1156. 旅の六十九日目 ~魔物退治と馬の影
※今日、うっかり日付間違いで遅れました。申し訳ありません!
ドルドレンたちの朝。いつもどおり、イーアンが朝食を作り、地下から戻ってきたミレイオが洗濯物を配り、二人揃って朝食の仕上げ。皆が起きて来て、荒野で朝食を迎える。
「卵だ」
嬉しそうなザッカリア。ミレイオが見て『そうなっちゃうと、一個くらい、ペロッと食べちゃうでしょ』そう言って笑う。
ザッカリアも笑って頷き『俺、卵好き。でも町に寄った後しか、いつも食べれないから』と答え、大事そうに黄身だけ残して、周りの白身を齧る。
イーアンが焚火を熾す時に、今日はちょっと手こずったのが、卵ちゃん朝食の理由。
燃やす木切れの少ない荒野で、運んでいる炭を使った焚火の翌日。
熾火を熾そうとしたけれど、上手くいかず、ふんふん半泣きになっていたら、声を聞いた親方が来て手伝ってくれた(※『何泣いてるんだ』⇒『火が消えます』⇒『どれどれ』の流れ)。
親方は石を組んで炉のような状態にし、風が強い荒野の焚火に良い状態を作ってくれた。
その中で火を焚いてくれた後、親方はちょっと工夫したらしく、イーアンに下の方を指差して見せ『ここで上火が使える』と。
思いがけず、上火調理ゲット(&下火も無論あり)。
これはオーブンですよ・・・イーアンは、やる気を取り戻し(※火が入らないから焦ってた)夕食に使おうと思っていた卵ちゃんを持ってきて、平焼き生地に硬いチーズを置いて、卵を落として、天板に乗せて焼く。
親方が側でじーっと見ているので(※起きたらもう腹減ってる)お礼に、親方に一番手の『目玉焼きチーズ』を献上した。
タンクラッドは役得。喜んで受け取り、出来たてを美味しがって、誰もいないことを良いことに、イーアンの頭にちゅーっとして(※イーアン目が据わる)『いつでも引き受けてやろう』とエラそうに言っていた。
こんなことで、いつも通りの煮込みの汁物と、焼いた腸詰と、目玉焼きチーズ。
「卵2個乗せて、もう一枚食べる」
ザッカリアは卵増やし版で、もう一枚頼む。ミレイオが焼いてやると、卵2個は、見た目に魅力的だったのか、イーアンとミレイオ以外は、同じ注文でもう一枚ずつ食べた。
ドルドレンとタンクラッドは3枚目も欲しがり、体が大きいから仕方ない・・・と、焼いてやったが(※卵消費量:ドル×5、親方×6←役得含)。
「卵。一気に消えたわね」
買ったばかりだったのよ、とミレイオに文句を言われた。
食べにくい気持ちは生まれるものの、ドルドレンは丁寧に『美味しい』と感想を告げて、『農家があったら、卵を買わせてもらおう』と提案。
バイラが言うには『昔もだけど、この辺は多分、現在も民家ないですよ』なのだが、ここから先の十字路は、南方面の町に続くから、行商の馬車も少しは見られるような話だった。
「道が。南の町からこう・・・ここで繋がるんですね。だから、行商は私たちが通過する、貴族の領地は行くでしょうし、そうすると行商の荷物に『卵』もある可能性は」
「そうだな。貴族は自分で動かないもんな。使用人が魔物にやられても困るだろうし。
勝手に売りに来る相手から、欲しいものを買うのが効率的だろうな」
地図を広げて皆に説明するバイラに、親方もふむふむ。貴族のいるニカファンは、辺境の地にも思えるが、金があれば人は寄ってくる(※販売先)。
「どっちみち。貴族の領地まで入れば。きっと卵くらい、買わせてくれる気がしますよ」
バイラがそう言うと、ミレイオは浮かない顔。その顔の理由は、ドルドレンもイーアンも、タンクラッドも知っているが、言わずにおいた。
「では。今日も動くぞ。バイラの案内だと、平坦な道はすぐに終わる。俺たちが通過するのはこっち。山沿いの道だ。この山のすそ野を移動して、ヨライデ方面へ向かう」
ドルドレンが今日の予定を話して、朝食の片づけをした一行は、風の吹く荒野を後にした。
旅の馬車はだだっ広い荒野と、遠くに見える山の連なりを前に、晴天の風の強い道を進む。
夏なので、暑いには暑い。出発時、一緒に座ろうとしたイーアンに『荷台へ』とドルドレンは促し、日差しの照り付ける御者台には、自分一人。
後ろの馬車はフォラヴが御者なのだが、暑がっている様子が可哀相とかで、ミレイオが代わってやっていた(※色白フォラヴが儚く見える)。
「テイワグナの夏は長いと言うが。風はあるな」
ドルドレンが眩しい光に目を細めて言うと、横についた黒い馬の騎手は『風はどこでも』と困ったように笑った。
「私も、あまりに風が強い日は、頭衣を使います。でも、総長たちも我慢しているのに、自分だけというわけにもいきませんし」
「あ、いいのだ。気にしないで。前、マカウェでも砂が凄くて、バイラはそうしていたな」
はい、と頷くバイラが言うには『このくらいの風で飛砂があれば、テイワグナの民は大抵使っている』と答えた。
「習慣にないと、かえって暑苦しい気もします。だから、お勧めも出来ないですけれど。まだ夏は続くので、御者用に頭衣は買っておいても良いかも知れませんね」
夏の後半に入ると、季節風で風が強くなる話。熱風になると倒れかねないので、そうした時は、馬のためにも動かない方が良いとも教えてくれたバイラに、ドルドレンはしみじみ『一緒で良かった』と有難がった。
こんな話をしながら、早速。昼も近い時間に、十字路を視界に入れる頃。
ドルドレンたちの前、人と馬、馬車がいるのが見えた。その人たちは、左から来た道を曲がるところ。
「あの人たち。全員だ」
「ああ、本当。そうですね。皆、さっき話した頭衣を付けています。風もありますからね・・・はて、あれは・・・護衛か。護衛も一緒の行商ですね。商隊じゃないのか」
商隊を組んでいるわけではなさそうな行商に、バイラは遠目で見て『単体で動く行商なら、もしかすると話が聞けるかも』と先に動いた。
頭衣の姿を見て、へ~と思っていたドルドレン。誰が誰だか分からない、という意味では、怪しいか普通かも一見で見抜けない分、ちょっと抵抗はある。
そんなことはでも、ドルドレンがハイザンジェルの出身だからであり、バイラはさっさと『あれは護衛』と判断して行ってしまった。
「場慣れ感、満載である。バイラは頼もしい旅の道連れだ」
ユータフじゃなくて、本当に良かったと(※ユータフに失礼)神様に感謝する出会い。
こんなドルドレンに、先に前へ動いて話しかけたバイラが呼ぶ。『総長、ちょっと話を聞きましょう』来て来て、と手を振るので、了解したドルドレンは馬車で彼らに近づき、十字路の横に寄せる。
「こんにちは。あなた方は行商か?」
「こんにちは、旅の人。そうだよ、今、あなたの仲間に『卵』の持ち合わせを聞いたところ」
行商の男性の返事に、ハハハと笑ったドルドレン。頭衣の隙間に、目しか出ていない相手は笑っているのかどうか、分かりにくいが『卵は少し、多めに積んである』と教えてくれて、その場で卵を出してくれた。
有難く、購入させてもらい、朝の分は取り返した(?)ドルドレン。
バイラが『もう一つ、大事なことが』と先に伝えると、バイラの横にいた白い馬の護衛が近づいて、御者のドルドレンをさっと見渡す。
何だろうと思っていると、彼は頷いて『戦える人か』とバイラに訊ねた。バイラは静かに頷き『もちろん』と答える。
「何かあるのか?魔物とか」
「魔物もそうなんだが。この辺りで動物の霊が噂に」
動物の?と聞き返した黒髪の騎士に、白い馬の護衛と、彼の後ろにいた灰色の馬の護衛、茶色の馬に乗る護衛が側へ来て『実際に出くわしている』と教えてくれた。
何とも奇妙な話だが、その動物の霊は突然、どこからともなく現れて、この荒野を移動する人間を連れて行こうとする。連れて行かれて帰ってきた者がいないことから、『気を付けて』との情報。
「ええと、その。あなたが『出くわした』人か?どうやって逃げて」
「逃げ方は単純だ。走り抜けるだけ。馬が恐れるから、とにかく我武者羅にそこから逃げ出すしかない」
「動物の姿は?」
「馬みたいな動物だろう。襲いかかる獣とは雰囲気も違った。声は馬の嘶きだったが、はっきりは知らない。揺らいだ影の動きが、馬や大きい鹿のように見えた」
それは『何頭もいる』とかで、ドルドレンは『動物の霊もあるんだなぁ』と思いながら、教えてくれたことにお礼を言った。
商隊に別れの挨拶をし、彼らが、貴族のいるニカファンの街道を進むのに対し、バイラを先頭に馬車はその隣の道を進む。
十字路というには交差の角度が狭いのだが、進むにつれて徐々に道の間は開き、商隊と旅の一行は、小さな姿を確認し合ったのを最後に、山のすそ野の影に分かたれた。
ドルドレンたちの馬車は、荒野の切り立った岩山の中へ進む。
緑というには乏しい木々が低木で生え、疎らに岩場に貼りついて生息している様子。谷ではないにしても、雰囲気は、道が谷間のように見える。
少し上がった道をゆっくり進みながら、太陽が真上から照り付ける昼を、岩影を探して進んだ。間もなくして、若干の下りに入った時、バイラは『あの岩場はどうか』と総長に訊ねた。
「あそこで昼にしましょう。少しは影もありそうですから」
なるほど、と思う場所が見えて、ドルドレンは遅い昼食に腹を空かせながら、一本道を進んだのだが――
後ろから馬の嘶きが空気を劈くように響き、続いて強風が吹く。
その風の中に、臭いが混じる。谷間になった道を吹き抜けた風に、ドルドレンはハッとして手綱を引く。バイラもさっと振り返り、下ってきた道の上に顔を向けた。
「総長」
「血の臭いだ」
二人が気が付いたと同時に、馬車の後ろから、白い翼を出したイーアンが浮かび上がった。
「イーアン」
「はい。魔物が来ました。私が行きます」
振り向いた女龍は、ドルドレンに『少しだから、大丈夫だと思う』と龍気の事を先に告げ、心配そうな伴侶に微笑むと、グォッと翼で宙を叩いて、道の向うへ飛んだ。
「ねぇ。私も行ってくる。ちょっと、馬車見てて」
続いてミレイオが、お皿ちゃんで浮かぶ。『龍気、私関係ないけど』とりあえずね、と断り、行ってらっしゃいと見送られたミレイオも、イーアンの飛んだ先へ向かった。
「二人で。大丈夫でしょうか」
バイラの顔が少し気にしているので、バイラは『あの二人だから、平気』と答えた。
イーアンの龍気は、あまり使わないようにしている最近。
多分、普通の魔物退治くらいだったら問題ないのだろうが、ミレイオは、そこを見張っていようとしてくれて。付いて行ったのは、それだけかな・・・と思う。
「頼もしい奥さんである」
またいつもの一言を呟く総長に、バイラもちょっと笑って頷いた。『あんな奥さんがいたら、一生安泰(※崇拝対象の意味)』と答えると、総長は丁寧に頷き『本当(※今や被保護状態の意味)』と答えた。
そうして待つこと。10分。
異様な風は何度か吹いたが、それ以上の何かは起こらなかった。照り付ける太陽は、なぜか気にならず、一行は奇妙な気もしたが、ただその場に馬車を停めて待つのみだった。
10分後、ミレイオが戻ってきて『終わった』と声をかける。
「イーアンは」
「調べてるわよ。すぐ戻るんじゃない?」
ミレイオの話だと、魔物は群れだそうで、それを退治したとか。
「どんな感じって?そうね。犬みたいなのが100頭くらいかな。それ倒しながら、イーアンは出所を探して、岩ぶった切っていたわよ。私は漏れたヤツを倒して。
大物っぽいのは、いたと思うけど・・・いつもの感じとは違うわね」
「何を調べているんだろう」
さぁ、と言いかけたすぐ、向こうから白い光が飛んできて、イーアンが到着。
「イーアン。何だったの」
「はい。何かこう・・・違和感があります」
「どんな」
「一つに、馬の声がしたような気がしましたが。馬も馬車もありませんでした。襲われたわけではなかったのか・・・それと、二つめは魔物のことです。出てくる場所と言いましょうか。そこを見つけて壊しました。
いつも大玉がいるので、今回も、それらしいものは見つけて倒したのですけれど」
イーアンは言葉を切ってから、少し考えて、自分を見ている灰色の瞳に『何か変』と伝えた。その目は戸惑っているようにも見え、ドルドレンは何を見たのかと訊ねた。
「ええ、私が見たのは。骨です。それがね。魔物自体は犬みたいでしたが、そこに在った骨は、犬の骨には見えませんでした。
もっと大きな草食動物・・・言い難いけれど。馬のようです。私たちは、馬車と馬で旅していますから、何だか可哀相に」
「え。馬。馬の骨が?どこに」
「その、大玉のいた地面に。散らばっていました。頭部が砕けていて、骨もバラバラ。
一頭じゃないと思います。相当な数がそこに。魔物が集めたようにも思えないし、魔物の餌食になったとも思い難いです。魔物、食べませんでしょう?」
でもそこから、魔物が出ていたのですよと・・・イーアンは言いながら、腕組みして首を傾げ『最初に聞こえた馬の声。馬の骨だらけの場所。何だか気になります』うーん、と唸る。
ドルドレンもバイラも。側にいたミレイオも。気が付けば、タンクラッドやフォラヴ、ザッカリアも側に来ていて、その奇妙な様子を聞いていた。
「場所も変だったわよね。道の上に出てきていると思えば、何か、あれ・・・変な隙間っぽい道があって。そこから、魔物出てた感じで」
ミレイオが付け足すと、イーアンは頷き『その隙間は、そこそこ広い』と続け、馬車は無理だけど幅が2m近くあったと呟いた。
「その隙間の向こうに、魔物の巣窟か」
タンクラッドが確認。イーアンは親方を見上げ『巣窟』繰り返して呟き、『そんな感じです』と答える。
「行き止まりでした。一度広がって、狭まり。私は岩を切りました。私が通るのは問題ありませんが、大玉が出てきて壊されても、面倒なので。自分で、ある程度広げたのです。
だけど行き止まりで、その場所に魔物の犬が。そして足元には」
「骨の山か」
「そうです。だけど魔物が『守っている』なんて、とてもじゃないけど思えません。何だろう・・・あれは」
一行は沈黙。
イーアンの見た奇妙な状態は、特に自分たちに害はないような気がしたが、何となく引っ掛かり、何となく、理由を知りたくはなった。
お腹が空いたと、小さい声で訴えるザッカリアに、ドルドレンはハッとして『昼にしようか』と、とりあえず動こうとした矢先。
「お前たちはどこから来た」
真上から、言葉が降ってきた。ハッとしたイーアン。タンクラッドもミレイオも、眉を寄せる。フォラヴも不思議そうに『いつの間に?』と呟く。気配が、全く感じられない。
高い、ずっと上の岩の切り立った場所で、人間なのか獣なのか。分からない姿の影が、太陽を背に立っていた。




