1118. ヨーマイテスなりの教育・馬車移動相談
総長の話を聞くだけ聞くと、大男は低い声で『それで終わりか』と挑戦のように訊ねる。
その言い方に、ドルドレンの目が据わって、『そう』と頷くと、大男は息子さんを見て『ほら。こんなもんだ』と軽くあしらった。
「こんなもの、って。大事なのだ。ホーミットのような強さでは、分からないかも知れないが」
「お前たちが、限られた力の範囲で動いているのは分かっている。その理由で、一っ所に集まろうとするのも分かる。
ドルドレンよ。理由がそこにあると見たから、俺は『こんなもんだ』と言った。バニザットも同じ心配をしていたが、大したことじゃない。必要なら呼べ」
呼べば済む話、とホーミットは言い切る。
男龍もそうだけれど。サブパメントゥもこうなんだな、と溜め息をつくドルドレンは、彼を見て『ホーミット。人間には、絆が大きいのである』互いが共に過ごす大切さを伝えようとした。
「俺にも絆はある。しかし、お前の言うそれよりも、遥かに堅固だ。
バニザットにも同じようなことを話した。四六時中、共にいないと揺らぐ程度のものを『大切』と呼ぶな。弱さを誤魔化しているように聞こえる」
説明しようとした総長の言葉を一蹴し、大きなサブパメントゥはきついことを伝える。
ドルドレンの眉がぐっと寄せられ『それは種族の違い』とすぐにやり返したが、大男は彼を見据え、少し首を傾けた。その仕草は、まるでドルドレンが『矛盾している』と言いたそうに見えた。
「もう、いい。では、俺の番だ。
バニザットに聞いた話だ。お前たち、龍が戻ったら『山脈』へ行こうとしているだろう?」
「何?突然、何の話を」
「突然でもない。聞いていろ。龍が戻れば、あのリーヤンカイへ行ける。そこで見たものを確かめに行こうと計画しているな?そうだろう?」
ドルドレンは黙る。さっとシャンガマックを見ると、彼も困惑しているので、ホーミットにこの話をしたのはそうだとしても、この場面で話題に出すとは思っていなかった様子。
焦げ茶色の大男は『ドルドレン、俺を見ろ』と、視線を外した男に命じ、灰色の瞳が向けられると、また、話を続けた。
「お前と。そこにいる妖精と。バニザットだな?それとザッカリアか。この4人で山脈へ向かうと、話したらしいじゃないか。
それは、お前のさっき言った『仲間が分かれない状態』とは、違いそうだがな」
「何を言っているんだ。それは、するべきことの重要さが」
「そうだな。お前の思う重要さか。それじゃ、ここからが俺の質問だ。
お前たちは龍で行けば早く行き来が出来ることと、強さに問題ないから、その理由で計画しただろう。
しかし、呼べばすぐに戻れるのか?
お前たちを待つ仲間が、仮に『今すぐ帰ってきてくれ』と頼んだら、あの場所からすぐに戻れると思って」
「ホーミット」
問い詰める彼を、シャンガマックが急いで止める。ドルドレンは戸惑い『それは』と言いかけて黙った。
「バニザット、黙っていろ。お前もよく聞いておけ。
重要さはどの辺だ。俺に教えておけ。尊重するかどうかは別だが、俺の知識には入れてやろう。
『重要なするべきこと』が、『仲間を置いてまで、離れて行うべきこと』とドルドレンが言うなら、俺も言いたいことはある。
お前らが龍さえいれば動き回る、『重要さ』への気軽な思いつきは、龍と同じくらい動き回れる俺になら、適用出来そうなもんだ」
碧の目は、夜の始まりに光る。
暗い影に呑まれるような、どんどん夜に変わってゆく風景の中で、ドルドレンは答えを探した。
言い返せない。『龍さえ、いれば』―― 早く行き来が可能だから。強さが備わる安全さから・・・『それはホーミットもそうだろう』と言われてしまっては。
ホーミットの強さは、ミレイオの桁違いと認識している分、何も言えなくなった。
ドルドレンが答えを見つけようと焦っていると、ふと、大男は総長から視線を外し『もう行くか』の呟きと共に、立ち上がる。慌てるドルドレンは『話がまだ』なぜ急にと、止める。
「どこへ」
「俺の話は済んだ。後は、じっくり考えろ。明日の朝、また来てやる。バニザット、お前の食事を持ってこい。行くぞ」
急に動き出したホーミットは、シャンガマックにさっと言いつけ、彼が自分の分の乾し肉を手に取った時、彼の胴体を片腕に抱えて『よく眠れよ。ドルドレン』そう皮肉めいた言葉を〆にして、二人で影へ消えた。
唐突に置き去りを食らったドルドレンは、戸惑いながら、ゆっくりと馬車を振り向く。
総長の疑問を、その目で理解したフォラヴは、暗い荷台に座ったまま、総長を見つめ『ミレイオとタンクラッドが戻ってきます』と静かに答えた。
*****
「ギデオンに比べれば。ドルドレンは育ててやって、別に勿体無いとは思わないな」
風を避ける岸壁の隙間に入った、ヨーマイテスは、褐色の騎士を下ろすとそう言った。
シャンガマックは、あんなこと言わないでも、と思っていたので、彼の言葉に意外な感じで見つめた。
「火が欲しいか?食べるんだろ。何が要る」
ヨーマイテスの目が自分を見て、乾し肉を持参したことで、必要なものを求めたので、少し火が欲しいと伝えると、彼はすぐに目の前に小さな炎を出した。
見るからに青白い炎に(※サブパメントゥ産)少々、戸惑うものの。折角出してくれたんだからと、シャンガマックは手にした肉を炙ってみる。
どんなにかざしても、肉はあまり炙られていない気がしたが(※お味が違う)そんな息子の行為を、面白そうに眺める大男の表情に、彼が楽しんでいると見て、肉を炙りながら(※雰囲気のみ)話をすることにした。
「今の。どういう意味か、聞いても良いだろうか?」
「ドルドレンのことか。そのまんまだ。アホな勇者に比べれば、あいつは真面目だから。時々、修正してやっても良いだろうと思えた」
「総長と・・・ギデオンを比べて」
眉を寄せる息子に少し笑い、ヨーマイテスは『比べることは間違いではない』と教える。不服そうな息子の頭を撫で、肉を少しくれるように言うと、息子はすぐに、割いた肉の一片を差し出した。
「食べる必要はないが。お前と同じことをすると、少し近くなる気がする」
食べて、食べれないことはない。その様子を、初めて見たシャンガマックは新鮮。
何も食べない、と聞いていたので、一緒に乾し肉をもぐもぐしているのが嬉しく思う。ニコッと笑って頷くと、ヨーマイテスも微笑んだ。
「お前と似ているな。こんな小さなことを繰り返して、お前たち人間は『絆』と呼ぶ」
「そうかも知れない・・・総長を浅はかだと思わないでほしい。彼が浅はかだとすれば、俺たちの殆どがそうだ」
「そうか。人間は浅はかな生き物だ」
逆から責めてきた皮肉めいた言い方に、笑ってしまったシャンガマック。父の言い方に慣れてきたんだな、と思う自分にも面白く思う。
笑ったシャンガマックを見て、大男は彼を抱え寄せると『お前は。過去のバニザットに似てきたな』と囁いた。見上げた騎士の目を見て、意味を教える。
「過去のバニザットは賢い男だった。人間ではあったが、とんでもない度胸と能力を携えていた。
彼は自分以外を認めなかったし、人間の感情など気にもしなかった。こう言うと、冷たく突き放すように思うんだろうが、そうではないぞ。ずっと、大きく高い場所から全てを見ていたんだ」
「そう思う。俺も・・・彼のようになれるか、分からない。でも、目指す」
不思議な遺跡の中で見た、冷徹な笑みを浮かべる、老魔法使い。
僧侶でもあったと聞くから、人々の悩みを知る立場でもあったと思う。数限りない、人々の悩み。彼はそれを拒否するわけじゃなく、受け入れないわけじゃなく、遥かな高みから裁いていたのだろう。
シャンガマックも、彼はそうした人ではないか、と思っていた。
騎士の発言に、ヨーマイテスはニッコリ笑うと、肉をくれと口を開ける。
シャンガマックは笑顔で了解し、また一片の肉を割くと、自分を抱えて、上から口を開けて待つ大男に食べさせた(※総長にも食べさせるので慣れた)。
「浅はかでも。育ててやろうと思える相手は、偶にはいる。ドルドレンもそうだ」
「俺も?」
この前、ヨーマイテスを怒らせてしまった時。『浅はか』と言われていることを思い出して、小さな声で訊ねた。大男もそれに気が付いたように、目をすっと細めて、否定を示す。
「お前は浅はかじゃない。未熟なんだ。息子だから」
よく分からない線引きに、アハハと笑うシャンガマック。一緒に笑う焦げ茶色の大男は、笑う騎士の頭を撫でて、『お前は、俺がずっと育てる』と静かに伝えた。
シャンガマックには理解出来た。ヨーマイテスは、意地悪でああ言ったわけではないことを。
彼なりに、矛盾と思える部分。いや、その手前・・・総長や自分たちが、『当然のように見落としている点』を指摘したのだ。
それは、彼にとって、都合が良い流れのためだったかも知れないけれど、決してそれだけではなく、見落としたことで、危険を招きかねない要素を、彼は教えたのだろうと分かった。
「ヨーマイテスは優しい」
青白い、熱さのない炎に肉を炙る(?)騎士は、微笑んで呟く。それを聞いた大男は、少しの間、固まる(※嬉)。
「お前を連れて。俺が山脈へ行っても良いぞ」
良い記憶はないから、こんなことを言わなくても良いのだが、この際だから都合も増やしてやろうと、ヨーマイテスは提案する。
さっと見上げた褐色の騎士は『本当か』と驚いているので、ヨーマイテスは言ってしまった以上、頷く。
「それなら。すぐに受け入れられない、浅はかな俺たちでも、容易に頷く理由になるかも」
皮肉に皮肉で返した息子に、ヨーマイテスはきょとんとしたが、すぐに笑って、彼の頭を太い腕に抱き締めた。
「俺にそんなことを言うのか」
「似てきたんだ。親子だから」
自分でもちょっと嫌味だったかなと、ドキドキしながら言ってみたシャンガマック。意外にすんなり笑ってもらえて、一安心(※賭け)。
「お前は、浅はかじゃない。ちゃんと覚えろ。だが、『浅はかなドルドレンたちが、受け入れやすい理由』というのは、正しい」
崖の間に落ちる、夜の影で。ぼんやりと青白い炎に照らされた二人は、この後もよく笑い、今後の話を続けた。
*****
馬車では。そんな、浅はかなドルドレンがげんなりしていた。
ミレイオとタンクラッドは、自分たちが戻る少し前に、ホーミットとシャンガマックがいたことを聞かされ、内容を大まかに知った後、『とりあえず夕食』とする。
すぐに話すには、もう暗かったし、誰も食事を摂っておらず、腹も減っていたからだった。
『今日は作る』ミレイオは先に断り、止めようとしない総長をちらっと見ると、裏庭の広い場所で火を熾し、旅路と同じように、鍋に料理を作り始めた。
「食べてないから。ちゃんと食べなきゃダメよ」
「食べていないから、言い合いに負けたわけではない」
「あんた。そんなこと言うけど。いつもの生活が変わると、心って揺れやすくなるのよ。ちゃんと保たなきゃダメなくらい、分かるでしょ。自粛も良いけど・・・そんな大きい体で、毎日カラカラの肉だけなんて」
禿げるわよ、とミレイオが呟くと、それはイヤだったようで、ハッとした顔で総長は『それはダメ』と急いで食事を求めた。
総長とミレイオが話している間。親方は、フォラヴにザッカリアのことを聞いた。
戻ってすぐに、子供のことも教えてもらったが、いつ戻るとか、そうした予定があるのかを訊ねると、騎士は首を振る。
「男龍。あの方々に時間の感覚が薄いと、イーアンが以前に、話していました。
彼らは『長く掛からない』と表現しますが、私たちにとって長いかも知れません。でも、イーアンが戻るのと一緒に戻そうと、ニヌルタは言いましたから」
「そうか。それなら。まぁな。何かあっても、呼べば来てくれるだろうし」
そう言うと、親方はやって来た青い霧を見つけ、馬車の中からベッドを出すと、二台の馬車の間に置く。霧はコルステインに変わり、親方を見てナデナデ。
『これから食事だ。ちょっと待っていてくれ』
コルステインも、焚き火や、そこで何かをしているのを度々見て知っているので、了解して『ベッドで待つ』と答える。
そしてなぜか。戻ろうとした親方を引き止め『フォラヴ。呼ぶ。する』と言った。意外な呼び出し相手に驚いたが、親方は『すぐそこにいるから』と呼んでやった。
驚くのは妖精の騎士も同じ。彼はコルステインに触れないが、1mほど開けた距離で、暗い影の青い目を見つめ『私に御用ですか』と静かに訊ねた。
『お前。頑張る。した。する。強い。なる』
『あ・・・もしや。あなたは。見ていらして』
『フォラヴ。お前。強い。生きる。する。妖精』
たどたどしい、千切れる単語で、妖精の動きを誉められ、励まされていると知って、フォラヴは胸が熱くなった。コルステインは、見抜いている。自分の変化を察知してくれた。
『有難うございます。コルステインに誉めて頂けて嬉しい』
感動して頭を垂れた妖精の騎士に、コルステインはニッコリ笑うと、撫でることは出来ないものの、鉤爪の腕を伸ばして上下に、鉤爪の背を動かす。
それは、自分を撫でているつもりだと気付いたフォラヴは、大きく深呼吸して『優しいコルステイン』とお礼を言った。
微笑んだフォラヴは、心配そうに後ろで見ている親方にちょっと笑って、コルステインに『あなたに認められて、本当に嬉しい』もう一度、喜びを伝えてから、その場を離れた。
大きな青い目は笑みを浮かべ、立ち去る妖精の騎士に頷いた。
入れ替わりでまた、タンクラッドが来て『今。お前、俺に聞こえないように話していただろう』と言われたので、コルステインは『気にするな』と返した(※親方ショック)。
待っているから用事を済ませろと(※食事)あっさり追い払われ、親方はぶすっとしながら、焚き火の側へ行った。
この夜。バイラは少し遅くに戻り、焚き火を囲んだ夕食の終わり頃に加わって、久しぶりのミレイオ料理に喜んでいた。
遅くなったバイラの報告。
隣の地区の警護団が、明日明後日で到着するようで、そうしたら『元々、特別職に当てられている自分』は、もう動けるということだった。『近い町から、救援物資も届くはず』明日は忙しいかも、とのこと。
ドルドレンは今日、ザッカリアのことで何があったかを伝え、バイラの驚きを見たまま『でも。今は上』と空を指差し、また『シャンガマックもな』と溜め息混じりに、夕方の件を報告した。
情報を共有した皆は、これからの動きの要点を話し合い『大体、決めてしまおう』となる。
不在の仲間には、後から伝えることにして、今は粗方でも方向を整えておかないと、生じる出来事に振り回されると、皆が懸念を感じていた。
結論から言えば、別行動は『受け入れる』方向で決まった。
シャンガマックは、ホーミットと一緒なら安全に関して問題ない。ザッカリアがバーウィーといる間は、親方もミレイオも炉場で教えたり作ったりをして、見張れるわけで。
「馬車。動けますよ。ここから出る時だけ、慎重に動いてもらえれば、役場の裏の道と、炉場へ続く道は、落差も特に見られないです」
バイラの情報は、大きい。道を選べば馬車が動かせると言うなら、炉場へも移動可能と知り、ミレイオは『それなら良いんじゃないの』とドルドレンにすぐに振った。
ドルドレンも目を大きくし、『それだったら』と呟く。
馬車が動かせないから、分かれなければいけない・・・そう思っていた、最初の身動き不可問題は消えた。
「馬車が移動出来れば、炉場の側に停留すれば良いのだ。ザッカリアも、ミレイオたちも俺たちと離れない。イーアンが戻っても、馬車と皆が居るんだから大丈夫だ。
シャンガマックは、ホーミットと出かける・・・あれもなぁ。
ホーミットがあんな調子では、俺の意見など聞きはしない。きっと『言ったぞ』とばかりに、明日にでも出発してしまうだろう」
「仕方ないんじゃないの。あいつ、ああいう性格なのよ」
うんざりしたような言い方のミレイオに、ミレイオとバイラ以外の3人は『(ホーミットの実の息子さん)』を頭に浮かべつつ、二人の性格の違いから、きっと同居時代は苦労しただろうと、察して頷いた。
皆の同情的な視線に、ミレイオは『?』の視線を返したが、それはともかく。
「よく分からないけれど。あいつ、何か本当に、シャンガマックは気に入ったみたいだから。安全には安全でしょうね。
私は、あの子の方が心配だったのよ。シャンガマックは大人しいから、あの男に歯向かえなくて、言うこと聞いているのか?と思ってたんだけどさ。
これも理解し難いくらい、懐いてるじゃないの。『俺にはホーミット』って。うそ~っ?!て、感じよ。相性ってあるのねぇ」
あんなの相手に信じられないわ~・・・肩をすくめるミレイオ。
その顔が本当に『私、イヤよ』と書かれている状態なので、ドルドレンも親方もフォラヴも、サブパメントゥの実の親子が、どれだけ相性悪かったのかを、しみじみ理解した(※だろうとは思う、真逆の性格)。
そして、大体のことが決まったので、とりあえず明日以降、宿屋を離れて炉場へ皆で移動することにし、シャンガマックが戻ってきて話をしたら、出発となった。
ドルドレンはようやく。少し落ち着いた。イーアンも意識は戻っているようだし、もうじき会えるのかと思えば。
「君が居ない間は、俺は本当に一人では大変だ」
早く戻って来て~・・・と、泣き言を呟きながら、ドルドレンは疲れる一日を終えた精神的疲労で、泥のように眠った。
お読み頂き有難うございます。




