1152. 別行動:魔法の練習とシャンガマックの盲点
※一日開いてしまいましたが、今回は、前回ドルドレンたちの話ではなく、同日のシャンガマックの話です。
緑色の透明な風が吹き上り、青空へ弾けて、金色の礫になって降り注ぐ。
「おい!」
その様子を見上げ、ぽかんとしているシャンガマックに、獅子が大急ぎで飛び掛かり、円陣の外へ押し出した。
金色の礫は落下した勢いで円陣の床を打ち砕く。円陣は砕かれた後、ウォッと唸りをあげて揺らめき、傷つく前の状態に戻った。
円陣の枠から突き飛ばされて、草むらに腰をついた騎士は、その様子に目を丸くして、びっくり。
「あっ」
「お前は。逃げない奴があるか!自分のかけた魔法で」
「ごめん。あんなになるとは」
慌てて謝るシャンガマックに、獅子は人の姿に戻って、その横に膝をついた。尻もちをついた状態の息子に背を屈め、額に手を置いて、少し上に押し上げる。
「ケガしていないか」
「大丈夫だ。ヨーマイテスが助けてくれたから」
「助けてくれた、じゃ済まない。あれを食らってお前、かすり傷で終わらないぞ」
「ごめん」
焦げ茶色の大男は、謝ってすまなそうに俯く息子に、小さな溜息をつく。『何か食べるのか。腹は減ったか』どれくらいの頻度で与えれば良いのか(←食事)分からないから、とりあえず聞いてみると、息子はちょっと考えて頷く。
「待ってろ。鳥を持ってきてやる」
「何から何まで、有難う」
ヨーマイテスはすぐに獅子に変わり、急角度の斜面で上がる、木々の中へ飛び込んで消えた。
「ああ。俺はぼんやりして。危なかったんだな。あんなふうに見えるなんて、思いもしない。あれが何かも分からないのに。
・・・・・この本の通りにすれば、とヨーマイテスは言ったけれど。
誰でも、俺がしたみたいに出来るなら、これは危険な気がするな(※慎重でのんびりな意見)」
シャンガマックの片手に、小さな本、一冊。
あの墳墓で手に入れた、この本は魔導書。
ヨーマイテスが読んでくれて、シャンガマックに読み方を教え、続けて言わないように注意を受けた。そのことを守り、何度も区切って練習した後。
『魔法陣の中で、呪文を唱える』ことと、シャンガマックが最初から携えている、精霊の力で『魔法の大きさを変える』ことを教わる。
ヨーマイテスが相手をしてくれると、張り切っていたのだが。まだその段階ではない。
この魔法陣で練習し、感触を覚えたら、魔法陣がない場所で使う方法を覚える。
その最初の魔法を、昨日の午後も、今日も朝から・・・練習しているのだが――
うーんと伸びをしたシャンガマックは、そのまま青い草の上にバタンと倒れる。空を見つめ『疲れる』小さな呟きを落とした。
想像以上に気力と、集中力を使う。精霊に助けてもらう、これまで使っていた結界より、使っている。
自分で最初から最後まで、結界の力を、全部出し入れするような感じ。
大の字の状態で、草に沈み、青空を眺め、魔法の指導なんかを受けている状況に、ぼんやりと『よく考えたら凄いことだ』と感じる。あまりにも急な展開で、驚きながらも急かされて。
「はぁ。運命が動き出したんだな」
「バニザット!」
ビクッとして、父の怒鳴り声に慌てて体を起こす。見ればすぐ側に、鳥を置いた獅子がいて、顔が微妙に怖い(※何となくだけど)。
「ああ、ビックリした」
「俺だ。ビックリしたのは。倒れているから」
側に来て、フンフン、息子の顔に鼻を付けて臭いを嗅ぐ獅子(※臭いで確認)。シャンガマックは苦笑いで、獅子の鼻面を撫でて『大丈夫だよ』と言うと、立ち上がる。
「ちょっと疲れて」
「食べろ。疲れるのも終わる」
獅子はそう言って、魔法陣に鳥を運び、そこで青白い炎を出した。シャンガマックはじっとそれを見つめる。父は呪文も何も関係なく、こうしたことが一瞬で出来るんだなと、しみじみ感じ入った。
鳥が丸焼きになるのを待ちながら、魔法陣の中で寝そべる獅子に、シャンガマックは寄りかかる(※もはや獅子ベッド)。
フカフカの鬣に顔を寄せて、小さい溜息をついた。
「そんなに疲れるのか」
「うん。疲れ方が、今までの生きている人生にない。体力じゃないな、気力だ」
「食べ終わったら、やめておくか」
「うーん・・・いや、頑張ろうかな(※小声)」
目を閉じて片腕を伸ばし、獅子の首に巻き付けると、シャンガマックは『はあぁ』と疲労した声を出して、鬣に埋もれる(←クセになった)。
自分の鬣に埋もれて、見るからに疲れ切った息子に、ヨーマイテスは悩む。
ギールッフで鎧の姿をした息子は、無尽蔵なくらいに魔物相手に動き回っていたが・・・魔法では、これっきしのことで、疲れるのか(※疲れ知らない父)。
「ヨーマイテス。ヨーマイテスはどうして魔法を覚えたの」
「ん?」
鬣に埋もれたまま、質問をしてくる息子に、振り向いても顔が見えないので、どんな具合で訊ねているのか分からない。率直に答えた方が良いのか。とりあえず『生まれつき』と答えておいた。
「ミレイオも?ミレイオは敵を弾き飛ばす」
「ああ・・・でもミレイオは、サブパメントゥの力としては弱いぞ。最低限だ」
「そうなのか?あんなに強いのに」
「何言ってるんだ。ミレイオは強くない。あいつは人間に似せて・・・いや、ここまでだ。とにかく、サブパメントゥは元からある。俺もだ」
そうなんだ、と力なく呟いた騎士に、その質問の意味を訊ねると『俺がどれくらい頑張ると、同じくらいになるのかと思った』と答えが戻った。
「それは。大変、という意味でか」
「うん。俺が結界を使う時は、精霊の力に頼っているから。俺一人の気力で、魔法の動きを使うのは」
「精霊の力を操る方法だと思え。魔法が先じゃない。精霊の力の動かし方を増やしているだけだ」
首に回していた腕を解き、シャンガマックはその言葉に起き上がる。獅子は息子を見て『そう思え』と、午後の日陰に入った場所で、空を見た。
「お前は人間の力でどうにかしようとしていたか。それじゃ、限界は早い。そうじゃない。力を貸した相手を、使いやすく仕分けるんだ。
過去のバニザットは、だからこそ、様々な相手を手に入れた」
「魔法使いのバニザットも」
「そうだ。あの男は、自分の力の範囲を貪欲に増やした。お前のように最初から、精霊の加護を手に入れはしなかった。それを受け取れば、精霊からの力は強くても、他を得られないからだ。
お前はお前。精霊の加護を最大限に使う、魔法として力を動かせ」
へぇ・・・そう考えるんだ、とゆっくり頷くシャンガマック。
ふと、良い匂いがして、炎の中の鳥が焼けたと知り、シャンガマックは父にお礼を言って食事にする。父の教えてくれることを、反芻して理解を深め、自分なりの魔法の使い方を考える。
肉を食べながら、いろいろ考えて、父が持ってきてくれた水(←革袋に入った水)を飲み、魔導書を見つめてから。
腰袋に入りきらずに飛び出ている、作り物の羽に目が留まる。これも、何か意味があったような(※教えてもらった時、眠くて聞いてなかった)。
日陰でじーっとしている獅子に、肉を切って持って行き、『食べる?』と訊ねると口を開けたので、食べさせてから、獅子がもぐもぐしている様子を見て微笑み、鬣を撫でてあげる。獅子は尻尾がパタパタしていた(※喜)。
「ヨーマイテス。俺はもう一度、聞きたいことがある」
「何だ」
「この前、眠くてちゃんと聞けていないことだ。これ。この羽」
もぐもぐしている獅子は、肉を飲み込むと、息子が見せた羽にちらっと視線を向けて『魔法で使えるようになる』と答えた。
「これは何か。ごめん。本当に眠かったから覚えてない」
「まぁ、それはいい。それは魔性を引き離すような品だろう。
お前が魔法を覚えて、それで何か触ったりするんじゃないか。多分、そんなところだろう。お前の剣と似ているから、龍の骨が入っているかもな」
そんなことまで分かるのか、と驚いて、シャンガマックは碧の目の獅子をじっと見つめる。
目が合って『何だ』と訊かれたので、もう一切れ肉を見せると、やっぱり口を開けたので食べさせてあげた(※獅子尻尾振る)。
「ヨーマイテスは、何でも知っているな。見ただけで分かるのか」
「ふむ。お前には時々、思わされるが。お前はなぜ分からないのか。そっちの方が疑問だ」
俺?俺が分からないって何だろう、ときょとんとすると、獅子は息子を見て『分からなさそうだな』と頷く。
「教えてくれ。何が分かっていない?」
「砂の城。お前、ザッカリアでも見えたものが、見えなかっただろう」
「あ。そうだ。俺だけ見えなかった」
「昨日もそうだ。お前は山脈のあれらを見て、確認する時。動いた相手は限られていた」
「え?」
「お前の目に映っていなかったんだろう。お前が歩き回って見ていたのは、一部だった」
「何だって」
父の話では、シャンガマックが通り過ぎた、目もくれない相手が多くいたと言う。目もくれないとは、と思ったらしいが、全く見えていないとすれば理解出来る動きだと、ヨーマイテスは話した。
「そんなに?見えていないって、どうして。じゃ、見えている相手と、どこが違ったのか」
獅子はその質問には答えず、そこは大したことじゃないように飛ばす。飛ばして、息子に必要な核心を伝える。
「俺は、あの墳墓でも言ったはずだぞ。『見えるものを忘れろ』と(※1132話参照)。
お前は見えていない。言い方を変えれば、見たいものだけしか受け取っていない。それは習慣だろう」
「何と。ヨーマイテス、あの墳墓の戦いの時。俺はまだ見えていないものがあったのか」
訊ねる騎士に、獅子は少しだけ首を傾げる。見つめる漆黒の瞳に『何かあるのだろうか』と呟いた。
「お前のまとう『精霊の力』は相当だ。それがあって、あの程度の相手に苦戦するとは、俄かに信じ難かった。
しかし、使いこなせていない様子から、それでなのか?とも思ったんだが。
どうも、それだけじゃなさそうだな。
あの墳墓で、見えていなかったものについては、『魔物の本体』だ。そこかしこにいた。お前は最後に出てきた奴だけが、そうだ、と思っていそうだけどな」
目を丸くする騎士に、獅子は教えてやる。今更の事だがと前置きし、今後に生かすように伝えてから、あの場所に何があったか。話を聞くシャンガマックは、ビックリする。
「そんなまさか。俺は結界を縮めた時以外」
「そうだ。お前が体から結界と距離を取ったら、お前を締め付けにかかる腕があった。お前の見ていたらしい、赤い風。それは一部でしかない。
腕は、棺桶から床や壁を伝って出てきては、お前を潰しにかかった。相手はお前を絞って、お前から奪うつもりだった。
お前の攻撃の仕方が変わったから、一度で終わらせようと、最終的に棺の蓋が開いた」
結界の使い方も一辺倒だ、とダメ出しされて、騎士は凹んだ(※それは自信あったのに)。
「俺は。魔法が使える範囲が、狭くて」
「おいおい。そこで沈むな。お前を悲しませるために話したんじゃない」
「だけど。この十数年間。俺は魔法を、自分なりに研究してきたのに」
「お前が知れる範囲は、今、増えている。それで良いだろう。俺もいる」
うん、と力なく頷く凹んだ騎士に、獅子はちょっと同情(※息子可哀相)。鳥を全部食べて、元気を出すように言い、素直に頷き、フラフラとお肉の側へ戻った息子の背中を見つめる。
どうも自分は、息子をよく傷つけている気がする・・・(※何となく)。感覚の違いだろうが、もうちょっと励まし方を変えた方が良さそうに思った(※父なりに努力)。
ヨーマイテスの思考では、息子の持つ力は申し分ない。
精霊の加護をあれほど得た人間なんて、会ったことがない。
過去のバニザットは加護など得なくても、ありとあらゆる相手の力を呼び込んだが、息子は一点集中型で相手がナシャウニット。
世界の精霊の最高位に君臨する相手・・・なのだが(※父的には『あれぇ?』って感じ)。
『子孫で・先祖』の関係だから、どちらのバニザットも、それ相応の容量を持っていると捉えても、強ち行き過ぎではないと思う。それだけの力を持っていれば、自然と使えても良さそうなものなのに。
なぜなのか。俺のバニザット(※所有物)は、あの年で魔法の使い方が中途半端。使えて結界(※1個)。
その結界も、極端に強力で範囲が広いか、自分に集中させるしか出来ていない(※他にも技はあるはず)。
確か、過去のバニザットは子供の頃から操っていたようなことも聞いた(※モノが違う)。
俺のバニザットは、これまで何をしていたのか(※サボってるみたいな印象)。
「うーむ。磨けば光るだろう(※願望)。野心もないし、成長が遅いのかも知れん。
俺のバニザットは、純粋で無欲でカワイイから(?)過去のバニザットの貪欲で強欲(※対照的)な要素が全く無い分、教えてやらないと気が付きもしない・・・ということか」
これは、出来るだけ急いで育てないとならない気がする。ヨーマイテスの碧の目が見つめる、しょんぼりした息子の食事風景は、彼の本来の能力に沿っていない。
「仕込むにも、危なっかしい。自分の魔法をぼけっと見ているくらい、分かっていない。
使えば強力なのに、威力も知らない。最初っから、みっちり教育する必要がありそうだ」
思っているよりも、息子を鍛えるのに時間と根気が必要と気づき、ヨーマイテスも溜息をついた。
この日。シャンガマックは昼食後。
父に付き添われて、不要なほどの密着状態で魔法を教わり(※危ないから見張る)魔法を実行するたびに、円陣の外に突き飛ばされては、安全を確保され、終わる夕方にはへとへとだった(※打ち身で体が痛い)。
お読み頂き有難うございます。




