1133. ズィーリー絡みの治癒場・魔法使いの墳墓説明
岩棚に戻った、シャンガマックとヨーマイテス。暗い影の中を移りながらの、あっという間の到着。
「水を飲んでくる」
よろよろと外に出て、岩に流れる水を手で掬うと、シャンガマックは水に口を付けて、暫く動きを止める。今、物凄く、疲れていた。
魔物だと思うが、戦い方が魔物的ではなかった。あれは、アゾ・クィの森で、魔法使いの参戦した場合と似ている(※788~789話参照)。
何だったのかなと思うが、頭も痛いし、体も痛いしで、思考が長く続かない。
『バニザット』名前を呼ばれて、シャンガマックは立ち上がり、父のいる岩棚に戻った。
「見ていて分かる範囲だ。お前。疲れているな(※想像&確認)?」
「とても疲れている。あんな敵だと思わなかった」
それに、と顔を岩棚の外へ向ける。『もう。午後なんて』朝に入った墳墓。一時間くらいしか経っていない気がするのに、昼も越えて・・・何時なのか。半日もあの場所にいたとは信じられなかった。
ヨーマイテスはその言葉には答えず、何か気になったのか。自分の前に座っているシャンガマックを、両腕でゆっくり引き寄せると、自分の膝の上に座らせる。
それから片手で、騎士の頭と顔を撫で、胸や腹を撫で、あんまり触られたくないけれどアレの辺とか(・・・)足なども一通り触った。
「何をしている?どこかおかしい?」
「お前に衝撃が残っている。ここと。ここと、これ。苦しいだろう」
指摘された箇所は、潰されたんじゃないかと感じた場所で、今も強い打撃を受けたような痛みがあった。それを話すと、ヨーマイテスは困ったように目を閉じる。騎士は父の顔に戸惑う。
「どうした。深刻なのだろうか」
「休んでいて戻るものなのか。人間は分からない。だが、俺に治す力がない。お前を治せるのは、龍たちと精霊、妖精だ」
え、と怯える騎士。そんなマズイことになっているとは。父の眉はぎゅっと寄せられて、その下の碧の瞳が同情でいっぱい・・・・・
父の不安そうな顔。シャンガマックも、そんなことを言われると少し怖くなってくる。
魔物と戦って怪我なんて、よくあったことだし、医務室で数日寝込むこともあったが。
今は自分を診断する人もいないし・・・父は診断してくれたようだが、状態の告知が怖過ぎて、どこまで深刻かは、想像するのみである。
自分の状態を薬で治したくても、受けたことのない攻撃の質で、どうなっているのかもはっきりしないから、なまじ、その辺の薬草を探して使うわけにもいかない。
無条件に治してくれる仲間は、かなり遠く(※数時間はかかる)。
「ああ。治癒場でもあればなぁ」
思い出すのは、イオライ戦で使った治癒場の存在。
武器や防具の聖別にも使ったが、気力の途絶えた自分に、意識を戻すくらいの回復をさせてくれた、ディアンタ奥の、あの場所を懐かしむ。
「治癒場。何だ、それは」
溜め息と一緒に呟いた声を拾う父は、それは何かを問う。シャンガマックは簡単にその説明をして『ハイザンジェルにあったけれど』と言い、イーアンの話では世界中にあるようだと教えた。
「特徴はそれだけか。『人の入れそうにない場所』で、『青い光が癒す』だけか」
「そうだなぁ。うーん、あそこだけかも知れないが。イーアンのような女性の、大きな石像が入り口にあった。今思えばあれは」
「ズィーリーだな?ズィーリーの石像が目印という意味か」
「いや、断言出来ない。俺が知っているのはその一箇所で、それも」
「バニザット。俺はそれを知っている。ここからだと」
ヨーマイテスは顔を外へ向けて、場所を思い出している様子で、少しの間、黙る。その目が息を吹き返したように、強い意思に輝きを持つ(※息子のためなら)。
「行くぞ。バニザット。俺に乗れ」
「あるのか?」
「恐らく、あれがそうだ。ズィーリーの望み」
ズィーリーの望み?シャンガマックが聞き返した時には、もう獅子の姿に変わった父。息子に『早く乗れ』と急かした。
背中に騎士を乗せた獅子は、影の奥へ入り込む。そのまま溶けるように中を伝い、暗闇の中を突然走り出した。
乗せられているだけのシャンガマックは、振動が痛いものの、父はどうもテイワグナの治癒場を知っていると分かり、この痛みから解放されることを祈った。
そうして移動した先は、森林の中の泉。暗いぐらいの木々が茂る中に、二人は出てきて、見慣れない樹木の形に目を奪われる。『ここは』訊ねる騎士に、獅子は『もうすぐだ』と答える。
「さっきの場所から遠いのだろうか」
「お前たちの言う感覚では、遠いだろう」
泉の周りを影伝いに歩く獅子は、傷負う息子にあまり喋らせないためか、返事も短め。気にしているのかもと思って、シャンガマックも黙る。後で、地図を見てもらうことにして、広い泉を見渡した。
反対側に何か見え、目を凝らすと人工物のように思えた。あれがそうかと、じっと見つめていたら、獅子は『もうそこだ』と教えてくれた。
変わった雰囲気の森林。樹木の違いだけではなく、何となくだが、影が濃過ぎるような気がする。幾ら密度の高い森林でも、これほど暗いとは不思議に感じる。
どうしてか気になるので、きょろきょろとしてみたが。
見上げても、折り重なるように枝葉があるので、泉の上に抜ける空を見る程度しか、頭上を知ることは出来なかった。
獅子は茂みを抜け、泉の周囲の木々の隙間を縫って、目的の場所に着いた。そこで騎士を背中から下ろす。
「これは。イーアン」
「ズィーリーだ。彼女の望みが、世界の人間のために叶った」
「え?」
「話は後だ。俺は入らない。お前は入って来い」
早くしろと追い立てられるように言われ、シャンガマックは指示に従う。森林に立つ大岩には、それと同じくらい大きな彫刻が施され、その岩の地面近くに、小さな穴が開いている。
大岩に開いた穴は、すぐに地下へ伸びている様子で、長い間、誰も訪れていないと分かる様子だった。
びっしり張った蜘蛛の巣を払い、ぼうぼうの草の中をかき分けて、騎士はコケの生す穴に背を屈めて入る。石も置かないで作られた階段がすぐに見え、そっと、一段ずつ確かめながら下へ向かう。
乾いた土の匂いと動物の臭い。動物も住処にしたのかも知れないと思いつつ、足を置いた到着先が、柔らかな明るさに包まれているのを見て、ホッとした。これだ。この明るさ。
子供の背丈程度しかない筒状に伸びた短い通路。その向こうから、淡い青い光が差し込む。清い光と分かるだけに、シャンガマックはそれだけでも安堵する。
進んで数歩先は、大きく広がる空間で、土の中を円く抉ったような雰囲気だった。そして、奥には白い祭壇と青い光。
「助かった」
少し微笑み、感謝をしてから祭壇へ歩く。作りは同じで、祭壇向こうにある小さい窪みに揺らぐ、青い光の中へ進んだ。
光はシャンガマックを受け入れて包み込み、彼の体を守る精霊の加護に反応して、強い輝きを煙のように吹き上げる。
その瞬間、自分が救われたと分かる。体に残っていた痛みが引き、疲労した全てに温もりと和らぎが齎された。煙が薄れ、シャンガマックは大きく息を吐き出すと、精気漲る体で光を出る。
出てから向き直って、感謝の祈りを捧げ『助かった。有難う』と口に出して言うと、白い祭壇を見た。祭壇の裏側、窪みと向き合う面には、天板の下に薄い棚が付いていて、そこになぜか・・・・・
「どうしてこんな所に、鷲の羽が」
一本の大きな羽が、そこに滑り込んだように置かれていた。
取り出すと、羽軸は石のように硬く白く、羽は奇妙なことに作り物。模様だと思っていたものは文字で、それは茶色く変色した刻まれた文字跡だった。
両手に持ち、目に近づけると、騎士はすぐにでも文字を読もうとしたが、父が待っていると思い出して止める。
シャンガマックはその羽を手に『これを受け取る』と、誰にともなく伝えると、治癒場を後にした。
出てすぐ、獅子が穴の前にいて『どうだ』と訊ねる。シャンガマックは笑顔で頷いて『助かったよ』と答えた。獅子も嬉しそうで、背中に乗るように促す。
シャンガマックは、連れて来てくれたお礼を言って、その背中に乗せてもらう際、獅子の尻尾がバタバタしているのを見た(※大喜)。
この後。獅子は道を戻り、また影の濃い中へ進み、騎士が気が付けば暗闇の中を走り、抜けた場所に光が見えて、そこは岩棚・・・といった具合で戻る。
ヨーマイテスとこうして移動する時に、いつも思うが、きっとあの『暗闇』部分が、既に地上ではないのだろう。あの場所を抜けるから早いんだ、とシャンガマックは思った。
戻ると時間としては夕方。獅子は息子を下ろすと『鳥を持ってきてやろう』そう言って、忙しく出かけてしまった。
仕事の早い父は、10分もしないうちに鳥付きで戻って来て、岩棚の影に置く。もう殺してあるので、日が暮れたら火で焼くと伝えると、獅子も了解して落ち着いた。
どこで獲ってくるのか。鳥は初回と同じくらいの大きさで、羽の色が違うだけの、食べ甲斐のありそうな鳥だった。
「どこで捕まえるの?」
「その辺だ。うろついている」
シャンガマックは、獅子の姿の父が、茂みから飛び掛って倒すのだろうと思っていたが、少し詳しく獲り方を訊ねてビックリした。
『中身を崩す』らしい・・・つまり、狙いを定めた獲物の内臓を、破壊していたと知る。
「だから、勝手に落ちる」
父、曰く。『勝手に落ちる』って。と思うが。
言われて見れば、鳥に外傷も特にない。内臓まで開けないで、外の肉しか食べていなかったから、内臓がどんな状態か、気にしなかったと思い出す(※見なくて良かった)。父の偉大さ(?)に心から敬服。
「そんなことより、さっきの話だ」
夕方が終わるまでの間、ヨーマイテスは墳墓の話をしてくれた。
ヨーマイテスが知っている範囲で教えてくれたことによると、あの墓は元々、魔法使いの墓だったそう。
その魔法使いは、自分の知恵を譲る相手のために、いつか訪れる見合う相手を待つ姿で、棺を立ててあったとか。
「過去のバニザットは、くだらないものには見向きもしないが、自分相応と判断したら、何でも掻き集めたんだ。
もしあの魔法使いが、バニザットよりも先に生きていたら。彼はバニザットに譲っただろう」
父の話を聞く上では、あの墳墓の持ち主は、ズィーリーたちの時代より『後の人』となるが。あの墓の古さは、とてもそうは見えなかった。
そんな息子の思いでも見透かしたか、ヨーマイテスは話を続ける。
「墓の主は、力の強い魔法使いだったし、俺も全く気にしないわけではなかったが。どうも、俺にとっては不要と感じたから、探ることはしなかった。
あの墓が古いのは、彼が墓として使う前から、存在している遺跡だからだ。遺跡を、自分の死後の塒にした男だ」
遺跡を墓に仕立てた、魔法使い。見合う相手を待つために、勿論、墓には魔法をかけてから死んだ。
その魔法に呪われたのが、あの魔物だと言う。元は魔物の類でも、消滅し切れなかった存在で、魔法使いの残した『宝』を求めて入り、まんまと閉じ込められた。
「じゃ。あれは宝の番」
「でもないな。そんな大層な役目じゃない。単に、良いように使われたんだ。死んでいる魔法使いに、首根っこを掴まれているようなもんだ」
見合う相手が訪れるまで、余計なものを排除するために使われた。
あれを倒せて、その倒し方をどこかで見ているであろう魔法使いは、認めた相手に知恵を渡す気でいたんだろう・・・ヨーマイテスは、腕を伸ばし、自分を見ている息子の頭を撫でる。
「お前だった。当たったな、俺の予想は」
「そんな。俺はヨーマイテスに言われなかったら、死んでいたかも」
「お前が死ぬなんて、在り得ない。そんなことになる前に、俺が倒した。しかし、傷を負わせたことは不覚ではあったな。
まぁ、俺が入ったら。あの場でお前の力も受け取ることになっただろうから、そうした意味では『乱暴な結果』を招きかねなかった」
そうならなくて良かった、と一人頷く父に、『シャンガマックの力も受け取る』とは、どういう意味かと気になったが、父はそれを言わなかったので、聞かないで済ませた。
「それに。俺が倒したら。あの魔法使いが、俺に与えたとは思い難い。
恐らく、サブパメントゥの俺には必要ない、と判断しただろう。やはり、お前で良かったんだ」
ヨーマイテスは、ここで墳墓の話を終え、シャンガマックが受け取った本を出すように言う。
黒い小さな本を見て、ヨーマイテスは『これはお前を導く。魔法の指導がある』さらっと凄いことを伝えた。驚くシャンガマックに、獅子は微笑むと立ち上がる。
「もう日が暮れた。火を熾してやる。肉を食べろ」
息子の髪の毛をちょっと撫でると、大きな焦げ茶色の大男は、夕日の沈んだ外へ出て行った。
シャンガマックの早送りのような一日は、もう終わりに近づく。手元には、戦利品たる魔導書と、治癒場で見つけた不思議な羽があった。
お読み頂き有難うございます。




