1127. 別行動:二日目の朝・父の干渉
炉場では朗らかな朝。イーアンはお空で子育て。ドルドレンたちは撤去作業で肉体労働。
そんな仲間とは、全く違う行動を取っている、シャンガマック。
出発してからずっと思っていたことだが、シャンガマックの気持ちでは、今回の別行動はまるで『お父さんと旅行』だった。
実は、魔物に出くわした回数、8回。
出くわした!と、目視した次の瞬間、父によって消されるので、魔物はいないも同然。
初日の夜明け前。走り抜ける大地に何度それを見ただろう。出くわしたのは8回でも、倒した数は数え切れない。知ってはいたが、強すぎるくらいに強いと、今更、しみじみ実感した、父・ヨーマイテス。
剣を持っていこうとした際に『要らない』不満そうに言われた理由を、嫌でも理解する。
確かに自分の出る幕は全然ないなと、苦笑いした行く道。
それを話すと、ヨーマイテスは走る足を止めずに、振り向き『お前はもっと学べる』と答えた。その意味を訊ねると『魔法を増やせ』と返ってきた。
獅子はそれ以上は教えず、また顔を前に向けて走り続けたのだった。
魔物を相手に、魔法で・・・シャンガマックの中に、それはとても印象的な導きのように残った。
そして、現地に到着した、昨日の朝から昼まで、ヨーマイテスのいない時間を、『館長』と『遺跡』だけ考えて過ごしたものの。
昼からはヨーマイテスが現われて、結局いろいろと教えてもらいながら夕方になり、その後、一触即発の危機(※館長が)を回避した後も、ヨーマイテスがずーっと一緒。
それは、二日目の今日も同じだった。
ヨーマイテスは、ただ心配しているのではなく、責任感が強いんだと分かる部分。
彼は、影のない時間でも、影のある場所をどうにかこうにか工面して、シャンガマックを一緒にいさせようとする(※健気な父)。
朝方。遺跡を訪れて、昨日のことを先に謝らなければと、気後れしながら、館長たちのテントへ歩いたシャンガマックだったが、騎士を見るなり、護衛は警戒。館長も少し、ドキッとしたような顔を向けた。
そうなるだろうな、と思うけれど。とにかく先に謝ろうと決めていたので、『昨日。怖い思いをさせて。嫌な思いも。すみませんでした』と、少し距離を置いた場所に立って伝えると、館長は微笑んで頷いてくれた。
「君たちが特別な存在と一緒に旅をする、そのことを私も軽んじていたかも知れない」
シャンガマックは、館長の返事に少し止まり、それから『無理をさせて申し訳ないです』ともう一度謝った。
館長は騎士に、側に来るように招き、騎士が座ると、護衛たちが少し離れた場所に移動し、見張りに付いた。
「理解するべきだったんだよね。でも、ついね。詮索じゃないけど。仕事柄、何でも詳しく知ろうとするところがあって」
「俺も酷いことを言いました。本当は言いたくなかったんです。
だけど、俺たちをずっと大きな力で守ってくれる、そうした存在を思えば」
「もう良いんだよ、シャンガマック。私はね。君が弟子みたいな、そんな気持ちでいたから。
君は独自で調べて、資料もしっかりしているし、私が知らない場所や、知らない対象も全部書き留めていた。
この分野を学んだこともなく、専門の学校も行かなかったのに、君の探究心も観察力も、また解読する力も正確で素晴らしいと私は思った。君の見解が聞けるのも、楽しいしね。
だから、テイワグナで調査に出る時、君の予定が重なればね。一緒にと思った」
『私は、調べて資料を作っている際は喋らないから、あまり意味ないかも知れないが』・・・少し笑った館長に、シャンガマックはお礼を言い、この遺跡にはどれくらい滞在するかを訊ねた。
理由は、自分がいない方が良いような。そんな懸念から。
館長はもう、きっと詮索して来ないと思うけれど、ヨーマイテスが自分の動きを常に気にしているので、何がヨーマイテスの注意に引っかかるか、分からない。
それでまた、何かあってはいけないと、シャンガマックは気にした。
館長は、彼の問いに普通に『そうだね。ここは明日で切り上げて』そう言って、一度黙り『次があるんだよ』と騎士を見た。
館長は、護衛雇用に時間を使い、日程が変わったから、急いで回らないといけないようだった。
「次ですか。この遺跡の近く」
「近くはないけれど。ここまで来たら、もう少し足を伸ばして、続きの遺跡も調べたくてね」
そこは古代墳墓で、既に墓荒らしに、散々荒らされた後だという。
「すっごい古い時代だよ。墓荒らしって言っても。もう、彼是何百年かな?破壊された痕跡を調べても、荒らした際に置きっぱなしにしたと思われる、劣化した道具の状態を見ても、相当な時間が経っている」
「そうなんだ。でもここも、まだ調べないといけないんですよね?」
そうでもないよ、と館長は答える。調べたいけれど、分からないことが多過ぎてさ・・・困ったように笑って肩をすくめる。
シャンガマックは教えてあげたかった。館長の役に立てたら、きっと彼も多くの資料を残せるだろう。だけど――
黙って考え込む騎士に、館長は話を変えて『君はいつまで単独行動が出来るのか』と訊ねる。
自分に質問が来たシャンガマックは考えてから、『一週間くらい』と曖昧に答えた。行き帰りもあることですし・・・そう、濁す。
館長がつい、探りたくなるような異質な答えは控えた。
「そうか。じゃあさ。ここは明日で切り上げるんだけど。次の遺跡がね、ここから1日くらいの距離なんだよ。勿論、普通の道じゃないよ。裏道を使うから、そのくらいなんだけど。
そっちに行ってる?君はどうやって動くか、知らないけれど。
でも、長くて『残り一週間』だとすると、ギールッフまでも距離はあるし、次の遺跡で一日同行してもらえば。その後、すぐに帰り道にすれば、良いんじゃないかな」
こうした話になったので、シャンガマックは、今日はこの南の遺跡で、翌々日は、『次なる墳墓で待ち合わせ』と決まる。そこも、一日で切り上げる話にまとまったから、その翌日は帰る。
了解して、早速、今日も遺跡の中に入った。
教えてあげたい気持ちが、ずっとシャンガマックの心にあったが、それは出来ないので。館長の横について、彼の説明を聞きながら、誘導するように解釈を小出しにし、館長の閃きに同意する時間を過ごした。
でも。この時間も細切れとなる。
ヨーマイテスは我慢しない・・・シャンガマックが館長の横で話していると、ちょくちょく、影が動く気がする。困ったなぁと思いつつ。そっと影を見つめると、碧色の光がちらつく。
つい笑ってしまいそうになるが、頑張って堪え、館長の会話をキリ良く終わらせて、少し離れた場所へ移動する。そしてヨーマイテスがいる。これを何度も繰り返した(※落ち着かない)。
館長は昼になっても、食べないで仕事を続けるので、午前の終わりからは、昨日同様、離れていても問題なかった。
こうなると、父は全くと言っていいほど・・・離れない(※帰りゃしない)。
ヨーマイテスが、うだうだと文句を言いながらも、質問されれば教えてくれるので、シャンガマックは楽しんでその時間を過ごしていたが。急に腹が鳴る。
じーっと見ている獅子。騎士は腹に手を当てて『昨日の昼から食べてないから』でも大丈夫だよ、と獅子にそっと教えた。『俺は食べなくても2日くらいは持つ』水は飲むけれど、と呟いた。水も飲んでいない。
だが、遠征も慣れたし、こんなことも魔物と戦っていた時期はよくあった。水も飲めない、そんなどうにもならない地域もあった。
今日で移動するなら、今日の夜にでも、どこかで食べられるようにしよう、と考えたので、ヨーマイテスに気にしないように伝えたが。
「食べろ。何を食べるんだ」
「いいよ。俺がいなくなっても、また困らせるし。夕方になったら移動するんだ。その時にどこか」
「お前が食べるものを捕まえる。何が良いんだ。肉なら、何でも良いのか」
それは怖い、と思ったシャンガマック。多分、想像していない動物を持って帰りそうな気がして(※当)『鳥とか、かな』と無難に鳥を選ぶ。獅子は瞬きすると『待ってろ』と一言残して、影に消えてしまった。
大丈夫かなぁ、と心配しながら待つこと10分。遺跡の暗い影に落ちる、細い日の光の中で、シャンガマックが遺跡の壁を見ていると、ボソッと音がした。
振り向くと、うっかり声を上げそうになるほど、大きな鳥が転がっていた(※水鳥で1m超えてるやつ)。
獅子は、殺した鳥を床に落とした後『これをどうする気だ』と訊ねる。羽は食べないだろ?と(※それくらいは知ってる)。
シャンガマックは、館長に気づかれていないか、きょろきょろしてから、小声で『外で焼く』と獅子に伝える。獅子は了解し、長い首の鳥を再び銜えると、影の中に消える。
そうして、シャンガマックもそーっと外へ出て、神殿の裏手に広がる干潟の茂み、影の多い場所へ下りた。が、その先は水なので、どうしたものかと考えた矢先、ぬっと獅子が現われ、驚く息子を背中に乗せて干潟の上を飛び越えた。
水から生える木を蹴り、どんどん先へ進んだ獅子は、地面のある場所まで来て騎士を下ろし、青白い炎に突っ込んだ水鳥(※本当に丸焼き=羽付いてる)を見せた。
サブパメントゥ出身・父の親切な思い遣りに、固まりかけるシャンガマック(※儀式みたい)。
だが、これは父が最大限の親切を(※知らないことにチャレンジ)行ってくれたと思い、お礼を言って、青白い炎に巻かれる丸焼きの水鳥を頂戴することにした。
どうも。炎の温度は父が調整出来ることを知り、この際だから高温で焼いてもらい、羽も何もかも黒く燃え上がった後、良い匂いがしてきたところで(※肉加熱処理済み)引っ張り出し、ナイフで黒コゲの皮を外しながら、中の肉を食べた。
野の生活も知る、部族育ちのシャンガマックだったが、これは中々、斬新な体験となった。
お陰で沢山肉を食べることが出来て、焼けてしまえば問題ないと思う。シャンガマックは、優しいヨーマイテスに何度もお礼を言った。
父は、獅子の状態なので、お礼を喜んでいるかどうか、顔からは全く判別が付かなかったが、ふと見ると、尻尾がパタパタしていたので、きっと喜んでいると思った(※獅子だから尻尾は動いちゃう)。
試しに、ヨーマイテスの顔を覗きこみ『食べてみるか』と肉をちょっと出すと、獅子は口を開けたので肉を入れる。もぐもぐしている獅子に微笑み、ちらっと尻の方を見ると、やはり尻尾が振られていた。
尻尾の動きが止まった後。
もう一回だけ確認しようと、シャンガマックは獅子の首に、両腕を回してぎゅっと抱き締め『有難う。俺のために、こんなにしてくれた』と、きちんと愛情表現をしたところ、尻尾は凄い勢いでバタバタしていた(※父、大喜び)。
ヨーマイテスは感情が分かり難いこともあるので、これくらいあっさり分かると助かるなと、シャンガマックは思った(※獅子状態の方が分かりやすい)。
こうして、お腹いっぱいになるまで、水鳥の丸焼きを食べさせてもらった褐色の騎士は、再び遺跡へ戻してもらい、館長がどうしているか見に行った。
館長はずっと熱中していて、最後に見た場所から1mも移動していなかった。
なので、シャンガマックもそっと引っ込んで影の部屋へ戻ると、館長が『もっと知りたい、調べたい』と話していたことを、ヨーマイテスに聞いた。
話を教えてもらいながら『もしも館長に話して良いなら、どの辺だろう』と確認しつつ、幾つかは許可も貰えた。
そんなことをしながら、午後は過ぎて行く。
退屈してきたヨーマイテスは『もう行くと言って来い』と、息子を急かし、シャンガマックも了解して館長に挨拶に行った。
時間は4時を過ぎた頃で、館長は傾く日を見て『そんな時間か』と呟き頷いた。
「館長。俺の解釈・・・というかな、俺がそうかな、と思ったこと。少し話して良いですか」
手を止めた館長に、短い時間だからとお願いし、5分だけ喋らせてもらったシャンガマック。すぐ、館長の目が見開き『それ、私もそうかと思っていた』と口にしたが、その後は黙って騎士の話に耳を傾けていた。
「シャンガマック。面白い。そんなふうに見れば、話が生まれるね!本当かどうか、確認は必要だけど、無い話じゃない。君は・・・これ、これちょっと見て。
これ、どう思う。ここと、これ。違うと思うけれど、文字だろ?でもさ、もしそうだとしたら、単語になってないんだ。これが出てくると、途端に前後が崩れる気がする」
「この部分と。もう少し手前の、この壁の上に同じ絵があるの。見えますか、あれもそうではないかなと。
単語ではないんだと思います。きっと限定符が。この時代だけなのか、限定符がとても多いんですよ。館長がさっき示したのが、3子音文字だとして」
少し『自分が思ったこと』として、伝える。ヨーマイテスが教えてくれたことだから、本当はそんな嘘は言いたくなかった。
が、力になりたくて、この場合は、『ヨーマイテスに聞いて⇒自分が思ったこと』と捉え、罪悪感がひしひし迫るのに、耐え切れなくなるくらいの時点で説明を終えた(※素直な騎士には命懸け)。
顔色が悪いよ、と言われて頷いたシャンガマックは(※善良だから嘘に弱い)『では』と挨拶し、明後日に教えてもらった遺跡で会うことを確認して、館長とお別れした。
「終わったか」
「終わったよ。でも嘘は嫌だな」
「俺が言ったと言えないだろう」
フフンと笑った獅子に、背中に乗るように言われて、倒れるようにシャンガマックは広い獅子の背中に乗せてもらった。
「ここらは湿っている。少し乾いた場所へ行くか。乾いていて、水の流れ落ちる岩がある場所へ」
ヨーマイテスは、独り言のようにそう言うと、ぐったりしている息子(※嘘疲れ)の答えを待たずに、夕方の影を走リ出した。
お読みいただきありがとうございます。




