1128. 8人目の男龍~ミューチェズ登場
午前。イヌァエル・テレンへ上がったイーアンは、子供部屋に入るなり、ビルガメスに掴まる。
「おはようございます」
「イーアン。上だ。子供の名前を付けよう」
「ビルガメスは付けませんか」
良いのかなと思って訊ねると、大きな男龍は見下ろした女龍に頷いて『お前に、と言った』忘れてるだろう、くらいの勢いで返事を返してきた。
「はい。でも。折角の男龍ですから、あなたがと思いました」
「ファドゥの子は、お前が名前を与えたじゃないか」
二人は子供部屋の2階へ上がりながら、名付け親の話を続ける。2階には、大きい子の中でも、人の姿に変わろうと練習している子たちが沢山。
ファドゥとジェーナイもいて、ビルガメスたちに顔を向けると挨拶した。ジェーナイがとことこ来て、イーアンの前でニッコリ笑う。イーアンもジェーナイを抱っこして、ちゅーっとしてから(※挨拶)ニッコリ。
「今日はね。ジェーナイのお友達に名前が付けられますよ」
「そうか、イーアンが付けるのだね。何て名前なの?」
ファドゥも側へ来て、ビルガメスに『あの子はあそこに』と指差した。
どこにいるかは、別に聞かなくても教えられなくても気が付けるが、ビルガメスは頷く(※人付き合いも大切)。ファドゥは今もちょっと『龍の子』時代のような動きが多い。
「イーアン。あの子は?名前をこれから考えるのかな」
「いいえ。ずっと考えてはいたのです。だけど、発音が」
合ってるかなぁ?イーアンはそこで止まっていた。
イーアン、人間時代(※過去)。以前の世界で、お友達の外国の人に『日本語で何て言うの』の質問が、ちょくちょくあった。彼らの書いた字や、辞書を片手に、ああかこうかと話し合った思い出である。当時は翻訳機もチョロいのしかなくて、グー○ル翻訳なんて便利なものも身近ではなかった。
そんな時代に印象的だった言葉は、未だに忘れることなく。
しかし、教わった人の御国も曖昧なら(※相手の顔は思い出せる)言葉の発音もビミョーな記憶。日本語の発音は楽チンだと、何度も言われた(※意味:諸外国の発音が難しい)。
「ですからねぇ・・・・・ 」
いきなり記憶を辿って、何やら呟くイーアンの返答を待っている二人は、何が『ですからねぇ』なのか、全く分からないが、じっと女龍を見つめて続く言葉を黙って待つ。
「うーむ。でも。うん、良いか(←良いのか)。イヌァエル・テレンで呼ぶだけですからね」
「お前の発言を聞いていると、ちゃんと考えているのかどうか怪しい」
ビルガメスが眉を寄せると、イーアンは見上げて『良い言葉なんですが、発音が定かではない』と正直に伝えて、でも響きも好きだし、きっと名前としては良いのではないかと言った。
連れて来る、と頷くビルガメスは、自分の子供の側へ行き、すぐに彼を抱えて戻ってきた。
「ほら。抱くと良い」
ジェーナイを抱っこしていたイーアンは、ジェーナイをファドゥに返し、手渡されたビルガメスの子供を抱っこ。ニッコリ笑ってちゅーっとする子供に、イーアンもニコニコしてちゅーっと返す。
「はい。ではね、あなたのお名前。ミューチェズです」
「ミューチェズ」
ビルガメスはイーアンに復唱。『意味は?』と訊ねるファドゥ。上から降ってきた二人の声に、イーアンは見上げて頷く。
「意味は、奇跡ですよ。とても素敵な響きです。音楽のよう」
「音楽」
「あ、そうか。知りませんね。音楽ってね。歌ありますでしょ?私がよく、フンフン言ってるやつ(※鼻歌)。あれの、声じゃない音で聞こえるものです(※テキトー)」
ビルガメスは、フムフム頷いてファドゥを見る。ファドゥは微笑み、きょとんとしている、ビルガメスの子の小さな頬を撫でた。
「そうか。君は素敵な名前で」
「待て、ファドゥ。俺が呼ぶ。俺が呼んでから、お前は名を口にしろ。さっきのは繰り返しただけだ」
ハッとしたようにビルガメスが止めて、ハハハと笑うファドゥに『どうぞ』と言われて、自分の子供を見つめる。お父さんがじーっと見下ろしているので、子供もじーっと見つめ返す。
「ミューチェズ。お前の父は男龍ビルガメス。母は女龍イーアン。今、お前の名はミューチェズと定まる。8人目の男龍だぞ」
ニコーッと笑った、大きな美しい男龍は、小さなミューチェズを大きな両手に包み込むように抱き上げると『ミューチェズ』嬉しそうに彼の名を呼び、小さな小さな頭に口付けした。
「良かったな。今日からお前をミューチェズと呼び、このイヌァエル・テレンで一番の男龍に育てる」
「一番はジェーナイかもね。彼は一番早かったし」
サクッと切り込むお父さん・ファドゥ。じろっと見たビルガメスに負けない。
抱っこしているジェーナイを見て『君はとても頑張って、誰よりも早く男龍になったから』一番だよ、と微笑む(※ビルガメスを無視)。
「子供の頃の一番は、すぐに変わるぞ。
お前はこの前、男龍になっただろう。それまで『龍の子』で生きて来たのに、他の『龍の子』の中で特出した存在となった。自分を思い出せ」
何とも厳かな言い方で、『未来は知れないものだ』と諷喩が出てくるビルガメスだが、イーアンもファドゥも、彼が、ただ言い返したいだけとは分かっていた。
小さな8人目の男龍。ミューチェズ。
お父さんの手から下りたがって、イーアンが受け取る。
イーアンが抱っこして『ミューチェズも、ジェーナイと同じように、素敵で格好良くて、強い男龍になりますよ』と伝えると、ミューチェズはニコッと笑って頷いた。
「良い子ですよ。ミューチェズは、ちゃんと分かっています」
「イーアン。ミュチェズ」
「え」
小さいミューチェズは、突然、名前を呼ぶ。イーアンと自分の名前を、はっきりと喋った。
びっくりする男龍二人と女龍。目を見開いて固まり、さっとイーアンが見上げると、ビルガメスは『ミューチェズ、お前は』と子供に話しかけた。
「ビルガメス。ちち。ちち?」
「おお、おお!ミューチェズ。覚えている!俺はビルガメス。お前の父。分かるか?お前の親だ」
「お前」
違う、と笑うビルガメス。いきなり子供に『お前』と呼ばれたビルガメスに、ファドゥもイーアンも吹き出して笑う。ジェーナイも分からないけど、一緒に笑う。
笑いながらも、驚きと喜びが押し寄せるビルガメスは、本当に嬉しいと分かる満面の笑みで、自分の子供に屈みこみ『お前は何て賢いんだ。ミューチェズ。俺のミューチェズ』そう言って、自分を見ている金色の瞳に優しく微笑む。
「言葉を話すなんて。教えてもいないのに」
「私は?私はファドゥ。この子はジェーナイだよ。いつも遊ぶね、ジェーナイ。分かる?」
「ジェナイ。ファド。遊んで。して」
「話していますよ。名前を覚えて」
驚きが連続するイーアンに、ファドゥは何かを理解したように頷いて教える。多分ね、と思うことをまとめる。
「この子が、人の形になるようになってから。ジェーナイがいつも側にいる。私もよくいるんだけれど。
私は、ジェーナイの名前を呼ぶし、ジェーナイも私の名を呼ぶ。それと、ジェーナイに『彼と遊んで』と、それも毎日のように伝えていた。聞いているから、覚えたんだ。
きっと、『遊んで』『こうして』の意味は分かっているよ。ほら、笑っている。今、聞こえているから、彼はジェーナイと遊んで良いと思っているんだ」
ミューチェズはニコニコしながら、ファドゥに抱っこされた、銀色のジェーナイに腕を伸ばす。ジェーナイも笑顔で、その手を取ろうと手を伸ばす。
ファドゥは子供を床に下ろすと、イーアンの抱っこするミューチェズも引き取って床に下ろした。
二人の小さな子供は、すぐに手を繋いで、一緒に窓際へ歩く。
小さな二人を見つめ、ビルガメスは顔が緩み続けていた。ファドゥもイーアンも、何度か目を見合わせながら『奇跡が連続する』と可笑しそうに、でも本当に魂消たと驚きを口にした。
この後も、ビルガメスは子供部屋から動かず、遊ぶ小さな二人を見つめ、満足そうに過ごしていた。
1階に行って、他の子供たちとも遊ぶイーアンは、以前に聞いた話を思い出していた。
『ビルガメスは突然、喋った』
男龍で、人の姿に変ったすぐ。ビルガメスはいきなり言葉を話した。だから彼の子供にも、それは在り得る話だろうという話。
「これ言ったの、どなただっけ。ルガルバンダだったか(※忘れた)・・・彼であれば、自分の予感が当たったと喜びそう」
彼の場合はそっちで喜ぶ気がする(※自己満足の人)。それはさておき。ミューチェズは、今まで言葉を発しなかった。どうしてだろう?とは思う。
名前をもらった途端―― そう、考えても良いのだろうか?
「うーん。彼自体が既に、奇跡の子ですからねぇ。何がこう、ドラマチックに動くか分かりません。でも大したものです。何はともあれ、それには違いないです」
うんうん、頷くイーアンは、大きくなった子供たちにぶつかられ、転がされながら(※子供が強い)いやはや、と首を振り振り、ミューチェズの今後に期待をするのだった。
イーアンが子供部屋の1階で、数百頭の子供たちを相手に遊んでいる(※全力)最中。ニヌルタがふらっと来て、挨拶した。
「もうすぐ戻る時間だろう。まだか」
「もうちょっとですね」
「どうだ。龍気は問題ないか」
ニヌルタは自分の子供をさっと見て確認してから、子供たちに転がされ、乗っかられている女龍を助け出して具合を訊ねる。
「お手数かけます」
「お前は軽いからな。子供の方がもう大きくなって。よく遊んでやってるよ」
近所のおじさんみたいな言い方をして、アッハッハと笑ったニヌルタは、女龍と遊びたくて群がる子供たちを、適当に手で、箒のように払い転がしながら(※雑)床に座って、女龍を自分の膝の上に座らせた。
「龍気は大丈夫です。あれだけ長居しましたから。昨日一日、地上に居ても、別に何も」
「そうか。ザッカリアは」
「それを伺って良いのか。暫く、気にはなりましたが。ザッカリア自体は問題ないです。多くを話しませんから、何があったのかは分からないままですけれど」
うん、と頷くニヌルタは『何が気になった』と訊ねる。イーアンが気にしていたことは、『通路』のことだった。
「あれはまだ。お前に話すには早いな」
「そう仰るでしょう?でも。ザッカリアを連れて来た理由は、そこじゃありませんね?『知らされた一つ』って。ニヌルタもビルガメスも仰っていたでしょう(※1116話参照)」
「ああ~・・・そこか」
ハハッと笑う男龍は、イーアンの白い角を摘まんでくりくり(※皆これをする)。
どこまで教えてやろうかな、と。そんな時は大体、皆さんこうして、人の角先をくりくりしている気がするイーアン。感覚ないから(※角先無反応)良いけどさーとは思うが、角くりしながら考えるのは、どうなんだろう(※『一休○ん』とんち状態)。
「ふむ。今、上にビルガメスがいるな?」
「はい。そうでした、子供に名前が付きましたよ」
「お。そうか。お前が付けたんだな?何て名前だ」
「ミューチェズです。意味は『奇跡』です」
「ミューチェズ・・・良い名前だ。どれ、名前を呼びに行ってやるか」
あら、と思うイーアンをあっさり解放し、立ち上がった男龍は『ミューチェズか』と独り言を言いながら2階へ行ってしまった。
「私への返答は。あの方たち、気にしなさ過ぎです」
何だったんだ、角くりは!イーアンは眉を寄せて、返事もありませんよとぼやく。
上手い具合に誤魔化されたのかなぁとも思えるところ。ニヌルタがさらっと答えない場合は、数珠のように続きがあるのだ。
きっとその類の事なのかもしれない。イーアンにはまだ早い、と言われてしまった内容。必要な時が来るまでは『きっと。教えてもらうことはないでしょうね』何だかそんな気がしてくる。
もう、慣れたけれど・・・男龍の会話の仕方は、ああいうもの。と思えるにしても。自分は女龍の立場とは言え、まだまだ彼らの深遠の世界には入れないのだなと自覚する。
聞きそびれたわけではなく。時機ではないという。
「そろそろ戻りましょう。午後は撤去ですから・・・早めにね」
疑問が残る『龍の世界』への、あの不思議な通路の意味。
考えても仕方ないので、苦笑いして立ち上がると、絡みつく子供たちを往なしながら、イーアンは2階へ上がり、男龍とチビちゃんたちに挨拶して、ミンティンと一緒に地上へ戻った。
挨拶した時、ニヌルタはすっかり、質問を忘れているようだった(※気楽)。
お読み頂き、ありがとうございます。




