1121. 別行動:シャンガマックと南の遺跡~朝
まだ暗いうちに出発した、ヨーマイテスとシャンガマック。
影を伝いながら、走り抜ける獅子の背に乗り、シャンガマックはとっても不思議な気持ちでいた。
自分が。まさか獅子の背中で、大地を駆け回るとは。考えたこともないことが起こっている。
鎧は置いてきたが、馬車に寄った時、剣だけは持って来た。
ヨーマイテスはそれを見て『要らない』とさっくり不要を申し渡したが、自分で自分のことはしたいと、ぼそぼそ言い訳のように言うと、父は認めてくれた(※不服そう)。
なので、腰には剣を帯びている。本当は、資料も持って来たかった。
でも、剣に続いて、カバンを取ろうとしたら、父がじーっと見ていたので、きっとこれは要らないと言われる気がして、やめた(※荷物不要の父)。
そんな、父・ヨーマイテスの背中に乗り、光が差す前にと、飛ぶように影を駆け抜けて行く、テイワグナの大地。
疲れも知らないように走り続ける、ヨーマイテスの背中は広く、普通の馬よりも大きい。
獅子の姿は、テイワグナで野生の獅子を見たことがないから、一般的にはどのくらいかを知らないが、思うに、かなり大きい獅子の形ではと、シャンガマックは推測する。
鞍を着けた馬の背より大きく感じる、その背中。自分は背があるから(※そして足も長いから)跨いでいても、特に問題はないが、イーアンくらいだと大変だろうと思った(※背が低い=足の長さ重要⇒言えない)。
この前、ザッカリアと一緒に乗った時は、彼が安定せずに大変そうだった(※イーアンより少しは背が高い子供)。
黄金の獅子は、地面を蹴り飛ばして走り続ける。
背中の半分まで流れる、長く豊かな鬣は上下する度に、丈の長い草原のようになびき、躍動する筋肉は、シャンガマックの捉まる手に、動く鋼のように伝わる。
「俺はすごい体験をしているんだ」
騎士修道会で過ごした10数年間。ここまでのことはなかった。魔物騒動が始まり、時代が変わったと分かった時も、凄い時代にいると感じたが。そして、イーアンが来て、彼女が初めて龍と戻った時も、同じように感じた。だけど――
「俺の人生で、こんなことが起こるとは」
感慨深く。朝の澄んだ空気と広がる自然の中で、吹き抜けてゆく風を受けながら、シャンガマックは深呼吸して感謝する。
「どうした。何か気にしているのか」
背中の声を聞いている獅子は、少し振り向き、走る足をそのままに息子に訊ねる。碧の目を向けられて、シャンガマックは微笑んで頷いた。
「あなたとこうしていることが、俺の人生に起こって。俺は感動している」
「お前はいつも。俺を慕うな」
「これからも慕うだろう」
勿論だ、と満足げに答えた獅子は、より早く躍動する。
『掴まっていろよ。もうじき日が昇る。遺跡のすぐ近くまで行くぞ』遺跡はもうすぐだと教え、獅子は体中の筋肉を増やすように、一度大きく震えると、今までよりも速度を上げた。
ビックリしたシャンガマックは、鬣にしがみ付き『痛くない?』と、とりあえず遠慮がちに質問。
「痛みなんて知らん」
笑った声が戻って来て、どうやら、毛を引っ張っても平気と覚えた、褐色の騎士の朝。
*****
その頃。南の遺跡で寝むっていた館長は、護衛の3人に『そろそろ朝食ですよ』と声を掛けられて、目を覚ます。
「ああ。すまないね。君たちは?一緒に食べよう」
「はい。今日は固定だからと作りましたから、良ければ館長も。今日の移動予定は、何かありますか。滞在は何日予定ですか」
「そうだねぇ。シャンガマックが来てないからな。でもまぁ、後2日は掛かるし、その間に来るだろ。移動は、ないと思うよ」
護衛の男の一人に、日程の確認を受け、テントを出てから焚き火の側に座った館長は、鍋の煮物に『美味そうじゃないの!』と嬉しい顔を向ける。
「テイワグナの、俺は西の出身で。これ、食べたことないかと思って」
別の護衛の男は、館長の素の喜び方に笑って、器によそって渡す。お礼を言って館長は料理を受け取り、香りを存分に嗅いでから、一口食べて『うーん、凄い美味しいよ!』と感動。
「ヨライデみたい!全部入ってる?肉と野菜も、雑穀も」
「そうです、そうそう。よく知ってる。でもこれは、テイワグナの料理ですよ。
ヨライデは材料の味が強いけど、テイワグナは香辛料だらけでしょ?これもそうです」
「分かるよ。だから、香りが抜群だ!味も最高!君は料理が上手だねぇ!」
アハハハと笑い声の響く、朝のキャンプ(※もはやキャンプ的楽しさ)。
館長がこんな具合の人なので、護衛の3人も楽しく気楽に過ごして、早9日。道中、魔物も一回しか遭わず、それも小型が一頭だけ。気持ちも軽く、4人は朝の食事を楽しむ。
出発した首都を後にして、南の遺跡に辿り着くまで、移動で丸8日。護衛の一人が、最短の近道を教えてくれたので、館長は昨晩にはここにいた。
「多分ね。私の知り合いは馬車で来るから。それで時間が掛かっている可能性もあるんだよ」
魔物退治が仕事だしねぇと、呟く館長に、護衛は驚いて目を丸くする。『魔物退治が仕事?そんな人たちが、馬車で移動しているんですか』本当に?と訊く彼らに、館長は頷く。
「ハイザンジェルから来たんだよ。『魔物資源開発機構』って、知らないよね。
今年に出来た、あっちの国の機構らしいんだけど。それで任務を受けてさ。向こうの騎士修道会の総長とか、騎士たちとかが、テイワグナに手伝いに」
「手伝いですか。馬車で。すごい根気ですよ、こんな広い国に」
「と思うだろ?でも、その遠回しに『無謀』って意味、ちょっと早とちりなんだよ」
ここでまた、皆が笑う(※気楽)。館長は、美味しいなぁと匙を運びながら、『凄いんだよ。龍が一緒』と暴露(※他人事だから)。
「え!龍?最近ですけど、ここ数ヶ月で、龍の話は聞いていたんですが」
「それ。それだよ、イーアンっていてさ(※他人事だから暴露しまくる)。龍の女がいるんだよ」
強いんだから~(※自慢)と笑う館長に、護衛もビビる。
凄いことだ、と騒ぐ3人の男に、館長は『そのうちの一人が、私の弟子(※勝手に)』と決め付けて教えた。
で。館長たちの、こんな朝の食事の最中に、シャンガマックは到着する。
「お前の会う、相手。あれか」
「そうだ。館長はもう来ていたんだな」
「そうじゃない。バニザット。あいつは口が軽い(※正)」
ちらっと父を見る、褐色の騎士。横に立った焦げ茶色の大男は、館長と護衛の朝食風景を見据え『軽口だな』と、もう一度言った。
「気を付けて付き合え。お前の用だから付き合うが。俺のことは話すな」
「話さない。ヨーマイテスには迷惑掛けたくないんだ」
「バニザット」
大男は、騎士をゆっくりと片腕に抱き寄せて、見上げた顔にきちんと注意する。
「俺はお前を見ている。だが、必要ならすぐに呼べ。お前を困らせる事に触れさせはしない」
「有難う。でも大丈夫だ。そんなに子供じゃないよ」
もう33だし、と思うシャンガマック。もうじき4になるのに。そんな、小さな子みたいに心配しなくても、そこそこ大丈夫だと思うところ(※お父さん過保護=父年齢ウン百才)。
焦げ茶色の大男は、彼を見つめて、その淡い茶色の髪を撫でると『俺は近くにいる。それを忘れるな』念を押して騎士に伝え、すぐ、顔を焚き火の方へ向ける。
「もう、あいつらの側へ行くか?」
「うん。行って、遺跡を調べようと思う」
「この周囲は下りるなよ。水ばかりで足が取られる」
「連れて来てもらったから分かる。館長たちも、馬と小舟の使い分けだ。大丈夫だよ」
「気をつけろ」
ヨーマイテスは、騎士の顔を撫でると、その手を止めて少し黙った。
心配している顔と分かり、シャンガマックは微笑んで、『何かあれば呼ぶ』と頼ることを伝える。大男は小さく頷き『呼べ』と短く言うと、彼を少し強く抱き寄せてから、影に消えた。
「よし。遺跡調べだ。頑張れば、今日か明日には終わるな」
日をかけて辿り着いたとしても。目的地で何ヶ月も調べるなんて事は、よほど大物でもないと起こらない。ここはそこまで重要ではない、とヨーマイテスも教えてくれたし、シャンガマックもそのつもり。
褐色の騎士は、遺跡の後ろ。干潟の奥から歩み出て、楽しそうな朝の風景に進んだ。
キャンプの朝に談笑していた4人は、遺跡の右手から人影が出てきたことで、一気に緊張する。『誰だ』護衛の男は、さっと剣を抜いて立ち上がり身構えたが、館長は急いで『あ、違うよ。彼がそうだ』と護衛を止めた。
「え?あの男」
「そうそう、今話していた。おーい、シャンガマック!」
「館長!おはようございます」
ほらね、と館長が護衛に微笑み、剣をしまう彼を見てから『彼を待っていたんだよ』そう教えた。もう一人の護衛は、少し警戒していて『人の姿を真似る魔物が。最近、噂で』危ないかもと囁く。
「ん?そうなの?でも大丈夫だと思うけれど」
そうは言っても、近づいて何かされたらたまらない護衛は、確認させてから近づけないとと焦る。館長も身の危険を思えば、彼らの意見に従って、一応確認しておこうと(※怯えない人)了解した。
「ちょっと。そこで止まってくれ!シャンガマック、そこで私の質問に答えて」
「ええ?あ、え?はい・・・何でですか」
「聞こえるね?後で説明するから、まずそこで。えーっとね。他の仲間、どうしたの」
急に立ち止まれと言われ、続けて質問をされる褐色の騎士。
館長たちの焚き火から、50mくらいしか離れていないのに、何やら警戒されているのは、館長の護衛の表情から感じた。
「こんな距離で警戒しても・・・俺が魔物だったら、とっくに死んでいるだろうに」
「何?!何て?聞こえないよー(※館長は気楽)」
もっと早く警戒した方が、と。警戒するにしても遅い反応に、眉を寄せてダメ出ししつつ、シャンガマックは付き合ってあげる(※仕方ないと思うところ)。
「はい、あの。俺だけです。皆がギールッフで待機していて」
「どうやって来たの!聞こえる?!どうやって来たのー」
大声で叫ぶ館長に、この大声もどうなんだろう、と思うものの(※魔物がいたらヤバイと思う)諦めた騎士は答える。
「仲間の一人に連れて来てもらいました!土地勘のある人がいて」
「その人、どこなの!」
「彼は、一人が好きだから、館長たちを見て帰りました」
館長は勘が働く。絶対、アッチ系(※人間じゃない)だとビビッと来た。それから、もう一つ質問。アッチ系の仲間の話、早く聞きたい館長は確認を済ませる。
「武器、ちゃんと持って来たの?!剣は?君の、ほら」
「大顎の剣ですか?これ、そうですよ!ほら」
剣持ってるか?と聞かれ、シャンガマックは、腰の後ろに斜めに隠れた大きな剣の鞘を、前に寄せて指差す。
彼の動きと返事に、館長は納得。護衛を見て『あんなの提げられる魔物、いないよ』と笑った。
「あれ、龍の顎の骨なんだって(※暴露続き)。それで作った特殊な剣だよ」
「えっ!龍の顎!そんな貴重なもの、本当にあるんですか」
驚く護衛に、あるある、と笑って頷き、館長はシャンガマックに『もう良いよ、こっちおいで』と手招きした。
晴れて疑いが消えた騎士は、ちょっと笑って彼らの焚き火へ歩き、護衛の人たちに挨拶をし、美味しい朝の食事をもらった。
護衛の人たちに、自分の仲間がギールッフにいるが、その一人に元護衛の人がいる話をすると、彼らは、現在の護衛の状況を教えてくれた。
今のテイワグナで護衛業を続けている人数は少なく、全体で500人~600人くらいじゃないかと言う。
理由は、魔物相手に負傷する率が増えたからだと聞き、シャンガマックは『魔物が出て、まだ2ヶ月くらいでは』と驚いた。
「そうですね。その2ヶ月で、地方へ動く商隊や、個人の用で動く人が、めっきり減りました。それ以前から、減ってきてはいたけれど。
それが最初で、護衛業の仕事が減ったから、早い者勝ちと言うかな。登録のようなことを、地域別ですぐに始めたんですが。仕事に出ても、帰れないままの護衛の数が増えたので、これを機に辞める者も」
「口挟むけどさ。だから私もね。この皆さんは、腕っぷしも強いし、道も知っているし、頼れるんだけど。護衛の人を頼むのに、時間をかけるようになったよ」
護衛の男の話に挟まる館長は、依頼する客の立場としてシャンガマックに話す。
「行き先の方面を先に教えるだろう?そうするとね、『そっちの方はこの前、魔物が出たから行かない方が良い』って言われちゃう。
こっちも仕事だから頼むんだけど、護衛の人によっては、既にその方面で魔物と出くわしていたりして、怖い思いした後だったりすると断るんだよ。
無理ないなと思うけれど、行ける人探すのも、大変になって」
「それで・・・もしかして、出発が遅れましたか?」
シャンガマックは、どうしてこんなにゆっくり、南の遺跡に来たのかと思っていたので、それを訊ねると、館長は頷いて『それもある。でも賃金の問題もある』と呟く。
「高くなった。命懸けの上に、魔物相手になったから仕方ないけど、本当に高いんだよ。いや、皆さんが恐縮しなくていいの(※と言って、苦笑いする護衛に手をかざす)。
国のお金でやりくりしてる博物館ではね。予算、越えるわけに行かないし、補填が難しいから。
理由が理由だけに、高額の意味は、私も分かるんだけどさ。急な変化だと、捻出が大変なんだよね」
護衛を雇う賃金のやりくりで、テイワグナ文部庁と相当、相談したという館長。それで、お金が下りるまで長かったとか。
「いろいろ・・・大変ですねぇ」
「君たちだって、税金だろ?同じだよ。総長に聞いてご覧。彼ならきっと、修道会のお金の流れも苦労して知っているよ」
褐色の騎士は、支部にいた頃を思い出す。魔物退治に追われてからは、一人で倒して各地を回るようになったドルドレン。隊長としても総長としても、支部不在が多かった。
総長に任命され、半年後。イーアンが来てからは、支部にいられる日が増えて(※全然出なくなった)執務室でサグマンたちに突かれ放題だったのだ。
直に計算するのは総長じゃなくても、許可したり、相談を受けたりは彼の仕事だから・・・・・
「多分。苦労していると思います(※総長に改めて感謝)」
「そうだと思うよ。動こうったって、いろいろあるんだ。世の中が変わると、誰もが影響受けるからね」
護衛の人たちの話を、館のお金の都合にすり替えて、話を変えてしまったため、この後は護衛の話も続かず。
皆は時間を見て、『そろそろ』と朝食の片づけをすると、護衛の3人は外で待ち、館長と騎士が遺跡を調べに神殿へ向かった。
「シャンガマック。この遺跡は、ちょっと風変わりだ。何度か来たんだけどね。
君の仲間の、ではないけれど。今思えば、そうした類の話が残っている。君の知識に入れておくと良い」
思わせぶりな言い方をする館長に、シャンガマックは彼の顔を見た。館長は騎士に頷く。
「『海龍』っていうかな。海蛇みたいな伝説が、こうした海付近の遺跡には残っているんだよ。私も見たことがある。でも、あれは龍とも違うような。
どうしてそれらがいたのか。誰と関係していたのか。それが、この遺跡の壁にも描かれているんだよ」
「も?」
シャンガマックは問う。『他にもあるんですか』神殿の低い階段を上がり、中へ入った二人。館長は薄暗い神殿を眺め渡すと『そう。他の神殿にもあるね』と短く答えた。
彼の目は、既に目当てを探す目つきに変わっていて、シャンガマックへの説明はそこで途絶えた。
お読み頂き有難うございます!




