1143. 妖精救出と光の雨
「これ。不自然だろう」
親方の指差した場所、根が埋まっていた土中の、抉れの内側。
フォラヴもじっと見るまでもなく、眉を寄せた。そこに見えたのは根っこ。根っこの塊で、太い根も細い根も塊になっている様子。その形が球状である。
「これは」
「俺はこれに、何も感じない。だが、奇妙だ。俺の剣が揺れている」
え、と顔を向けた騎士に、親方は『背中の剣が揺れている時、そこに魔物がいる』と教えた。『でも、魔物の気配は』フォラヴが訊ねると、剣職人は視線を背中の剣にちょっと動かす。
「だが、こいつが外れることはない。つまりこれは、中に魔物がいる。それも普通の魔物じゃないぞ。赤い石のついたやつだ」
「では」
「ってことだな。これをまずは片付けないとならん。しかし、ざっくり切るのも、何か躊躇うんだ。
もしかするとだぞ、もしかして。妖精はこれを守っている状態で生きているというかな。妖精って死ぬのか?」
生き死には状況による、とフォラヴは答えたが、今、親方の意見を教えてもらいたいとお願いする。
何か、この短時間で推測を出した剣職人。イーアンはいつも、謎解きで『彼の着眼点と、頭の回転に敵わない』と嘆いていた。タンクラッドが思うところは――
「俺は妖精を知らん。先に言っておく。
間違えている可能性もあるぞ。しかし、例えばだ。この奇妙な根っこの玉。人の胴体ほどの大きさがある、この玉が自然現象にしては変だろう。俺の剣も反応しているし。
だから、ここに魔物がいる、そう仮定する。
妖精はどこへ行ったのか。精霊の女は『ここにいる』と知らせ、俺が木を切ろうとしたら嫌がった。
ここまで幹を支える根が出ていたら、もう木は時間の問題だろうに、おかしなことに、葉が緑のままだ。
あの地震の日。ギールッフの魔物の影響であれば、この枝葉のどこかは黄色くなっていても良いだろう。だが、それもない。
となると、この木は何かの理由で生きているんだ。妖精がこの木自体を、自分の命のように扱っていたなら。今、木が生きている上で、妖精も側にいることになる。
ここで問題だ。妖精の気配を感じない。お前も俺も、だ。しかしいると言う。であれば」
タンクラッドは言葉を切り、空色の瞳を見て話していた視線を、土中の根の玉に戻す。フォラヴも理解した。
「ここに。妖精が」
「もう一度言うぞ。俺は妖精を知らん。お前の話で聞く程度だ。
だから、俺がこれからしようとすることが、果たして吉と出るか凶と出るかは、全く責任持てない」
「あなたは、何を」
「この玉を切る。切って出てきた魔物を俺が倒す。同時に、妖精も出てくる可能性がある。そうすると、少しマズイ。俺の力はその場にいる相手を選べない。今のところ、その方法は聞かされていない」
「つまり。妖精が生きていたとしても、あなたの攻撃に消されてしまうと」
「さてここで、お前に相談している理由を考えろ。
フォラヴ。お前は妖精を助け出せるか。俺が剣を振るう前に。それが出来れば、魔物は倒せて、お前は妖精を救う。
しかし、この話。今の時点では、全てが仮定の域を出ないことを覚えておけ。
さぁ、どうする」
「助けます」
一秒も待たずに、答えを返した優男に、剣職人は不敵な笑みを浮かべる。『大した男だ』そう呟いて、自分を見つめる、妖精の騎士の白金の髪を撫でた。
「よく言った。よし、じゃ。あの女に事情を伝えろ。絶対にこっちへ来るな、と言え。俺の剣は、かなり遠くまで影響する」
了解したフォラヴは、すぐに精霊の女性に伝えて、怖がる精霊に『必ず助けます』と約束して下がらせた。
「絶対に出てきてはいけないです。私が良いと言うまで、離れていて下さい」
木々に溶けるように後ずさった精霊の影に、念を押して頼んだ後。何の音もしなくなったので、フォラヴは親方の立つ場所へ戻った。
「一瞬だ。一瞬で叩き割る。その後は何秒続くやら」
「分かりました。私もあなたに取られる可能性があります。でも気にしないで下さい」
はっきり告げた妖精の騎士に、タンクラッドは鳶色の瞳を向ける。騎士は微笑み『助けるのは間に合います』きっちり、言葉を添えた。
騎士の返事を覚悟と信用し、タンクラッドは背中の剣を抜く。大きな金色の剣は、午前の木漏れ日にギラリと光る。
「フォラヴ。俺から少し離れろ。『中身』がどこへ飛び出すか分からん。叩き割った後、横で妖精が倒れていても、洒落にならないからな」
タンクラッドの皮肉な言い方に、苦笑いしたフォラヴは頷いて『そうならないように、気を付けます』と答えて距離を取る。
「良いか」
「はい」
二人が目を見合わせて確認したすぐ、タンクラッドは剣を持った手を右横へ、ブンッと音を立てて振り、戻す勢いをそのまま、抉れた土中から出ている玉の上部に打ち付けた。
ゴスッと切り込む、鈍い音。『剣が切り割らなかった』ことに、フォラヴは緊張する。タンクラッドも打ち付けた剣が、絡み合う根の太さは切ったと判断し、ぐっと剣を引き抜く。
「出るぞ」
さっと飛びのくタンクラッドを追うように、切り口の開いた根っこの玉から、グォッと赤い光が弾ける。同時に、水のような輝きの光も溢れ、フォラヴはすぐにそれが妖精と見て、急いで跳ぶ。
「あなたは私と!」
叫んだフォラヴが、水に似た輝きの光を両腕に抱え、ふわっと宙に浮いて消えた。
それを目端で確認したタンクラッドは、弾けた魔物の邪気に、時の剣を振り上げる。『フォラヴ、遠くへ逃げろ!』大声で教えた直後、思いっきり金色の剣を薙ぎ払う。
薙ぎ払う金色の光の刃が、無数の紐のように外へ流れ出した、赤い光に飛びかかる。
根の玉をメキメキ破壊して現れた虫の魔物は、玉を割って姿を出したその瞬間、真正面から受けた金色の光に、あっという間に塵に変えられ、崩された。
「まだいるな」
黒い塵が崩れる奥に反応したタンクラッドが、一層、赤黒さを増した光に、切り払うように手にした剣を振るう。
ボオッと噴き上がる毒々しい光と、生臭い臭いが一気に飛び散り、影が揺らいで奥に沸いた魔物は、赤黒い空気を裂いた光の刃で崩れる。
ハッとしたタンクラッドは、両手で剣の柄を握り、割れた玉をめがけて飛び掛かった。『そこか!』相手を見つけたとばかり、剣職人の一撃が、玉の割れた魔物の塵の中を駆け抜ける。
目一杯の力で振り下ろされた、金色の剣が突き刺されたところから、凄まじい量の黒い塵が噴出した。
「うおっ」
思わず顔を背けるタンクラッド。腕はそのまま、ぐーっと真下の地面に貫通させるように剣を押し込む。
ボウボウ、ゴウゴウと音立てて、赤黒い光が捻じれ歪む空中に、黒い塵は突風のように貫かれた玉の中から噴き上がる。
剣職人の形相が変わり、『しつこい』と怒鳴った勢いと共に、剣は思い切り、玉を切り裂いて振り上げられた。振った力に続けて、タンクラッドは宙に翻る。
穴の上にドンッと着地すると、最後の一手を振りかざし、勢いが減り始めた抉れた土に向け、光の刃を払い飛ばした。
放たれた光の刃は空気を裂き、黒さも赤さも弾き散らして塵に変える。
高速で飛んだ刃が触れた場所は、そのまま黒い塵と化して落ち、地面に着く前に消滅した。
それを見つめるタンクラッドは、剣を一度だけ振って、ゆっくりと背中の鞘に戻す。
ジリジリと、何かが擦れるような音が徐々に小さくなる。その音が完全に聞こえなくなった時、赤い光も黒い塵も何もなくなった。
タンクラッドの感覚に、邪気が感じられなくなった時、もう大丈夫と判断し、頭上を見上げる。
「フォラヴ」
「はい」
少し高い場所から、妖精の騎士の声が響き、数秒待っていると、辺りの空気が清涼とした風に吹かれて変わる。
不思議な感覚を覚えた剣職人は、フォラヴが戻ってくるのかと『どこに』声をかけた途端。
ふわーっと、空から光の雨が落ちてきた。
陽光を受けて、青空を一粒ずつに閉じ込めたような、煌めく宝石の如く。美しい光の雨が、タンクラッドと、倒れた大樹、壊れた祠を慈しむために降り注ぐ。
「おお。これは」
素晴らしい光景に、笑みが浮かぶタンクラッド。自分の頭も肩も濡らす、光の雨は体に触れるなり消えて癒してくれる。
「妖精・・・妖精か」
木漏れ日を抜けて、惜しみなく降り注いでくる光の慈愛に、さっきまで戦っていたタンクラッドの厳しい表情は、あっという間に優しさにほころんだ。
「あなたが。有難う」
どこからともなく、木霊して耳に届く声。鈴のような笑い声。
いつものフォラヴの声に似ているそれは、合唱する鈴の音となって重なり、どんどん辺りを包んで増える。不思議さいっぱいのタンクラッドは、笑い出して『どこにいる。姿を見せてくれ』と頼んだ。
光の降り注ぐ中を、涼しい風が吹き抜けて、ザァッと木の葉が一斉に揺れた。
瞬きした次の瞬間―― 目の前には妖精の騎士と、彼に支えられた、人ならぬ美しさをまとった、金髪の男とも女とも分からない妖精が立っていた。
「お前がここに閉じ込められて」
「いいえ。閉じ込めるしかなかったのです」
驚いて呟いた剣職人に、流れるような金髪の美しい妖精は微笑む。衣服は、夜の光に似て銀色で眩く、頭に若草の蔓を編んだ冠をかぶった、ほっそりした妖精の返事。
その肌は、金粉を含んだ透ける石のよう。空色の瞳は、フォラヴと似ていた。
「お前はそんなに美しくて。それでも、あれほどの魔物を、一人で押さえ込んだと言うのか」
褒められたことに笑う妖精は、横のフォラヴにも笑いかける。フォラヴはにっこり笑って頷くと、『彼はとても正直』とタンクラッドの説明を添えた。
「ベセーデ。有難う、私を助けようとして」
タンクラッドの質問には答えず、顔をふっと右に向けた美しい妖精は、誰もいない場所にお礼を言う。その声と共に、緑の服を着た女が空気の中に現れて、満面の笑みで腕を広げた。
タンクラッドはそれを見て、フォラヴに顔を向ける。
二人が見守る中、助け出された妖精と、ベセーデと呼ばれた精霊は近づいて、彼女の腕をそっと取った妖精は微笑んだ。
嬉しそうな二人を見つめ、タンクラッドはもう一度、フォラヴに説明を求めるように促す。
妖精の騎士は微笑みを向け、小さな声で短く『後でお話します』と答えた。
「それでは。無事に助け出せましたので、この後はここを直しましょう」
フォラヴが続きを伝える。妖精は振り向き優しく笑みを浮かべ、精霊の女性に何かを話すと、こちらへまた来た。精霊はそのまま一度消えた。
「あなたの力も貸して下さい」
妖精はフォラヴに頼む。フォラヴは『もちろんです』と答えて、剣職人に離れているように言うと『今から木を起こす』ことを話した。
ここからは自分の出番はないなと、分かった親方。了解して、笑みを浮かべた顔のまま、倒木のある場所から距離を取る。
すると、見ている前で、木々が揺れ始め、倒れた大きな木がぐらぐらと動き、目を丸くする親方を楽しませるように、枝が空へ向かって腕を伸ばすように持ち上がる。
「おお・・・・・ 」
大木はどれくらいの重さか。知る由もないが、バサバサと枝葉の音を立てながら立ち上がる。
誰かが綱でもかけて引き上げるように、巨木とも言える太い幹は倒れる逆の動きを取り、ミシミシと聞こえる音も響かせて、とうとう元の場所へ戻ってしまった。
思わず、拍手するタンクラッド。巨木は立ち上がり、光の雨が再び落ちてきて、そこら中を慈しみで洗い流す。
「何と美しい」
感動する親方の言葉に喜ぶように、光の雨に続き、輝く羽毛が、青空から雪のように落ちてきた。くるっとした白い羽毛は、雪よりも華やかに舞い降りて、タンクラッドをもっと笑顔にした。
両手の平に羽毛を受け止め、儚く消えるその様子に目を細める職人の前に、フォラヴと妖精が立った。
「有難う。俺に素晴らしいものを見せてくれた」
「あなたの力に比べたらささやか」
「そんなことはない。俺はとても感動した。大したもんだな、妖精は。初めてこんなの見たよ。
さぁ、次だ。祠の屋根を新調しなきゃな」
タンクラッドはにっこり笑う。フォラヴがハハハと笑って頷き、嬉しそうな妖精の目を見て『直します』そう言うと、剣職人の隣に並んだ。
「後少し。お待ち下さい。私たちの仲間が、この林の外にいます。協力を願って、祠の屋根を直します」
「有難う、本当に有難う」
微笑む妖精に挨拶し、フォラヴと親方は、次の目的に取り掛かる。
二人で林を抜け、外で退屈している仲間の元へ戻った。何が起こったかを伝え、喜んだバイラにフォラヴも笑顔で『良かったです』と答えた。ミレイオも一安心。
それから親方は、今日は空へ出かけず馬車で待っていたイーアンに、『その辺の石をな。このくらいに切ってくれ』と、サイズを命じ、『人様の土地で石を勝手に切るなんて』ぼやくイーアンを急かし、祠用の石材を2つ作った(←イーアンが)。
妖精に害がなさそうで、力のあるドルドレンを呼びつけると、親方は石材の一つを持たせる。
『重いのだ』うーむ、と唸る総長に『文句言うな。仕事だろう』と笑って、フォラヴと総長と一緒に林の中へ再び戻った。
戻った親方とフォラヴは、壊れた祠の屋根を全てどかし、持ってきた石の板を乗せる。
ドルドレンは手伝っただけだが、祠の石材を乗せた場所がぐらつくことを指摘し、親方に調整するように言った。
壊れた屋根の一部を、ナイフの柄で砕いて形を整え、隙間に入れて固定し、祠の屋根もこれで大丈夫だろうと、3人は確認した。
「終わりましたよ。それではお元気で」
木々のある空間に向かって、フォラヴは別れの挨拶をする。騎士の声は静かに揺れて、何度か木霊した後、3人の前に羽毛に包まれた姿がふっと現れ、それはまたすぐに形を変えて、先ほどの妖精に変わった。
目を丸くするドルドレンに、視線を動かした妖精は『あなたも手伝ってくれた』そうお礼を伝えてから、精霊を呼び出し、横に並んだ背の低い女性を大切そうに見つめてから、向かい合う3人に改めて礼を言った。
ドルドレンは、ビルガメスの贈り物を首に巻いているので、あまり近づけない。
だから少し遠慮して、親方の後ろに立っていたが、綺麗な顔の妖精はその手をちょっと動かし、3つの瓶を見せた。
瓶は細く小さく、光の雫のようなガラスの栓を乗せていた。それを一つずつ、旅の3人に手渡すと妖精は微笑む。
「フォラヴ。癒しの雨をあなた方に」
瓶の中身を告げられたフォラヴは、とても嬉しそうににっこり笑い、『有難う。大切にします』と答えた。
それから。精霊の女性は、フォラヴに頭を何度も下げてニコニコし、昨日、怒鳴られ続けたタンクラッドに、ちょっと緊張しながら丁寧に頭を下げて見せた。
後ろで見ているドルドレンには、前に立つ親方の表情は分からなかったが『絶対、親方は後悔しているだろう』と思っていた(※大当)。
3人はお礼を言い、見送る妖精と精霊に手を振りながら(※親方は遠慮がち)林の中を通って、馬車へ戻った。
ずいぶん時間がかかった気がしたが、馬車が出発して、昨晩の野営地を通り過ぎる頃。時間はまだ、午前の中頃だった。皆は『精霊が時間を変えてくれたのでは』と話し合っていた。
お読み頂き有難うございます。




