1154. シャンガマックの誕生日 ~二人の誕生日
朝日に照らされる場所で。
褐色の騎士の、目が開く。体が温かく、日差しの下にいると分かる。瞼越しに明るい血潮の透ける、漲る太陽の眩しさを感じる。
少し、喉が渇いていることに気が付き、薄っすら開いていた唇を閉じる。ふと、肉が焼ける匂いが鼻に入り、それが朝食の鳥肉(※毎食)であることに、目を閉じたまま小さく笑った。
手が触れる場所と背中が置かれたところは岩場で、足元だけがひんやりしているから、そこは影なんだろうと見当を付けて、静かに深呼吸。
仰向けに寝ている体をそのままに、ゆっくり顔を傾かせて、ちょっとだけ片目を開けてみた。
眩しくて何も見えないが、何度か瞬きしていると、洞窟の外の朝が見えた。そこに白い煙がたゆたい、煙は食事の匂いを運ぶ。
「寝過ぎたか」
喉の渇きで掠れた声が呟いて、思った以上にカラカラだなと口を閉じた。
「バニザット。起きろ。食べろ」
聞きなれた命令調の低い声に、シャンガマックは笑って、外と反対側に顔を向ける。影の中に、焦げ茶色の大男が座っていて、自分を見ていた。
「おはよう。ヨーマイテス。俺は寝過ぎた?」
「そうでもない。いつもより眠っていただけだ。水があるぞ」
ヨーマイテスは、騎士の頭の辺を指差す。うん、と答えて、頭の辺に片腕を伸ばし、ぽんぽん左右に手を動かすと、革の袋に指が当たった。袋を掴むと、ぼよっとして結露が革袋の表面を伝った。
よっこらせと上体を起こし、片腕の肘をついて、手に持った革袋の栓を開けると、漏れ出していた水をペロッと舐めてから、口を付けて水を吸い込んだ。
顎にこぼれた水を拭って、袋の口を手で軽く拭くと、栓を戻して大きく深呼吸し、シャンガマックはようやく起き上がる。
胡坐をかいて日向に座り、両腕を上に突き出して伸びをし、父にお礼を言う。
「疲れているんだな」
「うん。そうみたいだな。前はそんなに疲れも溜まらなかったけれど。最近は体が年齢を写すようだ」
「何を言ってるんだ。まだまだ子供みたいな顔をして。俺がどれくらい生きていると思ってる」
ハハハと笑ったシャンガマックは、立ち上がって影の中の父の横に行き、そこに座ると、大きな腕に寄りかかって見上げた。
自分を見下ろす碧の目を見つめ『俺よりも、ずっとずっと、年上だ』と答える。
「そうだ。俺でも問題ないなら、お前も平気だ」
「人間だよ。全然、違う身体だ。ヨーマイテスみたいに長く生きられ」
「言うな。俺がお前を変えてやる。そう簡単にくたばらせないからな」
変な予告を受けて、シャンガマックは可笑しくて笑い出し、父の腕から頭を滑らせて、その膝の上にこてっと頭を倒した(※既に馴染み度100%)。
真上の厳めしい顔に、シャンガマックの笑顔は深まるばかり。片方の眉を上げて『そんなに笑うことじゃないぞ』と低い声で注意をする大男に、シャンガマックは腕を伸ばして、その顔を触った。
「今。思い出した。聞いてくれ。俺は今日、多分誕生日だ」
「誕生日。なんだそれは。お前は今日生まれたのか。今、大人のくせに」
「言っている意味が伝わらないか。ええっと・・・そうだな。自分が生まれた日。毎年、その日が来ると『誕生日だ』と意識して、年齢を数える。人間は皆そうだよ」
「お前は何年繰り返した」
「34回目だ。俺は34才、という意味。今日がその日だよ」
そう言うと、ちょっと目をキョロッとさせて、シャンガマックは考えている様子。頬を掻いて『うん、そうだな』と呟いた。
「最近。日付が曖昧だったから。今日だと思う」
指折り数えて確認した、シャンガマックの呟きを聞きながら、父は息子を見つめ『それを言ったら、俺は何歳なんだ』と無表情で気にしていた(※覚えてない)。
「俺にそれを言う、その意味はあるのか。何か起こるのか(※行事の意味ではない質問)」
「うーん。ない。特に、そういったことじゃないんだ。これこそ、習慣だろうな。『おめでとう』と、祝うんだ。
子供の頃は、何か記念にもらったり、どこか特別な場所へ連れて行ってもらったりしたが」
「それはどうしてだ。何で記念だ。毎年、記念か(※素朴な質問①)」
面白い質問に笑って、シャンガマックは頷く。『そうだね。言われるまで気にしたことがない』毎年記念だよ、と教えておく。父は理解に難しそう。少し黙って、笑う息子を見つめつつ、次の質問。
「記念に、何かを『くれてやる』のと、どこか知らない場所へ『連れ回す(※父の言い方セオリー)』それはお前にとって、嬉しいことなんだな?嫌がっていないということは」
「ん?そうか。そうだ。なるほど、逆に質問されると、改めて考えさせられるものだ。
そう、俺は嬉しかった。俺に役に立つものをもらうことや、印象的で感動を与えるような場所を教えてもらうこと。
それは、とても意味がある一日で『記念だから』と与える相手も、楽しんでいたかも知れない」
与えるのは親や兄弟だったことも教えると、ヨーマイテスはじーっと息子を見つめ『親』と呟く(※自分?)。
「親だよ。俺の親は生きている意味を、大切にさせる教えをたくさん与えた。俺の部族がそうだったから」
「ちょっと待て。とにかく今は、肉を食べろ。焼いて時間が経つ」
あ、と顔を外に向けたシャンガマック。
父に言われて慌てて起き上がり、黒焦げに近い肉へ向かって、洞窟を下りようとしたので、ヨーマイテスがその胴体を引っ掴んで『お前は危ない』と注意(※軽く落下する高さ)。
片腕に騎士を抱え、影の中から下へ移動して下ろしてやった。騎士はそそくさ、焼き鳥の側へ行って『あー・・・』とか『うーん、食べれるかな』とか呟きながら、鳥を食べ始めた(←炭化)。
この間。
――ヨーマイテスは考える。俺は親だが、そんなこと気にしたこともない(※そんなこと=『誕生日おめでとう』)。
何かをくれてやる・・・鳥は今、食べている(※食事)。鳥じゃないんだろうな。
役に立つものを。毎年。あいつは33回も、もらったのか。33個も役に立つものなんか、思いつくものだろうか(※年齢によることを忘れている)。
しかし、持ち歩いている気配はない。あいつの荷物は、腰袋と剣くらい。
あれは多分、貰いものじゃないだろう・・・とすれば、親がくれてやった33個のものは、食べたのか。もしくは、消耗した。
「ふむ。そう考える方が自然だな。バニザットは、もらったら大事にするはずだ。持っていないということは、消えたんだ(※直結)」
『もの』に関しては、これで理解出来たヨーマイテス(※怪しい)。
「つまり。役に立ったうえで、消えてしまっても問題ない。そういうことか」
もう一つ、『連れ回す(※言い方が乱暴)』・・・これは。物じゃない。行動だ。行動でも、感動すれば良いわけだ。
俺が感動するのは、ガドゥグ・ィッダンの宝だが、バニザットはどの遺跡でも、感動している気がする。
「こっちの方が簡単だな。バニザットは遺跡が好きだ。連れてけば良い(※毎度)」
でもなー・・・と、粘る父。
いつも連れて行っている場所で、バニザットが感動するのは良いとしても、誕生日に連れて行かれた記憶としては、大袈裟じゃないような(※多分、『大袈裟・要』と判断)。
「こんな話を聞くなら、船は待っておけば良かった」
船こそ、こんな時に使えただろうに、と舌打ちするヨーマイテスは(※もう見せちゃった)この後も暫く悩み、騎士が食べ終わって戻ってくるまで、同じ場所で固まっていた。
「ヨーマイテス。美味しかった。いつも有難う」
お礼を言って口元の焦げを拭き取り、騎士はニコッと笑う。なぜか歯が黒いことを伝えると、息子は驚いて、口を濯ぎに行った(※丸焦げ頑張った)。
「バニザットは無欲だ。あいつは何でも受け入れる。うーむ」
一つ。思いついたことがある。それが適しているか、そこに疑問があるが。一応、確認しておこうと決めた。
せっせと口を濯いで帰ってきた騎士に、魔法の練習をするように言い、序に訊ねる。
「あのな。俺は少し出かける。お前はその間、昨日と同じ魔法を練習するわけだが。俺がいないから、実践はするな。言葉を覚えろ。区切って、連続させるなよ。
それでお前に訊きたいことがあ」
「分かった。そうだ、俺も訊きたい」
質問しかけて、逆に訊かれた父は黙る。息子は笑顔で『ヨーマイテスはいつ生まれたのか』と訊いた。
そんなこと覚えてもいないと答えると、『そうだろうと思った』と頷かれた。
「何だ、分かっていることを訊いたのか」
「分からないから訊いたんだ。それなら、俺と同じ誕生日にしよう。俺と一緒だ。これなら忘れない」
「何だって?お前は次々に奇妙なことを」
ハハハと笑う騎士は、大男の腕に触れて、困惑している顔を見上げながら『今日。俺とヨーマイテスの誕生日だ』そうしようよ、と提案。
ヨーマイテスは、こんな息子が意味が分からなくて、でもカワイイ(←行き着くところ)。
無表情で頷くと(※受け入れ)嬉しそうな騎士は『これから毎年一緒に祝おう』と、またカワイイことを言っていた。
「それで。ヨーマイテスは、俺に何を訊きたい」
一瞬で、遠くへ行っていた意識を引き戻され、父は我に返る。漆黒の瞳がキラキラしている。
困ったヨーマイテス。俺も誕生日となれば、何かが違ってくる・・・質問も、意味があるのかどうか(※翻弄される父)。
とりあえず、質問は『何でもない』ことにして、騎士に魔導書を読むよう言いつけると、父は悩みを抱えて影に消えた。
父が用事で出かけたので、シャンガマックは魔法陣の中に座って、本を読む。間違えないように言えれば、すぐに使える・・・『でも』ぱたんと本を閉じて、魔導書は腰袋へ入れた。
「昨日。死ぬほど頑張ったから、もう覚えた(※事実)。今日も同じ魔法を使うなら、これは大丈夫だ・・・俺がもし。戻ってきて見えなかったら、心配するかな」
シャンガマックの中で、考えていることがある。少し躊躇ってから、『うん、でも。出かけたばかりだ。きっと時間が掛かるだろう』ということで。
「ヨーマイテスは字も読めるから、書置きすれば良いのか。俺たちの使う文字は、読めるのかなぁ」
古代の文字は何でも読めている気がするが、現代はどうなんだろうと思いつつ、一応書置きする。
その辺の平たい石に、シャンガマックは炭を使って『少し動く』(※ざっくり)と書き、魔法陣を包むように広がる森の中へ入った。
*****
片や、ヨーマイテスは用事を続行中。急いで戻らないと、バニザットがうっかり魔法の餌食(※自爆とも言う)になっては大変と、きりきり動いてサブパメントゥを端から端まで横断し、探し当てた相手をちゃかちゃか選別する。
「こいつで良いか。これくらいならどこでも居そうだ。
どうせ、馬車の代わりなんだ。足が遅くても問題ない。見た目もこれなら・・・そう、目立たない・・・よな(※心配は残る)」
バニザットは動物が好きだと知った。不本意ながら、獅子の俺にも妙な愛着心を見せる(※可愛がられる父)。幼い頃は、ヤマネコとも暮したようだし、馬にも名前を付けて大切にしたとか。
「この前も、カエルと遊んでいたな(※子供)。食べるのかと思ったら、焼かないでと頼まれた(※父は理解不能)」
でも鳥は食べるな、と首を傾げつつ、とりあえず『息子=動物好き』の知識から、父は与えるものを用意した。
そして、唐突に自分も誕生日にされてしまったので(※予想外)自分にとっても都合が良いものにした。
「良いだろう。これなら理に適っている。バニザットの役に立ち、俺の役にも立つ(?)」
状態を確認し、特に問題ないと判断したので、サブパメントゥの闇の中から引っ張り出す。
相手は最初こそ動こうともしなかったが、ヨーマイテスがその頭に手を触れて『俺の脚。俺の目。この空洞に俺がいる』と唱えると、ぐらりと揺れて動き出した。
「さて。お前に眩しさなんか、分かるか知らんが。ちょっと目が痛いかもな。後でお前用に幾つか、『中間の地』みたいなものを用意してやる」
焦げ茶色の大男は愉快そうにそう言うと、息子が喜ぶ顔を想像して、暗闇のサブパメントゥを『贈り物』と一緒に出て行った。
お読み頂き有難うございます。




