112. 南西支部の講義日
最近は夜が楽しみでならない、愛妻(※未婚)のいる生活満喫中のドルドレン。
朝が来るのが、日々苦痛にさえ感じるようになっていた。
――朝が来るということは。イーアンと離れる時間が増える。必然的に増える。総長だし、やることが多い。平で良かったのに、と。こうなってから度々思う。
自分で言っておいてだが、今日は南西の支部に寄る。だから何が何でも仕事だ。工房を探すとか旅路を行くとか、そうした自分で調整できる二人の時間ではなく、完全に部下だらけの中で仕事。
朝っぱらから元気のない黒髪の美しい騎士を見て、イーアンが心配した。服を着る前の愛妻(※未婚)の素肌に、ドルドレンが擦り寄る。柔らかくて温かい肌に頬を乗せて抱き締めると、何かがムラムラしてくる。
艶やかな白髪混じる黒髪を指で梳きながら、イーアンが『そろそろ着替えましょう』と促がす。
イーアンとしては明るい時間に肌を晒すのは恥ずかしいので、出来れば早く・・・と思うのだが、なかなか離れようとしない美丈夫に手を焼く。
どうにか引っぺがして、さぁさぁ、と服を着させた。体が大きい割りに駄々っ子なので、いろいろと力を使う場面が多い。ドルドレンは渋々、服を着て(ほぼ着せられた)鎧を付けた。イーアンは別の服に着替えた。
『本当は、同じ色の服を着ていたい』と言いながら、二日も着ちゃったし・・・と残念そうに違う服にしていた。近いうちに、自分の鎧の色の服を集めようとドルドレンは決心する。
透かし模様の乳白色のブラウスに、ウイスキー・オレンジのぴったりしたズボン、胸まで覆う革製のコルセット(←コルセットしないと胸が透ける)、針葉樹のような深緑色の丈の長い上着を着て、その上から青い布をいつも通り羽織る。
イーアンが着替えると、確実に行なわれる一連の動作 ――固まる⇒感嘆の吐息⇒抱き締め⇒誉める―― をドルドレンは済ませ、二人は朝食を摂りに一階へ降りた。
モイラは女性らしく、イーアンの服をとても誉めてくれた。イーアンも、赤毛を複雑な編みこみできちんと飾るモイラの髪形を誉めた。見た目を誉め合うのは女性ならでは。ドルドレンも主人も黙って見ていた。
イーアンの服を見て、モイラはご主人に新しい服をねだっていた。いつもこうした格好ではなく、遠征時はチュニック・・・とは言いにくかった。
モイラのご主人はモイラが可愛いらしく、冬至祭りには買ってあげる・・・と約束していた。モイラは大喜びして『イーアンのおかげね』と客の服が功を奏したことを伝えた。そして朝食に焼き菓子を付けてくれた。
美味しい朝食を食べながら、今後は、月に一度こちら方面に来ることを話す。モイラは嬉しそうに『いつでも会いに来て』とイーアンの腕に自分の腕を絡めた。人懐こいモイラに会えたことは、イーアンがこの世界で始めて、友達が出来た嬉しい出会いでもあった。
自分が北西の支部にいることを伝えて良いか、とドルドレンに訊くと『構わない』と答えてくれたので、イーアンはそれを伝えた。モイラは宿泊付き料亭を経営しているから、会いにくることは出来ないかもしれないけど、一応所在を教えたかった。
モイラは手紙を書く、と約束した。イーアンも手紙を書く、と答え、ちらっとドルドレンを見た。彼は灰色の瞳を細めて微笑んでいた。
8時頃。モイラの宿を出て、南西の支部へ出発。
「イーアン。手紙を書くなら、早く字を覚えなければ」
ドルドレンに書いてもらったのを写そうかな、と考えていたイーアンだったので、何も言えなくなってしまった。
――そうなのだ。ドルドレンは意外とそういう面は厳しい。ちゃんと自分で出来るようにしなさい、という態度は、甘やかさない上の人ならでは。面倒見は良いので、彼は上に立つ人の資質を備えている。
力なく『はい』と答えて、内心は、ギアッチに手伝ってもらえば大丈夫かな、と思うイーアン。見透かされたように『書く間、俺が見ていてあげよう』と釘を刺された。苦笑しながら『頑張ります』と俯いた。
南西の支部までの道のりは、行きもそうだったが、大して時間が掛からなかった。
不思議なもので、初めての道は遠く感じるのに、二度目になるとそうでもない感覚があり、通った風景を見ながら進む道は、思うよりもずっと早く進んでいた。
感覚的なものは別としても。のんびり馬を進めた割には、南西の支部には午前も早いうちに到着した。
ドルドレンが外にいた南西の支部の騎士に声をかけて、試作の入った袋だけ外し、ウィアドを預かってもらう。中へ入ると、昨日の騎士たちは既に帰って来ており、ホールで待っていてくれた。
「デナハ・バスの一時担当になり、南の支部に代わるまで、交代で巡回することにしました」
総長に報告した騎士2人は、簡単に先日の流れを説明し、後は報告書でそちらに回します・・・と言った。
ドルドレンが了解し、イーアンを連れてきたがどこか部屋で話すのか、と訊ねると、彼らは笑顔で『部屋を用意しました。宜しくお願いします』と案内した。
連れて行かれた先は会議室で、扉は開いていた。廊下を進んでいる時から、扉の奥で声がしていたが、中を見ると結構な人数が着席していた。
「これは」
驚いたイーアンがドルドレンを見ると、『楽しい受講だ』と微笑みながらイーアンの背を優しく押して、入室を促がした。
総長とイーアンが入るとすぐ、部屋の中が湧いた。人数は40人ほど。しかし扉が閉まる気配がないので、飛び込み参加もありなのだ、と理解する。
ドルドレンは南西の支部の方針に口は出さないが、この時間を急な受講に使う、この場にいる40名ほどの騎士は、今日の任務がどのような形態になっているのか、とは思った。
しかしまぁ、戦法を知るのは良いことだしこれも任務の内であろう、と解釈する。ざっと見渡せば隊長も3人ほどいる。時間的に都合のついた者達が、この日は多かったのかもしれない。
イーアンが用意された壇上へ導かれ、困った様子でドルドレンを見る。ドルドレンが側へ行くと『大勢は緊張します』と上がっているので、『いつもの会議形式にしよう』と提案した。
ドルドレンが全体に向けて、『自分が先に粗筋を話してから、イーアンに説明を質疑応答で求めよ』と伝える。
「俺が側にいる。困ったらすぐに言うんだ」
黒髪の美丈夫の優しい微笑みに、イーアンは安心して頷いた。その様子を初めて見た、南西支部の騎士は微妙にどよめいた。彼らは明らかに、総長の反応に驚いていた。
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