1136. 魔法使いの墳墓調査
泥のように眠った、翌朝のシャンガマック。
体の痛みもなくなり、疲れは癒えていたが、一日にうんと詰め込んだ昨日は、それだけで頭がいっぱいで、寄りかかったヨーマイテスと話しながら眠り込んだ。
「起きろ。来たぞ」
ヨーマイテスに起こされて、寝ぼけまなこで欠伸しながら、褐色の騎士は体を起こす。ベッドはなかったが、丸まった獅子の体の上にいて、フッカフカの鬣に埋もれた朝は快適だった。
「おはよう。ヨーマイテスが包んでくれていたか」
「話していたら、お前は寝た。起こすわけにもいかないから、俺が体を変える方が手っ取り早かった」
起こすわけにいかない・・・優しいなぁと思う、その言葉に嬉しいシャンガマックは、うーんと伸びをしたその腕を大きな獅子の首に回して、ぎゅうっと抱き締めた。
「有難う。暖かい。ヨーマイテスはいつも優しいな」
埋もれる鬣に頬ずりしながら喜びを伝えると、尻尾がバッタンバッタン左右に振られていた(※大喜)。
「礼はいい(※とは言うが喜ぶ)。もう、来たぞ。学者と男たちが近くにいる」
「え。そうか、館長たちは『一日でここに到着する』と話していた。じゃあ、顔を洗ってくる」
外はもう明るい。ヨーマイテスは岩棚の窪み奥にいるので、明るさを気にしなくて済んでいるようだが、とりあえず『自分が館長たちと一緒に動く間は、戻っていても良い』と騎士は伝えた。
「どこを見るのか、俺も分からないんだ。奥の墓以外は壊れているし。
でも長引くと何だから、ヨーマイテスは自由に動いていてくれ。今日の夕方には館長と別れる」
「お前の食事はどうする。今日は用意していないぞ。寝てたから」
獅子の上に寝ていたため、朝食用の鳥は獲っていないとヨーマイテスは言う。シャンガマックは微笑んで『大丈夫』と答え、昨晩もたくさん食べたから、夜にまた食べると答えた。
「俺に付きっきりだ。ヨーマイテスも自分の時間が必要だろう。
夕方前に会えるなら、そうしてもいいと思う。今日はここから動きそうにないし、出かけても大丈夫だ」
ヨーマイテスとしては、別に一緒でもいいと思うが。
しかし、他意もない息子の言い方は(※『どっか行ってて』というわけではなさそう)これまで、一人で行動してきたヨーマイテスを気遣っていると分かるので、少し、まぁ・・・そうしても良いかと(※最近は一緒が好き)考え、了解してやった。
それを伝えると、騎士は獅子の頭を撫でてから外へ出て、水で顔を洗い、水を飲んだ。そして伸びをして、岩棚に置いた剣を帯びる。
腰袋にも、昨日、手に入れた本や羽を入れて、飛び出ているところが落ちないように、紐で括り付けた。
「どの辺だろう、館長」
「もうじきだ。後数十分で、遺跡の右から出てくる。ここは干潟でもないから、すんなり到着する」
教えてくれた父にお礼を言って、シャンガマックは立ち上がる。『じゃ、行ってくる』後で、と声をかけると、騎士は岩棚の外へ歩いて行った。
ヨーマイテスも立って、影に入る。久しぶりに、この緋色の布の持ち主と話してくるかと考えていた。
「バニザット。お前は知っていたのか。俺があの遺跡を動かすことを」
それをはっきりさせておかないと、どうにも落ち着かなかった。
あの日。老魔法使いのバニザットに示唆されて向かった、アギルナンの地下にある遺跡。あれに触れた時、異常事態が起きたのだ。
知らなかったはずがない―― 何でも熟知している、あの魔法使いが。
「俺を嗾けたのか」
だとしたら、理由と目的を聞き出す必要がある。あのせいで、騎士のバニザットを危うく死なせかけた。許せる範囲じゃない。
獅子は、大きく体を揺すると、ゆっくりと闇に向かって歩いた。その姿は暗がりに溶け、遠く地霊の住む森へ続く、暗闇の道を進んだ。
*****
墳墓の前に下りたシャンガマックが、少し気になったこと。
「ここ。本当にどこを調べるつもりなのか」
目ぼしいもの、と言ってはいけないだろうが、それほど館長の気を引くものがあるのかどうか。
あるとすれば、戦闘の場になった墓のある部屋で、そこは見る暇がなかったため、先に見ておこうと中へ入った。
昨日の今日だが、何だかまだ緊張は残る。異質な戦い方だったのもあると思う。『あんな魔物が、これからは出てくるのかな』そうなると、総長たちじゃ苦戦するかもと、心配も出てきた。
壊れた床の縁を進み、奥へ続く廊下を通り、昨日の部屋の前まで来ると、もういないとは分かっていても、武者震いする。
そんな自分にちょっと笑って、騎士は首を振りながら段を上がった。
昨日に感じた、あの異様な重圧はない。
当たり前だけれど、体に感じる異質がないことで安心を確認した。シャンガマックは中へ入り、真向かいにある棺を見つめてから、横へ移動して壁をまず調べた。
左の壁も、右の壁も、棚がある。添え付けの棚に物はないが、下に土くれと一緒に転がる壺が印象的だった。
屈んで割れた壺を手に取り、土を払ってよく見てみると、壺には絵があった痕跡が見える。顔料が着いていたのか、うっすらと絵筆の跡らしきものが分かった。
棚を見て、棺を見て。反対側の棚と、壺をやはり見てみる。壺の大きさは手のひらから少し出る程度の小さいもので、当然、蓋もないし、劣化が激しくて耳として付いていそうだった持ち手も、名残りしかない。
昨日はそれどころではなかったため、気にも留めることはなかった、壁の彫刻に近づく。
壁を隅々まで埋め尽くす、妙に立体的な彫刻。直に掘られたものだけれど、他の遺跡よりも浮彫の感じが細かい。
「これかなぁ」
騎士は呟き、指先でなぞりながら、どうしてここの部屋だけが、こんなにはっきりと彫刻を残しているのか考えた。
よく考えれば、おかしな話である。
手前の広い迎えの間は、床が破壊されたと言ってもいいほど壊れ、壁画も削り取られたような印象だった。経年劣化もあると思うが、それに輪をかけて、保存状態は劣悪。
続く廊下は無事だったが、特別、意味のある彫刻や壁画はなく、廊下も気になるのはその造りくらい。なぜか傾斜していること。
そしてこの、墓のある部屋。
壁の棚から落とされたか、落ちたか。壺は全て床に割れて転がり、土くれはどこからのものか、棚の下にまぶされているようにある。
壁の彫刻は削れている箇所がないわけではないにしても、他に比べると、信じられないほど状態が良いのだ。
盗掘で使ったであろう道具は、とても古いと分かるものだが、それはねじれたり、溶けて形を失ったりの損傷を受け、そのまま床に放置されている。これはあの魔物だろうな、と見当がつくにしても。
壁の彫刻を見つめてゆっくりと歩きながら、シャンガマックはもう一つ不思議を思う。
「こんなの。見たことない」
初めて見る彫刻で、一体何を意味しているのかも知らない。分かりやすい形がほぼない、それは珍しい。
抽象的で、生き物などの動植物が見られず、模様にも見えるけれど、それにしては変形が多い。そして細工が実に手が込んでいる。
ヨーマイテスの話では、ここは魔法使いの墓になる前からあった、遺跡。
昨日、話をしてもらっていた最中に眠ってしまって、魔導書の話もうろ覚えなら、ズィーリーの望みとされた治癒場の話も、ほとんど覚えていない。
「もう一回、教えてもらおう」
全然思い出せない、と苦笑いしながら頭を搔いた時、外で話し声が聞こえ、シャンガマックは部屋を出た。
見ると、館長たちが来ていて、廊下をこちらへ歩いて来るところだった。
館長もシャンガマックに気が付き、朝の挨拶を交わすと、近くへ来て『もう来ていたか』とにっこり笑った。
「早く着いたんです(※本当)。でも来てみて、驚きました」
護衛の人たちは外で待ち、シャンガマックと館長は一緒に中へ入りながら、この遺跡の状態を話す。段を上がって墓の部屋へ入った館長は、後ろを振り向いて『だろうね』と頷いた。
「ここに来る前に、どうしても通る、あの最初の部屋。部屋はあそことここしかない。それで、あっちは壊滅的だろ?ここもそうかと思えば、こんなに状態が良いんだものね」
館長は見渡す壁面に、満足そうに微笑んで『差がすごいよね』と呟く。
「何があったんでしょうか。盗掘道具はまぁ。見ましたが、奇妙な壊れ方ですけれど。それはともかく(※魔物がいたとは言えない)」
「うーん。どうなんだろうね。前に来た時は、あの最初の広間も調べたんだよ」
ほぼ見るものはないですよ、と驚く騎士に、館長も否定はしない。『でも調べないとね』と笑って、あの破壊のされ方は、過去にこの遺跡を襲った戦争の跡じゃないかと、思うことを話してくれた。
「戦争」
「そうか。君はそこまでは知らないか。テイワグナは、何度も侵攻を受けているんだよ。ヨライデにもティヤーにも。昔は国も小さいのが結構あったんだ。それはもう、生まれては消えて、って感じでさ。
西に行けば、顕著に残っている破壊の跡もあるよ。信仰の対象が違うと、それだけで戦争になるから」
「え。では、ここも」
「そうかな?というだけだね。証拠に大きいものが出ないから。
ほら。君も見ていて分かったと思うけれど、これ。この彫刻。今までと違うだろう?これはね、ヨライデに多いんだよ」
次から次に、驚く話。シャンガマックも目を丸くして、彫刻を見つめる。
言われてみれば・・・ミレイオの刺青みたいな雰囲気もある。あれ?と気が付いたのは、ヨーマイテスの背中にも。絵自体は全く違うけれど、似通う印象が漂うことを思い出す。
「多いって言っちゃったけど。撤回しておくか(※テキトー)。
行く場所に行けば、あるってところだな。でもヨライデばっかりだよ。アイエラダハッドにも、ティヤーにも、まして、ハイザンジェルにもないから。
ここは海が近い。海から入られたんだろうね。それくらいしか、あの粉砕の仕方は想像つかないなぁ」
「ここ・・・じゃ、え。もしかして、この墓の場所と、あの広間は別の」
「そう。かな?って。私は広間を調べたと話しただろう?広間に僅かに残っている彫刻とか壁画はね、ここと違うんだよ。時代も違うの。
だから、ヨライデの兵があっちを壊してさ・・・今から話すこれは、例え話だよ。確証がないから。私が思うにね、あっちがテイワグナの建造物だったんだろう。
それで、壊した後に、この部屋を作ったんじゃないかな。廊下、気が付いた?上り坂になっているの」
館長が言うには、この上り坂は、ヨライデの神殿や供物殿にある造りだと言う。
わざわざ、壊した広間と、この部屋をつなげた理由は『征服した』立ち位置を示すためではないかと推察している。
感心したシャンガマック。へぇ、と呟いて笑顔で館長に頷く。
「面白いです。ヨライデは知らないから。ミレイオに聞いてみます」
「うん。彼は見てるんじゃないかな・・・シャンガマック、見てごらん。この渦みたいな彫刻。こっちにも粒上の同じ形態のものがあるだろう?これは精霊信仰でも、ヨライデの古い時代なんだよ。
ちょっとねぇ。偏見的な言い方すれば、悪魔的っていうかな。見えない力を抽象で表現しているんだよね。これはヨライデの特徴なの」
呪いが多い国だから、テイワグナの精霊信仰とは質が異なる。
知らない話に、シャンガマックは夢中になって、時が経つのも忘れて楽しんだ。
午前はこうして、受講のように館長の説明を聞きながら、途中から写生に入り、館長の仕事中は、シャンガマックも同じ部屋で、資料カバンを持って来なかったことを後悔しながら、記憶に刷り込むように彫刻を見ていた。
昼は案の定、抜き。
でも、今日帰らないといけないシャンガマックにすれば、昼なんて誘われても、時間が勿体なくて食べなかっただろう。昼を抜いたことに感謝した。
今はひたすら、記憶に留める。
印象に残せたものは、戻ってすぐに紙に写そうと決めて、とにかく食い入るように見つめては、意味を考えて、当て嵌めた。
部屋の奥の壁に埋め込んだ棺は、そんな褐色の騎士を見守るかのように、静かに佇む。
館長は何も言わなかったし、気が付くこともなかったようだが、昨日、棺に見えていた人影は、もうなかった。
お読み頂き有難うございます。




