1126. 旅の六十三日目 ~町の状況と今日の予定
翌朝。バイラが目を覚ます頃には、馬車の外から良い匂いが漂っていて、バイラは仰向けに体を動かすと、大きく伸びをした。で、手がぶつかって苦笑い。
体を起こし、疲れた顔を手で拭うと、首を回して肩を揉む。『昨日は忙しかったな』呟いた声が、梯子を降りてきたフォラヴに聞こえていて、部屋の戸の外から挨拶が掛かった。
「ゆっくり眠れましたか。おはようございます」
「おはようございます。フォラヴ。今日は早く起きれませんでした」
バイラは戸を開けて、覗き込んだ優しい騎士の顔に、笑ってそう言うと、フォラヴもニッコリ微笑む。
「あなたは日々。努力を惜しみません。イーアンのように、限界を超えても頑張ります。時々、あなたたちが似ている気持ちになります」
「そんなことないですよ。彼女の動きなんて、とても私が追いつくようなことはないです。私は人間の出来る範囲で、地味に頑張るだけですよ」
アハハと笑った警護団員に、フォラヴは控え目に頷いて『あなたが旅に参加して下さって、どれほど頼もしいか』と伝えると、もう朝食ですよと、先に馬車を出た。
大きな力の元にいる、妖精の騎士。彼は本当に静かで遠慮がちな男だな、とバイラは思う。
着替えを済ませて、謙虚な妖精の騎士の言葉に、朝から励まされたバイラは『今日も頑張ろう!』と自分に呟いた。
馬車を出て、煙の流れてくる方を見ると、炉場の焚き火跡を使って、ミレイオとイーアンが料理を用意していた。
ザッカリアとオーリン、シャンガマックはいないが、他の仲間は皆、もう起きて朝食を受け取っていた。
ミレイオがバイラに気が付き『おはよう』と笑顔を向けて、皿に料理をよそる。
受け取ったバイラは『今日は寝過ごしました』と申し訳なさそうに言い訳したが、総長は笑って『バイラは毎日頑張る』疲れも取れないだろうと、労う。
「昨日。バイラはとても、しんどそうだったから、特に話を聞こうと思わなかった。
今はもう大丈夫か。昨日、どうだったのだろう。近隣の町から物資が届くとか、近い地区の警護団が応援に来るとか」
ドルドレンは状況を訊ねる。手伝うことがあれば、騎士たちはすることもないし、馬車はここで置けるから、安心して日中は動けることを先に伝える。
頷いたバイラは、総長に横に座るように手で示されたので、側に座るイーアンにも朝の挨拶をすると、総長の隣で食事にする。
「はい。今日も来るでしょう。昨日、ここから一番近い町の、救援物資が届きました。かなりの量があるので、それだけでも半月は持つかも知れません。
家屋倒壊で、親戚や身内を頼って移動する人も、町民に出てきました。
遠方から迎えに来た身内に、一時的に子供や親を預けて、働ける世代は残るような。そんな感じです。
到着した馬車が町の外で混雑して。・・・昨日は、結構な人数が移動しました」
「そうか。馬車。そうだな、この一週間で逃げ出そうにも。馬車もないし、あてもなかったから」
ドルドレンが頷くと、バイラも『そうです』と答える。
「ミレイオがすぐ、各地へ知らせに飛んでくれたり、近い警護団にも伝えられたから。それでギールッフ一帯の魔物被害を知った、遠方の身内、親戚、知り合いが動き出したんです。
ギールッフで被災した人々は、知らせる手段もありません。馬車も馬もなくなったから、これまでは待つしか出来なかったんです」
昨日はその『救援物資』と『迎え』が集中したことで、移動届けの受付や手続きが大変だった、とバイラは言う。
「これは、町役場の仕事なんですが」
役場職員でも被災した町民だから、子供たちを預ける為に、席を外した人も多い。それで、到着した警護団員も増えたこともあり、警護団が役場の仕事も手伝った。
「仕方ないことなんですよね。家族がいると、職員の父親や母親は、子供たちや親の世話もあります。家のない状況で、仕事しているなんて出来ないと思うし」
「警護団はどうなのだ、条件は同じだろう」
「警護団は、こういう時のための団体ですから。これで居なくなられても、困りますよ」
眉を寄せて、首を振りながら笑うバイラに、総長もイーアンも笑う。
『そりゃそうだね』と頷きながら、続きを促す。バイラは料理を食べながら、時々『美味しいなぁ』と微笑んで飲み込むと、続きを話した。
町の人は、本当にミレイオに感謝しているんですよ、とバイラは、こっちを見ていた刺青パンクに微笑む。
フフッと笑うミレイオは、小さく首を振り『たまたまよ』自分が動けただけのことだと、お礼に値しないことを答えた。
「そうだな。本当に何がどう・・・とにかく、では。バイラは今日もか?
今日も役場で仕事があるのか。他の地区の警護団が来ても、引継ぎではなくて」
「あ。それは、大丈夫です。とりあえず、必要なことは昨日中にどうにか済ませました。どうせもう、次から次です。少しばかり抜けていても、状況は目まぐるしく変化するので、大きな問題はないでしょう」
一応、手伝いには行こうと思うことを話し、だが自分の任務は別枠だしと、バイラは総長に伝えた。
「手伝うことは出来ますから、それは滞在中にしようと考えています。
ただ、情報管理などに関わるようなことは、私は手を出さないように気をつけて。私は移動する団員なので」
笑うバイラに、総長も微笑む。『そうだな』では自分たちは、どうしようかとバイラに相談してみると、バイラとしては、良ければ一緒に役場へ行こうと言う。
理由は、人手。
撤去作業に馬も足りない状況で、大きな瓦礫は、動かすことも出来ず、本当に苦労していると言う。
「ですから、もう大き過ぎるのは、時間をかけて壊すことにして。運べる瓦礫から外へ出し」
「瓦礫」
イーアンを見たドルドレン。イーアンもその目を見つめ返す。向かいから視線を感じ、さっとそちらを見ると、親方もイーアンを見ていて、親方はドルドレンと目を見交わし頷く(※1021話参照)。
伴侶と親方が、アイ・コンタクト。
多分、私に振るなと思っていたら、イーアンの予想通り、次の言葉は『イーアンが手伝うのはどうだろう』と伴侶が投げてきた。
「イーアンが?彼女に瓦礫運びを・・・あ、ああ!そうか。以前、涸れ谷で、岩を壊してくれましたね(※バイラの思い出した場面は、969話参照)!」
いきなり、イーアンに手伝うように向けた総長に、驚いたバイラだったが、すぐに理由を思い出し、それは助かるとばかりに、満面の笑みを女龍に向ける(※断れないタイプの笑顔)。
「俺もそれが一番、早い気がする。イーアンに切らせて(※既に使う気)運び易くすれば。
俺たちがいなくなった後でも、町の人間だけでどうにかなるだろう。でかいと鶴嘴で崩すのも大仕事だ」
親方も普通に『お前がやれ』と命じる。特に断る気もないけれど、自分の使い道って・・・と思うイーアン(←イーアン重機)。
ということで、イーアンの本日。お昼までは、出張お空へ行くものの、午後は戻って来て、撤去作業お手伝いと決定(※龍の爪使用)。
ドルドレンとフォラヴは、力の強い馬車の馬・センとヴェリミルで役場へ行き、バイラと一緒に撤去現場へ移動することになった。馬に荷車だけを付けて、町の皆さんと一緒に運び出し担当。
「俺は、イーアンのナイフの続きでもやるか」
タンクラッドは、自分もそうした力の対象と教えてもらったこともあるので、お留守のイーアン(※親方が命じたんだけど)の残りの作業を引き受ける。ミレイオも一緒。
ザッカリアは、バーウィーと昨日の夜から一緒のため、ザッカリアは仕事免除。炉場に来たら、ミレイオたちが彼を見ていることになった。
「よし。では今日の動きは、これで良いだろう。昼は戻るようにする。何かあれば、役場へ知らせてくれ」
ミレイオにそれを頼み、皆の行動が決まったところで、朝食の片づけをして、そのまま、騎士とバイラは朝食後に役場へ。イーアンもお空へ『行ってきます』ご挨拶して飛んで行った。
タンクラッドは今日の作業の準備に入り、ミレイオは、イーアンがもらってきたままの、グィードの皮を日干し(※濡れたの畳んで箱に入れてあった)し、溜まった小防具を売りに出ることにした。
「お前はもう売るのか?今、それ売れる店ないだろう」
店もへったくれもあったもんじゃないぞ、とタンクラッドが驚いたようにミレイオに言うので、ミレイオは『ここじゃないわよ』と眉を寄せる。
「違う町で売ってくるの。今、援助物資を送ってくれてる町。ここから、海の方に向かう道にあるの」
そこで換金所もあったし、引取り所も見つけたと教えると、親方は少し考えて『俺も見たい』と言い始める。
龍もいないし、物理的に、親方が動くのは無理な現状。ここはミレイオ相手なので『無理言うな』一蹴されてこの要求は終わった。
むすっとした親方は『お前は自由が利くが、見た目がそれじゃ』とブツブツ言っていた。
「見た目?テイワグナの人、全然気にしないわよ。あんたは大人しく、ナイフ作ってらっしゃい」
ふん、と親方の意地悪に鼻を鳴らして、ミレイオは作った防具を袋に詰め込む。
そうしていると、職人たちの声が聞こえてきて、朝陽の中を5~6人の職人が歩いてくる姿が目に入った。
ミレイオと親方は、彼らに朝の挨拶をして、今日の予定を大まかに伝える。彼らも了解し、親方には一緒に作業を、ミレイオには、行き先の町の情報を教えた。
「まだ店も開かない。少し待ってから出ると良い。
行くなら、俺に聞いたと言えば、少しは色が付くかも知れん。俺も何度か利用している」
おじいちゃんの職人がミレイオにそう言って、自分の名前を『セルフィド』と教えた。セルフィドは防具や武器などではなく、馬車用の工具全般を作っていると言う。
「目立たない仕事だけど、需要は切れないからな」
そう言ってニコリと笑うと、ミレイオとタンクラッドを、戸を開けた炉場に入れた。皆が今日の作業を始めるために、炉に火を入れて、水を用意し始める時、時間は7時。
この一時間後、最後に来た職人は子供を連れて現れ、その嬉しそうで満足な顔に、皆は『バーウィーが生き返った』と茶化した。
ザッカリアは、ミレイオとタンクラッドに挨拶すると、今日は炉場でバーウィーに教えてもらうんだ、と笑顔で伝える。
「俺もイーアンとか、タンクラッドおじさんとか、ミレイオとか。オーリンもだけど。何か作れるようになる」
「お前はなりたいものが沢山あるな」
ハハハと笑うタンクラッドに、子供はちょっと恥ずかしそうに頷いて『立派な騎士にもなるよ。ギアッチみたいに頭良くなりたいし』と付け加えていた。
「音楽は?」
ミレイオも笑いながら『あんたの音、素敵じゃないの』と言うと、ザッカリアは思い出したように『俺、馬車に楽器置いてきちゃったから、バーウィーに聴かせられなかった』と困った顔をした。
「馬車、開いてる?」
「開いてるぞ。取ってこい。バーウィーに外に出てもらって、一曲聴かせると良い」
炉場は仕事しているからな、とやんわり注意すると、ザッカリアはニコッと笑って馬車へ行った。バーウィーも楽器の話を聞いていたので、炉場に入ったすぐ、また外へ出て行った。
晴れた朝の午前。
炉場の煙突から煙が上がり始めて間もなく、不思議な民族音楽が炉場に流れ、誰もがその、聴き慣れない情緒豊かな音色に心を預けた。
バーウィーは一曲分では帰ってこなくて、彼が炉場に戻って作業し始めたのは、9時過ぎた頃だった。
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