1141. フォラヴに相談
「あんた。フォラヴに何か」
ミレイオは驚きながら、腕を伸ばしてフォラヴに縋ろうとする女に訊ねる。女は何度も頷いて、黒い馬が夕闇の中を近づいてくるのを、待ちきれないように焦る。
「何なんだ。俺に用かと思えば、フォラヴ?コルステインのことは、どうしてくれるつもりだ!」
憎々しげに吐き捨てるタンクラッドに、また怯えて目を瞑る女。ミレイオも、触って平気か分からない相手なので、直には触れないが『ちょっと離れなさい』と女に手を払って教える。
「こいつにもう、用ないんでしょ?フォラヴでしょ?」
だったら離れて、と困った顔を向けると、女は理解したようで少し親方と距離を取る。
それはそれでムカつく親方。『責任取れ』と、キーキー文句を言う。ドルドレンが来て、そっと親方の腕を引き、自分たちの方へ引き取った(※親方は怒りっぱなし)。
タンクラッドは憤慨中で、ドルドレンに『お前だって俺の立場なら』と八つ当たりし、分かる分かると流す総長の横、さっとイーアンを見て『イーアン、お前なら分かるだろう』とか何とか。
イーアンもじっと親方を見つめ、『私。コルステインの立場ですから』冷えた低い声で返す(※自分近寄れもしないから、いつもはじかれ系)。
イーアンにまで、どういうわけか冷めた目で見られ、親方は首を振って『何言ってるんだ』と、イーアンにも誤解をするなと近寄るが、イーアンは『してませんよ』の返事と共に、つるる~っとオーリンへ逃げた(※オーリンの背中の後ろに隠れる)。
俺が何した、俺はとばっちりだと怒り続ける親方と、彼を宥める総長を後ろに。
近くへ来たバイラとフォラヴは馬を下り、騒ぐタンクラッドと、見知らぬ女性を見てから、ミレイオに事情を訊いた。
「急に。そうでしたか」
「あんたと話したいんじゃないの。見て、ほら」
女はフォラヴの側へ来て、おずおずしながら見上げ、両手を組んで頭を下げた。フォラヴは微笑んだが、ミレイオを見て『彼女は会話は』と言葉を発さない点を訊ねる。
「喋れないんだと思うけど・・・頭の中でも会話出来ないわよ」
「それは困難ですね。どうしましょう」
フォラヴは彼女の頼み込むような表情を見つめ、少し考えてから『場所を変えましょうか』と話しかけた。さっと後ろを見て、まだ騒いでいる様子を確認し『別の場所で』ともう一度言うと、女は了解した。
「ここですと、タンクラッドが怒りそうですから。少し離れます」
「そうね。そうして。何か食べれば、落ち着くわよ(※食わせれば鎮まる親方)」
笑って送り出したミレイオは、バイラに『お疲れ様』とねぎらい、彼の話は夕食時に皆に話してと頼んだ。
そして喧しい親方の横を通り、焚火にかかった鍋を見て『出来たわよ』と聞こえるように言う。
親方は、一時的に止まった(※空腹)。
フォラヴと女が、離れた場所へ移動した後。焚火を囲んで皆で夕食。バイラの話を聞きながら、むしゃくしゃしてたタンクラッドも少し、謎でも解けたような表情に変わる(※多めに食事もらった)。
「それじゃ。もしかすると、あの女は」
「って可能性もありそうでしょ。あんたさぁ、何だっけ。『時の剣』と似たような力なんでしょ?何でもあり、みたいな」
ミレイオに言われて、タンクラッドは嫌そうに『適当な言い方でまとめるな』と注意した。無視するミレイオは続けて質問。
「あの女、あんたに触れなかったわよね。だから、触るのはマズイんだと思う。
だけど、あんたが何か変だから、どうにか自分の目的に使えるかもって」
「変って言うな!使えるとは何だ!」
親方の横に座るザッカリアが、怒る親方を見上げて『あんまり怒っちゃダメだよ』と注意。さっと向いた剣職人に『怖いよ』と悲しそうな顔をすると、剣職人は仏頂面で頷いた(※子供と動物に弱い男)。
「でも。タンクラッドの能力は、少々風変りです。あの女性がもし、精霊か妖精なのであれば」
「あ、イーアン。彼女は多分、精霊です」
何かを思いついたような女龍の言葉を少し遮り、バイラがぽろっと伝える。イーアンは『え?』と顔を向ける。皆も『え?』。バイラは皆の視線を集めて驚き、少し見渡してから笑った。
「精霊だと思います。そんな気がします」
「バイラは分かるのか。イーアンも分からない。ミレイオも分からない相手を」
「ええっと、そう訊かれると自信はないですけれど。精霊の雰囲気だから・・・だけど、ショショウィとも違いますね。また細かい分類は、複雑なのでしょう」
総長に訊ねられたバイラは、テイワグナで精霊と思われている姿を説明する。人の形だと、似ているけれど色が違うとか、色に特徴的なものがあるとか。全く人の姿じゃないなら、もっと自然を模している。
「だから、精霊と思われている相手で、ショショウィみたいな姿の方が知らない類です。ショショウィは雰囲気こそ不思議ですが、パッと見てすぐ、動物かと思いますものね」
「そうなのか・・・じゃ、妖精だと思う相手は」
タンクラッドに質問されて、バイラはちょっと考えてから『そうですね』と一般的な認識を伝える。
「フォラヴは言われてみると、妖精の雰囲気かな・・・だけど彼も見た目は、『人間離れした麗しい人』でしか。そう、ですから彼は、人の範囲です。
妖精は、人の姿でしか認識されていないと思うのですが、ただ、花びらや羽があるとか。
ああ、そうだ。動くと光る、って概念も。こう、月の光で水面がキラキラするような、あんな具合の光り方をしていると教えられますね」
バイラは、妖精は子供のように無邪気で、よく笑うし、ふざけたり遊んだりもするが、精霊はそうしたことがないような、そんな話もしてくれた。
「これという決定打はないにしても。そうか。テイワグナの国民らしい・・・雰囲気で感じ取れるのか」
タンクラッドに言われて、バイラも『そうだと思う』と答える。タンクラッドも、何となく理解出来た。
ノクワボも精霊の類で、ショショウィも地霊。そしてあの女も。共通点らしいものが、見て分かる形ではないが、彼らは多様なのだ。そして妖精のような幻想的な印象ではなく、もっと現実味のある姿なのだろう。
「フォラヴ。大丈夫なのかしら?あの女は妖精でもダメってことじゃないの」
「そこはどうなのでしょうね。私が相手でもフォラヴは何ともありません。私が平気ということは」
ミレイオの呟きに、イーアンは『フォラヴの姿が人間である以上は』無事ではと答える。
皆は、焚火を囲んで食事を進める間、ずっとこの話を続けた。
タンクラッドも少し落ち着いて(※腹8分目)ちらっとイーアンを見る。目が合って、女龍が見つめ返したので、手招きして呼んだ。
「お前に頼みがある」
「何でしょうか」
「コルステインを呼び出して、俺の代わりに事情を話してくれ。あいつはお前なら話を聞く」
「あらやだ。私に擦り付けて」
「あらやだ、とは何だ。親方が困っているんだから、どうにかしろ」
無理を言う親方に、イーアンは、えええ~~~と嫌そうにするが、結局、押し切られて渋々。コルステインとお話してあげることになった。
仕方なし、親方付き添いでコルステインと話すため、食後のイーアンは馬車の暗がりへ。
ドルドレンとザッカリアとバイラは、ミレイオのお手伝いで夕食を片付け始める。オーリンは弓作り。
「フォラヴ。帰ってこないわね。大丈夫かな」
どうしたかな、と食事を皿に移しながら、ミレイオが気にする。ザッカリアもちらちらと林の方を見ていて、『何か見えるよ』と教える。
どこどれ、とミレイオが見ていると、離れたところでフォラヴを見つける。『戻ってきたのかしら』あの女、どうしたのかねぇと言いつつ、ミレイオはちょっと迎えに出る。
フォラヴが暗い中を歩いてきて、ミレイオに食事を抜けたことを謝った。
「いいのよ。食べれるなら、食べて」
「あの方は今夜。私と一緒に過ごします。お食事は申し訳ないのですが、タンクラッドに(※処理係)」
「ん?それは良いけど。どこで寝るの。あんた、野外で寝るなんて無理でしょう」
「それなのですが」
ミレイオには話しておきます、と妖精の騎士は言い、ミレイオから皆へ伝えてと頼んだ。
「あの方は、今日私が見た祠の、精霊でした。
そして、不思議なことなのですが、彼女の・・・大切な人と呼ぶべきか。その祠の後ろに立っていた、大きな木。それが彼女の大切な、妖精だったのです」
「へ?何?よく分からない。バイラに少しは聞いたけど。祠、壊れてるんでしょ?倒木で」
「そうです。地震で大樹は倒れてしまい、妖精は何かに閉ざされてしまいました。恐らく、です。
聞き出して、彼女の反応だけで判断していますから、正しいかどうかまで言い切れません。
彼女の祠は、倒れた木の衝撃で崩れ、屋根が壊れ、彼女が住まいとしていた場所が消えました。妖精も現れません。困った彼女は」
「誰か。助けてほしくて、ってこと?タンクラッドに頼みに来たのは」
「これも推測です。タンクラッドは、何かを取り除く力があるのです。それは私でも感じます。あの方の側へ行き、力を使うと、きっと彼は私の力を消してしまうでしょう。彼がその気になれば。
あの女性は、それに気が付いたのです。ショショウィに比べると、反応が敏感です。
彼女は、ここより離れて動けないため、同じ地霊の類だと思いますが、能力が高い精霊かも知れません」
「あ・・・じゃあ。タンクラッドに頼んで、妖精を助けてもらおうと」
はい、とフォラヴは頷く。でも、女性は会話が出来ない。
人の言葉は話しかけられ続けて理解出来ても、自分が話すことはしなかったのだと思うと、伝えた。
「あら・・・そうなのか。ちょっと気の毒ね」
「本当に。コルステインが怖かったようです。コルステインの名も存在も知りませんが、イーアンを怖がっていたので、続いて分かった反応から『翼のある大きい人ですか』と訊ねると頷いて。
それは思うにコルステイン、と。とはいえ、妖精を助けたくて、彼女は必死で」
「うわ~可哀相。タンクラッドが、バカみたいに怒鳴り散らしたから。すごい怖がっていたの。
コルステインが来てさ、あの女を見て、やきもち妬いて帰ったから。それであいつも怒ってさ」
それを聞いて、同情するフォラヴ。女性に同情。ミレイオも同情。
とにかく。こうした経緯を知った以上は、ミレイオはフォラヴに『どこで寝るの』と、それは確認。布団持って行くか(←母親の心境)と言い出して、フォラヴは笑って断る。
「いいえ。大丈夫です。彼女は土地の精霊で、私もこの状態であれば問題ないため、彼女の用意して下さる『葉っぱのベッド』で眠ります」
「そう。葉っぱ、キレイなのにしてもらいなさいよ。で?どうやって助けるつもり」
「それは明日。朝にタンクラッドにも協力して頂きます。今夜はさすがに」
「言えないわねぇ~」
二人で笑って頷き合い、ミレイオは了解してフォラヴの安眠を祈る。フォラヴも皆に『では、朝食時に』と微笑むと、また暗い林へ戻って行った。
「ふぅん。不思議なことも、あるもんね。精霊と妖精って一緒にいられないと思ってたけれど。
次々に例外が出てくる。っていうか・・・例外じゃないのか。私が知らないだけで」
面白そうに呟いたミレイオは、妖精の騎士が見えなくなってから、馬車へ戻り、ドルドレンたちに話して聞かせる。皆、精霊が可哀相だと口々に同情した。
コルステインと無事に仲直り(?)した親方を置いて、お役御免で戻ってきたイーアンも話を聞き、女性の行動に気の毒がった。
「私は近寄ることも出来ませんけれど。もし何か力を貸せるなら、私は何でも」
そう言ったイーアンに、ミレイオは微笑み『龍の力は強くて難しいかも』と角を撫でた。
この夜、フォラヴ以外、オーリンもミレイオも馬車で休む。旅路が動き出した途端の出来事に、皆がそれを意識した夜になった。
お読み頂き有難うございます。




