1137. 獅子の用事とガドゥグ・ィッダン発動の話
夕方になる頃。シャンガマックの見ている彫刻も、部屋の3分の2ほどは進んだ。館長は相変わらず、没頭してカリカリと写す。
もうそろそろかな、と日の傾き方を見て、館長に挨拶する騎士。
「俺はもうじき。今回は有難うございました」
「あ、そう?もうそんな時間。いや、シャンガマック。こちらこそ。やっぱり弟子が欲しいねぇ」
肩越しに挨拶され、館長は振り向いてから立ち上がる。握手をして、また会えたら良いけれどと彼は言った。シャンガマックもそうしたいが、自分の都合で馬車を動かすのも、今回を以て不都合を自覚する。
目的が、あって・ないような、テイワグナの旅。
魔物退治と、魔物資源の製品化が目的と言えばそうだから、当てがないようにも思う。しかし、一人で動くわけじゃない。それはシャンガマックの中で、どう答えて良いのか難しく感じる部分だった。
「今年はね。ティヤー近くにも行く。それと、ヨライデ沿いの遺跡も行く予定があるんだ。
君がどう動くのかわからないから、無理も言えないが。私も調査に出ると、こんな具合で往復も含めれば、一ヶ月くらい使うからさ・・・一応ね。館にいる日だけ教えておこうか。
調査で出るの、また日にちがずれる可能性もあるし」
館長は、別れ際に手帳を出して『この間は、館にいるよ』と期間を教えてくれた。
シャンガマックも了解して、是非また、とお願いすると、館長に学べたことを改めて感謝し、彼の無事な旅路を祈ってお別れする。
シャンガマックは、館長と護衛の人たちに見送られて、帰り道に着いた。
とは言うものの。茂みに入るや否や、夕方の影になった木々の中から獅子が現れ『長い』と一声掛けられ、笑った騎士は連れ去られるように、背中に乗せられて移動した。
「いつまで居るのかと思った」
「夕方と言ったから」
「次の場所へ行くんだぞ。お前の食事もある。やることが多い」
意外にも予定をきちんと気にしている様子のサブパメントゥに、シャンガマックは声に出さないよう笑って、『有難う』とお礼を伝えた。
走る獅子は、遺跡から離れた岩場の連なりに入り『夜が来るまでここで待つ』と息子を下した。
「夜に移動する。お前の食事はその時だ」
「何から何まで有難う。今日はどうしていたのか。どこかへ行った?」
「うむ、訊くのか。お前に言い難い」
言い難いなら、言わなくていいよ、と騎士がすぐに止める。獅子は少し考えた後『言えないな』と答えて、シャンガマックは頷いた。
「お前はどうしていた。あの中にずっといたのか」
「そう・・・あ、そうだ。人の姿になってくれないか。背中を見たい」
いきなり思い出したように言う息子に、獅子は何かと思ったが、別に背中を見るくらいならと、人の姿に変わる。
お礼を言う息子は、ヨーマイテスの後ろに回って、彼の金茶色の髪を手で寄せると、広い背中を見つめる。
「何だ。それが珍しいか」
しげしげ見ているであろう息子は、肩より下なので視界に入らない。背中の模様をなぞっているので、指が動いているくらいは分かるが、何をしているかと訊くと、『あの部屋の雰囲気と似ている気がした』らしかった。
「あれとは違うぞ。全然別物だ」
「うん。分かる。だけど、ヨライデの遺跡に多い彫刻と聞いた。何だか、ヨーマイテスとミレイオの刺青を思い出して」
「俺に、ヨライデは関係ない。ミレイオは暫く暮しただろうが。
それにしたって、この模様とヨライデは関係していないぞ。お前は何を思うのやら」
「もうちょっと見せてくれ。うーん・・・初めてちゃんと見たけれど。これも全く見たことない絵だったんだな。何も分からない」
面白そうに観察している息子に笑うと、ヨーマイテスは体の向きを変える。あ、と声を上げて『もう少し見たい』と言う息子の顔を覗き込んで『お前には早い』と教えた。
「どうして。見ているだけだ。早いも遅いも」
「あるんだ。俺がそう言うんだから、そうなんだ。お前が知識に入れるには、すっ飛ばし過ぎている」
「でも。背中にあるんだから・・・見ても良いと思うけれど。ダメなのか」
シャンガマックとしては、貴重な絵なので見たいだけ。じーっと父を見つめると、父は何も言わず、後ろを向いて、背中をまた見せてくれた(※仔犬ビームの勝ち)。
「余計なことを考えるなよ。これを見たからと言って、あれこれ繋げるな。間違いと誤解が増える」
「気を付ける・・・素晴らしいと思うから、しっかり見たいだけだ。今まで、こうして見たことがないから」
褒められた父は、暫くそのまま、大人しくする。背中で『すごいな』とか『不思議だ』とか『もっと早く見たかった』と、息子の独り言が聞こえ、ヨーマイテスは思ってもないことで、息子の関心を惹ける背中に喜んだ。
――こんな時間を過ごしていると、つくづく。老バニザットのしたたかさと比べる。
今日。毎度の如く、ショショウィに頼んで、老バニザットの力を戻してもらった。
自分の腰に巻かれる、緋色の布を見て、あの男の言葉を思い出す。
話を聞いた時は怒りが沸いて、破ってやろうか(←布)と思ったくらいだったが、説明されると黙るだけに留まった。
老バニザットは、あの地下の遺跡ガドゥグ・ィッダンの一部が、発動する可能性を知っていて、ヨーマイテスに教えた。
それをしゃあしゃあと伝えられ、カッと来たヨーマイテスは思わず、緋色の布を鷲掴みにしたが、老魔法使いの声は『聴け』と続き、握り締める手を緩めず、ヨーマイテスは待ってやった。
『あの時。バニザットがいたんだぞ。あのすぐ上に、お前の子孫が』
『そうらしいな。お前の感情の膨れ方は、そんな具合だ』
『消す気だったのか。ガドゥグ・ィッダンが、今の俺によって引き起こされると知っていて』
『ヨーマイテス。お前の力を知るに、充分だっただろう。
嘗てお前と俺で見た、ガドゥグ・ィッダンの忠告。
発動を引き起こすのは―― 空の力が行き渡る帰り道、落とされたガドゥグ・ィッダンより帳を引き抜く者――だ』
ヨーマイテスは黙る。それは、自分が何者かを身を以て知る為か、と理解する。
とはいえ。だから『分かった』と返事をする内容ではない。ここは詰める。
『だが。お前の子孫は。ドルドレンたちもだぞ、同時にいたんだ。彼らがあの場所の近くにいるくらい、お前は知って』
『女龍が助けたな。しかし、今のドルドレンも出るだけの用意はあった。あいつが、自分を使えていないだけで』
『ドルドレンにそんなことは出来ない』
『何を言う。冠がある。あいつは使っていない。ギデオンはすぐに使いこなした』
甘いんだ、ドルドレンは・・・緋色の布は、動きながら喋り続ける。他人の領域でも踏み込めるのが勇者の力だろう、と老バニザットの声は告げる。
ギデオンは冠を受け取ってからは、勘でも働いたか『自分が使える力』は難なくこなした。それは確かだった。単に、使い道が一定しないだけだった(←アホだから)。
ドルドレンは、自分と皆の力に差があると感じて、自分は補助くらいにしか捉えていない。見ていて、ヨーマイテスも感じる。
貪欲に、自分の力を動かす試みを求めず、『他人の力の範囲は他人』と認識している状態。
遠慮からそうするのか、従順な理解力が逆効果なのか、分からないところ(※良い性格が裏目に出てる)。
『ヨーマイテス。旅の仲間を消す提案を、俺がすると思うな。バニザット(※騎士)はまだ成長していないが、次のガドゥグ・ィッダンには連れて行け。お前が行っても問題ない、空の力を呼び込んでいない場所だ』
嫌味のように、疑う相手を先に踏み潰す一言で、言い返す言葉を封じる、魔法使い。
『俺が再び、引き金になれば』
『ならない場所へ行けと言った。なる場所は、連動だ。それはもうじき、ヨライデ近くで起こる。山脈の後に起きた、あれの続きだ』
『バニザット、教えろ。明日、2度目の連動が起きた、ハイザンジェルの山脈へ行く。この前、連動で男龍が止めた場所だ。あそこはもう』
『何度も言わせるな。俺はなる場所は連動、と伝えた。
連動が終わった場所は動かんだろう。お前もそのくらい分かっているはずだ。そんなに警戒したいなら、ヨライデ近くで起こる連動には近づくな』
何かまだ、言い足りない様子の老魔法使いだったが、聞き取れないくらいの音で何をか呟くと『お前と話していると、お前が腑抜けに思える』と嫌味を伝えた。
騎士のバニザットにどこまで尽くす気だと、懐かしい『嫌な笑い方』が聞こえ、ヨーマイテスは不機嫌にそれを無視した。
その後も、嫌味ったらしい老魔法使いの助言は続き、『嫌味抜きで言えないのか』と、ヨーマイテスはぼやいたが、それを合いの手に『また次の報告を待つ』で会話は〆られた――
「はー・・・あ」
思い出し、うんざりした溜息をついて、ヨーマイテスは老バニザットの嫌味っぽさに首を振る。
「ごめん。もういい。そんなに嫌だったか」
背中からすぐに声がかかり、立ち上がって謝る騎士のバニザット。うっかりしたヨーマイテスは慌てて『違う。お前じゃない』思い出したことがあった、と答えた。
「そうか。でも、無理させた。悪かったよ」
「無理はない。お前に無理なんかあるわけないだろう。違う、嫌なことを思い出しただけだ(※老バニザット)」
謝る騎士の腕を引っ張って、自分の前に座らせると、ヨーマイテスはきちんと『お前の事じゃない』気にするな、と伝える(※誤解は困る)。
騎士はそうやって言ってくれる父に、にっこり笑うと頷く。
「分かった。気にしない。今日、嫌なことがあったのか。それは話したくないな・・・でも、俺で良ければ聞くよ。言ってくれ」
「お前は本当に・・・ああ、お前は(※言わない)」
カワイイやつだなぁ、と思う(※比較対象今回⇒彼の先祖)。腕に抱き寄せて、騎士の頭を撫でると、騎士は見上げて『もう暗い』と外の暗さを教える。
ヨーマイテスも、そろそろ移動だなと思っていたので、頷いて出かけることにした。
「休む場所にお前の食事(※鳥)がいるとは限らない。居そうな場所で、捕らえる」
「有難う。気を遣わせてしまうが、お願いする。ヨーマイテスも一緒に食べよう」
腕の中で自分を見上げて笑顔の騎士に、ヨーマイテスは目を閉じて感謝した(※『こいつはカワイイ』としみじみ)。そして、あんなに(←老バニ)なるなよ・・・と、祈るように念じる。
獅子に変わった父は、背中に騎士を乗せ、夕暮れから夜に変わる藍色の時間、次の目的地を目指して岩場を出発した。
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ヒョルドの恋話を今日もアップしました。宜しければお立ち寄り下さい。
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