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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
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1138. 旅の六十六日目 ~名残惜しきギールッフ

 

 もうじき、とはいつなのか。ドルドレンの朝は、奥さんへの質問から始まる。



 もうそろそろ動く、と知った昨晩。『奇妙な筒』連動による恐れがある、場所と規模を聞き、定かではない様子から、寝つきの悪い夜を越えた朝。


 奥さんの早朝の起床に気づいて、ふと、彼女の手に、手を置いた。

 振り向いたイーアンは、暗がりの部屋の中で、じっと目を見つめ、ドルドレンの灰色の瞳が見えていることから、ニコッと笑った。おはようの挨拶とキスをして『もう起きられて。早起きですね』とほほ笑む。


「うん。眠れなかったのだ。寝たけど」


「ハハハ。そうでしたか、眠れたなら良かったです(※伴侶が眠りこけていたのは知っている)。でもどうして早起きですか」


「聞きたいのだ。イーアンは昨日、ヨライデ近い海で、次の連動が来ると言った。それはいつか、と」


「はい。昨日もお伝えしたように、もうじきとしか」


「だろう?そうなると、()()出た方が良い気がした」


 イーアンは伴侶を見つめ、それは今日にでも出発することを意味しているのかと訊ねた。伴侶は頷いて『ヨライデまで遠い』間に合わないなんてことは避けたい、と答える。


「そうですね。どのくらいの距離か、私も見当がつかず。

 しかし怯えさせるのも嫌で、人には話していません。あなたは今日、バイラに地図を見せて頂いて、ヨライデ近くまでの日数を伺って下さい」


「イーアン、もしそれが()()()とでも言われたら、朝食も抜いて出発だ」


「朝食はさておき。連動は()()()()()の可能性も」


 ドルドレンの目が見開く。『一週間以内』繰り返した声に、イーアンは顔色を変えずに『その可能性も無きにしも非ず』と呟いた。


「そんなに?そんな早く」


「分からないのです。ですが、ヨライデで起こった3度目は、そう遠くない日なのです。

 だから4度目・・・それは近い日であってもおかしくありません」


「落着き過ぎだ!もう出ないと」


 がばっと起き上がったドルドレンは、のんびりしている奥さんに『昨日の夜でも良かったのに!』と困ったように言い、大急ぎで服を着始める。


「ドルドレン。『動くのは私』と言いましたでしょう。

 もしあなた方の行動にお願いすることがあるなら、それは近隣の人々をお守り頂くことなのです」


「分かっている。だから焦っているのだ。君は飛べるが、俺たちはその場所まで」


「飛べます。ショレイヤたちは動けます。バーハラーは、まだですけれど」


 え・・・ドルドレンはシャツを羽織ったところで、奥さんを振り返る。

 白い角をぼんやり光らせている奥さんは、うん、と頷いて『馬車番がいて下されば、龍で。その場所から動けます』と丁寧に説明。


「それ。早く言うのだ」


「ドルドレン、お訊きになりませんでしたでしょう。私もうっかりしましたが」


 そうなの、と了解して、慌てたのを落ち着かせたドルドレンは、ベッドに座って『もう起きちゃったから』とズボンも穿いた。イーアンは横で見ていて『ですからね』ズボンを穿く伴侶に言う。


「これから朝食です。そして栄養を取って、元気を体に得てから、バイラに地図を見せて確認して下さい。

 他の人たちに用事がないなら、今日出発でも良いでしょう。

 私が思うに、空から見ていてですが・・・一度、南へ下る道を進んで、西へ行った方が、海から離れないでヨライデへ向かえる気がしました」



 ここから南方面に町があるから、そこで食料の買い出しもした方が良いと、イーアンは話す。


「例えばですよ。3日後に連動があるとします。私はもちろん、向かうでしょう。

 そして本当に、()()()であれば、グィードが来ます。そうでなければ、私一人に対し、アオファとミンティンが来ます。

 はい、私の話はともかく。その3日目までの間に、食糧尽きます(※暴露)。そんなに驚かないで下さい。

 なぜかと言いますとね、傷んでいるのもあるのです。私とミレイオが、計画的に使っている順番が途絶えたのが理由です。留守がち原因。

 ですから、早めに入れ替えして、食べ物を確保です。水もです。水自体はきれいですが、量が。この町で汲むのも、こんな事態ですから気が引けます。

 このような理由により。次の町で、食糧・水を得て進みませんと、連動対処後。『一仕事終えても、夕食にあり付けない』なんてことになりかねません。早めに、お買い物必須」



 お分かり?と奥さんは頷く(※ジャック・スパ○ウ風)。

 淡々と説明され、ドルドレンは頷き返し、俺の奥さんは慌てないなぁと感心し『言われたとおりにする』と約束した。


「それとね。アオファの鱗。届いていますでしょ。あれをギールッフの皆さんと、生存者のいる集落の方々に、お渡しして。また持ってきますから、全部差し上げても構いません。

 聖別、私も出来るようになりました。アオファの鱗をいつもらっても『その場で聖別』なら、私でもイケます」


「すごいのだ。うちの奥さんは、聖別までこなす。貴重感、抜群。特殊感、最高である」


 アッハッハと笑うイーアンは『褒めても何も出ませんよ』と、ベッドを立ち上がると、伴侶のおでこにちゅーっとして『では、お食事を作ります』それまで出発準備をされていて下さい・・・そう言って梯子を下り、調理器具と食材を抱え、馬車をとことこ出て行った。



「うむ。イーアンは。始めっから、あんな具合だったが。龍になろうが、聖別が出来ようが、中身は一緒(?)。いつも落ち着いていて、いつも笑っていて、いつも何となく暢気なのだ。緊張感が薄い」


 戦うと人格変わるのにね・・・うんうん、頷きながらドルドレンは、暢気で逞しい奥さんの言うことを実行するために、自分も馬車を出て、寝台馬車のバイラを起こすことにした。



 そして。出発決定の話が、朝食時に皆に伝えられる。


 それからは慌ただしかった。飛び交う『じゃあ、もうあれやらなきゃ』『出るなら教えておかないと』『挨拶は』『まだ伝えていない』『調べないと』の声が食事中、ずっと続き、食べ終わる頃には全員が、自分のすべきことに取り掛かった。


 ザッカリアは、フォラヴに付き添ってもらってバーウィーの家へ向かう。ドルドレンとバイラは、地図で距離を大まかに算出し、道を決めて経由する町や村落、警護団施設などを確認した。


 バイラは続いて、ミレイオに頼んで集落へ最初に出かけ、アオファの鱗を届けることにした。これにより、バイラとミレイオが出発。


 町役場・警護団たちへの連絡は、バイラと一緒にドルドレンも出発後に立ち寄るとして、これは一番最後。


 タンクラッドは炉場の職人たちに最後に伝えることと、行先の町で立ち寄る工房の確認事項を書き記し、ガーレニーを頼る約束の確認も怠らないよう、意識する。


 イーアンも同じ。オーリンを呼んで、やってきた龍の民に『本日出発』を告げ、イェライドやディモ、飛び道具に理解の深いレングロの3名に、疑似火薬の配合と応用、似たような作用をする材料などを、紙に書いてもらった(※未だに自分で字を書けないイーアン)。


 ドルドレンは馬車と馬の調整。打ってもらったばかりの蹄鉄の状態と、車輪や車軸の痛みなどないか確認し、センとヴェリミルを馬車に繋ぐ。


 それと、ハイザンジェルの機構と、テイワグナ警護団本部宛に手紙を書き、ギールッフの町での出来事及び、職人たちの活動開始を知らせることにした。



「あまり連絡すると、何を言われるか分からないが」


 気になっていた、シャンガマックへの通信。朝なので起きているだろうと、とりあえず呼び出してみる。


 全然出ず、根気よく待って、1分過ぎるくらいの頃。

 応答があった。すぐに『シャンガマック、俺だ。ドルドレンだ』急いで伝えると(※お父さんに切られる恐れあり)。


『何の用だ』


 (まさ)しくお父さんが出た(※ドルびっくり)。

 びくびくしながら、不機嫌そうなお父さん(←ホーミット)に事情を伝えると、お父さんは『起きたら、教える』と返し、ちょきんと通信を切られた。


「びっくりしたのだ。シャンガマックはまだ寝ているのか。とはいえ、まさかホーミット(お父さん)が出るとは・・・心臓に悪い」


 叱られるかと思った(※怯)と呟いて、腰袋に珠を戻したドルドレン。


「ホーミットは、彼を()()()可愛がっている気がする(※当)」


 二人の時間を邪魔されている!くらいの勢いで怒るような・・・これ確定、と頷き、これを奥さんに伝えることに決めた(※別に言わなくても良い)。



 間もなくして、向こうから人声が聞こえ、職人たちが数名一緒にこちらへ歩いてくるのが見えた。


 ドルドレンが顔を上げるのと同時くらいで、タンクラッドが大声で彼らに挨拶し、すぐに彼らの元へ向かう。

 タンクラッドは皆と一緒にこちらへ歩きながら、事情を話しているらしく、側まで来た時には、彼らはすぐに旅の一行に近寄った。


 総長ドルドレンに皆はまず挨拶し、それから馬車の後ろにいるイーアンとオーリンを見つけて、彼らにも挨拶をして、これまでの思いを伝え始める。


「ミレイオは?」


 ミレイオにも、とフィリッカが見回す。『彼は集落へお守りを配りに出た』と伝えると、職人たちはとても残念がっていた。


「あと1時間もすれば戻るだろう。それまで、するべきことを詰め込む。揃ったら出発だ」


 総長の言葉に、『旅が始まる』と改めて心響く、その場にいる全員。


 職人は代わる代わる、旅人の手を握って、今後の旅の無事を祈り、本当に助かったとお礼を伝え、どんなに楽しかったか、心からの思いを何度も何度も繰り返してくれた。


「イーアン。お願いがある」


 イェライドが近づいて、その白い角をちょっと見てから、ナデナデ。笑うイーアンは頷き『何でしょう』と聞き返すと『龍の姿をもう一度見たい』と彼は言った。


「あら」


「無理なら頼まない。だけど、最後にもう一度、目に焼き付けたい。俺たちの町・・・俺たちのテイワグナを、守りに来た龍の女が、龍の姿で戦ってくれたことを、忘れることはない。もう一回」


 横に立つオーリンは、イーアンの腕を肘で(つつ)いて、目の合った女龍に、視線を空に向けて示す。


 その顔が笑っているので、イーアンも笑う。イェライドの願いを聞いた周囲は、どう答えてくれるのかと見守る。

 ガーレニーもじっと見つめ、『でも自分は、今後も会えるんだよな』と心の中で思っていた(※役得)。


 ドルドレンとタンクラッドは、続きが分かっている。イーアンが断わるわけがない(※サービス精神旺盛な人)。ニコニコしながら、女龍の反応を待つ。


「どうかな?」


 イェライドは、なかなか返事のない答えを探る。


 オーリンとしては『(男龍に⇒)注意されているみたいだけど、いいんじゃないの』の気持ち。口には出さない。イーアンも『注意はされてるけれど』と思いつつ。


 エヘッと笑うと、6枚の翼をびゅっと出す。これだけでも、周囲大喜び(※『わーっ!』てなる)。


 それからイーアンは、期待通り。ぐぉっと真上へ飛び立つと、明るく輝く空を背景に、真っ白い光の玉に変わり、ぐんぐん光を増した後、ドンッと白い龍に姿を変えた。



「おおおお!!龍だ!龍が出た!」


 職人大喝采。大喜びで拍手と歓声を送る。炉場の向こうの通りでも、わぁわぁ叫んでいる町民の声が重なる。

 ドルドレンもタンクラッドも、オーリンも。笑いながら空を見上げて『こうなるよな』と頷く。


 白い大きな龍は、かーっと口を開けて、空に翔け上がると、思いっきり咆哮を上げた。


 空気を振動させ、大地を揺るがす、迫力満点の龍の声は長く轟き、テイワグナを奮い立たせる、大きな味方の登場を今一度、告げ知らせる。


「生きてて良かった」


 白い髭のキーガンと、おじいちゃん職人の2人が感動を伝え合う。


「すげえ。俺はこんな時代に生まれたのか」


 イェライドは胸に手を当てて、空の龍に祈る。笑顔に涙が伝う若い職人に、ドルドレンは驚く。見れば、他の職人も祈るように手を胸の前に上げて、龍を見つめている。彼らの表情に見える、信心深さが印象的だった。


「この前。魔物が襲った日。あの日も、こうして白い龍を見上げた。今、自分たちが何をするべきなのか、テイワグナの国民は皆、理解したはずだ」


 呟いた声に、ハッとして振り向いたドルドレン。そこに、フォラヴとザッカリアを伴った、バーウィーが立っていた。



 声を轟かせた白い龍は、ゆっくりと首を下に向け、静かに降りてくると、炉場の敷地に集まる皆に、首を伸ばす。


 ザッカリアが喜んで駆け出し、降りてきた龍の顔に抱き付いた(※デカいから、顔だけしか降りられない)。

 子供は『俺のお母さんだ!イーアンは俺のお母さんだ』と大きな声で自慢しながら、白い龍の大きな口元にしがみついて笑った。


 バーウィーはそれを見つめ、『そう。彼は・・・いや、この人たちは。()()()()()()()()()()()()』そう呟いた。彼の横にいるフォラヴは微笑み、頷く。


 斧職人の言葉は、旅人は『自分たちが触ってはいけない範囲』の相手で、『自分たちに(もたら)された貴重な示唆』と、他の職人たちに伝わる。



「ただいま~ どうしたの。イーアン、何で龍なのよ」


 空の向こうから、間延びしたオカマの声が聞こえ、その言い方に笑った皆は、ミレイオと彼の腕に支えられたバイラを見た。


 イーアン龍も、大きな首を動かして笑う(※声が怖い)。近づいたミレイオが笑って、龍に『声が怖いわよ』とぺちぺち大きな顔を叩いた。


 この後。イェライド他、職人たちも『記念に』と龍に触らせてもらい、いい加減、皆に撫でられた後、イーアンは人の姿に戻って、自分の白い鱗を職人たちにあげた(※記念品)。


 そして、タンクラッドとミレイオ、オーリン、イーアンは、職人たちと最後の話をし、バイラとドルドレン、フォラヴは出発の支度を済ませた。

 ザッカリアだけは、最後まで。馬車に乗る寸前まで。バーウィーに抱えられていた。



 旅の一行は、全員揃った1時間後。世話になった炉場を出発し、皆に見送られながら、見えなくなるまで別れの挨拶を言い続けた。

 ザッカリアはちょっと泣いていて、ドルドレンの御者台に座り、ずっと音楽を奏でていた。

お読み頂き有難うございます。

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