1153. テイワグナの野生動物話・息子想いのヨーマイテス
昼食後に街道を進む馬車は、海方面へ下りながら⇒ヨライデへ向かう西の道へ入る。
ヨライデ方面へ向けてから、一気にすれ違う馬車が減った。
バイラが言うには『こっちは田舎』だからだそうだ。道は街道なので、それなりに通過する場所に町はあるし、そこそこ大きい町もないことはない。
でも、やはり田舎。距離が開き過ぎていて、間に民家も人も家畜も見えない土地は、結構な距離で続くらしい。
イーアンはそれを聞いて、北海道みたいだなと思った(※テイワグナの方が広いけど)。
昔、イーアン人間時代。行きたかった北海道は知床に、旅行した時の記憶である。
目的地から目的地まで、バスで3時間半。人間どころか、人工物が道路(&バス)しかなかった。
窓から見えるのは、広大な大自然と野生動物。通り過ぎた廃駅の屋根に、オオワシが鳩の如くとまっていたのは驚いた(※海沿いでいっぱいいた)。
ヨライデ方面も、きっと野生動物が・・・と思った矢先、伴侶が『魔物が群れで出そうだ』とぼやいて、そうだここは魔物だった、と思い直す(※野生動物避難)。
「そういえば。野生動物、見ませんね」
魔物が出るから、いないのだろうけれど。それでも全然見られないとは、これはちょっと不思議。ドルドレンは別に不思議でもなさそうに『そりゃ、魔物がいるし』と言う。
「でも。魔物の襲う対象は、人間や人間の側にいる家畜では」
「そんなこともない。馬など、野生にいたものは襲われることがある。魔物の場合は、何を攻撃すると決まっていないのだ。ハイザンジェルもそうだったよ」
そうなの、と頷くイーアンに、ドルドレンとしては『それを今更に聞くとは』と笑ってしまうところ。
「イーアンは知っていそうなのに、何となく、どこか気にしていない。馬で動くのが、遠征くらいだったからかな」
龍じゃ、地上の動物に会うこともなさそうだしねと、と伴侶は微笑む。イーアン、ちょっと考える。
「想像はつくのですけれど。いなさ過ぎるような気がして。一匹も見ないって。普通に見れるの、鳥くらいですよ。鳥とか虫とか」
「うーん。イーアンの疑問、無理もないかも知れないですね。
とはいっても、皆さんはハイザンジェルから来たから、テイワグナのことを知らなくて当然のことですが」
横を馬で進むバイラは、話に参加して『テイワグナは、固有の動物が多い国』と教える。イーアン、食いつく。
「魔物が出るまでは、この辺もですけれど、野生動物の被害なんか普通でした。どこでも出てくるという、そんな印象でしたよ」
「そうなのか。まぁ、ここまで広い国だからな」
「はい。ホーミット。いますね?彼の獅子の状態、あれはさすがに大きいですが、獅子自体は群れでいます。ヨライデの手前、山沿いから平原にかけての場所は、獅子だらけで」
バイラの話に、ドルドレンは目を丸くして驚く。『怖いのだ!あんなの群れでいたら、暮せないだろう』よく通ったね、と感心すると、バイラは苦笑いで首を振り『護衛の時は嫌だった』と答える。
「でも。獅子が群れでいると言いますと。つまり『お食事』になるような草食の動物も」
「そうです。そっちも群れでしたよ。だから、本当に・・・魔物が出て、風景も変わったような具合ですね。私は以前の風景を知っている分、ちょっと異様な感覚で、こうして行く先々の場所を眺めています」
バイラの教えてくれた情報に、魔物と比べたら野生動物はどうなんだろうと、ちょっと考えた総長。
こんなこと、迂闊に呟いたら何と思われるか!といった類の疑問で、もちろん、魔物がいない方が良いのは承知の上。ドルドレンは『存在そのもの』についてではなく、この場合、退治するとなればの話。
野生動物だと、憎しみはないから、殺すのも躊躇う。でも、被害が出るなら退治もする・・・と思う。魔物以前の騎士修道会の仕事で、そうしたこともあった。たまにだけど。
その時は、あまり良い気分ではなかった。相手も生きていて、人里に下りる事情があったと思うからだった。
見つけたら即倒す対象と、はっきりしている魔物だからこそ、自分たちは『仕事』として、躊躇う必要もなく掛かれるが。
これが『子連れの野生動物』とかなっちゃったら、自分はどうするんだろう、と。優しい総長は、御者台で、うんうん、悩んでいた(※ホーミットにお子さん付きを想像)。
ドルドレンが悩んでいる間。イーアンはどんな野生動物がいたかを、バイラに教えてもらっていた。
聞けば、どうも少し、持ち前の知識と違うらしいことを知る。レイヨウなども違うし、大型の動物や鳥も、所変われば何とやら。
獅子はイーアンの思う、ホーミット系の無地じゃなかった。獅子は『点々付き』。体の毛に斑の模様があって、鬣は黒っぽく、もっと薄めで、ぺったりした感じだとか。
ホーミットのように、金茶色の背中まで覆う豊かな鬣・無地で金色に輝く大きな体は、見たことないとの話。
「だから、ホーミットの獅子状態は、凄く神々しい印象」
マカウェ地区の魔物の時(※1047話参照)。
騎士二人を乗せて、砂漠の城へ向かう獅子の姿を、遠くから見ていたバイラは『場面が場面だし。つい、拝みそうになった』と笑って話す。イーアンは無表情で頷いた(※あれが、ふつーのライオンですよ、と思う)。
そんなことで(?)。バイラが知っている範囲でも、かなりの種類の野生動物を教えてもらったイーアンは、出来れば見たかったなぁと思う。
「そのうち、どこかで遭遇するかも知れませんね。イーアン、龍は動物に恐れられますか?」
「む。いえ、多分・・・大丈夫のような」
ハイザンジェルで、何度かミンティンが馬の近くに降りた話をした。アオファの時も、人間は怖がったが、馬たちは平気だったのだ。それを伝えると、バイラは大きく頷く。
「そうかなと思いました。イーアンが龍になっても、私の馬は何ともなかった。
炉場でもそうではなかったですか?別れの日、イーアンが龍で、皆に挨拶していた時。近くに馬はいたけれど、全く」
「はい。そうですね。馬たちは普段と変わらず」
ニコッと笑ったバイラは、『きっとイーアンは大丈夫』と伝えた。龍は動物が恐れない対象だから、野生の動物にどんな状態で出会っても、逃げられることがなさそう、と。
「そうだと良いですね!私も見たいです。えー、では。野生動物を見かけたら『龍になった方が良い』ということかしら?」
「ハハハ、違いますよ。そのままでも多分、大丈夫ですよ。動物はあなたを、人間と感じていない気がしますから」
笑顔でざっくり。優しいつもりでバイラは、イーアンに『あなた人間じゃない』と告げ、イーアンは苦笑いでお礼を言い、横で一人悩んでいたドルドレンも、バイラの天然さん具合にヒヤッとした。
バイラはこの後も、楽しそうにテイワグナの動物たちの話をし、うんうんと耳を傾ける御者台の二人に、観光案内の如く、『あの向こうの山に』とか『この道のもう一本あっち側は』とか、どんな気候で、どんな動物を見たことがあるか。丁寧に、当時を振り返って、話し続けてくれた。
二人は、観光案内を受ける、外国からの夫婦状態で、最後の方は楽しく地図まで出して、バイラと3人で『どの辺までだったら行ける?』と、寄りたい場所も相談していた。
こうして、馬車は野営地に着き、一行は、何にもない荒野で、のんびりした夜を迎えた。
*****
離れた洞窟でも、シャンガマックが早々に眠っていた(※お疲れ)。
夕暮れまでしこたま頑張ったシャンガマック。暗くなった空を見上げたヨーマイテスに『食事を食べるか』と訊ねられ、そうだねと答えたまでは良かったが。
「このまま寝たか」
フラフラしていたシャンガマックに、手を貸したヨーマイテスは、腕に息子が凭れかかったので、抱えてやり、魔法陣のある地面から洞窟へ跳び上がって運ぶと、彼は下す前に寝ていた。
食事はどうするんだろうと思ったが、あまりにぐったりしているので、放置していくのも気になり、とりあえず父は、人の姿のまま、腕に抱えたシャンガマックを、横向きに抱え直して座った(※お父さん抱っこ状態)。
じーっと見ていると、本当に生きているのか分からないくらい、微動だにしない。
温かいから生きてはいるのだろうが、息子の疲労具合が心配になる(※父は疲れ知らず)。
「バニザット。お前は分かりにくいな、頑張るから・・・・・ 」
俺が気を付けてやらないとダメか、と思う。そう考えると『何でも、俺だなぁ』苦笑いして首を振る。
「俺が全部世話してやらないと、お前は成長しないなんて。そんなはずもないだろうが。いや、俺の言うことを聞いて、この状態なんだな。俺のために、お前は」
うーん、と唸るヨーマイテス。
ミレイオでは、絶対に在り得なかった(※正反対うってつけ比較対象)この、従順さ。
相手がミレイオで、『素直』と感じた試しがない。あいつを創ってから、ただの一度もない(※記録的)。あいつが動き出してすぐ、全く言うことを聞かなかった。
信じられないくらい、毛嫌いされたし、信じられないくらい、反抗的だったミレイオ。
「あそこまで言うこと聞かない、子供も・・・いるんだろうか(※謎)」
サブパメントゥは、大体が創られた相手の言葉を聞くもので、あのコルステインだって、家族には親しまれている。
コルステインの家族は、どういう経緯で創られているのか謎めいているが、にしたって、仲が悪いとは思えない、そこそこの付き合いは続いている(※皆、態度そっくり)。
「ミレイオの場合は、『空の土』が入ったからだろうな。原因(←反抗の)がそれくらいしか思い当たらん」
思い出しただけで目が据わる、『実の息子』。全然、可愛くなかった。
本当に敵対心丸出しで、いい加減、育ったら、さっさと出て行ってしまった(※ミレイオ家出)。
近づこうにも、喚くは怒るはで、うんざりしたヨーマイテスは呆れて放棄したが、ミレイオは放棄なんて望むところ。ちっとも連絡も取りゃしないで、数十年経ったような感じ。
「うーむ。あいつが息子だった理由が、俺の若干の憧れ(※もう『若干』にしておく)とした理由だったからな。手放すに手放せないが、それさえなければ、どうとでもなれと思うくらいだ」
呟きながら、夜の月に照らされる洞窟の中で、疲れた溜息を落とす(※思い出し疲れ)。
そして、腕の中ですーす―寝ている愛息子・バニザットに視線を動かす。どんなに見ても飽きない(※大好き)。
「お前を息子にして、俺の長い人生は報われたような気さえする。
本当にお前はカワイイ。文句一つ、お前から聞いたことがない。俺の言葉は一生懸命、聞こうとするし、いつでも俺を頼って、いつも俺に抱き付いて笑う。何をしてやっても、嬉しそうに受け取る。
全く。何てカワイイんだ(※天使くらいの勢い)」
はー、良かった・・・目を閉じて、自分の喜びに頷く、焦げ茶色の大男。
少し抱え直すと、肌が冷たいことに気が付いて、そろそろ、獅子に変わってやろうと思った。『冷えると体が悪くなるな』これじゃいかん、と片腕を変え始めると。
「うー・・・ん。ヨーマイテス」
「ん?起きたか」
と、思ったら寝ている。寝言で名前を呼んだだけらしく、そのまま騎士はゆっくり寝返りを打ち、体を横に向けて、ヨーマイテスの腰に腕を回して、また寝息を立てる。
ヨーマイテスはじっくりと息子を見つめ、髪をナデナデ。それから、貼り付く息子の背中もナデナデ(※可愛くて仕方ない)。
「どうしてお前に。もっと早く会わなかったのか。何が間違えたのか(※何も間違えてない)」
寝言さえ、俺を呼ぶ(※最高)。俺はもう、こいつに怒ろうとさえ思わない。
この前―― 怒ったら、泣いてしまった(※1113話参照)。
俺もどうして良いか、分からないから立ち去った。戻ったら、バニザットはまだ泣いていて、一生懸命、俺の名を呼んで謝っていた――
「俺は何て、残酷なことをしたんだろう(※反省)」
ミレイオだったら。俺が怒った時点で『はー?馬鹿じゃないの』と嫌味たっぷりでせせら笑って、『自分は根暗野郎と暇つぶししてる時間はない』くらいのことを吐き捨て、とっとと消えてる(※想像するとムカつく)。
目一杯比較してから、無垢な寝顔で眠る息子の髪をちょっと指でどかし、その顔に『お前が俺を嫌うことなんか、ないな』と少し笑った(※父シアワセ)。
それから、肌が出ている肩や腕を触ってみて、温度が下がっているので、ヨーマイテスはそっと獅子に変わり、息子を抱えてやる(←丸くなった中に入れる)。
寝ている騎士はすぐに鬣に反応し(※無意識)潜り込むように両腕を伸ばして埋もれた。
その様子を、ここ毎晩見ているので、可笑しくて笑う獅子。
「お前。ここから戻って。旅の仲間と一緒に過ごして、寂しくならないと良いがな」
自信過剰にも似た一言を呟くと、獅子は考える。息子がこの前、話していたこと。
『一緒に動ける、三台目の馬車のように』
日中も一緒にいたいから、と彼は言った(※1125話中半参照)。
日中が無理かどうかではなく『三台目の馬車』に、何をいきなりと思ったが、その時に言えたことは『船に全員乗せるくらいしか、面倒で思いつかない』これは本当で、他に答えが出てこなかった。
獅子は黙って、寝息の聞こえる息子の温度を感じる。
「日中も。お前と一緒。うーむ・・・・・(悩)」
自分の都合もあるから、毎回じゃないにしても。どうにかしてやろうと、何度も考えている一つの課題。
「スフレトゥリ・クラトリ。あいつらなら。目立つ・・・が。日中だろうが、相手が誰だろうが、動けるな。俺もバニザットも運べる」
この案は、ちらついていたが、煩いやつ(※女龍&実の息子)がいるから、あまり乗り気じゃなかった。
しかしヨーマイテスが、大事な大事な愛息子(※バニザット)と一緒に動け、尚且つ、融通が利くとなれば、この案が一番ではあった。




