1155. シャンガマックの誕生日 ~二人の贈り物
戻ってきて、魔法陣を見まわしたヨーマイテスは、近くに息子の気配がないことに眉を寄せる。
「バニザット」
影の中を伝い、すぐに魔法陣の舞台へ上がって、魔法が使われた痕跡を探すが『ない』使っていない・・・じゃあ、どこだと、慌てる気持ちが沸き上がる。
「そんなに時間は経っていないはずだ。バニザット。バニザット」
名前を呼んで、息子の反応を待つ。何があったかを探るために、ぐっと意識を息子に集中すると、魔法陣の外に、息子の思いが留まる場所を見つけた。
そこへ行くと、石に文字。『何だこれ(※読めてない)』読めないが、息子の書いたものだとは分かる。この文字に、息子の思いが留まっている。指で触れると『出かける』らしい思いが伝わった。
「どこへ行ったんだ。何をしに」
石に触れた指を離し、さっと立ち上がると、森の奥で物音が聞こえた。そっちに息子がいると気が付き、急いで向かおうとすると、森の中から声が先に響く。
「あれ?ヨーマイテスか」
息子が気が付いたようで、名前を呼ばれた。『ちょっと待っててくれ』待てと続けて言われ、ヨーマイテスは眉を寄せて待つ(※胸中イライラ)。
ガサガサと低木の中をかき分けて下りてきたシャンガマックは、石の側に立っている父に笑顔を向けた。
「書置きしたんだ。読ん」
「どこへ行っていた。俺は魔法を学ぶように言ったはずだ」
「あの。それは。俺は昨日」
「心配させて!お前は何を勝手に動いたんだ。ここがどこかも知らず」
怒鳴るヨーマイテスに、シャンガマックの笑顔は消えて、すまなそうに俯いた。ヨーマイテスは苛立つ気持ちが収まらない。勝手にどこかへ行くなんて、安易にもほどがあるぞと怒った。
「ごめん。すぐ近くで」
「近いかどうかじゃない。俺に何も言わず、俺が知らない時に勝手に動くとは」
シャンガマックは萎れる。何度か小さく『ごめん』を繰り返し、父が心配して怒っているのは理解しているので、どうすると許してもらえるか、考える。
「お前は!何しにどこへ行ったんだ。言え」
「でも」
「今すぐ、言え!次も同じことがあっては敵わん」
「今回だけだよ」
「バニザット。言えと、俺は言った」
うーん、と呻いて、仕方なし。シャンガマックは白状する。腰袋に入れていたものを取り出して、見せたくなさそうに両手に包んだ。
ヨーマイテスの視線が、そこに固定されて『見せろ』と低い声で命じる。
自分を見下ろす碧の目を見上げ、『後で見せるつもりだった』ともう少し粘ったが、父の険しい顔は変わらず、包んだ手の片方を掴まれ、シャンガマックの手は持ち上げられた。
「何だ、それは」
「これか。ふーむ・・・こんな形で言うつもりじゃ」
「説明しろ」
ヨーマイテスが見たものは、何か石や木の実があって、蔓みたいな草が丸まっている状態。これが何だと言うのか。これのために、息子は自分の言いつけを守らなかったのかと、怪訝に思う。
褐色の騎士は、片手の中の草や木の実を、丁寧に持って、ヨーマイテスに見えるよう両手で吊るした。
「あげようと思った」
「何?」
「ヨーマイテスが誕生日だ。俺もだけど。俺は今、ここに何も持ってきていない。だから作ろうと思って」
「それが?何をするものだ。ただ、草と実が」
ええとね、とシャンガマックは、理解不能そうな父に、吊るしたままの蔓草を指差して、『これは』と話し始めた。
一通り。息子の話を聞くだけ聞いて、ヨーマイテスは返事が出来なかった。
「植生が違うから、同じではない。でも、俺が覚えている『お守り』と似ているものだ。俺は想いを込めて作ったし、きっとヨーマイテスを守ってくれる」
そう言うと、騎士は蔓草をまた両手に持って、上に伸ばした。『首にかけるんだ。嫌じゃないなら』と言いながら、ハッとした顔をする。
「あ!ダメか。獅子になったら、こんな細いと切れてしまう」
「切れない」
目を閉じて、小さな溜息をついた大男は静かに答えて、息子の引っ込めかけた腕を掴む。
「でも」
「切れない。俺に合わせて、それは形を変えるだろう」
それから息子の持ったままの蔓草に、頭を下げた。『かけろ』かけて良い、と促し、騎士が少しだけ微笑んで頷くのを見た。ヨーマイテスは心から自分の行動を悔やんだ。
頭に通した蔓草を、シャンガマックが首元まで下げてから、ヨーマイテスの長い髪の毛を、一房ずつ引っ張って出す。『ヨーマイテスは、毛が長いから・・・ちょっと待っていて』声をかけて、蔓草が切れないよう、髪の毛を輪から出す。
自分の首元で、丁寧に毛を引っ張っては出す、その息子に。
ヨーマイテスは、彼の胴体を両腕に包んで抱き上げた。驚くシャンガマック。大男は抱き締めた息子の胴体に顔を付けて『怒って悪かった』と謝る。
「いや。良いんだ。俺が何も言わなかったのが良くなかった」
「お前が俺の言いつけを守らない、と。俺は詰った。俺はなぜ、お前の気持ちを分かっていないのか」
「俺を心配してくれたんだ。平気だよ」
ヨーマイテスは目をぎゅっと瞑る。激しく後悔。激しく反省(※父は性格を変える決意をする)。
ぎゅうぎゅう抱き締める父に、シャンガマックは少し苦しいが、笑顔で『大丈夫だ。俺は気にしていないよ』と伝える。
「もう少し。これで。よし、良いだろう。ヨーマイテス。もう首にかかった。苦しくないか」
「何ともない。俺に苦しさなんか・・・お前くらいだ。お前を責めたことが苦しい(?)」
「だから、それはもう良いよ。気にしないで」
父が後悔していると分かるので、シャンガマックは笑って彼の髪を撫でる。
抱え上げられているシャンガマックは、3m近い高さにいるのだが、そこから見える風景が新鮮で、ちょっとだけ楽しかった(※高い高いの状態)。
反省しても足りないヨーマイテスは、抱き締めた息子の体を少し起こし、自分を見た漆黒の瞳に、悲しそうな目を向けた。
「そんな顔しないでくれ。俺は気にしていない。でも、叱られたことはちゃんと、これから気を付ける」
「叱った・・・そうだ。俺は叱った。お前が俺を想って、動いていたのを」
「もう良いんだよ。ヨーマイテス。悲しそうな顔をしないでくれ。あ、見えた」
ん?と息子の笑顔に止まると、息子は胴体を抱えられたまま、少し仰け反って、焦げ茶色の逞しい首にかかった、細い蔓草と結んである小さな木の実の列に喜んだ。
「自分では、見えないか。でも似合う。良かった。ヨーマイテスの誕生日に、お守りを渡せた。誕生日、おめでとう!」
嬉しそうな息子の無邪気な笑顔(←34才)に、胸が締め付けられる(※良心の呵責)サブパメントゥの大男・・・・・ 目を閉じたまま、大きく息を吐き出して『有難う。感謝だ』今言うべき言葉を伝えた(※大袈裟)。
「バニザット。お前と一緒にいると、俺はどんどん。俺が悪い奴のような気がして(※イソップ寓話『北風と太陽』の太陽効果)」
「何てこと言うんだ。ヨーマイテスは、優しい。一度だって、ヨーマイテスが悪いなんて思ったことはない」
苦しい息切れと共に目を開けると、自分の顔を両手で挟み込んだ息子が、満面の笑み(※良心が悲鳴)で覗き込む。ヨーマイテスはこのまま、塵になって消えてしまいたかった。
「俺がお前にしてやれることは。お前のその純粋さに、到底及ばない」
そんなことはない、と言い続けても、凹みっぱなしの父に、シャンガマックも必死に励ます。
ヨーマイテスの消沈具合は激しいが、それでも父は『自分の使命が』とばかりに(※大袈裟×2)両腕に抱えた息子をそのまま、影の落ちた場所をすたすた歩きだす。
「どこへ」
「お前の・・・いや。言うまい。見ていろ」
父の片腕に抱え直されたシャンガマックは、父の歩みが魔法陣の中心から、少し離れたところで止まったので、何かするつもりなのだとは分かった。
どうするのかを見守っていると、焦げ茶色の大男はもう片方の腕を伸ばし、魔法陣の中心に向けた。
「出てこい。スフレトゥリ・クラトリ」
不思議な言葉が続いたので、さっと父の横顔に目を向ける。その瞬間、パっと青黒い炎が、魔法陣の中に噴き上げ、目端に捉えたシャンガマックは驚き、炎に目を奪われた。
「これは」
「来るぞ」
メラメラと立ち上がる青黒い火柱は、コルステインたちの津波を思い起こさせる。あれよりも範囲はずっと小さいが、青空とは異なる異質の炎は、生きているように捻じれ、魔法陣の床から何かが、ぐにょっと出た。
「えっ」
目を丸くするシャンガマック。父は黙って見ていて、伸ばしていた腕を下した。
「あれは」
「スフレトゥリ・クラトリという。生きているが、生きていない」
また、その系統?驚きと困惑で、父を急いで見たシャンガマックに、父は碧の瞳を向けて『この前のあれらよりは、はっきりした存在』と言い直した。
「スフレトゥリ」
「スフレトゥリ・クラトリだ。魂の生き物だ。魂だけがいる。形は適当なもんだ」
「その、あの。あれは、俺が知っているウシとは違うような」
説明する、父の平然とした顔を見ていた視線を、ゆっくりと魔法陣に向ける。青黒い炎は治まり始めていて、それと対照的に、揺らいでいた姿は輪郭も体も濃くなった。
そこには、巨大と言えるほどのウシが佇み、牛は体中を鎧で包んでおり、黒い毛が僅かに覗く顔をこちらに向けていた。
あまりにも大きくて、一見、ウシに見えない。肩高までが優に3m(←もっとある5m近い)はあるし、その体の長さと言ったら、胸から尾骨まで4mほどありそうに見える。頭も含めた全長は馬車と変わらない・・・・・
「馬車みたいな、大きさだ」
ぼそりと呟いた息子の声に、大男は頷いて『そうだ』と答える。ハッとした息子の目を見つめ『そうだ』もう一度繰り返した。
「あれに乗る。お前と俺が、な。馬車じゃないな、ウシだから(※正しいけれど何かが違う)」
「え・・・あれ。乗るのか?あれ、でも」
ここから乗れるぞ、と息子を抱えたままのヨーマイテスは、魔法陣の中心に呼び出した相手の上まで、片腕を振った勢いで影の屋根を作り出すと(※息子驚愕)その側へ寄り、腹の横に立ち、こっちに首を向けた長い角のウシに『開けろ』と命じた。
すると。お腹の片側がパカーン・・・シャンガマックびっくり!目が真ん丸になって、蓋の開いた(?)空っぽの胴体を、食い入るように凝視。
「乗れる。ほら」
ぽいと下ろされ、慌てて腹の中に両足を付けた騎士は、屈み腰でそっと中を見渡す。天井・・・に、背骨がある。胴体に、内臓がないだけで、肋骨もあれば、筋肉と思しき赤黒い筋を踏んでいる自分。
「これ。これ、生きて」
「そうだな。生きているな、一応」
そう言いながら、ヨーマイテスもよいしょと乗ってきた。ヨーマイテスの背から見れば、そんなに大きくはないのかも知れないが。彼が乗り込むと、変に丁度良さそうな空間に見える。
乗った後、ヨーマイテスは『いいぞ、閉めろ』と声にする。パカンと開いていた蓋は、その声に反応して二人を体内(※そうとしか見えない)に入れた状態で、すちゃっと閉まった。
中は臭いもなく、暗いかというとそうでもない。赤い筋肉の内側は、なぜか光りがあり、ランタンがどこかで灯っているような、個室の夜に似ていた(※肋骨丸見え個室)。
「ヨーマイテス。これ・・・あれ、喉?喉の向こうにあるのは」
「口だろう。開けば外が見える」
うへ~~~・・・・・
シャンガマックはこの異常事態に、止まりかける思考を懸命に働かせて、不思議な馬車『鎧のウシ(?)』に慣れなければいけない!と覚悟した(※ちょっと気持ち悪い)。
「これで。馬車の旅に日中でも動けるな」
父は何か、とても穏やかじゃないことを口にしたが、その顔を見ると微笑んでいて、シャンガマックの引き攣った笑顔は気づいていなさそうだった。
「これ?この。ウシが乗り物という意味で」
「そうだ。お前の誕生日だから。これをやる」
シャンガマック。やっと理解した。朝、自分が話したことを、父は彼なりに考えてくれた、と。
そして、父からの『贈り物』は―― 自分たちを運ぶ乗り物で、それは総長たちの馬車の後ろを付いて行く(悩)・・・・・
今、自分が頼んだことが、父によって実行されたと知った(※思いがけないサプライズ)。
「ウシなんだね。鎧も付いている。とても不思議な存在」
どこから褒めて伝えよう、と戸惑いつつ、思ったことを(※見たまま)口にしたら、父は嬉しそうに頷く。
「お前は動物が好きだ。お前の役に立つし、お前が好きなものだ。
俺の誕生日でもあるなら、俺の役にも立つだろ?お前と一緒に動くんだから。足は遅いが、こいつが一番、普通の見た目だし、これならそこそこ融通も利く」
父の解説で、しっかり了解。父は、本当に全てを満たしてくれたのだ(※彼なりに)。
気になったので、お礼の前にもう一つ質問してみる。『これが一番、普通の見た目。他にもいたの?』他のこんなのも選択肢にあったのかと考えるシャンガマックに、父はさらっと教える。
「いる。こんな感じのウシなら、その辺にもいるが(※全長5m超えのウシはいないはず)。他は見た目がおかしい。
種類で言えば、イヌやトリとかな。ヘビもトカゲもいる。ウマはいたかも知れないが、今回は見なかった。ヤギやブタやネコもいる。後は大型だな」
聞いていると、身近な家畜や、人家の付近で見かける生き物に近いので、それをもう少し教えてもらうと、どうもそうらしかった。
ヨーマイテスの話では、人間の近くに生きていた動物が、この状態で出てくることが多い様子。
ちなみに、彼ら『犬・鳥、猫』などの雰囲気を訊ねると(※期待カワイイ)。
「お前が見たら、腰を抜かす(※ウシでも抜かしかけた)。皆がこんな雰囲気じゃない。
トリは走る。足が長いから、馬車を跨ぐだろう。嘴が大きく、動くものをついばむ(※恐怖)。体の羽は、鱗のように硬く、広く、大きい。
ネコは、俺の獅子の状態より遥かにデカい。首も手足も尾も長く、毛がない(※無毛)が全身を煙で包んでいる。動きはするが、歩いて付いてこないだろう。気まぐれだし。
イヌとなると、付いては来そうだが、あれは見た目が変だ(←トリもネコも)。頭が2つ3つある。ん?数か?首の多さは、その時変わる。一定しない。半分骨だしな」
黙っている息子の顔つきから、ヨーマイテスは自分の判断が正確で大当たりだったことを読み取り、満足そうに頷いた(※ほらな、って)。
「これが、一番見た目に普通だ。
それに、魂の存在だから、日光だろうが空の上だろうが、全く関係ない。生まれはサブパメントゥというだけの話で、こいつらには善悪も何も関係ない。純粋に生きることだけを写した姿だから、誰も裁かない。
死んだという表現もしないだろうが、例えば消えたり、動かなくなっても、それは何にもこいつらに影響していない。別の形に変わって済む」
肉体ではない。触れるが、肉体でもないし、魂の塊と・・・大変、難しい理解の中で、シャンガマックは受け入れる(※丸ごと受け入れないとパンクしそう)。
「有難う。凄い、素晴らしい贈り物だ」
どうにかお礼を言った後、父自体がスゴイとひたすら感心した(※贈り物の範囲が飛び出てる)。
ヨーマイテスはニコッと笑って、首元のお守りに指を触れ『お前の贈り物の方がずっと素晴らしい』そう呟く。
嬉しいシャンガマックもにっこり笑い、父の側に行って、その首を抱き締めた。父はちゃんと抱き返して『誕生日か』と満足気に息子の背中を撫でた。
二人は、この後。魔法の練習そっちのけで、『鎧のウシ』であちこち出かける一日を過ごした。
動いている間に、シャンガマックも段々平気になってきて、乗り降りも普通にこなせる(←違和感ナシ)ようになった。




