1149. 旅の六十八日目 ~騎士たちの午前
「それじゃあな。昼前に、町の出たところの『辻』で」
「女に気を付けなさいっ 逃げるのよ、しょうもない時は龍呼んで(※龍を使うイケメン逃避行)」
「私を呼んでも構いません。事件は起こしません(※物騒)」
「お前の言い方だと、誰かが死ぬように聞こえるな」
「そんなことはありません。死傷者は望みません。勝手に倒れるかも」
「ハハハハ!何で倒す気よ」
『え。風圧(←翼)』普通に答えるイーアンに笑うミレイオは、角の生えた頭を抱き寄せて、一緒に荷台へあがる。
タンクラッドも笑いながら御者台に乗り、手綱を取って馬を動かす。見送る騎士たちに『後でな』と声をかけ、荷馬車は出発した。
荷台で、女龍を抱えて座るミレイオが手を振り、パンクの腕の中で手を振る女龍(※イーアン座布団は続行中)。ドルドレンたちもちょっと笑いつつ、手を振り返し、自分たちも出るかと、寝台馬車に向かう。
朝食時に、宿のホールで今日の予定をお浚いした後。
昨日、シャンガマックから来た、連絡の話をした総長。
この話を知らないのは、フォラヴとザッカリアだけだったし、少なくとも『ベリスラブとチェスティミール』を知っていたのはフォラヴだけだったが、場の空気は一気に重くなった。
イーアンもタンクラッドも、ミレイオもバイラも。昨日の時点で、この話を知っていた4人は。
シャンガマックの行動が、難癖を付ける問題に値しないと判断したが、フォラヴにはドルドレンと同じような感情があり、少しの間、沈黙と苦しそうな彼の表情は続いた。
ドルドレンは部下の気持ちが、痛いほどわかる。シャンガマックの行動について、ドルドレンが言えることは、昨日のイーアンの解釈を踏まえた、自分の気持ちを話すことだった。
それを聞かせると、フォラヴは静かに総長を見つめ『そうしたことも起こる。その可能性が』寂しそうに呟いたのを最後に、ゆっくりと頷いて理解したようだった。
それから、彼は立ち上がり『行きましょう。今日の朝はもう始まっています』と、皆に微笑んだ。
フォラヴがどこまで理解したかは知る由もないが、妖精の騎士は受け入れたようだったので、この後は予定通り、朝の支度に入り、二手に分かれたのが今のこと。
職人3人は荷馬車で『古い剣を作る工房』へ出かけ、騎士たちとバイラは、施設と町役場へ向かった。
バイラが先を進み、朝の町を馬車は進む。最初は町役場。活気はあるのに、静かな感じも否めない町に、不自然な違和感を感じたドルドレンは、バイラにそれを伝えた。警護団員は馬を寄せて『出ている人が多いのでは』と答える。
「ああ、そうか。ギールッフに」
「ばかりでもないでしょうけれど、多分『ギールッフ絡み』ではないかと思います。実家に連れて戻るにしても、ここにばかり実家があるわけでもないし、きっと、別の地域にも動いて」
「うーん、そうか。言われれば、すぐ分かるけれど。人が少ない、と思ってしまうと、思考が狭まるな」
「そういうものですよ。私は仕事で、人口の移動を記録した数日がありましたから、そう思えたんです」
こんな話をしながら、町の通りを進む、馬と馬車。
町は綺麗だし、夜に見たように、通りを挟む両脇の建物二階には、出っ張りのようなベランダに、花の咲く鉢が飾られている。
看板も、元気があるというか、色とりどりで目に楽しい。街路樹は少なめで、ギールッフのような木ばかりの印象はない。もっと来訪者用に動きやすい町の造りをしていた。
そんな印象なのに、人の数が本当に少なくて、何となく心配になってしまう。町はギールッフよりもこじんまりしていて、整った道の配置からか、案外早くに町役場へ着いてしまった。
「早いな。案内板には、遠くにあるような書かれ方だったが」
「空いているのかな。この道幅。本当なら、必要でこの幅でしょう。ここに通っている馬車の少なさで、これは必要ないですよね」
バイラの気が付いた部分は、道の幅に相応しない往来の様子。
よく気が付くねぇ、と褒める総長に、バイラは笑って恥ずかしそうに『いえ。仕事であちこち行った癖です』と『変化に理由を探す護衛時代』の名残と答えた。
「バイラと話していると、俺は世間知らずだったのかと思う。もしくは気にしないか」
馬車を下りて、役場の敷地にフォラヴとザッカリアを残し、総長とバイラは役場に入る。『自分も各地へ動いたけれど、バイラのような視点は持っていないような気がする』と話した。
「護衛と騎士じゃ、全然違います。私の場合は、客が絡んでいるので」
金が絡むと必死ですよ、と笑うバイラに、ドルドレンも笑って『それはそうなる』と頷く。
二人が笑って役場へ入ると、思った通り、中も寂しいくらいに人が少ない状態だった。受付に用件を伝えたバイラは、すぐに町長のいる部屋へ案内されて、時間をかけずに二人は町長と面会する。
通過地点のこの町では、単にご挨拶で終わる、短い時間。バイラは町長に、ギールッフの町に送られた援助の礼と、封筒を渡して、ギールッフとアギルナン地区全体の状態を話した。
ドルドレンも自己紹介し、しかしこのまま通過することと、魔物の件で何かあれば、情報として共有を願った。『もうこのまま移動するため、何が出来るわけでもないが』必要なら早いうちに手伝いたいとは伝える。
町長は『ここには魔物は出ていない』と答え、サバケネット地区の別の町には出たことを教えてくれた。
「『助かることに』なんて、言い方いけませんが。ヒンキラは魔物被害がまだありません。ただ、近い地区には報告も上がっていますから、警護団施設で確認する方が、詳細は正確でしょう」
詳細は紙でしか知らないんですよ、と報告書を見せる町長。手渡された報告書には、最近のアギルナン地区の報告が多く、サバケネット地区の被害報告はちらほらだった。
ドルドレンとバイラは、町長に挨拶してから役場を出る。出る際に、郵送受付の窓口に手紙を出した。
馬車に戻った時、留守番をしていてくれたフォラヴの表情に、気になるものはあったが、ドルドレンはその理由は分かるので何も言わなかった。
馬車に乗って、次は警護団施設へ向かう騎士とバイラ。
「名前。分かりましたね。貴族の領地なのに、封筒には地名で書かれていたから、私も気にしなかったけれど」
「そうだな。うっかり町長に聞けるとは」
「でも違ったんですよね?知っている名前と」
「違う。『ハウチオン』なんて、聞いたことないな。貴族の連中に詳しくないが」
「それを言ったら、私なんか、もっと知りませんよ。でも、変な感じです」
「何が変なのか」
「その名前です。ハウチオン・・・テイワグナの名前に思えなくて」
貴族は親戚が多いから、各国から移っているかもしれないけどと、馬を進めるバイラは呟く。ドルドレンが思っていたことも、この際だからちょっと話に出す。
「うむ。言われるとそうかも。ところで、ギールッフだが。あの職人軍団。名前が、テイワグナっぽくなかった気がするのだ」
「あ、気が付きましたか?さすが総長。私も思いました。で、聞きましたよ。彼らの名前の理由」
何何、と訊ねる総長に、バイラは振り向いて教えてあげる。『彼ら全員、移民です』と言う。
その答えに驚き『だって、テイワグナの顔だぞ。名前だけは、違う気がするが』移民にしては、と考える総長。
「はい。彼らの数代前が、移民ですね。ギールッフは、商売と農産物の町ですから、他所からも出稼ぎで来た人たちが多いです。農作物用の土地持ちになれなかった場合は、手に職だったんでしょう」
ハイザンジェル寄りの南東か、ティヤー近い南の方からの人々という話。『名字で呼び合っていなかったんですよ。それは気が付きましたか?』とバイラ。
「気が付かない。あれ、名前か。名字じゃなくて」
「そうです。名字はテイワグナっぽい感じでした。彼らは絆が強いから、名前で呼び合っていたんですね。名前は全員、他所の地の名前でした。
もしかすると。総長が昔、馬車や、修道会の仕事で動いた、ハイザンジェル地域出身の先祖も、いるかも知れないですね」
へえ~と顔がほころぶドルドレン(※故郷に喜ぶ)。名前は先祖の名前をもらう場合があるから、と話すバイラに、うんうん頷く。
「面白いのである。そうか~。意外な事実。バイラと話していると勉強になる」
また、そんなことを言って!と笑うバイラ。ドルドレンも笑いながら『こういう話は、いくつ知っても楽しい』と伝えた。
前の二人が楽しそうに話している間。
後ろの荷台では、フォラヴが沈んだままだった。ザッカリアは地図を教えてもらっていたが、フォラヴに元気がないので、昨日補充したお菓子を一つあげて『休憩しようよ』と促した。
優しい子供の気遣いにお礼を言い、フォラヴは頷く。本を閉じて水を用意し、二人で並んで座る。
「朝の話が嫌なの」
訊かれた質問に、どう答えるべきか考える妖精の騎士。ザッカリアは、躊躇う静かなフォラヴを見つめ、背中を撫でてあげる。
「シャンガマック。悪いことしていないでしょ」
「ええ。そう思います。私もどうしたら良いか、きっと悩んだはずです。だけど」
「前の総長?その人の仲良い人?他の人も、置いてきちゃったから」
「置いてきた。そう言い切って良いのか、今は躊躇います。ですが、他にどうにも出来なかったのかと思いました。シャンガマックだけでは難しくても、ホーミットが一緒です」
ホーミットなら、別の力で対処が出来たのでは、と考えている様子のフォラヴ。
それに対して、ザッカリアは何とも言えない。自分はホーミットのことをほぼ知らないし、知識にあっても、彼が戦う場面だけ。妖精の騎士を、困ったように見つめる。
その顔を見たフォラヴは少し微笑み、子供の手に持つ空っぽの容器に、もう一杯水を注ぐと『思うのは知らないからでしょうね』と呟いた。
「フォラヴなら、どうにか出来た?」
「え。私なら・・・いいえ、そうは思いませんが」
「でも、フォラヴはもう、妖精の力もたくさん持っているでしょ。イーアンは凄い強い龍だけど、治してあげるのは出来ないって話していたよ。
ミレイオも前、そんなこと言ってた。サブパメントゥは壊すんだって。
精霊や妖精は、人間を治してあげられる話が多いから、フォラヴが行ったら違うんじゃない?」
ザッカリアの真っ直ぐな言葉。子供だから、こその。
フォラヴの悩みに『もしかしたら、治す力を持っている人なら』と、可能性を教えてくれたつもり。でもその言葉に、フォラヴは心を突き飛ばされた気がした。
「私には」
「だけどさ。前も、イーアンを治したじゃない。俺は見てないけど、そうでしょ?俺の手も治してくれたよ!ギールッフで剣使い過ぎて、皮むけたの、フォラヴはすぐに」
「ザッカリア」
嬉しそうに教える子供に、フォラヴは急いで止める。いきなり、責任が自分に覆い被さった気がした。
止められて、ポカンとする子供に、妖精の騎士はニコッと笑って『私にはそこまで大きなことは出来ないかも』と、丁寧に伝える。
それから別の話題をすぐに探し、無理やり話を変えた。ザッカリアは何かに感づいたようで、少しフォラヴの目を見つめていたが、フォラヴが目を逸らしたので、追いかけることはしなかった。
ザッカリアはその後も、特に先ほどの話題に触れなかったし、お菓子も食べ始めて忘れたようだったが、フォラヴは別の話に切り替えた後も、暫く動揺が鎮まらなかった。
――『フォラヴが行ったら、違うんじゃない?』
この言葉を聞く前まで、自分が関係ないからこその、気持ちを持っていた。それを、フォラヴは恥ずかしく思った。
そしてシャンガマックを・・・少なからず責めた、無責任さを同時に感じて、フォラヴは苦しかった。
馬車はゴトンと揺れる。ハッとしたフォラヴとザッカリアは、すぐに御者台の方の奥を見た。馬車はゆっくりと道を外れ、大きな荘園に続く土の道へ曲がる。
「風景が変わりました」
「そうだね。話していたから、気が付かなった。花がいっぱいあるよ」
ほら、とザッカリアが指差した外は、手入れされた低木が並ぶ道で、そこかしこに花が咲いていた。フォラヴはここが、貴族の敷地と気が付く。
「もう着いたのですね。バイラがお手紙を渡したら、すぐに町の外へ向かうのだから・・・昼前どころか、もっと早くに出そうな気がします」
太陽を見ると、まだまだ昼には早い位置。そう、ザッカリアに言うと、ザッカリアはちょっと、馬車の荷台から首を外に出して、キョロキョロした。
「どうしましたか」
「あの花。俺知ってる」
うん?と返事をして、フォラヴもつられて外を見ると、ザッカリアが『これ』と、通り過ぎる低木の花を示す。
花を知っているなんて、素敵だなと思ったフォラヴ。微笑んで彼を誉める。
「よくご存じですね。私は、名前も知らず」
「俺も名前なんか分かんないよ。だけどさ、何度も見たもの。この匂いばっかりだったでしょ」
「え。私も知っているような言い方です。どこですか」
ええっとね、とザッカリアは考えるように、荷台に引っ込んで座り、思い出す。
「パヴェルの家だ。一瞬、名前、忘れちゃった(※影薄い)。パヴェルだよ。食事の時、いつもこの花と同じの、花瓶にたくさんあったよ」
そう言って、ザッカリアはにっこり笑った。
お読み頂き有難うございます。




