1139. ヒンキラの町へ向かう道
馬車はバイラの馬を先頭に、ギールッフの通りを町役場へ向けて進む。
人混みは役場近くになると増すため、手前で馬車を停め、ドルドレンとバイラだけが、アオファの鱗を持って役場へ向かった。
町役場で、まず町長を探し出して彼に挨拶をし、ドルドレンは出発することを伝える。
バイラも町長に挨拶を済ませた後、警護団員たちに出発を知らせに行き、ドルドレンと町長だけで少し話した。
鱗を見せて『これを使ってくれ』と使い方を教え、町民の中には、これを使って魔物を遠ざけた人もいるだろうことを言うと、町長は深くお礼をした。
「総長。有難うございました。総長たちがテイワグナで活躍されることを、この町から応援しています。私たちも頑張ります。
いつか。平和になったら、また遊びに来て下さい。今回の事は、歴史に残る。誰もあなた方を忘れないでしょう」
「役に立てたなら、それで充分である。皆の無事を祈る。そして元気なギールッフに、再び会う日を俺も祈っている」
ぎゅっと手を握る町長に微笑み、ドルドレンはもう一つ伝えておく。『バイラは移動する警護団員』だから、もしもの連絡があるなら、その時は警護団を通せば、日が掛かっても自分たちには届くこと。
「そうなのですか。それじゃ、また・・・テイワグナは広いから、連絡が届くのもいつかは分かりませんが。だけど、あなた方に繋がると分かっただけでも、心強い。
どうぞ、あなた方の旅に、祝福がありますように!」
町長の挨拶に感謝し、総長は頭を下げてから『それではな』と別れを告げる。
人の波の向こうにいるバイラが手招きしたので、そちらへ歩き、町長に見送られながら、ドルドレンとバイラは役場を出た。
ふと、役場で手紙を頼もうと思うことをドルドレンが言うと、バイラが『次の町で』と郵送の滞りのない町を進めたので、了解して馬車へ戻る。
「次の町。ここから」
「明日には、着くと思います。明日の・・・道が混んでいないなら、夜前には」
瓦礫を撤去していた時、町の外へ運ぶ道で、馬車とたくさんすれ違ったのを思い出す。ドルドレンたちも、外から来る馬車の列に驚いた。あれはまだこれからも続くだろう、とバイラは教えてくれた。
「次の町にばかり、知り合いがいるわけではないですものね。
ギールッフの町民は、海方面の繋がりが多いみたいです。商売柄でしょう」
だから、これから通る道は、きっと馬車も多い。道沿いで野営は難しいかもしれないから、少し離れた場所を、野営地に設定した。
二人は馬車に戻り、待たせた皆に予定地を告げて『明日の夜に到着予定』とし、馬車を動かす。
「次の町は、ヒンキラです。ギールッフよりも小さいですが、商隊の道で通過する町なので、それなりに物はありますよ。ここも・・・『ハイザンジェルの貴族』の系列がいたような」
バイラの言葉に、ドルドレンはぴくっとする。ザッカリアは悲しみの中で楽器を弾いているので、気にしていない。
バイラに『貴族』名前知ってる?と訊ねてみると、警護団員は首を傾げ『そこまでは』と苦笑い。
「でも。地主なので。誰かは知っていますよ。私は知識の範囲ですけれど、ヒンキラの町民は知っているでしょう」
そう言うと、バイラは腰袋に入れた2通の封筒を見せて『これなんですが』と総長の顔を見る。
「どちらも警護団の封書です。1通は、ヒンキラの町長宛です。もう1通はその貴族宛・・・というかな。貴族の敷地宛なんですよ」
「変な聞こえだ。敷地に宛てた、とは」
「はい。総長たちが嫌な思いをされた、警護団施設。インガル地区を覚えていますか。警護団施設が、貴族の領地に入っている場合もあります。
だから、正確には、この封書の中身の中身。もう一つ封筒が入っていて、それが警護団宛です。外側のは、貴族の領地に『これを届けてほしい』とした書状です」
「面倒なのだ。手間が多い。テイワグナは、貴族の力が大きいのか」
驚く総長に、バイラは笑って首を振り『それはどこの国も同じでは』と答える。そんなことはない、と総長が言うと、バイラはちょっと考えて、笑顔をそのままに『作りが違うからか』と呟く。
「騎士修道会と、警護団は、始まり方が違うからかも知れないです。
警護団は貴族に頼んで、資金面を調えた団体ですから、貴族に何か言われたら一発で終わるんですよ」
「あ。それ。そうか、聞いたことある。インガルはそれで潰れかけたような」
それですね、と笑顔で頷くバイラに、ドルドレンは複雑。
騎士修道会も貴族の寄付金は受けるが、ここまで影響力は及ばない。教会に付随した発端がある修道会なので、国も、王さえ、資金面で手を出せない。二つの機関は別なのだ。
大変だね、と声をかける総長の理解に、バイラも笑いながら『面倒ですよね』と、仕組みのせいで、仕事の手数が多いことを困っていた。
ギールッフの町を出て、街道に馬車が乗った時。
「行ってきます」「じゃあな」
後ろから声が聞こえ、イーアンがオーリンの背中を抱えて飛び立つ姿が見えた。宙で笛を吹いた、龍の民は見上げる総長とバイラに手を振る。
「後でな。気を付けろよ」
「じゃあね、ドルドレン。午後にまた~」
龍の民と奥さんに挨拶されて、ドルドレンも手を振る。片手で手を振ったイーアンは、すぐにオーリンに『落ちる、危ない!』と注意されていた。
「落ちません。あなた、軽いから」
「危ないだろ、ぐらっと来たぞ。ガルホブラフに乗ってから、手を振るなり」
「あの仔が来る頃には、ドルドレンたち、かなり下です。見えません」
「俺が落ちたら、それ言えないぞ」
「あなたは大丈夫でしょう。頑丈そうだし。タフ、ってことね、タフ(※オーリンはこうした表現を好む)」
「タフ。何だっけ・・・そうじゃないよ。危ないだろ!」
「うるさいですねぇ。あ、来ましたよ。ガルホブラフ、早く~」
「何だ『早く』って。厄介払いみたいな言い方で」
「もう、良いじゃありませんか」
空でわぁわぁ言い合いしながら、二人は迎えに来た龍と合流し、ぴょろろ~っとお空へ上がって行く。
下を進みながら、全部聞こえている旅の一行は、笑いながら『いつも、ああだよね』と二人を見送った。
姿が消えるまで。空からは二人のやり合う声が響いていた。
午前の道。二台の馬車は、街道をすれ違う馬車の列に気を付けながら、ひたすら直進。バイラの話だと、この先に右に分かれる道があり、『そこは旧道だから、野営地はその道沿いで』とのこと。
空は少し雲が出始め、涼しい風も吹く。ギールッフへ向かう馬車はひっきりなしで、旅の馬車も進みは慎重。
馬車の台数の多い往来に、気は配らねばならないものの、『暑くてイライラ』がなかったので、御者のドルドレンもミレイオも、久しぶりの馬車の時間は楽だった。
ドルドレンはザッカリアの音楽付き。ミレイオはフォラヴを横に乗せて、前の荷馬車の荷台に座るタンクラッドと、3人で会話。
ふとバイラが、振り向く。『総長。お昼ですが』ここじゃ無理です、と伝える。
雲が多くなってきたので、昼がいつ頃か気にしていなかったドルドレンは、もうそんな時間かと思い『焚火を使える場所は』と訊ねた。バイラは少し眉を寄せて腕を組み、考え込む。
「うーん。そうだな、ええと。旧道へはまだなんですが、ちょっと農道でも借りましょうか。この辺の人たちは、そんなに気にしないと思いますから」
何かあれば、自分が出るからとバイラが言ってくれたので、有難くお願いし、旅の馬車は脇に続く道を下りる。
先はなだらかな丘が見え、途中で林にも満たないほどの木々が、隙間を見せて立っている。
「農家はもっと向こうなんですよ。ミレイオとこの前、この辺りを飛んで通ったので」
被害は少し出ていた様子。ミレイオが他の町へ知らせに行った日。その前の時間で、アギルナン地区を一緒に回ったバイラは、少し離れたこの辺りも見せてもらったと話す。
「被害。深刻か」
「ああ、いえ。アギルナンほどではないです。ただ振動や地震が続いたから、どうしても倒木はありますね」
地面が緩んでいる開墾地などは、乾いた土が揺すられて木々が倒れているのも見た、ということだった。でも『魔物の被害が、人や家畜へは行かなかった』らしいため、それならとドルドレンも少し安心した。
農道を進み、下草がない場所に馬車は停まる。民家も納屋もないし、畑でもない。ここで昼食の支度。
タンクラッドは、ショショウィを呼ぶ。ショショウィに無害な面々しかいないので、皆はショショウィと遊び、昼食を食べる。
食べている最中も、タンクラッドはショショウィを抱っこしたまま(※大事にしているつもり)。
でも今日は、ショショウィが落ち着かなさそうで、『帰る』と言い始める。何かあるのかと訊くと、地霊はキョロキョロしながら『うーん』悩むのみ。
無理をさせるのも可哀相だから、親方はショショウィを、今日はもう帰してやった。
「ショショウィ、何か気になったのでしょうか」
フォラヴがその様子を見ていて、自分のせいだろうかと心配する。妖精の力が増えた自分は、地霊に影響でもあったのかと話す騎士に、親方は首を傾げる。
「違うだろう。お前が触っても、嫌がらなかったんだ。もしお前が理由なら、最初からショショウィは伝える。何か、地霊にしか分からないものがあるかも知れん」
「だと良いけれど。私が理由だったら可哀相です」
「ん!いえ、違うかも知れないですよ」
二人の会話を、横で食事をしているバイラが遮る。フォラヴと親方が彼を見ると、バイラは急いで口に入ったものを飲み込んでから『この近く』そうだ、と話し始める。
「この前。ミレイオと一緒にこの近くへ来た時。地元の人に、被害の有無を訊ねました。何人かは倒木で困っていましたが、無事だったと教えてくれた農家の人が」
「ああ~、あれでしょ?精霊だか妖精だかが、守ったとか何とか(※テキトー)」
ミレイオも顔を上げて、バイラの話に首を突っ込む。バイラは頷き、ミレイオに確認する。
「この辺ですよね。もう少し、先だったかな」
「そうよ。あのね。あっちかな・・・あっち行くと、旧道に繋がるじゃないの。あの手前の辺で、その話を聞いたのよ。
農家ってさ。精霊信仰強いじゃない?この辺の畑も妖精?精霊?が、守ってくれているって話していたの。だから、被害がなかった家は『自分のところは守られた』って。
でも曖昧だったわよね、人によっては『精霊』って言うし。隣のおじさんは『妖精』って言ってたし」
ミレイオの話で、親方とフォラヴは、何となく言いたいことが分かった。
「と言いますと、ショショウィが帰ったのは」
「本当に近くに精霊がいるんじゃないのか?ショショウィは地霊だから、他の領域を嫌がるんだ」
顔を見合わせて、そういうことか、と頷く二人。ドルドレンもザッカリアも、そんな話を聞いて、近くで見ているのかなぁと笑って話していた。
「バイラ。ミレイオ。どの辺りと」
フォラヴが気に留めて訊ね、バイラは『この先』と教えてから、少し考えて『行ってみますか』フォラヴを誘う。
バイラが言うには、旧道に繋がる道もあるし、フォラヴと自分がその場所を散策し、夕方に旧道沿いの野営地へ向かえばと。
「道はまっすぐなんですよ。道なりで、曲がったりはありますが。大きく曲がらないし、旧道沿いは開けているから、道が狭いだけで見通しは良いです。
少し離れると、こうして林に似た場所が点々としていますが、民家はその向こうですし」
迷うこともないから、とバイラが言うので、ドルドレンも『それなら』と了解してくれた。
部下のフォラヴは、妖精の力を得てから、少し動きが変わってきた。それは彼の動きとして、見守りたい。
了解をもらったフォラヴは嬉しそうに総長にお礼を言い、バイラに『有難うございます。宜しくお願いします』とお願いし、昼食後は早速、バイラの馬二人乗りで、散策へ出ることに決まった。
「何かあれば、連絡をします。ミレイオも私たちの行き先は、一度通って知っています。
遅くならないようにしますが、必要であれば呼び戻して下さい。この道の先、林のある方にいますから」
バイラは総長に挨拶し、昼食の片づけを終えた皆に『行ってきます』と微笑むと、後ろに乗せたフォラヴに『龍よりゆっくりですよ』と冗談を言い、二人は朗らかに笑い声を立てながら、農道へ出かけて行った。
「あの二人も。なかなか、相性が良さそうである」
「10近く違うのよね。フォラヴ、28?でしょ。バイラって37って聞いたから」
「お兄さんと弟さんである。うちは、知らない間に、家族関係が成立している気がする(※某獅子&某部下参照)」
「イーアンもオーリンと兄弟だしね」
アハハと笑うミレイオは、寝台馬車の御者台に乗り、馬車を出す。ドルドレンも笑いながら、手綱を取って出発。
ザッカリアが眠くなったというので、親方のいる荷台に移動させる。
雲は相変わらず多かったが、最近の暑さの一時的な休憩のようで、涼しい風の吹く中、旅の馬車は細い道をのんびり進んだ。
お読み頂き有難うございます。




