともなく吹き上がる、紫の風は彼を取り巻き、あっという間に大きくなると、両腕から滑るように空へ放たれた風は馬に向かった。
「えええっ」
驚くイーアン。ドルドレンも目を真ん丸にして凝視。『何なのあれ』ドルドレンの呟きは掻き消える。
紫の風が空を駆ける群れに飛んだすぐ、馬の群れが嘶きを上げて全力疾走でこっちへ向かってきた。
「うおおっ!来るわよ!こっち来ちゃったわよ」
ミレイオが仰天して逃げようとし、親方が引っ掴まえる。『お前のために来たんだ』逃げるな!と叱り、突っ込んでくる馬の群れに、親方は不敵な笑みで迎えた。
「スゴイ!うわーっ」
ザッカリアも笑顔ではしゃぐ。両腕を、下げた頭の上にかけて、吹き抜けてゆく突風に笑う子供。
「馬がすり抜ける」
バイラの驚きは、目を見開いたまま(※護衛は恐れない)。その言葉通り、100頭以上いそうな馬の群れは、旅の一行を駆け抜けてゆく。
何が当たるわけでもなく、馬の姿をした風が物凄い勢いで皆の間を走り過ぎ、嘶きと共に再び空へ抜けた。
響き渡る馬の声。紫色の風の絨毯の上を駆け続け、しないはずの蹄の音で空気を震わせながら――
「消えた」
振り返って空を見上げるザッカリア。『消えちゃった』その言葉を追いかけるように、一陣の風が吹いた。
微笑むワバンジャは、驚きに包まれた皆の側に戻り、旅の無事を祈る。
それから、解放してくれたことを、あの魂たちが分かっていたことを伝え、『馬はイーアンたちを守る』と告げた。
この先。こうしたことが度々あるかも知れない。ワバンジャは、この先の事も少し教えてくれた。
精霊の力で、魔物を押さえ込むことは出来ても、片付けるまで届かないこともある。
「聖なる馬の魂が。きっと、魔物をあそこから出さないように、閉じ込めてくれていた。魔物は俺たちの住むここまでは来なかった。俺は馬の墓場を助けたかったが、俺に墓場を荒らすことは出来ない。
魔物を全て倒せる誰かが来ないと、あそこはあのまま。魂はあの場所に留まって、魔物が消えるまで・・・だから。倒してくれて助かった。
精霊にも、魔物を倒せる力のある精霊はいる。だけど、全部がそうではないんだ」
それが出来る精霊ばかりではないことと、閉ざされた魂もあることを話すと、旅人の顔をそれぞれ見てから、ワバンジャは微笑んで、出会いの導きを感謝した。
「もし。そうした出会いがあれば。手伝ってやってほしい。俺たちを助けたように」
「勿論です。それではね、お元気で」
「来た道まで送る。ここに目的があったなら、戻っても問題ないだろう」
ワバンジャとイーアンは挨拶を交わし、旅の馬車は草原を進む。
薫り高い草原を抜け、岩のある場所へ入り、ワバンジャの後姿を見ながら、ドルドレンは思う。不思議な世界に迷い込んだような気持ち。
前を進んでいた獣の皮の若者は、亀裂まで来ると、馬車を通らせてからそこを閉じた。それまたあっさりと、何もなかったように音もせず、消えた。
「インクパーナはここら辺全体だ。でもこの奥へは進めない。道はあるが、俺が惑わす。どっちみち、抜けられないから戻るだけだよ」
それを聞いて笑うイーアンに、ワバンジャも笑い、ひょいと御者台に乗ると、イーアンの角を撫でて『旅の無事を祈る。有難う、龍』と笑顔を向け、そのまま彼は跳び上がって・・・・・
「どこ行った」
「いえ。ほら・・・もう。気配がない」
ドルドレンとイーアンは、彼が上に跳んだ後、見ていたはずなのに消えてしまったことに、顔を見合わせて呟く。
ワバンジャの気配が消えたのは、後ろにいるタンクラッドもミレイオも、フォラヴも感じていた。バイラとザッカリアは分からないものの、二台の馬車をぐるっと巻くように、紫色の風が吹いたのを見た。
一行は、狐につままれたような気持ちで、向きを合わせられた方向へ道を進み、入った場所へ戻る。
イーアンは『倒したはずの魔物が、一頭もない』と不思議そうに道を見ていた。それは後ろのミレイオも同じで『あんなに倒したのに』と首を振り、苦笑いをバイラに向けていた。
見えなかったのは魔物の躯だけではなく、馬の墓場と言っていた隙間もなかった。
それから辻を通り、夕方の野営地に着くまで、皆は、不思議な午後のことで頭の中を一杯に、無言の時間を過ごした。
夕方の馬車に揺られ、皆がぽつりぽつりと話したことと言えば、辻で聞いた『馬の幽霊』の話は、あの場所を解放してほしくて、助けを求めた馬の魂だったのかも、と。その話題だけだった。




