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魔物資源活用機構  作者: Ichen
力の属性
1119/2959

1119. ザッカリアの自覚・ロデュフォルデンの通路

 

 午後から夜にかけて、イヌァエル・テレンで初のお泊りをするザッカリアは、イーアンと一緒に居た。


 夜の月が美しく、表へ出て龍の島で休む二人は、薄っすらと流れてゆく紺を白く縁取る雲を見つめる。


 話の間に、会話が少し途切れても、それは居心地悪い時間ではなく、お互いが思いをゆったりと感じている時間。そんな穏やかで落ち着いた、ザッカリアの夜。



 ザッカリアはいろいろとあった一日に、少し疲れが出てきて、優しい風に撫でられながら、舟をこぎ始める。



「眠りますか。誰か、男龍に頼みましょうか」


「ううん・・・いい。俺、龍と一緒に寝る」


「そうですか。では、私もここで休みましょう」


 眠いザッカリアは、龍のお腹に寄りかかってイーアンに腕を伸ばす。イーアンは彼の腕を取って、手を繋いだ。


「手ね。離さないで、寝れる?」


「完全に寝たら、分かりませんよ」


 ハハハと笑うイーアンに、ザッカリアも目を開けないまま、ちょっと笑って『そうだね』と答える。寝返り打ったら仕方ないよ、と答えるザッカリアの声が、段々小さくなる。


「眠って下さい。明日、一緒に帰ります」


「うん。おやすみ」


「おやすみなさい、ザッカリア」


 艶々の黒い髪を撫でてやり、龍に凭れかかって眠る子供に、イーアンも囁くような小さな声で挨拶し、それからまた空を見上げた。


 長い一日。ザッカリアの気持ちは上下して、ジェットコースターみたいな日だったと思う。

 でも、最終的にはこうして落ち着いたのだから、これも彼のために、必要な事ばかりだったと思うべきか。


「だけど。まだ子供ですからね。もう少しゆっくり、ゆっくり、一つずつ学びたいですね」


 微笑むイーアンは、ぐっすりと眠った子供の頭を撫でて、少し同情する。

 特別な使命を受けて始まった旅は、まだ思春期にもならないザッカリアには、本当に大変だろう。


 だから余計に、彼はよく頑張っていると誉めてあげたくなる。何度誉めても足りない、急な成長の詰め込みには、こうして疲れてもしまうし・・・『ザッカリアは、ギアッチの言うとおり』頭も良くて、優しくて、顔も良くて。


 ギアッチの自慢を思い出して、少し笑ったイーアンは、息を吸い込んでから黙り、今日の出来事に思い耽る。



 ――今日。ニヌルタが、ザッカリアを迎えに行った。


 連れて帰ってきた時は、何かがあったなんて思えないくらいに、ザッカリアは喜んでいて、いつもどおり笑顔でいっぱいだった。


 ザッカリアはイーアンよりも、背が少し高いが(170cm未満)それでも子供なので、まだ、骨も太くないし、筋肉などは薄い。周りの大人の男に比べれば『子供』と分かる雰囲気。


 そのザッカリアが、人間の男性より大きく、筋肉の膨れ上がった男龍の腕に抱えられていたのを見て、イーアンは『ザッカリアはまだまだ子供』としみじみ感じた。


 角や棘が伸びた体を持つ、ニヌルタの迫力そのものが増したのも、勿論大きい。とは言え、貧弱とまでは言わないにしても、人間の子供は実に細く儚く、見ている者の目には、対照的に映っていた。



 ビルガメスの家に連れて来られたザッカリアは、男龍が全員居ること、彼らの子供がわちゃわちゃいること、また、初めて見る『男龍の子供』ジェーナイとビルガメスの子にびっくりし、感激した。


 幼児のようなジェーナイと、もう少し小さいビルガメスの子は、特にザッカリアには可愛く見えたようで、すぐに近寄って遊びたがった。


 ファドゥは優しいので、驚いているジェーナイに『彼はザッカリア』と教えてから、ザッカリアに『ジェーナイだよ。まだ会話は出来ない』と伝えた。


「すごく可愛いね!何て可愛いの。俺の弟?」


「え?君の弟」


 聞き返した銀色のファドゥは、さっとイーアンに『どうして?』と驚く顔を向ける。

 笑ったイーアンは事情を説明し、『彼は、私が母親代わり』と言うと、男龍たちは了解して『そういうことか』と皆で笑った。

 ビルガメスは、そんなことを言っていたな(※750話最後参照)と思い出すだけ。


 ニコニコしているザッカリアに、ファドゥは屈みこんで、彼の目を見つめ頷く。


「そうだね。そういうことなら、ジェーナイは()()()。だけど『君の弟』と言いたいなら、ここにいる子供たちは全員そうだよ」


 龍のまま、ウロウロしている(※放牧)子供たちと、ビルガメスの子供を示した男龍に、ザッカリアは歓喜の声を上げた。


 この後、ジェーナイもお兄ちゃんに何かを感じ取ったのか、一緒に遊ぼうとするザッカリアにくっ付いて、ビルガメスの家の中を、二人であちこち動いた。

 その様子を見ていた、ビルガメスの子供も、気が付けば一緒になって歩いていて、男龍と女龍は微笑ましいその状態を、無言で見守って過ごした(※貴重な場面)。



 それから。いい加減、見終わったニヌルタが(※飽きるの早い)『そろそろ連れて行くか』とビルガメスに笑顔で確認し、頷いた男龍の答えで立ち上がると、ザッカリアに外へ出るように声をかけた。


 ビルガメスは、ファドゥとタムズには残るように言い、子供たちを預け、それ以外の男龍とイーアン、ザッカリアを伴って、空へ飛んだ。


 行き先は、意外にもティグラスの家――


 久しぶりに彼の家へ訪ね、イーアンも、迎えてくれたティグラスの歓迎を受けた(※『角大きくなった、体が白くなった』って喜ばれた)。


 ティグラスと初対面のザッカリアは、彼を見るなり『すごい目の色』と驚き、すぐに『総長みたい』びっくりして、イーアンを見た。


「彼は、ドルドレンの弟です。イヌァエル・テレンで生活しています」


 あんまり詳しくは言えないので、それだけ説明すると、子供は頷いた。そして、両目の色が違う、総長に似たニコニコしている男性に、ザッカリアは挨拶。


「ザッカリア・ハドロウです。総長の弟なの?」


「俺はティグラス。そうだよ。ドルドレンは俺の兄さんだ」


 ニヌルタが、ティグラスの友達とは知っていたが、どうして彼の元に、ザッカリアを連れて来たのかまでは、イーアンも分からなかった。

 そして、シムやルガルバンダ、ビルガメスも一緒となれば、理由が()()()()()と判断。



 ここでやっと。ルガルバンダの口から、何を目的に来たのかを説明される。


 聞けば、イーアンの意識がないまま過ぎた、ある夜。

 ティグラスがニヌルタに『ロデュフォルデンに()()場所』を知らせたという。


 驚いたニヌルタは、すぐに彼と一緒にその場所を見に行き、なぜ今まで自分たちが、そこを知らなかったのか、納得した。


 そこは龍気が通過する場所。更に高い空・『空の子』たちの住む場所と繋がる、条件を満たした時にだけ現われた、一時的な通路だった。



 ――大きな精霊の力、空の力、龍気。空に満ち、空を構成する要素が条件を通った、その時に、通路は現われて、龍気が流れ通う。

 それは地上にまで届き、地上で通路を受け止める場所こそ、ロデュフォルデンと呼ばれるような・・・話だったのだが。



 この説明は、非常に寂しいことに『イーアンには、まだ言えない』と、名指しで理由にされて、ここまでしか聞けなかった(※イーアンは『続き!』とせがんだが無視された)。



 話を戻して。ティグラスの家に来たことと、ザッカリアと彼が会う理由は、このロデュフォルデンが関係していた。


 正確には、今回。ロデュフォルデンに用があるわけではなく、その関与に『空の子』があることが理由で、『ザッカリアは人間の生涯を受け取った、()()存在』としたことから、彼が動くと、その()()が定まるのでは、とか・・・聞いているだけでは、イーアンに理解に難しい話だった。


 それはザッカリアも同じ。

 自分が()()()()()()()()ために呼ばれたと知った時は、とても困惑して『出来る気がしない』とか『俺じゃ無理だと思う』とか、一生懸命断ろうとしていた。


 でも、男龍には、ただの思いつきではない部分があり(※ニヌルタ&シムだと、この心配・大)一つ、可能性が感じられる情報付きだったようで、ザッカリアの断る思いをきちんと断ち切った。


「お前は、自分が()()()知りたいんだろう」


 ビルガメスに(おごそ)かに言われたザッカリアは、はたと動きを止めて、彼の金色の瞳を見上げ、ゆっくり頷く。大きな美しい男龍はそっと微笑み、子供の頭を撫でると『今。知るだろう』と囁いた。


 ザッカリアは、その言葉を信じた。



 この後、ビルガメスは彼を抱き上げ(※イーアンは『もう、飛べ』と言われる)ティグラスはピレサーを呼んで乗り、見つけた場―― 彷徨う通路 ――そこへ皆で向かった。


 ティグラスが見つけた通路。イーアンは夕方近い空に浮ぶ、それに目が釘付けになった。目の前には、光の縦ライン。細く、絹の毛糸のように、ずっと上から垂れている。そんなふうに見えた。


 キラキラと輝くし、遠目から見ても明らかに、普通の現象ではないのだが、近づいてみると、それが揺れていることを知る。


 遥か上の空から流れる水のように・・・・・ ここで、イーアンは『あれ?』と思う。


 空の上って。イヌァエル・テレンの空と地上の空は向かい合っているので、この空の方向は地上なのでは。

 それを、並んで飛ぶルガルバンダに、こそっと訊くと(※彼は答えてくれる率高い)。

 ルガルバンダは、何てことなさそうに『()()が違う』と答えた(※向きの違いってだけ?)。


 それ以上は、どうでも良いのか。イーアンの疑問は、ビミョーな未消化の状態で終わり、イーアンとザッカリア、男龍たちは、ティグラスと共に、注がれる水のように落ちる、光の線の前で止まった。


 目の前で見ると、線どころか、かなりの大きさ。不定形だが、径で見れば1kmほどありそうだった。


 場所も、イーアンには初めての場所で、イヌァエル・テレンは広いと知っていたけれど、とても離れた場所まで飛んだような気がしていた。

 光の落ちる先は、島でも何でもなく、雲が包む雲海。この下は何だっただろう、と思い出そうとした時、ビルガメスが喋った。


「ザッカリア。ここに入れ」


「え。俺だけ?どうやって」


 ビルガメスに抱えてもらっている子供は、急に命令されてビックリする。地面もなさそうな、雲の広がる場所に、直立するように伸びて揺らぎ動く光。


 驚いたのはイーアンもだが、男龍たちは見ているだけ。ティグラスはピレサーを寄せて、戸惑うザッカリアに『きっと、お前は入れるよ』と微笑んだ。


「入る。って。どうやって?落ちちゃう」


「ビルガメスが、ザッカリアを投げるんだ。あの中に。そうしたら落ちない」


「な!投げる!」


 もっとビックリして、ザッカリアはビルガメスの太い腕にしがみ付く。笑う男龍は、小さな必死な顔を見下ろし『お前が()()()()()』もう一度、言った。


 このすぐ後、無理だと叫んだザッカリアを、ぺりっと腕から引き剥がしたビルガメスは、片手で掴んだ彼を、光の中に放り投げた(※ぽーいって)。


 目を見開く女龍が叫び(※『ギャー!ザッカリアー!!』)その声に驚いたニヌルタが、光に突っ込もうとした女龍を、急いで抱え込み『お前はダメだぞ』と止めた。


 そんなこと言われてもイーアンは『離してくれ』『助けなきゃ』と大騒ぎしたが、デカイ腕にがっちり押さえられて、暴れるにも身動き取れず。

 光の中に投げ込まれてすぐ、ふっと姿を消したザッカリアに、イーアンはハラハラしながら、祈って待つしか出来なかった。



 そして、光の中に変化が見える。暫くして、光がゆっくりと横に揺れ始め、落ちてくる光の螺旋が、風に吹かれた水のように動くと、中に人影が見え、それはすぐに濃い影と変わって、光の中から現れた。


 何もない光の中を、歩いて出てきたのはザッカリアで、ビルガメスは彼を迎え、光から出ると同時に抱き上げた。


「どうだ」


 微笑んだ男龍の腕の中で、見上げたザッカリアの表情は穏やかで、『俺は()()()()なんだね』と静かに答えた。


 ザッカリアの見た目には何も変わりなく、彼は多くを話さなかったが、知りたかった以上のことを得た様子と、また、自分がこの光に対し、()()()()()()()()()()()を知っているようだった。


 ビルガメスも、多くを訊ねず、子供の顔をじっと見つめると、彼の顔を撫でて一つだけ質問した。


「この光は。いつまでか」


「イヌァエル・テレンか、地上の龍気が減ったら消える。でも、消えても。俺がイヌァエル・テレンに来たら、また出てくるかも知れない」


()()()()か」


()()()()は、そうでも良いみたい」


 男龍はニッコリと優しく微笑み、腕に抱えたザッカリアを持ち上げると、彼の額にキスをした。


 大きな男龍の口付けは、子供の小さな顔半分を覆うほどだったが、ザッカリアはとっても照れて『有難う』と恥ずかしそうにお礼を言った(※見ているイーアンは『ぶちゅっ』を恐れる←自分はしょっちゅう)。



 こうして。ティグラスとニヌルタは、ティグラスの家に戻ると言い、ビルガメスとシムとルガルバンダは、ビルガメスの家に戻ることになった。


 イーアンとザッカリアも一緒に戻ったが、途中で通り過ぎる龍の島で、『俺のソスルコは元気?』とザッカリアが訊いたことで、ビルガメスは二人を、龍の島に置いて行くことにした。


 それはビルガメスの取り計らいもあったようで、二人で話したら良いとした意味も含まれていた――



 そのまま。時間が流れ、二人で龍の島の、龍だらけの中に休み、今日の出来事を話して。ザッカリアは暗くなった先ほど、眠気に連れて行かれた。



 イーアンは、昨日今日のザッカリアに起こった話も聞いたし、皆がどうしているかも聞いた。


 側を動くザッカリアの知る情報だけだったが、皆の現状を推測するには充分な情報量を聞けた。

 しかし、それはさておき。ザッカリア自身の気持ち・心の動きを、少し丁寧に聞き出してみると。


 ザッカリアが、自分の在り方に不安を持ち続けた時間が長かったと、分かった時は、彼の心境に気がつかず、悪かったと思った。


 受け止めるしか出来ない立場の、ザッカリア。自分は付いて行くだけ。起こる出来事を、いつも、丸ごと受け入れるだけ。


 その連続に、理解や解釈も追いつかせなければいけなかったし、気弱に負けて頼りたくなっても、忙しい皆にも気を遣って出来なかった話には、子供に我慢させたことを、イーアンは本当に反省した。


 バーウィーの、親切で、家族的な頼れる優しさを受けた子供は、ギアッチにいつも守ってもらっていた時間を思い出し、バーウィーともう少し・・・一緒にいたい、と感じたらしかったのだ。


 自分が騎士になる前のこと。騎士になってからのこと。旅をしている2ヶ月のこと。話しても良さそうなことを、彼なりに選んで、バーウィーと彼の両親との夕食の席で教えたら、彼らは『少しでも、うちに住んだら』と。


 子供なのに、伸び伸び遊ぶことも出来ないと思ったようで、それに同情したようだった。


 そして、バーウィーは、ザッカリアを一時的でも引き取り、旅路の行き来で、ギールッフを経由してもらうようにしたらと。自宅で彼を預かりたい旨を、ドルドレンたちに相談したようだった。



 今。横で眠るザッカリアを見つめ、イーアンは考える。


 彼の旅は、彼にしか出来ない。過酷なような気もする。しかし、誰もが出来る旅でもない。

 手を繋いで眠る子供は、今はとても安心しているようで、たくさんの人々に教え説かれるよりも多く、深く、自分の知りたかったことを手に入れたのだと分かる。


 自分が誰かを知ったザッカリアは、明日も。バーウィーと一緒に暮らしたいと思うだろうか。


 それは話さなかった。イーアンも聞かなかった。訊くのはやめようと思った。



 明日ですね・・・呟いて、イーアンも目を瞑る。体に龍気が漲り、自分の中にも新たな力が巡るのを感じる。

 私も。私も、この子と一緒。自分が誰かを理解し、自分の範囲を知り、力の在り方を学んだ。


「いえ。まだきっと、今後も学ぶのでしょう」


 フフッと笑って、小さな皮肉を自分に言うと、イーアンも龍のお腹に顔を付けて、静かに寝息を立て始めた。

 イヌァエル・テレンの夜は、一時の休息の場として静かに過ぎて行った。

お読み頂き有難うございます。

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