1130. 戦い方を考える
イーアンたちが戻って、炉場の皆さんと話しながら、ある約束をして夕方のお別れをした後。ミレイオとイーアンで急いで夕食を作り、馬車の一行はさっさと食事を終える。
「では。私とオーリンがここに残ります。どうぞ行ってらして下さい」
「すまないね。1時間もしたら戻るから」
イーアンとオーリンが送り出し、ドルドレンとフォラヴ、ミレイオとタンクラッドとバイラは、炉場の職人の家へ出かけた。
「お風呂に入っていません」
「俺たちは平気だろ?君も臭いしないよ」
嫌なこと言わないで、と眉を寄せ、オーリンの『臭い』の一言に注意するイーアン。
ケロッとしているオーリンは、焚き火の側に戻って座ると『イーアンも座れよ』目の据わる女龍に横を指差す。
イーアンが横に座ってから、オーリンは火の世話をして『イヌァエル・テレンがああいう場所で助かったよな』お陰で風呂要らないと笑う。
「でも入りたいですよ。本当のことを言えば」
「俺だって、入りたいと思ってるよ。家にいた時は、毎晩だったし」
二人は空にいる間、体の汚れもない。そうしたものは空気中に分解されてしまうのか、おトイレもなければ、お風呂も要らない。
ただ、龍も龍族も、どういうわけか水浴びの習慣はあるから、そうしたことは度々行うにしても、基本的に汚れない。
「総長たちは、ずっと入れてなかったわけだろ?馬車に泊まっていたし。タンクラッドとミレイオは、この前、職人の家に泊まって、その時に風呂も入れただろうけど」
「バイラも入ってなかったでしょうね。彼もタフなので・・・タフって分からないか。心身ともに、頑丈な方ですから」
タフ?聞き返して『また俺に分からないこと言う』ぼやく、龍の民。
「まー。それはともかくですよ。私、今日は少々思うことありました」
「何。総長たちが戻るまで、俺もここで待ってるから、その間に話せることなら聞くよ」
「全然話せることです。今後の戦い方」
「何?戦い方?何する気だ」
「私じゃありません。皆さんです。一般の方々の戦い方について、変化の必要を思うのです」
イーアンはこのことを、実のところ、ずーっと考えている。まとまらないので、考えては中途半端で終わることを繰り返している、難題でもあり、しかし課題でもあった。
『自分たちがいない場合。魔物と戦う、その戦い方を導くことは出来る』・・・・・
これはシャンガマックが言った言葉。力の役割の解釈の時、彼はそう話していた。とても心に残る言葉で、イーアンもそれを実行したいと願う。
そのためには何が出来るか。
となれば、イェライドが使った道具―― 化学反応を利用 ――くらいしかないのだ。後は、地形天候を利用する戦法などがあるが、これは学ぶに容易ではない。
ギアッチでもいれば、説明も頼めるところだが、ここにギアッチはいない。自分が出来ることを考えると、説明下手の自分には、化学反応の利用を丁寧に伝えるしかないのだ。
危ないし、間違いが起こっても困る。教えて旅立つわけだから、責任を取れる位置にいない以上、生半可な知識なんて以ての外なのだが、これしかないだろうと、いつもそこに戻っていた。
この話をすると、オーリンは黄色い瞳に焚き火の明かりを映して、イーアンを見つめ『アクスェクとか。イオライの蛇みたいな』そうか?と訊ねた。
イーアンは頷く。『あれです』だから中々、決断まで出来なかったことを言うと、龍の民は同意。
「だよな。君がいれば良いけど。『置いてく知恵』だもんな。教えて、怪我されてもマズイし、悪用されてもな」
「いろいろと想像します。そうしますと、動けないまま時間が流れて行く。
でも、今回のような魔物の被害に『皆さんにも、何かが出来たら違ったのだろうか』と思わずにいられません」
オーリンも、自力で火薬を作り出した人。
扱いを考えると、存在を教えるのは危険だからと伏せているが、有効利用すれば、状況が劇的に変わることも理解している。
火薬にだけ限った話ではないが、この手の話は、オーリン相手でなければ、いくらドルドレンが伴侶でも『話しにくい内容』とイーアンは考えていた。
「それさ。総長に話すのか」
「まだ考え中です。しかしここを離れる日は、そう遠くありません。
それまでにイェライドにだけでも、彼の使った『屑袋』の道具化を、伝えて行きたいと思っています」
「弓工房は、そこまで金属使わなかったけど、君もだろうが。
屑ってことはさ。ひたすら、出るわけじゃないか。金属系の職人が工房回している間は」
「そうです。だから材料費の心配もないです。一般の人々が使えるほどかと言うと、改良が必要でしょう。別の物を混ぜて、量を増やして」
「その別の物。ってのが、君の懸念。だろ?」
イーアンは頷く。ゆっくりと、何度も頷く頭を揺らしながら、炎を見つめる。そうなのだ。そこが心配なのだ。オーリンは龍の女の横顔を見てから、焚き火に目を戻して言う。
「でもせめて・・・か。せめて、その一種類くらいは持たせてやりたい、と思ってるんだな」
魔物が今後、また出た時のために・・・呟く龍の民に、イーアンは顔を向けて『それくらいしか出来ないのです』心配は消えないことを打ち明ける。
「どっちに転んでも心配ですよ。伝えた道具で、怪我や悪用があってはどうしよう、と思う。
でも、教えないまま、町を後にして、後から『渡していれば違ったのか』と思うような後悔はしたくないです」
「だな。俺も思う。うーん、ちょっとさ。これのこと、今夜考えよう。俺は空に戻るけど、君も一人の時間で考えて。総長が絡まってくるとしても、その後とかな」
オーリンの最後の言葉に笑うイーアンは、ばちっと彼の肩を叩いて『余計なことを』と笑いながら怒る。叩かれたオーリンも笑って『だって。そういう関係だろう』総長、まだまだっぽいし(←精力)と茶化す。
二人で笑いながら、ぎゃあぎゃあとやり合う炉場の前。
焚き火の前で留守番している、楽しげな龍族の声を、風呂から戻ってきた5人も、笑って聞いていた。
「仲が良いと言うか」
「あれは兄弟よね。私も、妹みたいにイーアン扱うけど。私とはちょっと違う感じ」
「会った時から、何か通じるものがあるのでしょう。彼らは実の兄弟のよう・・・イーアンが弟」
総長とミレイオに続いて、思ったことを伝えたフォラヴは、自分で言っていてハハハと笑う。『弟だな、あれは』なぜか総長も、奥さんの状態は『弟である』と認めていた。
バイラは余計なことは言わない。でも可笑しそうに微笑む。
笑いにくいけど、苦笑いでちっちゃく頷いて、同意を示す親方。
あの仲の良さは何度も見ているのに、いつも羨ましくなるな、と・・・誰にも言えない気持ちを、抱える胸中。
気の許し方が、オーリンには特別に見える。実際にそうなのだろうが。イーアンは龍族なんだよな、と今更のように頭に浮ぶ言葉も、タンクラッドは未だに切ないものがあった。
*****
夜の岩場に休む、シャンガマックとヨーマイテス。
翌々日に向かう、違う遺跡の場所を聞いた獅子は、褐色の騎士を背中に乗せて、その遺跡を見下ろす、高い岩場に来た。
岩場の上には、更に傾斜して上がる林があり、そこから水が伝って岩に流れている。獅子はその水の落ちる場所を見せて『ここで水を飲め』と騎士に教えた。
水は染み出して伝い、濾過されているように澄んでいて、シャンガマックはホッとした。有難く礼を言ってから、存分に喉の渇きを癒し、手に溜めた水で顔も洗う。
少し考えてから、体も拭こうと決めて、ヨーマイテスにそれを話す。
「俺は、体を拭かないと汚れる」
無論、体の清潔には風呂の方が良いのは言うまでもないが。しかし、清い水が得られるだけ助かった。
そう思ったシャンガマックは、側にいる父に『いきなり服を脱ぐことを、気にしないように』とだけ伝えた。
馬車を出発する時、ヨーマイテスは総長に、上半身裸の状態を注意していたのだ。
彼なりに、人間が弱いと知っている注意だった。だから一応、『脱ぐけれど意味はある』それを教えておくべきだと思った。
シャンガマックは服をさっさと脱いで、手を拭くための布を取ると、それに水を染ませて絞り、体を拭き始める。
ふと、顔を横に向けると、どうしてか人の姿になった状態の父が、座ってじっくり見ていた。
獅子なら気にならないものを。人が見ていると思うと、急に恥ずかしくなり、言葉もつっかえつっかえ『見られると落ち着かない』ことを、ごにょごにょ伝える、シャンガマック。
お父さんは照れる息子に、ちょっと鼻で笑って『観察だ』と短く答える。
「お前が拭くというなら、俺も」
「え。ヨーマイテスも」
あ、それで人の姿・・・分かり難いが、父なりに『息子の習慣を共有しよう』と試みてくれている、と理解した。食べることも、日常の習慣も、父は必要ない生活なので、覚えようとしている・・・・・
そう思うと、健気なような。何と言うか(※何かが違う気もする)。
分かった、と頷いて、自分の体を拭き終わったシャンガマックは、水で布を簡単に濯ぎ、布を絞って父に渡す。
焦げ茶色の金属のように、膨れ上がる筋肉で包まれたヨーマイテス。こんな小さな布で何度拭くかなぁ、と思うが。受け取ったヨーマイテスは、手の平に乗った布を見つめ、何を思ったか、布を返した。
「拭かないのか」
「小さい」
だろうな、とは思うが。どうする気だろうと見ていると。
父は唐突に、腰に巻いていた赤い布(←友の遺品)を剥ぎ取って、ビックリする息子の前で、何も気にせず、その布に水を付けて絞り、体を拭き始めた。
それで良かったの?シャンガマック仰天。
仮にも、友達だった老バニザット(※ご先祖)の形見では・・・一切に執着せずに男らしく、ゴシゴシと形見の布で体を拭く父を、シャンガマックはただただ見守るしか出来なかった(※父は気にせずアレも拭く)。
こうして、不思議な『お清め時間(?)』が終わった後、ヨーマイテスは『意味はなさそうだが、面白い(?)』と感想を告げて、布を再び腰に巻き(←くちゃくちゃシワシワ)息子と岩場の先へ移動した。
「バニザット、見えるか。あれがそうだ」
「うん。さっき近くを通ったから。上から見ると、小さく見えるな」
「そうだろう。しかしあれは、今の感覚のお前には、やや手強いかも知れん。感覚を変えれば問題ない。
俺は用事がないから行かないだけだが、おまえが入るとなると・・・上手く行けば役には立ちそうだがな」
気になる言い方をする父を見上げ、月明かりの照らす大男に、その意味を問う。彼は、ちらっと息子を見て、頭を撫でた。
「お前の剣。剣よりも、強い武器を得る可能性がある」
「剣よりも強い武器?武器なのか?それがあの遺跡にあると」
「違うぞ。そのものがあるんじゃない。可能性があると言っただろう。お前が手にするものが、強い武器に変わるかも知れない」
それが何かは言わないヨーマイテスに、シャンガマックは見下ろす遺跡を見つめて考える。その時、ふと、妙な気配を感知した。
「何だか。はっきりは分からないが、あの遺跡に何か棲んでいるだろうか?」
じっと見ていたら、妙な感覚が遺跡全体から感じられることに気がついて、父を見ると、彼は頷いた。
「それだな。お前が倒せ」
「え?やっぱり何か居るのか。倒すということは。館長たちが来る前に、倒さないと危ないか」
「でもない。お前には反応するだろうが、普通の人間には何もないだろう。
少しばかり、気を感じる人間でも、バニザットくらいじゃないと・・・この『バニザット』は過去の男だ。彼くらいじゃないと動かない」
「俺も?俺にも襲い掛かるような」
だろうなと、父は涼しい顔で言う。シャンガマックは困る。どっち道、自分が先に倒しておかないといけない。
館長と待ち合わせた日に、自分が入ってから何か起こっては大変だ。
「今日はもう、暗いからやめておけよ。お前は目が利かないだろう。
明日だ。あの学者が来るのはその次の日だから。お前も一緒に入るとなれば面倒だ。明日の内に、お前が倒してしまえ」
「ヨーマイテスは」
自分が倒す間、彼はどこに居るのかと思って聞き返すと、大男は軽く笑って『俺に倒してもらいたいか』と聞き返したので、シャンガマックは首を振って、そうじゃないと答えた(※父が心なしか仏頂面)。
「俺が倒すなら、俺がやる。だけどその間、ヨーマイテスはどこに居るのかなと思ったんだ。俺が動くのは、明るい時間だし」
「それは気にするな。お前の側に居る。お前が苦戦するなら、俺が片付ける・・・が。俺が片付けると、お前の役に立ちそうなものが、手に入らない気もする」
大男が最後の方を濁したので、聞いていた騎士は、どうも父の戦い方⇒抹消方法が、宜しくなさそうだと思った。物体を手に入れるのか。それは何となく分かった。
「まぁ、明日の話だ。とりあえず休むぞ。いつ食べる。今か。朝か」
食事を思い出したヨーマイテスは、話を変えて、息子に食事を訊ね、息子がいつでも良いと答えると『朝にしよう』と決定。この後、あの遺跡のことで、話があるらしかった。
寝床(←箱)を出したヨーマイテスは、息子に寝るように言い、自分も横になる。それから息子と向かい合って、何が『剣より強い』と言えるものかを説明した。
「よく聞け。お前の力は、まだまだ伸びる。お前が使い方を知らないだけだ。
水と土があっても、種がなければ、木は永遠にそこにない。お前は、種を持たない土。潤すものを見つけていない水。
種は、そこにある。お前のためにはなるだろう。俺には必要ないが、過去のバニザットなら集めていた」
「過去の。彼なら集める?魔法のような類」
「そうだ。だから、少々手強いと言った。お前のような、異質な力の混在する相手には、あれは反応するだろう。お前が倒せるなら、そうした方が良い。ただ、真っ向から向かっても無駄だ。結界を張れ」
魔法の話が出てきて、急な展開にシャンガマックは胸が躍る。何があるのか、相手は誰なのか。
「結界を先に張ってしまえ。相手はお前の結界の中でしか、力を得られなくなる。外から取り込む術を断て。
無論、お前も出るわけに行かない。そうなると俺も、もし手を出すにしても、ちょっと乱暴な方法を取るだろうが・・・それはまぁ、お前に困らない程度で済ますつもりだ」
「言われている意味が。よく分からない。ヨーマイテスは何をするつもりだ」
それはその時になれば分かる、そう笑った大男は、戸惑う騎士の顔を撫でて『もう寝ろ』と促した。
月は二人を照らし、風は高い岩場を駆け下りて、下方に佇む遺跡にも注ぎ込む。
遺跡の中では、珍しい気配を感じ取ったことで動き出した、異様な影が揺れ始めていた。
お読み頂き有難うございます。




