1134. 旅の六十五日目 ~フォラヴの教え
炉場に停めていられるので、馬車を動かさずに済む。これはドルドレンにとって、とても有難いことだった。
日中は、炉場は確実に誰かいるから、被害に遭う心配もなく、戻ってくれば、焚き火も何でも許可してくれる。炉場から家が近い職人たちは、気前良くお風呂まで貸してくれる。
一日出していた馬は、その辺で草を食べられるし、職人たちも馬車持ちだから、必要なら蹄鉄も打ってくれる。新しい蹄鉄も作ってくれた(※セルフィドというおじいちゃん職人が)。
気になっていた『宿屋から連れて来た馬』は、職人が引き取ってくれた。何もかも至れり尽くせり。
こんな停留地もあるんだなぁと、しみじみ感謝。
イーアンではないけれど『たまに借りたい(←この場合はガーレニー)』居場所になりつつある。
ドルドレンの懸念があるとすれば、自分たちがここに留まっている間、他の地域で魔物が出ているのではと、大きい心配はそれだけ。
だがそれは、奥さんに話してみると。実は、元気になってからのイーアンとオーリンが、昼の間に出る魔物は退治しており、夜になれば、コルステインがひっそり(※親方寝てる)一人で動いて倒してくれていた。コルステインもちゃんと、『魔物退治の旅の仲間』として、活躍してくれているのが嬉しい。
もー。本当に・・・俺は勇者なんだけれど、と毎回思う(※何もしてない)。申し訳なさ半分・有難さ半分の、貴重な滞在地の思い出となっている、ギールッフ。
今日も、タンクラッドたちは炉場で作業。ドルドレンたちは町の撤去手伝い。バイラも警護団の仕事の協力。奥さんは、空(子育て)。
タンクラッドとミレイオは、ここぞとばかり気合を入れて、自分たちの制作も進めている。
彼らは本業なので、毎日炉場にいると生き生きさが違う。疲れたとか何とか言うが、笑顔は絶えない。このままギールッフの職人に馴染んでしまいそうなくらい、仲良くなっているのもあるのだろう。
仲良くなったと言えば、ザッカリア。
帰って来やしない(※全然)。バーウィーは日中、炉場に来ているというので、ザッカリアは『じじばば(※滞在先の)』に捉まっていると判断。
夕方前に『じじばば』と一緒に、バーウィーを迎えに来たザッカリアは、すっかりテイワグナの少年の格好で、お菓子も食べながらだったと、ミレイオが話していた。
詳しい事情は知らされていないが、バーウィーがとにかく機嫌が良いので、ザッカリアの無事については、心配ないと思う。
もう一人。仲良くなった(以上)であろう、シャンガマック。
一回だけ連絡が来た(※たった一回)。自分は無事だから心配しないで、と。
とはいえ、今どうしていて、どこにいて、誰といて(※把握は総長の責任)後何日で戻るのか・・・確認しなければいけないため、ドルドレンが質問をてきぱきしていたら。
なぜか途中で、お父さんが出てきて(※ドルびっくり)『俺は、心配ないといったはずだ』で、通信は終わった(※一方的に切られた)。
どうも。思ったよりも。恐らく、ドルドレンの想像をうんと上回って。シャンガマックは、大事に大事にされているようなので(※当)下手に連絡しない方が良いような気もした。
いろいろと思いながら。今日も馬に乗って、フォラヴと一緒に瓦礫撤去を手伝うため、ドルドレンたちは出かける。
ギールッフに来て、もう2週間近い。後2日で14日目・・・だと思う。もう少ししたら、さすがに出発しないといけない気もしている。一ヶ所で半月は長い。
いくら、他の仲間が倒しているからとはいえ、魔物を退治するだけの旅でもない。
目的は、魔物資源を使う案、その普及。それと、退治。そして、一番の目的は、本当に退治するべき相手を探して倒すこと。
実際。言ってしまえば、テイワグナに後どれくらいの魔物が出ようが、よその国にどれくらいの魔物が予定されていようが、とにかく『大元たる魔物の王』を、倒せば済むだけの話。
多分、魔物の王を倒せば、世界は平和になるし、それから先、旅の必要はないはずなのだ。
「だろうな・・・王さえ倒せば。魔物は全滅」
「何か言いましたか」
ドルドレンの独り言を拾った妖精の騎士が問いかけ、総長は振り向く。後ろの馬を進めるフォラヴは、微笑んで『先ほどから、気になることがおありですか』と言う。
「うむ、聞こえていたか。独り言がイーアンに似て、大きめになったか」
総長の言葉に笑う騎士は、『呟きの内容が、魔物に関している気がしたから訊ねた』と答える。
部下に訊ねられ、ドルドレンは考えていたことを伝える。ここへ来て長いこと、魔物の王を倒すことで終わること。
それを話しながら、二人は昨日に、町の人たちと約束した現場に着く。
妖精の騎士は、現場で待っていた町民に挨拶すると、荷車に瓦礫を入れてもらうようにお願いし、並んだ馬に乗る、総長に顔を向けた。
「今、お話出来ませんけれど。少々、そのご意見に違いがあります」
「うん?」
「後でお話します。総長は知らなかったのか・・・・・ 」
何やら、妖精の騎士の思わせぶりな呟きに、ドルドレンの灰色の瞳はじーっと彼を見つめる。部下は困ったように微笑み『後でです』もう一度総長に伝える。
そうなの、と頷くも。すごく気になるドルドレンは、『早く後でにならないかな』と思いつつ、午前の仕事を黙々とこなした。
総長の胸の内を見透かすように、フォラヴは目が合うと度々、清涼な笑顔を向けてくれた。そんな笑顔は良いから、早く教えてほしいドルドレン。
お昼になり、休憩で炉場へ戻る最中。
待ってましたとばかりに、総長は部下に『何なのだ』と詰め寄る。笑うフォラヴに『ちゃんとお話します』だから、迫らないでと注意をされ、ドルドレンは馬を離した。
「ずっと気になっていたのだ。俺は知らない、ってどうしたことか」
「イーアンか、他の誰かに聞いているかと思いましたから。でもご存知ではなく」
「知らない。早く教えてくれ」
「魔物の王を退治したら。魔物は全滅、と総長はお考えです」
「何だ、その不穏な響き。違うようである」
「ええ。違います。魔物は全滅してくれません。残るものもいます」
え。ドルドレンの顔が引き攣る。フォラヴは空色の瞳で彼を見つめ『残るのです』丁寧にもう一回、教える。
「思い出して下さい。あなたの冠は、誰が持っていましたか」
「魔物。だが、別に」
「その冠と同時に入手した『タンクラッドの香炉』は、始祖の龍を映すものです。見てはいませんが、そう聞いています。
イーアンとタンクラッドは、グィードに言われて、それを持っていた魔物を倒したのです。この魔物騒動で出てきた魔物ではないでしょう。これ以前に現れた」
「ちょっと。ちょっと待て。ズィーリーたちの時代のと、お前は言っているのか」
「もしくはそれより前です。でも、初回は始祖の龍が相手でしょうから、魔物は本当に全滅させられたかも知れませんが」
「お前。今、自分が何を喋っているか、分かっているのか。
今お前が口にしている内容は、誰も今まで知らなかったことだ。少なくともイーアンも、それを知らないだろう」
ドルドレンはハッとした。部下が教える内容。それは、始祖の龍の時代の魔物退治まで含む。そんな時代の詳細、遺跡や男龍の話で掻い摘む程度しか・・・・・
「そうです。ここまでは、仲間のどなたもご存じない。
ですが、総長。あなたの問いは『魔物の王を倒したら、魔物が全滅だと思う』部分です。ですから、それの答えとして、少しお話しただけです」
「フォラヴ・・・お前は。この前、一体。お前に何があった。何を知ったのだ」
ドルドレンは馬を停めて訊ねようとした。明らかに、目の前にいる部下は、その知識が時を越え、時空の向こうを理解しているのだ。
しかし、訊ねようとした総長に微笑む騎士は、ゆっくりと首を振って馬を進める。
「お昼ですよ。皆さんが待っています」
「はぐらかすのか。お前は一人、それを知っている。
・・・・・何が起こったかは、つい訊いてしまった。だから、それを訊ねるのを控えるにしても」
「総長。律儀で誠実な人。あなたの問いに、私は全てを教えることは出来ません。
恐らく、イーアンが知らないとすれば、それは男龍が『時はまだ』と知識を閉ざしているからです。
知り過ぎて、迷う場合。また、誤解を生む地点にいる場合は、私もそうします」
空色の澄んだ瞳は、全てを見つめるように、ドルドレンの不安そうな顔に向けられる。ドルドレンも彼に見つめられて、これ以上は訊いても教えてもらえない、と理解する。
何も言えず、じっと目を合わせる総長に、フォラヴは少し笑みを深めた。
その笑みがまるで、自分の知っていた部下のものではなく、遥かなる存在のように見え、ドルドレンは瞬いた。
「少しずつ。きっと見えてきます。私が言うこともないのです。でも焦りは禁物です」
「フォラヴ。尊い知恵の受け手よ。俺たちの旅は」
「ええ。続くのです。魔物の王を倒すまで続きますし、その後も続くのです」
「いつ。終わるのだろう。俺はいつ、勇者の冠を外すのか」
「王を倒せば、外します。しかしあなたは、その後も、旅を求めるでしょう。それはイーアンがいるから」
「イーアン」
部下と話しているのではなく、大きな存在と話しているような気持ちに包まれたドルドレンは、短い問いで出来るだけ聞き出そうとする。だが、そんな彼をあやすように『炉場ですよ』ほら、とフォラヴは顔を前へ向けた。
「フォラヴ」
「私は側にいます。私がいつまでご一緒か、それは分からないですが。もしも私ではなくなった場合、代わりの誰かが、旅の仲間になるのです。でも暫くは、ご一緒ですよ」
「お前がいなくなるのか。嫌だ、一緒に行こう」
「総長。私を困らせないで下さい」
コロコロと笑う、涼しい騎士。ドルドレンは近づく炉場と、焚き火から上がる細い白い煙を見て、時間切れのように焦りながら『俺と一緒に』ともう一度頼む。
フォラヴは仕方なさそうに微笑むと『大丈夫です。あなたのおうちの、手入れをして待っていますから』と、全然受け入れてくれてない(※離れる示唆満々)答えを戻した。
花壇がありますからね・・・そんな暢気な言葉を呟く部下に、ドルドレンは縋るように『花壇は後でもいい』と頑張ったが、炉場の皆がいる場所に来てしまったので、この話はここで終わった。
晴れない気持ちを胸に、ミレイオの作ってくれた食事を食べる。
眉を寄せて黙りこくっていたので、タンクラッドに『どうした。腹が痛いか』と見当違いな心配をされ、うっかり食事を取られそうになりながら(※親方は空腹)ドルドレンは食事中、ずっと悩んだ。
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