1124. 炉場の一日
炉場に入ったイーアンは、ギールッフの職人たちに『あの日。見ていた』と感動を伝えてもらう。
角に鈴がないことにも気が付いた皆さんは、『鈴が親しみがあって良かったと思う』とも、親しみアイテム評価の助言をしてくれた(※ビルガメスに『うるさい』と外されたことは言えない)。
無事を喜んでくれて、戦った白い龍に感謝を伝えてくれた皆さんの中で、白い髭の職人が嬉しそうに目を細めて、ちょっと驚くことも教えてくれる。
「イーアンに、また会えて嬉しい。この前、夜の守り神にも会った。驚きの連続だ」
「え・・・(※コルステインとは言わないが)そうなのですか。大丈夫でしたか」
「美しい存在だ。初めて見たが、俺の子供たちにも伝えた。生きていて良かった」
美しい大きな女で、男の体も持っている・・・白い髭の男とロプトンが、顔を見合わせて満足そうに言う。
そして『晴れた夜のような体の色に、月の光の輝く髪、逞しく力強い鷲の手足と、黒い翼』に感動したその想いから――
「一生、崇拝する」
ロプトンは若いが、その眼差しは熱い思いを宿した信仰心とも情熱とも見れた。
白髭の職人『キーガン』と呼ばれた、50代くらいの(※実際60代)職人もしんみりと相槌を打って『死ぬ前に会えた。子に伝えたが、孫が生まれたら、これを語り継ぐ』しみじみ、異世界の王者たる、コルステインへの気持ちを言葉にしていた。
なぜか・・・ガーレニーが気づかぬうちに横にいて、突然イーアンに『俺はお前を崇拝する』と囁く。
頭上から降ってきた囁きに、ビックリして見上げるイーアンは『崇拝なんて必要ない』やめてくれ、とばかりに頼んだ(※ホントにビックリした)。
ここでガーレニーが、テイワグナの男らしく(?)ざっくり堂々、質問。
「イーアンの夫は、総長か」
「はい。そうです」
「旅の仲間は限定されているのか」
「そうですね。なぜですか」
最初の質問はさておき。ザッカリアのことだな、と思ったイーアンは『旅の仲間は特別な導き』と教える。それ以上は言う必要がないと思うが、自分も立場上(←龍)これ大事と、ここまでは押さえる部分。
「テイワグナの次もあるのか?ここが終わってもどこか、郷里ではなく続けて回るのか」
「必要があれば。なぜですか、ガーレニー」
「俺は一緒に行けるか。このテイワグナの中だけだが」
「ん?」
イーアン固まる。この人、何の前触れもなく、何を、と固まるイーアンに、横にいた白い髭のキーガンが笑って『こういう唐突さが、ガーレニーの仕方ないところだな』と言う。ガーレニー、無表情(※微動しない人)。
側で聞いていた、ドルドレンとフォラヴも固まった。
ドルドレンとしては『来たか!』の警戒態勢(※『横恋慕2だ!』と目をむく旦那)。フォラヴは、彼の言いたい意味が分からないので、理由を待つ(※これが普通)。
総長は必要ないくらいに大きな咳払いをして、さっとイーアンの前に立ち、自分を見たガーレニーに、がっちり目を合わせて、お断りする。
「一緒には行けない。間に合っている」
「人手の問題を聞いたぞ。仲間がよく足りなくなるようだが。本当に間に合っているのか?」
「ガーレニーは、鎖帷子、作るのだろう」
眉を寄せるドルドレンは、奥さんを死守(※まただよ~、って感じ)。
ガーレニーは表情が少なくて、どう反応しているのか掴み難い。声も口調も変わらないので、すごくやり難いドルドレン(※『この人、生きてるんだろうか』と思うくらい反応薄い)。
黒髪の騎士の守り方に笑っていたキーガンが、ちょっと横から言葉を添える。
「あのな。鎖帷子を作る工房が、テイワグナに3箇所。老舗っていうかな。あるんだ。その一つが、ギールッフだ」
「ふむ。だから、ここでどうか頑張ってほしい」
「それでな。残りの2箇所は、ティヤー近くと、ヨライデ近くだ。ガーレニーは、ギールッフの鎖帷子を俺に任せて、他の工房に自ら頼みに行こうとしている。ギールッフでは俺も作れるからだ」
「な。なん。何で?要らないのだ!そんなの、大丈夫だ」
「鎖帷子・・・だけじゃないと思うが。ここまで、開放的に受け入れないぞ。他の地域は」
キーガンは、ガーレニーを見てから、黒髪の騎士に視線を戻し、ニヤッと笑ったが、その顔は本当に『普通に会いに行っても無駄』とおどけているようだった。
「ハイザンジェルもそうじゃないか?鎧工房で、いざ『鎧の質を変えてみろ』と言ったところで、受け入れないもんじゃないか?」
「あ。デナハ・デアラ」
白い髭の職人の言葉に、ドルドレンより早く、眉間にシワを寄せたイーアン。
瞬間的に頭に浮んだ言葉を、嫌そうに口にした。ドルドレンがさっと奥さんを見て『ああいうこともある』と、そこに拘らないように言う。
イーアンの嫌悪感丸出し表情に、少し気になったガーレニーは訊ねる。『イヤな対応があったか』そうか?と遠慮がちに訊ねると、イーアンも目を一度閉じて、大きく息を吐いてから頷いた。
「否定的でした。まだ、魔物材料を営業で回った最初でしたから。総長のドルドレンが紹介して下さったのに、先方は、私の顔がどうとか」
「顔?イーアンの顔?何が関係ある」
よせ、とドルドレンが追う質問を遮るが、ガーレニーもキーガンも、総長をちょっと見てから、もう一度イーアンに『なんて?』と訊ねる。彼らの顔つきに、心外そうな色が浮ぶ。
イーアンは『私の顔が見慣れないから、信用できないと言われた』とうんざりしたように答えた。
「何て言い方だ。顔なんて、人それぞれだろう。龍の女に」
「いいえ。その時は角もなければ、皮膚の色も普通でした。ただの身元の知れない、顔の違う馬の骨でしょう」
「酷いやつらだ。職人なのか。そんなのがいるなんて。そこまで酷くはないぞ、テイワグナは」
イーアンへの扱いに、酷い、と怒るキーガンは『テイワグナは、そんな理由で拒否はしない』としっかり教える。『持ち込んだ相手の見た目なんか、関係ないじゃないか!』他の職人も怒っている。
思い出して、嫌な気分を顔に浮かべたイーアンに、『そんな目に遭ったとは』とガーレニーは同情した。
横にいるキーガンも同じように同情し、首を振って『見た目云々は酷い話だ』それはいけない、ともう一度言い、『とは言え』と続ける。
「だが。他国の人間が、いくら尽力していると分かっていても。文化でもある『鎖帷子』への変更相談を、この国の職人も、すんなり受け入れられないだろうことは、想像するに難くない。
断られるとしたら、それが理由になると思う。だから、ガーレニーが一緒に行こう、と考えている」
キーガンは、ガーレニーが直に説明すれば、きっとテイワグナに普及出来るだろうと言う。よその国へ行くなら、もうガーレニーに出来ることはないにしても、国内ならそれは可能であると総長に伝えた。
この話の最中に入ってきた、親方とミレイオ。総長の、驚きと不満の綯い交ぜ顔を見て、イーアンの横にガーレニー、彼らを囲むように他の職人が立つのを見て、何かまた厄介な話かと視線を動かす。
フォラヴがミレイオに気がつき『ガーレニーが鎖帷子普及に手伝う、同行願いを』と簡潔に伝えると、ミレイオは驚いたが、親方も顔が曇る。
瞬時に、つかつかとガーレニーに歩いて行き、さっと自分を見た総長に、一度だけ目を向けた後(※両者の気持ちは一致)、鎖帷子の職人に小さく首を振って否定を示す。
「何でお前が来るんだ。同行って、簡単じゃないぞ」
「今、それを話していたところだ。鎖帷子の変更に、お前たちの誰も詳しく説明出来ないだろう」
キーガンが先に口を開き、行きたいだけで言っている訳ではないと、背の高い剣職人に返した。タンクラッドは疲れたように息を吐き出すと、やや睨むようにキーガンを見据える。
「ザッカリアのことでも揉めたんだぞ。その上、助力になるとは言え、今度はガーレニー?回り先に懸念があるなら、一筆書いてくれ。俺たちの旅は」
「そうだな。ちょっと、無理があるな」
気持ちを苛立たせないように喋っていた、親方の意見は遮られる。ふと皆が後ろを見ると、ザッカリアと一緒にバーウィーが来た。
「無理、と言って良い気がする。さっきの光、誰か見ていたか」
「光?外が光っていた、あれか。いや、気が付いたら終わっていたから」
ロプトンが答えて、皆を見る。皆も作業準備だったので、顔を上げていない。
バーウィーはザッカリアの背中を撫でて『総長のところへ』と優しく押すと、彼を総長に預け、仲間の輪に入る。
怪訝そうに見ている、タンクラッドと総長に顔を向け、斧職人は仲間のガーレニーに向き直った。
「普通じゃないんだ。それは頭で理解するより、体感の方が強い。
龍の女もいれば、夜の守り神もいる。特別な存在と、龍に乗って戦う騎士たちの旅。だが。
俺たちはそれを、よく分かっていないかも知れない」
さっき見た光景に、衝撃を受けたバーウィー。ああして揃ってしまった状態で、空から舞い降りる龍たちを知り、参ってしまった。
畏怖と信仰心が強過ぎる故に、だからとも言える影響を受けて、斧職人は、短い時間に休みながら、考えていたことを伝える。
「思っているよりも、鮮烈だぞ。こうして、イーアンや、この前の夜の守り神、騎士たちが乗っていた龍を遠目に見たり。個別に見て、感動しているのと・・・訳が違う。
膝の力が抜けそうなほど、偉大だ。とても、普通の人間が付いて行って良いとは。思えない」
意外そうな顔をして、総長とタンクラッド、ミレイオは『へぇ』といった具合で、瞳に虞を浮かべた職人の変化を見つめる。
フォラヴは一人、何となく理解する。彼だけではなく、バイラのあの信仰心。
それはきっと、異界の存在を受け入れて喜んだ、この炉場の全員にも当てはまると感じた。『妖精と精霊の違いが、ちゃんと分かる』とバイラは話した。それは、皆の意識の隅々まで、常に行き渡っている存在だから。
ハイザンジェルに比べて、ずっと根強く、宗教的な感性や感覚が『民族』に息づいている。
だから、実際にその信仰対象の世界観に触れてしまうと、畏れ多くなってしまうのだ。『自分たちと世界が違う』と、感覚的に理解するのかも、と思えた。
結局。この話は、バーウィーの一言でいきなり静まり返り、あんなにノリノリだった職人たちは、何やら恐縮したように『別の方法も考えてみるか』と言い始め、この後に『旅同行希望』の話は続かなかった。
影響力が強い人なのかなと、ミレイオは最初に思ったが、彼らの雰囲気から、どうもそういう話ではなさそうなことを、フォラヴと同じように、心のどこかで感じ取った。
それは、父・ヨーマイテスが地中の影に見えた時に、彼らがあっさり受け入れた、あれと繋がる理解だった。
いきなり終わってしまった、一騒動にも似た、朝の時間に拍子抜けしたものの。ドルドレンたちは『まぁ、じゃあ』と有耶無耶で頷く。
この流れに変わったなら、どうも自分たちに害はなさそう・・・と判断して、騎士は馬車へ戻る。
ドルドレンは奥さんに『何かあったら馬車にいるからね』とは言ったが、親方もミレイオも揃っているので、特にもう心配はないかと思えた。
そうして、何だか尻切れトンボの状態ではあるが、とりあえず、ミレイオとタンクラッドが側に付いて、イーアンのナイフ作りを指導協力する、午前が始まった。
3人とも、鎖帷子の話は気にはなっていた。でも『ちょっと聞きたい』・・・それがまた、薮蛇になるのも困るので、その話題は誰も口にしなかった。
ただ黙々と。親方が用意してやり、作り方を見せて、イーアンが真似て。ミレイオが温度を調整して、またイーアンが作って。研ぎは後だからと、ナイフを何本か作らせる、淡々とした作業が流れた。
作業は本当に、実に効率良く繰り返され、親方もいりゃ、ミレイオもいるので、イーアンは流れ作業で言われるままに作るだけ。そうしてあっさり、昼になった。
この間、他の職人たちも自分たちの作業に熱中していたので、朝のあれは何だったのか、と思うくらいに、炉場は生粋の仕事現場状態で、ちょっとは会話もあるものの、誰も長く話さなかった。
実の所、イーアンは、ガーレニーに手伝ってもらえると助かるとは考えていた。
だから、連れて行くのはちょっと無理だとしても、勝手かも知れないが、必要な時だけ協力が願えるかどうか、それは聞きたくなった。
ミンティンで迎えに行けば、一日も掛からない(※超高速設定)。だから、妥協案になるかどうかは別として、協力してもらいたい場面で、送迎するから来てもらえないかを聞いても良さそうに思えた。
この話は、職人たちが一緒に昼を食べようと誘ってくれたお昼の時間に、伴侶にだけ話した。
伴侶は最初、『え』の声と共に目が据わったが、『鎖帷子どころか、鎧に明るくない自分は心配ではあった』それを正直に伝えると、ドルドレンも考え込んだ。
「それ。誰にもまだ」
「言っていません。あの展開ですから、下手に話してこんがらがると困ると思いまして」
「そうだね。うん、でも。それは良いような気がしてきた。デナハ・デアラの無礼さはないにしても、言われてみれば、その道の人が説明に付かないと、今までも苦労したのだ」
ドルドレンは、イオライセオダで『サージの剣工房』の時も、間にブラスケッドが入り、初対面の際にはサージが付き添ってくれた』から、タンクラッドとも話せたのだし、と小さい声で奥さんに伝える。
イーアンも頷く。親方に聞かれないように、『私も最初は、どうしたら良いか分からなかった』と伴侶に打ち明けた。
それはドルドレンも、一緒に工房を回る度に感じたこと。
専門職に頼み込む時の難しさは、どこかで何か、上手く説明と流れが生まれるような、そんな手を打ちたいと考えていた。
旅に出てからは、親方もミレイオもオーリンもいる。奥さんもちょっと変わった知識で、職人組に入るので、彼らに任せていた。これは楽で、ドルドレンとしては、肩の荷が下りたと思えた部分でもあった。
「うむ。では。彼も微妙に警戒対象だが、必要時に送迎付きで協力してもらえるか。俺が聞いてみるか」
「お願いします。私は、この話をするの、やめた方が良い気がします」
「当たり前だ。お前は何も言うな」
ドルドレンとイーアンが話していた会話を、いつから聞き耳立てていたのか、親方がガッツリ『ダメ』と言い切って終わらせた(※地獄耳)。
二人が振り向いて、親方をじーっと見ていると、親方はもぐもぐ食べながら『俺は、お前たちに手紙も書いた。ちゃんと受け入れる気で話を聞こうと招いたはずだ』と・・・・・二人がしおれ、言い返せなくなることを伝えた。
この午後。お昼を終えたすぐ。イーアンとタンクラッド、ミレイオは炉場でナイフの続き。
ザッカリアは『勉強しましょう』とのフォラヴの提案で、久しぶりに馬車の中で勉強。オーリンが来て、アオファの鱗を届けると、『俺も炉場入るよ』と職人組に参加。
ドルドレンは、ガーレニーとキーガンに時間をもらい、先ほどの奥さんからの話を持ちかけ、彼らと相談を進めた。
作業している面々の一日は、真剣に取り組むので、ハイザンジェル組もギールッフ組も、あっという間。
夕方には、今日からは馬車を炉場に停留しても良いと許可も得たので、皆はギールッフの職人たちと、ちょっと長い夕食の時間を過ごした。
バイラは日が暮れてから戻り、シャンガマックは案の定、戻ってこなかった。
お読み頂き有難うございます。




