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魔物資源活用機構  作者: Ichen
精霊たちの在り方
1150/2962

1150. 古代剣工房キキ=ランガリ

 

 タンクラッドが御者になった荷馬車は、食糧と水をまず購入し、次に換金所でナイフを数本売り、その道の先―― 町外れに近いくらいの場所にいた。



 町は、出入り口を中心にした商業地区と、両脇左右が居住区に分かれるが、広大な領地・街道の権利も持っている貴族のいる側が右側で、左側の居住区が一般町民。


 親方たちは無論、左側の一般町民が住まう居住区へ向かい、そこでも更に町外れへ進む。


 住所を確認した朝。バイラが地図を見て教えてくれたのを頼りに、荷馬車は動いているが、進む通りは地元民生活地区。午前の動き出す時間で、人もちらほら。

 見慣れない旅の馬車が、居住区に入ってきたので、少し警戒されてしまう状態。



「ここだと思うんだが」


 ()()はあってるよなぁと、親方は紙を見ながら呟く。

『ちょっと見て来てくれ』と頼みたいところだが、荷台にいる二人を出すわけにもいかない。一人は、刺青と金属だらけ(※ミレイオ)で、もう一人は、太く長い角が生えてる(※イーアン)。

 本人たちは『テイワグナの人は気にしない』と言うが、朝っぱらから、普通じゃない見かけのヤツラを出すのも、常識的に気が引ける(※親方診断)。


 不便な仲間に溜息をつき、タンクラッドは、オーリンも付き添わせておけば良かったと思う(※人間っぽい)。


「でも、あいつを今から呼ぶと、もっと目立つ(←龍に乗って登場)」


 やれやれ・・・頭を掻きながら『人間、必要だな(※目立たない人必須)』とか何とか、ぶつぶつ言い、親方は馬車を邪魔にならなさそうな道端に寄せて停めた。


 後ろへ回って、扉半分締めてある荷台を覗き込み『ちょっと見てくるぞ』と声をかける。


「私行きましょうか」


「いい」


「私、行っても良いわよ。することないし」


「いい」


「何でよ。じゃ、御者台に移」


「ここにいろ(※命令)」


 やな感じ~・・・ミレイオにぼやかれ、親方は丁寧に首を振って、二人に『お前たちは()()()』から、民間人を驚かさないために出てくるな、ときっちり告げた。


「この子は良いんじゃないの。何か()()()()かも(※お供え)」


 ミレイオにからかわれて、やだぁ、と困るイーアンに、親方は笑う。『いいから、ここにいろ』と二人に動かないよう、もう一度言ってから、工房を探しに行った。



 見た感じ、特にそれらしい雰囲気の敷地もなく、普通の民家が立ち並ぶ通り。もう外れに来てしまっているし、これ以上奥は、誰かの私道に入りそうで悩んだ。


「剣工房。引っ越したとか。そういうこともあるよな」


 親方は顎に手を添えて、片手に持った住所の紙を見つめ、考える。引っ越していない、とも言いきれない。


「うーん。本当に、普通の家ばかりだな。庭に石もないし」


 そうは言っても、タンクラッドの工房も看板は出していない。自宅の敷地に、採石した石が転がってはいるが、特に分かりやすい案内はナシ。


「でもなぁ。雰囲気で、分かりそうなもんだが」


 どこだろうな、と独り言を言いつつ、左右を見て歩くタンクラッド。通り最後の敷地まで歩いて、馬車を振り返ると、せいぜい100mくらい。


 この辺りが最後だから、違う()()か。もしくは、引っ越しているか。


「仕方ないな。期待はしたが、ここは無駄足」


「どこの人」


 ん?振り向く背中に、タンクラッドが見たもの。見えない。あれ?と思って見渡すと、背中側の民家の壁向うから、誰かが動くのが見えた。


「俺に話しかけたのか」


 訊ねてみると、若い男のような声が『そう、あんた』と返す。タンクラッドは振り向いたまま、近づかなかったが、向こうが敷地から出て来て、話しかけた。


「どこの人なの。誰か親戚いるの」


 子供くらいの背丈の女で、声が低い。茶色く日焼けした肌に、黒い髪。茶色い目。色合いがバイラのような感じで、テイワグナの人間と分かる。


 白いざっくりした布地のシャツを着て、ひざ下が広いズボンを穿いている。長い髪を上半分だけ結び、少し骨ばった感じの顔を向けた女は、タンクラッドの側へ来て、しげしげと見た。


「親戚?どんな質問だ」


「違うの?ここにいるから、アギルナン地区の人かと思ったけど」


 女の言葉に、親方了解。親戚を頼って、避難してきたと思われている。

 タンクラッドは、そうじゃないことを伝えてから、聞いて知ってるかなと、剣工房を訪ねてきたことを話した。


「剣工房」


「剣職人がいるって話だ」


「職人はいるけど。工房なんかじゃないよ。普通の家。趣味だもん」


「趣味?」


 何だそれ、と思い、何か知っていそうな女に問い返すと、女は頷いて『趣味だよ』と言う。子供のような低身長だし、そんな顔だけれど、よく見ればそこそこ大人。30代くらいかも知れない。


「何か知ってるんだったら、教えてくれ。ギールッフのバーウィーという斧」


「バーウィー!あんた、バーウィーに聞いたの?」


 言いかけた言葉を遮った女の、少し掠れた声が突然親しみに変わる。

 女はタンクラッドをじっと見て『バーウィーは・・・無事?』と訊く。知り合いと分かったので、彼が無事だと教えると、女はとてもホッとしたようだった。


「あんたも、何か作るってことか。バーウィーが寄越したなら」


「あのな。いい加減、何か知ってるなら教えてくれ。一方的に聞かれるだけだ」


「剣工房探してきたんでしょ。工房はないよ。剣は作ってるけど。それに職人って言えばまぁ、そうだろうけど、それで食ってない」


「誰なんだ、そりゃ。バーウィーが話した相手じゃないのか」


「失礼なこと言うな!趣味でやってて、何が悪いの?食ってけないんだから、仕方ないじゃん」


 タンクラッドは眉を寄せた。この会話。変だ。


 もしかしてと思い、こいつの親か旦那でもそうなんじゃないかと勘繰る。この言い方は、知り合いよりも親しい相手への思いがさせる、突っかかり方。


「お前の」


()()ことだ。嫌な奴!」


 タンクラッド。止まる。停止状態で、1秒考える。『俺』?

 目の前の小さい女は、怒っていて、嫌そうに大きな溜息を吐いてから、背の高い訪問者を見上げて『俺がその職人だ!』とはっきり伝えた。


「お前・・・お前?」


 うっかり、『お前、女じゃなかったのか』と言いかけて黙る顔に、相手は察したように目を開いて、もっと怒る。


「おい、あんた。俺の事、女だと思ったろ!何だってんだ、ますます気分悪い!」


「ちょ、ちょっと、待て。怒るな。俺はバーウィーに」


「バーウィーは何で、こんな奴に俺を紹介したんだ。冗談じゃない、態度も悪けりゃ、胸糞悪い」


「怒るなって。態度の悪さは知らん。俺は誰が相手でも」


「何してんのさ。モメてんの?」


 喧嘩調に気づいたミレイオが、向こうから歩いてくる。タンクラッドは面倒が増えたと、げんなりする。近づく誰かに、さっと顔を向けた小柄な相手は『今度は誰だ』と吐き捨てた。


 近づくにつれ、上から見下ろすような刺青の男に、小さい剣職人はただじっと睨む。

 ミレイオは側に来てから、首を傾げ『この人。あんたの探していた職人?』とタンクラッドに訊いた。


「今、それでちょっと(こじ)れたところだ」


「お前が俺を女だと思ったり、剣職人がどうとか」


「あ~、分かった。分かったわ、そう。そうね。こいつ、そういう言い方なの。ごめんなさいね、悪気ないのよ。性格こうだからさ」


 ミレイオは事情を察して軽く笑うと、小さい職人を見てニコッと笑う。職人はまだ睨んでいるが、ミレイオには突っかからない。タンクラッド、むすっとした状態で黙って任せることにする(※丸投げ)。


「そうか。あんたがバーウィーの教えてくれた、()()()()を作る人ね。

 私たち、ハイザンジェルから来たの。魔物退治して、魔物でもの作るの。それで、ギールッフの職人が手伝ってくれて」


 話を遮らずに聞いた、小さい職人は目を丸くする。その顔に頷いて、ミレイオは続ける。


「私はミレイオよ。盾を作るの。こいつ、こいつが剣職人でさ。腕は良いのよ、人間的に問題あるだけで」


「何だ、その言い方は」


 怒るタンクラッドに笑ったミレイオは、一緒にちょっと笑った小さい職人を見て、『許してやって頂戴』と頼んだ。彼は頷き『分かった』と答える。


「俺に用か。何だ」


「ああ、ええっと。ちょっと話せる時間もらえたら、ってだけなんだけど。まだもう一人、馬車に。一緒に来てて」


「いいよ。中入ってくれ。馬車、こっちに停めて」


 小さい職人は、()()()()には何とも思わないようで、快く許可を出す。礼を言ったミレイオは、タンクラッドに馬車を動かすように言いつけ、渋々親方は従った。



「古代の剣ね。面白い」


「魔物で作るって、そっちのが面白いよ。初めて聞いた」


「その『初めて』を作った人が来るわよ。彼女が、魔物を退治して使い始めたの」


 女?と聞き返した職人に、こっちへ来た馬車を見ながらミレイオは頷く。『そう。女なの。で、()()()()だった』可笑しそうにそう言うと、職人は分からなさそうに首を振る。


「人間じゃないのか」


「今はね。でも普通に話すし、普通。見れば分かるんじゃない?テイワグナの人、皆あの子見て、すぐに言うもの」


 何て、と訊こうとした職人の言葉より早く、馬車は停まり、荷台からイーアンが下りた。


「ここですか」


 ニコッと笑った、白い肌の女。頭に大きな一対の角が生えていて、その顔を見た途端、職人は目も口もかっぴらく。


「龍の女だ!」


 ミレイオは面白そうに笑って『そうみたいね』と肯定した。ニコニコしながら近くに来たイーアンは、自分を見ている職人に、頭を下げてご挨拶(※日本人だから)。


「私は、イーアンです。おはようございます」


「龍の女。おはよう(※普通)」


 嬉しそうに笑顔に変わる職人。アハハと笑うミレイオに肩を抱き寄せられて、イーアンも笑う。タンクラッドだけは無表情だった。



「凄い朝だ。龍の女がうちに来た」


「あなたが剣職人ですか。私はただのイーアン。龍だけど」


「面白いな。何だか身近に感じるよ(※庶民的龍)。噂は聞こえていたよ。テイワグナに龍が現れて、龍の女を見たって人がいるのも。でもまさか、うちに来るなんて!有難う、嬉しいよ。

 俺はキキだ。工房の名前っていうかはさ・・・()()()()()()()()けど」


 ちらっと嫌味っぽくタンクラッドを見てから、職人は続けた。


「キキ=ランガリだ。テイワグナの古代剣を作る。頼まれれば、作ってるよ」


「それは素晴らしい。キキはお名前。ランガリも?」


「違う。ランガリは『剣の山』だ。昔の言葉なんだ。それはまぁ、ともかく。入ってくれ、何にもないけどね」


 機嫌を良くしたキキ。背の低さはイーアンくらいで、イーアンも久しぶりに親しみが沸く(※小さい人少ないから貴重)。


 キキに案内されて、3人は彼の家に入る。タンクラッドは、馬車から剣と魔物材料を出し、無表情一徹で、先に入ったイーアンとミレイオの後に続いた。



 キキの家は、平屋建てで奥に広く、横は渡り廊下が繋ぐ、小ぶりな建物。そちらは倉庫で、母屋の一室が工房代わり。玄関近くは生活の場だった。


 客人を通したキキは、工房の手前の居間に案内し、椅子に彼らを促してから、台所で茶を淹れて戻ってきた。

 ミレイオとイーアンはお宅拝見が好き(※女子)。座った場所から、くるくる顔を向けて、180度見渡しては『あそこにあれが』とか『こっちにあるの何だろう』とか、『色がきれい』とか『統一感がある』とはしゃぐ。


 だんまりを通すタンクラッド。面白くなさそうに、端っこに座って、前屈みに体を倒し、両膝に肘を置いて仏頂面。


 キキがお茶を皆に渡し、座ってから、さらっと工房の話をした。


「俺の家。扉が少ないだろ?運ぶ時、こうした方が楽だからなんだよ。だからここに座っていても丸見えでしょ」


 居間も台所も、工房も。仕切りナシ。

 開放的な空間で、仕切りらしい雰囲気と言えば、『そこに在る』と誰もが分かる品物が、()()()()()()に収まっていることで、視覚的にそう導いていた。


 台所には、台所のものだけがあり、横長の絨毯もざっくりしたものが敷いてある。


 居間は、敷き詰めたタイルの形が台所と変わり、そのタイルの雰囲気で『ここからが居間』と示している。

 派手な絨毯が中心にあり、固い蔓を編んだ椅子が置かれているだけ。剣職人の家、と分かりやすい、作った宝物的な印象の剣が、壁に並んでかかる。


 工房は壁を少し、左右と上に残したくり抜きのような向こうに続き、そこは裏庭に出る窓が明るく、剣を作る場所。外に炉があり、『部屋の中は細かい工程や装飾とか。熱、関係ない加工の場だよ』と教えてくれた。



「センスが良い。素敵」


 呟くイーアンは、キキのお茶を頂きながら、センスの言葉が分からずに、じっと自分を見る皆に『彼は感覚が素敵』と言い直す。キキ、嬉しそう。ミレイオも同意して褒める。


「ね。すっきりしてるのに、飾ってあるものも沢山あるじゃない?上手い見せ方よね」


「よーし。じゃ、時間も勿体ないからな。とっとと話に移るぞ」



 ばっさり断ち切る親方は、誰の顔も見ずに剣を手に、机の上に置く。その言い方に文句はありそうだが、キキもとりあえずは了解し、置かれた剣を見た。


「これか。魔物で作った剣」


「そうだ。俺が作った。この話を持ち込んだのは、彼女だ。俺たちは」


 タンクラッドは、ハイザンジェルからの経緯を手短に伝え、テイワグナを回る目的を教えると、ギールッフの職人たちと一緒に作った内容なども、全て話した。


 最初は印象が悪かったキキだが、タンクラッドの話を聞いているうちに、出会い頭のことは忘れてくれた様子で、ちゃんと最後まで話を聞いてから、剣を手に取って調べ始めた。



「そうか・・・凄い旅だ。俺に訊きたいことは何だ。それとも、俺に頼むことでも」


「違う、バーウィーはお前に見せろと言った。お前がきっと気に入るだろうと。つまり、その意味は」


「俺にも『魔物で作る』ことを、勧めているみたいに聞こえる」


「勧めることはないが。紹介だ。こういう形に出来るという」


「俺は古代に忠実。それ以外の事はしない。信用があるからな」


 キキは、自分の仕事として、稼ぎらしい稼ぎになっていなくても、誇りを持っていることを伝えた。


 イーアンは彼の気持ちは分かる。そうしたこだわりを『筋金入り』と呼んでも良い。そう思う。

 それでちょっと彼に『もしも』の話を出してみた。無理に作れなんて、こうした人には言えないのだが。


「キキ。伺いたいことがあります」


「良いよ。何?」


「例えばですよ。可能性ですけれど。古代に、()()()()()()作られた剣があったら、あなたはどう再現するのでしょう」


「おっと」


 キキは意表を突かれて笑う。ミレイオも面白そうに、頬杖をついたままイーアンを見つめる。タンクラッドは笑い声を立てずに首を傾げて、顔だけ笑った。


「思ってもない方向から質問が来るな」


「実はですね。私たちが倒した魔物で、金属の山に変わってしまったこともあるのです。手つかずで年月を経たら、その金属を発見して、使う職人も出てきますでしょう」


「古代。だろ?話は。未来じゃなくて」


「そうです。でもこれについては、私たちより、あなた方『テイワグナの国民』はもっと詳しい。

 龍の女が以前、現れて戦った時。魔物は()()()()()倒れたこともあったと思います」


 え?と眉を寄せながら笑うキキに、イーアンはタンクラッドを見た。タンクラッドは、自分に続きを振った女龍にちょっと笑うと、頷いて『俺の剣の事か』と小さく答える。


 その答えに、キキは顔を向け『ほんと?』そんな剣があるのかと真顔で訊く。


「そうだな。あれはもう、何の金属か。知識じゃ見当もつかん。馬車にあるが、そうしたこともあるだろうな」


 キキはじっとタンクラッドを見てから、ゆっくりとイーアンを見る。それから、成り行きを可笑しそうに見守るミレイオを見つめ、『あれ。もしかして』何かを思い出したように呟いた。



「じゃ。()()もか?()()は、もしかして。古代の魔物の金属・・・・・ 」


 意表から意表を返された、3人。

 キキの大真面目な言葉に、何か新しい情報を感じて、全員が彼を見た。

お読み頂き有難うございます。

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