1146. 別行動:視点の学び・魔法陣の舞台
影の中を走り抜ける父にしっかりと抱えられて、シャンガマックは押し殺す泣き声を止められないまま、帰りの道を過ごした。
「バニザット」
低い声が名前を呼ぶ。シャンガマックは声にならなくて頷く。太い腕は騎士を抱え、少し強く締まる。
「泣くな。お前は何も悪くない」
「でも」
「違うぞ、思いをおかしな方へ向けるな。お前の常識で考えると、碌なことがない」
何も言えず、シャンガマックは嗚咽を繰り返す、震える体で小さく頷くが、父の言葉の意味が空しくさえ思う。感覚が違うんだから仕方ない、と・・・・・
「お前は今。他の仲間ならどうしたかと、考えていたんじゃないのか。
自分のとった行動が不適切だったかと、知りたいんだろう?だとすれば、俺を信じていない」
「そんなことは」
「いや。そうだ。ただでさえ泣いているお前に、俺は叱る気も注意する気も起きないが、俺がどうしてそう思うか教える」
駆け抜ける風を受け、冷えてきた身体と暗さの続く道の中で、シャンガマックは耳を澄ませる。父は何かを教えて、助けようとしている気がした。低い声は、丁寧に告げた。
「何となく。お前と一緒にいる時間で、人間が何を重視するのか。分かった気がする。俺には大した意味がない気もする。それは生き方の違いだろう。
ドルドレンは、連れ帰って葬ったかもな。全員、運んでくれと頼んだだろう。生き返らせるわけにいかないなら、せめて。そんな具合じゃないか?」
う、と声を漏らす騎士に、小さく舌打ちしたサブパメントゥは『変なところで当たるな』と的中したちっぽけな問題に、がっかりした様子。
「お前はそんなことを気にしていたか。もしやと思えば、本当にそうだとは。
ちゃんと聞いて、ちゃんと覚えろ。ドルドレンの行動はお前たちにとって、習慣のようなものだ。
だが、よく考えろ。お前は何で置いてきたんだ。あの状態のあれらを置いた理由は」
「運命。運命、と」
「そうだ。そっちが正解だ。俺は『お前に訊いた方が正解』と最初から言っている。これで3度目だぞ。
どうもお前はこの選択を『冷たい仕打ち』のように、もしくは、『至らなかった判断と行動』のように後悔していそうだが、どうでもいいことだ。それは、習慣による執着と観念だ。
バニザット、例えば。ドルドレンがあれらを、国に全員運ぶと想像しろ。
着いた先で葬る気でな。だが、いざ。土に埋めるなり焼くなりの段階で、本当にそれが出来ると思うか?
俺は、最初に伝えてある。連れ帰った相手は、生きてもいないし、死んでもいないんだ。
穴を掘った地面に、埋められるのか?火を焚いて焼けるか?『生きている可能性』を探してこだわる人間が、死んでいると言い切れない相手にそれが出来るもんなのか?
俺はそこまで訊ねないぞ。もし『葬りたいから運んでほしい』と頼まれたら、もっと辛そうな想像が、俺でも分かるのに。わざわざ頼むとなれば、もう知らないことに口は出さん」
目を見開くシャンガマック。父の言葉に、ざくっと何かが切れた気がした。それは、自分の縋りついた部分だったような、目に見えていない何か。
ヨーマイテスには、息子の動揺が伝わったのか。彼は少し黙ってから、静かに伝える。
「他の事も言える。お前が気にしているから、俺は教えてやった。もし言わなければ、悲惨だったろうな。見たままのあれで傷つくんだ。あれ以上が起これば、もっとだろう。
例えばな、力強く精神の強い者があそこにいたとする。その者だけは助けられないかと、命の時間を戻すとする。
命を受け取ったその時から、その者は、劣化した体を回復するまで、どれほどの苦痛にいるだろうな。
回復するまでの間、誰が面倒見るんだろうな。お前たちは体が痛むと動けないだろう。食べないと死ぬんだ。
果たして回復の見込みがあるのかどうかも、賭けに思える。
俺は思う。その賭けは、誰のための、誰の意識の賭けだったんだろうと。俺なら、そこを思うだろう」
影を駆け続けるサブパメントゥは、息子に教えてから、暫く何も言わなかった。それは、理解させる時間を与えるように。
騎士は涙が止まった。父の言いたいことは胸に刺さり、未熟な甘さを抉り起こして、ゴミのように投げ捨てる。
彼の言葉は強烈に響き、有無を言わさない絶対的な真実を、真ん前から突き付けられた気がした。
「俺・・・俺は」
「今日。馬車に戻ることも出来る。馬車は目的が生まれて、方向を変えたと聞いている」
「え。じゃ、行かないと」
「だが。俺はお前とこのまま、もう数日一緒にいても良いと考えている。
お前、ドルドレンに連絡をするだろう?この話をするはずだ。ドルドレンは分かっていないから、お前に詰問する。恐らくそうなる。あいつは甘い。
だがお前は、俺に諭されたことをしっかりと理解した上で、ドルドレンに伝えるべきだ。その気持ちを整える時間は、お前にもう少し必要だろう」
「総長に。俺は。皆にこの話を」
「するだろう?そう言って出てきたんだから、訊ねられる。
お前をどんな目で見るか、馬鹿馬鹿しいほど想像が付く。そんな無駄で愚かな目に、お前が晒される必要は微塵もない。
なら、お前は単に連絡をする。その時間で教えてやれば良い。後は勝手に考えるだろ」
黙ったまま、何か考えて良そうな息子に、ヨーマイテスはその顔をちょっと見た。ヨーマイテスには闇の中でも息子の顔が見える。戸惑う表情を浮かべた騎士に、少し笑った。
「お前は優しい。こんなことを言う気はなかったが。逆の事も教えてやろうか。
恐らく、お前を非難せず、そして『お前よりも荒い対処を自分は取る』と考えるヤツが、一人いる」
「誰・・・そんな」
「イーアンだ。あの女は、お前たちが恐れることを選ぶ」
思いがけない名前が出て、暗い中でも目を見開いた騎士に、見えていそうな父は可笑しそうに鼻を鳴らす。
「俺が想像するに。男龍と同じことをするだろうな。事実を知ったら、イーアンはあの場所を、丸ごと消し去っただろう。知らなきゃやらないだろうが、知ればやる。
それが、『龍の愛』の使い方だ」
壮絶な印象を受け、言葉が出てこない。
あの優しいイーアンはそんなことをするわけない、と思う。しかし、仲も悪くてお互いを避けている父は、彼女を理解しているように言う。
「お前の話を女龍が聞いたら。女龍はお前を褒める。よく頑張ったと、お前の性格も知っていて褒めるだろう。
言うかどうかは知らんが、女龍の頭の中には、あいつらしい想像も同時に起こると思う。今話したことがな」
「ヨーマイテスは、龍を知って」
「知らない。俺の知っている範囲は、知らないに等しい。だが、『強い者は強い者を知る』」
シャンガマックが、その答えに質問をしようと思ったその時、ふっと目の前に明るさが見えた。
「着いた」
どこへ動いていたか、聞かなかったシャンガマックは、『着いた』場所がどこかと思い、父に訊ねる。父は柔らかい明りに近づいて足を止めると、息子を下した。
「ここは、お前の勉強する場所」
「俺が勉強。何の」
唐突に告げられた『勉強』。何のことかと、シャンガマックが聞き返す。彼の顔を見たサブパメントゥは、騎士の頭を撫でて外に顔を向ける。
どこかの洞窟にいるようだが、闇から出てきたばかりで眩しく、シャンガマックには、外の様子がはっきり見えていない。
「見えないよ」
「もうちょっと、目が慣れるまで待て。俺が説明するより、目で見た方が良い」
「ヨーマイテスは外に出られないだろう?明るいから」
「午後になれば日が隠れる。ここは山の影になるんだ。問題ない」
一体、どこへ来たのか。少しずつ洞窟の外に向かって近寄り、薄目だった状態から、ゆっくりと目を慣らしてみると。見えてきた表の風景に、褐色の騎士はびっくりした。
「こんな場所が!」
眼下に広がるそこは、下方の地面に大きな円陣が描かれた場所で、その周囲を囲むように壊れかけた長い石柱が並ぶ。更に柱の周囲は深い緑に包まれ、それは外へ向けて広がるように急な斜面の鉢状と知る。
自分たちがいる洞窟は、斜面の一部にある岩の山か何かにある洞窟で、シャンガマックたちは、円陣を見下ろす形で上から見ていた。
「ここは何の目的で。昔は誰が」
「お前のような男はここを目指した。遥か昔の物語だ」
「物語・・・ヨーマイテス。知っているのか、その時代を」
「そうだな。バニザットに、過去のバニザットに会っていたから」
あまり明るいと眩しいのか、ヨーマイテスは影にいるまま話した。シャンガマックが下を覗こうと屈むと、『危ない』と注意して止める。
「平気だ。落ちやしない」
「ダメだ。落ちたら、光の中で俺は助けるのが遅れる」
「平気だよ。子供じゃないし」
「やめろ。言うことを聞け」
少し怒っているようなので、騎士は頷いて体を戻し、ちょっと笑って父の側へ行った。不満そうにする父は、座って洞窟の壁に寄りかかり、近くへ来た息子に『何がおかしい』と呟く。
シャンガマックは彼の前にしゃがみ、その不満そうな顔を覗き込んで笑った。父は仏頂面。
「おかしくはないよ。ただ、俺を子供のように扱うものだから」
「息子だ」
「そうだけど。小さい子供じゃない。俺だって騎士だ、それなりに動ける」
「万が一があるだろう。それじゃ困る」
ハハハと笑う息子に、ますます機嫌悪そうに顔をしかめるヨーマイテス。『お前は俺をどう思っているのか』なぜ笑う、と注意した(※笑われるのキライ)。
シャンガマックは笑顔のまま首を振って、両腕を伸ばし、ヨーマイテスの首を抱き締めた。ヨーマイテスとしては、この展開は理解出来ないがとりあえず嬉しかった。
「何でも知っている。世界の深淵も知るヨーマイテスが。俺を諭し、導き、知恵を見つめるあなたが。
俺を心配して、小さな子供のように扱うのが」
「それの何が笑えるんだ」
「笑えるなんて。違うよ、俺は嬉しいんだ」
大事にされていると分かるから、とても嬉しい・・・抱き締めた腕を強くして、シャンガマックは呟いた。
「獅子に。なってやろうか」
首に抱き付いているのは、気を遣っているのかと裏を読もうとするヨーマイテス(※人の姿<獅子、の印象)。
皮肉めいた言い方で訊ねると、体を起こした騎士は、顔の前でニコッと笑って『この姿で良い』と頷く。
息子がとてもカワイイので、ヨーマイテスは何も言わずに頷き返し、何も言わずに自分も息子を抱き締めて、また首に貼り付くよう指示した(※嬉)。
無表情な焦げ茶色の大男の態度が、どう考えても喜んでいるのが可笑しくて、シャンガマックは暫く笑いながら抱き付いていた。
尻尾があったら、分かりやすいのにな(※振るから)とは思うが。人の姿の方が父親という感じがして、素直な愛情を伝えやすい。
こんな、素晴らしい父親を与えられたことを、人生に深く感謝した。
辛い時間を過ごした後の、嬉しさから生まれる笑い声。正反対のそれは、シャンガマックの中で繋がっている。
父から学ぶことは、山のようにある。出会うまでの時間を埋めるように、毎日多くのことに触れ、知り、見つめ、教わり、得る。『ヨーマイテスに学んでいる』目を閉じて、金茶色の髪の毛に頭を寄せたまま、シャンガマックは小さな声で伝えた。
抱き付いたままの、息子の背中を撫でたヨーマイテスは、静かに頷くと『そうだ』と答える。
「教えてやれることは、何でも教えてやろう。お前はこの場所で、これから魔法を学ぶ」
父の一言に褐色の騎士は、喜びに浸って瞑っていた目をパチッと開けて『魔法』耳に残った言葉を繰り返した。
父は彼の背中を撫でる手を止め、大きな手でポンポン背中を叩いた。
「俺が相手だ」
お読み頂き有難うございます。




