1142. 旅の六十七日目 ~フォラヴと親方の人助け
日差しの明るい朝。朝食の支度も整う時間、ミレイオは林の方を見て『フォラヴは』と呟く。
「見てきてくれる?さーっと、上から見るだけで良いから」
ミレイオはイーアンに頼み、龍気をあまり使わないように飛んで、いるかどうかだけでも見てくれるように言う。イーアン了解。翼を4枚にして、パタパタ飛んで行った(※イーアン・インコ状態)
「翼が少なくて、パタパタ飛んでいると。安全な相手に思えるよな」
起きてきた親方は、ちょっと笑って見送る。側にいたオーリンが、その言葉を拾い『6枚でもパタパタしてる時はある』と教える。
「ああして飛んでいる姿だけなら、イーアンも龍には見えないかもね」
「角が見えないと、何だか分からないわよ」
オーリンに言われて、ミレイオも笑う。『ゆっくりで、ボーっとしていると、角が見えない分には精霊とか、そうした具合に見えるかも~』なんて、女龍の話をしながら朝食は始まった。
しかし。フォラヴにも精霊の女性にも、『何だか分からない』相手のはずもなく。
近づいてきた龍気のぷんぷんする白い相手に、精霊の女性はびっくりして隠れた。フォラヴも目を覚ました頃だったので、空を見て『ああ、イーアン』と呟く。
「大丈夫ですよ。あの方は、きっと私を迎えに来ました。あなたはここにいらして下さい」
緑の葉っぱが積まれたベッドに体を起こし、頭上の太い木の枝の上で縮こまる女性に、声をかけるフォラヴ。
「あなたを怒ったようですが・・・タンクラッドも連れて行かないといけないでしょう。
その話もしてきますから、そうですね。あの太陽が、あの辺りに動くまで。お待ち下さい。良いですか」
上がってきた太陽を指差し、その指を少し上にずらす。精霊の女性は頷いて、フォラヴは林の中を出た。
「イーアン。おはようございます」
上を飛んで戻ろうとしていた白い翼の女に、大きめの声で挨拶をすると、すぐに降りてきた。
「おはようございます。フォラヴ。こちらの奥でしたか」
言いながら、フォラヴの背中に回り込んで、ひょいと両脇から腕を入れて抱え、女龍は再びパタパタ。
笑うフォラヴは『何だか切ないです』と振り返って伝える。イーアンも顔が笑っている。
「皆さん、同じことを仰います。言わないのは、ドルドレンとザッカリアくらい」
「ハハハ。そうでしょうね。女性に運ばれるのは、男として悲しいような」
「忘れてた。オーリンも平気でした」
飛べば早いから楽ちん、というイーアン。二人で笑いながら、野営地へ到着。
皆に迎えられて、フォラヴとイーアンも朝食を受け取る。イーアンは伴侶の横。フォラヴは、バイラとミレイオの近くへ。
それから、自分を見ている皆に『昨日』とミレイオに伝えた話から切り出し、今日はどう行動したいかを粗方話してから、妖精の騎士に視線を注ぎ続けるタンクラッドを見た。
「俺も。ってお前は言うが。本当に」
「一緒に行って頂いた方が確かです。何が起こったか、私には昨日の時点ではっきりしていません。バイラと見たのは、『祠に直撃して、倒れた大樹』だけ。そこに何も感じなかったのです。
だから、それが妖精のものか、精霊のものかも分かりませんでした。しかし、彼女に確認をすれば、確かに妖精がまだその場所にいるのです」
澄んだ空色の瞳を向けられた親方は、居心地悪そうに食事をかき込む。
昨日、あれだけ怒鳴ったから、自分が悪いみたいになってしまった(※周囲の目が刺さる)。その上、自分に怯えた精霊に手助けするとは。
乗り気ではないタンクラッドに、フォラヴは『今だけの人助け』と、長く続くわけではないことを教えて、一緒に行くよう頼む。
生返事の親方は、何とも気乗りせずに『分かった』を中々、答えられない。
二人のやり取りを聞いているドルドレンは、ふと、横の奥さんに『この世界って、どれくらいの種族がいるの』と訊ねた。唐突な質問に、イーアンは伴侶を見て『どれくらい』と訊ね返す。
「うん。龍族がいる。それと、サブパメントゥがいる。地上には、まず人間だろう?で、精霊もいる。妖精もいる。他にもいるの」
「え。どうなのでしょう。分からないかもです。私に聞いても」
「だってイーアン。ノクワボも微妙だと言うし、トワォも龍じゃないだろう?」
「ああ~・・・なるほど。言われてみれば。でも分かりません。だって、トワォも喋らないし。ノクワボの話も男龍経由です。曖昧ぼんやり」
ただ、そう言われると、まだ他にも『何とか系統』はいるかも知れないと、イーアンは答えた。『どうしてです』問われた意味を訊ねると、ドルドレンは『あのね』と。
「精霊の女が助けを求めている。妖精の彼氏?彼女ではないことにしておこう(※人間的感覚)。その妖精の彼氏が、何に閉ざされているのかが気になった。
精霊の彼女では、動かせない相手である。無論、妖精の彼氏も、自らどうにも出来ない相手だろう。
それって、誰の力なのだ?と思ったから」
「ドルドレンは、良いところ突きます。本当ですね。どなたが相手なのやら。
龍族ではなさそうですよね。龍は地上にほぼ関わらないため。サブパメントゥも、そうしたことはしないでしょうし」
イーアンとドルドレンの会話を聞いていた、ミレイオも話に乗る。
「迷惑かける、って話なら。言いたくないけど、サブパメントゥはやることあるわよ。性格悪いのもいるから。
だけどねぇ。魔法って感じのこと、サブパメントゥで出来るやつ、よっぽど頭イイわよ。そんなのが動くような話じゃないと思うから、違うかもね」
「魔物じゃないの」
オーリンが加わる。ザッカリアもオーリンの横で『俺もそう思った』と一票。近くのバイラも頷いて、『地震の影響が魔物だから』その可能性はありそうですよ、と言う。
「単純にさ。魔物、って話もあるだろ?」
それ違うの?と言うオーリンは、食べ終わった食器を戻し、フォラヴを見る。目の合った妖精の騎士は、困ったように首を傾げた。
「魔物であれば。私も気が付いているような」
「そうだな。フォラヴがその場所では『何も感じていない』と言うのだ。魔物とは異なる相手では」
総長は部下の能力が上がった現時点で、そこまで鈍くはないと思うことを言う。
結局。この話は皆の中で『相手は誰』に集中し、万が一、危険だった時のために『全員で行こうか』と決まった(※親方げんなり)。
「そうと決まれば、出発しよう。人助けならぬ、精霊助けも仕事の内だ(?)。近いし(※ここ重要)」
ドルドレンは御者台に乗り込み、フォラヴが先に馬車を出すように言う。
フォラヴの寝台馬車にタンクラッドとミレイオを乗せ、イーアン・ザッカリア・オーリンは荷馬車に引き取る(←精霊に害のある人たち、まとめる)。
バイラは自分の馬に乗り、総長に『元の道に戻るのに、往復2時間近いかも』と小声で教えた。
どっちみち、馬車では入れない道の手前で、待機することになるため、バイラとしてはもう一度『行くか行かないか』確認をする。
「うむ。バイラは気遣いが素晴らしい。『行ってもすることがない上に、時間を取るだけの道でも良いか』と。やんわりと、俺がした決定で恥をかかないようにしてくれる」
「いえいえ。そんなつもりじゃ。でもその」
「嫌味ではない。本当にそう思った。だが、助けを出すには、こうするよりなかった気もする。
『待ちぼうけで往復2時間』は、言われてみればキビシイ気もするが、フォラヴとタンクラッドが出かけられないのだ。龍は使えない。飛べるイーアンとミレイオを付き添わせては、精霊が困るだろう」
「あ。そうですね。そうでした。すみません、余計な」
いいのいいの、とドルドレンは笑って『相手が人間じゃないから』下手に仲間を動かせないのも考慮の内、と言い、早速馬車を出したフォラヴの後に続く。
恐縮するバイラ。気にしないで、と笑う総長。出発した寝台馬車の後ろに付いて、交錯する種族の力、その話に花が咲いた。
道すがら、フォラヴは馬車を停めて、林へ歩き、戻ってきて精霊の女性を連れていた。そして彼女を御者台へ乗せる。
後ろから見ていた、バイラとドルドレンは、その姿を日の光の下で見た時、同じことを思った。
精霊の女性はとても人間的な外見だが、やはりこの世の人ではないと何かが反応する相手だと。
それから再び馬車は出発。ゴトゴトと来た道を戻り、途中から農道へ進み、気が付けば農道の脇に直角に伸びる細い道の近く。
「案外早かった。バイラ。1時間もかかっていない気がする」
前の馬車が停止したので、ドルドレンは手綱を引きながら、横の青毛の馬の主にそう伝える。彼も不思議そうにゆっくりと首を傾げて頷く。
「そうですねぇ・・・昨日は、この馬で動いたので。馬車よりも早いとは思うんですが。
それでも1時間くらい、野営地まではかかった気がします・・・けれど・・・ね」
何とも腑に落ちなさそうに、バイラは言葉を切りながら呟いて答えた。『30分くらい』ドルドレンの感覚からすると、そんな具合。
それはまぁ、さておき。とりあえず、寝台馬車からフォラヴと精霊の女性が下りたので、ドルドレンは、前の馬車の荷台にいるタンクラッドにも、下りるように声をかける。
行きたくなさそうな親方の渋る顔が珍しく、ちょっと笑って近づき『二人が待っている』と教えた。剣職人は、大袈裟な溜息をついて、背中に剣を背負う。
「行ってくる。俺だって、人並みに」
「分かっているのだ。顔が合わせにくいこともある。しかし、これも役目」
正論を言う総長に、恨めしそうな目を向けて、笑った総長に背中を叩かれて送り出されるタンクラッド。
「待っていてくれよ。何かあったら、手伝いを頼むかも知れん」
「そのつもりだ。さぁ、早く行け。見失うぞ」
やれやれ・・・親方はもう一回溜息をついてから、くさくさした様子で、先を進んでいる騎士と精霊の後を付いて行った。
馬車で待機する残った仲間は、どれくらい待つのか分からないにしても、皆は何となく林の方を向いた状態で好き好きに過ごして待った。
*****
フォラヴは精霊の女性の後ろを歩き、その少し離れた後ろにタンクラッドが付いて行く。農道から伸びた細い道を抜けて林に入り、あるようでないような、人がたまに通る程度の道っぽい場所を進む。
入って、そう奥でもない辺から、斜めに倒れた木々が目につき始める。
揺すられた地盤で、弱っていた木や、根が浅い若い木、僅かな傾斜の土が崩れたところに生えていた木など。倒れかけて並びの木に凭れかかる、そうした木々は多かった。
後ろを進むタンクラッドは、その様子に奇妙なものを感じる。林に入る前は、倒れた木々など見なかったのだ。
あったかも知れないが、目には入らなかった。しかしここは、中へ入ってすぐに倒木がそこかしこに見える。何かここに集中してあったのだろうか、と訝しむ。
それと。魔物の雰囲気は、全くと言っていいほど感じない。
ここまで何の気配もないのに、自分に何が出来るのかとさえ、思い始める。混ぜるのが力とされた、タンクラッドの『時の剣』同様の能力。混ぜる相手もいないじゃないか、と頭の中でぼやく。
その頭の中の独り言を拾い上げたように、前を歩いていた妖精の騎士が振り向き、『ここです』と教える。いつもは微笑む印象しかない男の顔に、寂しそうな色が浮かんでいて、少し同情したタンクラッドは頷いた。
「タンクラッドがここを見て。何も感じないのであれば・・・ただ、ここを直すくらいしか出来ないでしょうね」
タンクラッドが騎士の横に立った場所から見える、その祠。なるほど。言われた通りの姿で佇む、哀れな状態。
大きな木が倒れたために、当たった小さな祠は脆くも崩れ、屋根がほぼ壊れたのだろう。
木は祠にぶつかって、脇へ落ちたような具合だが、もともと枝ぶりが大きいのか、枝葉がそこら中を覆うように包んでいる。そのため、祠も枝の中に見える。
「お前は何も感じないんだよな?」
一応、確認すると、妖精の騎士は頷いて『残念ながらそうしたことは一切』と呟く。騎士の近くにいた精霊の女は、するっと動くと、音も立てず葉も揺らさずに、祠の壊れた近くに立った。
「彼女の家だと思います。ここをどうにかしたいのです」
「それと。妖精だろ?フォラヴお前、同じ妖精がいるなら、何かありそうだが。それも分からないのか」
ここにいる、と言うにも拘わらず、本当に何も感じないとはと思う。
妖精の騎士も困っている。『それも寂しいかな。分からないのです』それで居るとは思わなかった・・・そう話す騎士に、親方も頷いた。
「そうだなぁ。俺も何にも分からん。少なくとも、イーアンよりは敏感だと思うが(※女龍鈍い)」
とにかく、何も出来ないにしてもこれじゃ・・・親方は大きく息を吐き出し、ぶっ壊れた気の毒な祠を包んでいる大樹を片付けようと、剣を抜いた。
びっくりする精霊が急いで近づき、両手を前に出して懸命に首を振る。フォラヴも、彼女と親方をさっと見て『切るのは待って下さい』と頼んだ。
「この木が妖精の」
「そうなのか。ああ、そう言えばそんな話をしていたな。だが、これじゃ直すにも無理があるぞ」
少しは切り払わないと、と枝を見た親方に、精霊は頑張って首をぶんぶん振り、乞うように『止めてほしい』と身振りで伝える。
困る親方。じゃーどうすりゃ良いんだ、とぼやきたくなる。フォラヴも頭に手を置いて、悩む。
「困りましたね。切るわけにもいかず。しかし戻すのも」
「お前はこの前。ギールッフで、木々を立てただろう。あれは、どうなんだ。この木一本ぐらい、立ち上がらせられないのか」
「あれは私だけの力ではないのです。もし、ここに妖精が他にもいれば。それも可能か、知れませんけれど」
ふーむ・・・・・
二人で腕組み。これは難題。精霊はどうにかしてほしくて、オロオロしている。
祠を直してもらいたいこと。妖精の木を切らずに。しかし、倒れた木が邪魔。フォラヴも親方も、良い方法を思いつかない。
はー、と息を吐いて、親方は剣を仕舞い、不安そうな精霊に『何もしないから安心しろ』とだけ言うと、枝をかき分け、大樹の包む祠へまずは近づく。
親方が踏んだ枝が音を立てるたび(※仕方ない)泣きそうになる精霊の顔を見て『大丈夫ですよ。あれくらいだったら、私がどうにか』気の毒に思うフォラヴは慰める。
調べる親方は、祠の状態を見て、屋根は石が崩れているから作り直しだろうと判断。
その辺の石でも、イーアンに切らせるか(※弟子を使う)と思い、それから祠の後ろを見る。全体が崩れたわけではなさそうで、祠は屋根の損壊のみとする。
祠から離れ、倒木の大樹を今度は調べる。1000年以上は生きていそうな、大きな太い幹。
幹は太くて折れていないが、倒れたということは、根が寿命だったのだろうかと、根元を調べに向かう。
生えていたであろう場所の土を返して根が出ており、その辺りまで近づいた親方は、あることに気が付く。
立ち止まった親方の姿に、フォラヴも目が留まる。
彼が何かを見つめて下を向いているので、精霊を慰めつつ、タンクラッドに『何かありましたか』と大きい声で訊ねた。剣職人はこっちを見て、ゆっくりと頷く。
「お前はここを見たか」
「いいえ。そちらは行きませんでした。もう見ただけで、胸が痛くて」
「来てみろ。精霊の女は、ちょっとそこで待たせとけ」
その言葉に、さっと顔が曇ったフォラヴ。何か恐ろしいものが?と過る。
精霊の女性に『ここにいて下さい』とお願いし、フォラヴもタンクラッドの側へ行った。
「何がありましたか」
「これ。不自然だろう」
親方は首を傾げて、騎士に目の前の、抉れた地面を指差した。
お読み頂き有難うございます。




