115. 今後の相談
風呂から戻ったドルドレンの驚きようは相当だった。
何故か部屋の扉は開き、中から男複数人の声が聞こえ、走り寄るとクローハルとブラスケッドとポドリックが真っ先に目に飛び込んできて、パドリックとコーニスとヨドクスが壁際に立っていた。
『イーアン』と叫んだすぐ、続く部屋に目を向けると、奥のベッドに青い布に包まって不安そうに座り、こっちを見ている視線と目が合う。
どういうことだ?と血相を変えて、自分の部屋に普通に居座る輩に怒鳴ると、『報告どうする、ってさっき聞いたら、後で俺の部屋で~ってお前が言ったんだろう』とクローハルが冷めた目で切り捨てる。
ハッとするドルドレン。言った。確かに言った。――風呂入る前だ。俺の部屋に来たら紙(委託契約書&南西からの報告書)だけ渡そうと思っていたから。
「お前危なかったぞ。クローハルの後ろに、俺がいたから良かったようなものの」
ブラスケッドが失笑するので、ドルドレンの目が皿になる。
慌ててイーアンに駆け寄って両手で頬を包み、『何があった、なにされた、どこさわられた』(最後の方が思考で質問していない状態)と問い詰める。
イーアンは『大丈夫。ビックリしましたが何も』と困惑しつつも答えた。
「てめえ」
クローハルに向き直るドルドレンの灰色の目が、怒りに煮え滾る。クローハルが立ち上がった。周囲は観客。
「そんなに大事なら、絶対離れなきゃ良いだろ。風呂でも何でも」
クローハルが真顔で答える。ブラスケッドの目が細くなる。ポドリックが『ほぉ』と小さく漏らす。ドルドレン重力増加。『近づくなと言っていたぞ』洗いざらしの黒い髪が目深に垂れる中で、突き刺すような瞳が銀色に輝く。
「無理があるくらい分からないのか。男のど真ん中に女がいるんだ。年とか見た目じゃない。女だぞ。
それも魔物相手の俺らの命綱だ。好きにならない奴なんかいるかよ」
クローハルがイーアンに顔を向けて『好きにならないでいられる奴。いるのかよ』もう一度、悲しそうに呟いた。
ドルドレンの睨みつける態度は変わらない。ブラスケッドが立ち上がって、クローハルの背中を押した。
『なんだよ』クローハルが嫌そうに片目の騎士を睨むが『よく頑張った。出るぞ』とニヤついてブラスケッドがクローハルを廊下へ出した。以外にあっさり従う伊達男。
二人が廊下に出て、ブラスケッドが扉を閉める前に『おい。明日俺たちに伝えろ』とドルドレンに言った。
部屋の中が鎮まる中。ドルドレン含む全員が目を見合わせる。誰ともなく咳払い。
「報告だ。視察の南西支部の報告書と特別講義資料。デナハ・バス先のルシャー・ブラタ工房と年間契約の書類を渡す。読め」
ドルドレンが白髪交じりの黒髪をかきあげたまま、片手で机の上の紙を数枚取って、ポドリックに渡す。
「私、よく知らないんですよね。鎧工房、なんで改めて委託契約に出かけたんですか?」
ポドリックに渡った紙を、後ろから覗き込んだコーニスがそう言うと。『ああそうなんだ。私が療養で知らなかったのかと思った』とパドリックが横から口を挟んだ。ヨドクスも『発注関係に携わらないから、私は知らないままでしたよ』とポソリと呟いた。
「特別講義って。何だこれ」
ポドリックは南西支部の資料に目を近づけて、『あれ?これお前たちの報告と違うんじゃないか?』とドルドレンに言う。
ドルドレンはイーアンを呼ぶ。彼女が立ち上がったときに寝巻きである事を知り、やはり座らせる。
「イーアン。そっちの部屋で返事してくれ」 「はい」
咳払いをしてから、『説明する』とドルドレンは簡単に順を追って話し始めた。時々イーアンに同意を求め、『そうです』と向こうの部屋から帰って来る返事を確認して。
ある程度話した後、今まで鎧を購入していた工房 ――デナハ・デアラを切った話もした。
「この計画の当初は、魔物製鎧を老舗のデナハ・デアラに委託しようと考えていたが、あまりに態度が横柄なので、今後デナハ・デアラからの購入を一切中止した。騎士修道会全体の防具が対象だ。それは既に店側に伝えてある。
代わりに。腕の良い、伝統鎧を作る親子工房を見つけたので、これからはそちらからの購入にする。イーアンの鎧も作ってくれる」
デナハ・デアラを騎士修道会から切った、という即決には驚いたが、部隊長たちもデナハ・デアラの態度の大きさにはあまり感心していなかったため、それならと理解した。
「ええっとね。全体の話をまとめると。要は総長は、これまでの魔物退治に、今後新しい動きを加えるために計画した、ってことで合ってますか?」
感心した様子のパドリックが質問する。ヨドクスも『動きと言うか。生産性を見出した・・・って意味でしょうか』と理解を深めて訊き直した。
「そういうことだ。無駄にしていたのが勿体無くなるかも知れん」
ドルドレンがそう答えると、ポドリックが太い眉毛の奥から総長を見上げた。
「お前の口から、魔物相手にそんな言葉を聞ける日が来るとは。風が変わったんだな」
少し微笑んでいる大男に、ドルドレンは肩をすくめて『風が変わったなら乗るべきだろ』と認めた。
「じゃあ、この特別講義というのも、計画が始まっているから受け入れたんですね」
それでか、と資料を見ながらコーニスが頷き、『うん。でも。何か聞いた話と違う気もしますけれど』と独り言を落とす。
「それは北の支部のチェスが書かせたんだろう。裏書で講義の内容を一応書かせたから、資料を綴じる際には裏を表面に向けておけば良い。一応、『北の報告書が間違えている』意味ではそれも貴重な資料だ」
ドルドレンはイーアンに鎧と剣を求め、部屋から出さないようにして受け取る。
見たかもしれないが、と前置きしてから、それらはイーアンとダビが一週間で制作した試作である事を伝え、自分のベッドの上に置いた。
部隊長たちが、やや興奮気味に驚きを言いあう中で『イーアン、試しても?』とドルドレンが質問すると、『そうして下さい』と了承の返事。
「誰か、ナイフ持っているか」
ヨドクスが『果物ナイフですよ、良いですか』と短いナイフを渡した。ドルドレンは少し口角を上げて『これは大事か』と訊き返す。
『別に』とヨドクスが意外な質問に首を振って答えると、ドルドレンは頷き、右手に握って鎧の前に立った。
そして果物ナイフをかなりの力で鎧に向かって振り下ろす。ガギッと大きく部屋に響く音の後、握られたナイフの先が折れているのを部隊長たちは見た。ナイフの先ははじけ飛んで真上から降ってきた。床に落ちた刃先を拾うパドリック。
「この色。この硬さ。もしやこれは」
嫌なものを思い出すように(※トラウマ)パドリックが、面白そうに笑みを浮かべる総長を見る。『そうだ。お前が追い回されたアレだ』そうドルドレンが笑った。
「ということだ。イーアンは魔物の体の優れた部分を回収し、それを使って我々を守る道具を作る。彼女が一人で出来ないところはダビが協力している。剣はダビによるものだ。イーアン、ソカもくれ。
そして彼らによって出来た試作を、工房へ回して複数制作してもらうのだ」
ありがとう、とイーアンからソカを受け取り、ドルドレンがソカを見せる。
「これはギアッチが使う武器だ。今回は試作でイーアンがこれを使った。魔物2頭の首を、一瞬で風のような速さで落とした」
奇妙な生々しい黄色がかった透明な本体に、何かがキラキラと輝いているソカ。『そちらからで良いからソカの説明をしてくれ』ドルドレンが声をかけると、イーアンは話し始めた。
「それはこの前の大きな、支部の裏庭にいた魔物の腸です。伸縮性に富んで非常に強く、およそほとんどの酸と発熱に耐えました。凍結は試していませんが、もし凍結に弱ければ対処を考えます。
巻いた状態で触れるのは大丈夫ですが、引っ張って伸びた本体には触れないで下さい。剣と同じ硬質の皮が刃として付いています。本体が縮む力で刃が対象物を切り裂き、元の長さに戻ります」
「刃は落ちないのか」
そうなんだ、と呟いた後、ドルドレンが質問すると『はい。私、刃に穴を開けて本体に編みこみましたので』と返事があった。
「こんなのよく思いつく」 「恐ろしい」 「いや、ダビらしい」 「これは負ける気がしない」
部隊長が感心と恐怖を綯交ぜにした言葉を漏らす。パドリックは本当に怖がっている。
「こんなところだ」
ドルドレンは場を終わらせる。『こうしたことだから、近いうちにイオライセオダにも契約で向かう』と告げ、大型の遠征にはイーアンが同行することと、戦法説明講義については、ギアッチを派遣することを話した。
「イーアンの工房の名は、ディアンタ・ドーマン。北西支部の、魔物性物質企画制作工房だ。以降、この計画の中心になるだろう」
「違うぞ、ドルドレン。北西支部のではない。騎士修道会の、ハイザンジェルのディアンタ・ドーマン工房だ」
椅子から立ち上がったポドリックが、嬉しそうな顔で友を見つめた。大きな手を黒髪の騎士の肩に置いて『協力しよう』と約束した。
コーニスもヨドクスも『目的があるって戦い甲斐が違いますね』と案に賛成してくれた。パドリックは一人怯えていたが『少なからず私も力になりますように努力します』と渋い顔で賛成した。
全体に伝える時は、イオライセオダで契約をした後、と決まり、部隊長は就寝の挨拶をして出て行った。
彼らが出て行った部屋で、イーアンがドルドレンの側に来た。
ドルドレンが見たイーアンは、いつも通り ――体の線がぼんやり分かる薄い生地の、透かし模様で飾り襟と裾が付いた、膝上の丈―― の寝巻きを着て、素足に、毛皮(※魔物製)で作った短い丈の部屋靴を履いている。
「もしかしてその格好で」
イーアンが腕にぴたっとくっ付いて『そうです。ドルドレンしか来ないと思っていたから』とすまなそうに答えた。
・・・・・この格好ではなぁ、とドルドレンも額を押さえた。俺限定だから気にしないで(むしろ賛成して)いたのに。透けているわけではないが、どう見てもお誘い系の格好だ(※婦人服への偏見)。
腕に絡むイーアンを、よいしょと抱き上げてベッドへ連れて行く。膝の上に座らせて、黒い螺旋の髪の毛を指に巻きつけ、『イーアン』と瞳を覗き込む。申し訳なさそうな表情が、ちょっと気の毒。
「仕方がない。俺も迂闊だった。俺が風呂から出たら来るだろう、としか考えなかった。イーアンもしばらく怖い目(←初日のノーシュ回想)に遭わなかったから・・・いや、良いことなんだけど」
「クローハルさんは、『女性は誰でも』って人だと思うのですよ。だから彼の態度は性質かなと捉えています。
ただ、彼の言うことも一理ありです。私は男所帯に例外で生活しているわけですし、そうした目で見る人もいらっしゃるでしょう。その自覚がちょっと足りませんね。
今日みたいな万が一に備えて、目立たないようにチュニックを」
「駄目だ。イーアン。イーアンが安心して生活できない方がおかしい。
イーアンの理解はある意味助かるが、しかしそれは、女性よりも男性の性を擁護してしまう、問題を含む解釈でもある。それは違う」
だから、とドルドレンはイーアンの顎に指を添えて上を向かせ、『自分の好きな服を着て、自分の自由を楽しんで良いのだ』と軽く口付けした。
「俺はそうしてほしい。イーアンは生活態度も考え方もきちんとしている。おかしな奴らのために遠慮してはいけない」
――喜ぶとちょっと問題あるけどね。ちょっとというか、かなり心臓に悪い問題が。
ドルドレンがイーアンを優しく見つめ、抱き寄せている体を撫でると、イーアンも頷いてドルドレンの体に腕を巻きつけ、抱き締めた。
「ありがとう。ドルドレン大好き」
よしっ、と1分後を決定したドルドレンは、イーアンを抱き上げて、そそくさ蝋燭を消した。
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