1117. ヨーマイテスの希望案・炉場、馬車の午後
午後―― 遅い昼の後、以降。
シャンガマックは、ヨーマイテスと一緒にいた。相談が長引いているわけではないが、ヨーマイテスは、厳しい彼らしからぬ話を出してきて、シャンガマックがそれに付き合うような時間だった。
総長と話した後、町の中で、影の深い場所を探したシャンガマックは、倒壊した建物が重なる場所を、包むように立ち上がった植樹の並びを見つけ、人の気配もないことから、そこで相手を呼んだ。
少し待つと、影の中にヨーマイテスが獅子の姿で現われ『用は何だ』と訊かれ、相談したいと言うと、彼はシャンガマックを、一番影の濃い、大きな瓦礫の横へ座らせた。
そこで話を聞こうと言ってくれたので、騎士はまず、昼に呼び出したことを詫び『南の遺跡へ向かう問題』を話した。
ヨーマイテスはすぐに『構わない』と言ってくれたが、続けて聞いた話に、何か思うところがあったようで、それを騎士に伝えたのが、冒頭部分の開始だった。
「ヨーマイテスの意見は、俺もそうしたいと思うが。さすがにそうは言っても」
少し躊躇いがちに答える騎士に、獅子は『なぜだ』と問いかける。褐色の騎士は、悪く取られないように言葉を考えてから答える。
「何日も離れては。総長がそれを許可するとは思えないから」
「そればかりだ。答えている内容が、俺の話と合っていない。離れると言うほどのこともない、と何度も言っているぞ。
ザッカリアが動かないんだろう。バイラという男も、町で用があると言う。それなら、その期間。俺と一緒に動き回っても、問題ないはずだ」
「うん。でも。総長は、昼の時間も気にしていたし」
「それはさっきも話した。昼は俺と影の中にいろ。それで済む。学者の用事の時は、影を出て、動けば良いだろう。それ以外は俺といる。安全だ」
シャンガマックは戸惑う。一日二日なら、と思うけれど。
ザッカリアがバーウィーと過ごす期間中、ヨーマイテスも『お前は俺といれば良い』と言い出したので、無理がある気がして、即答出来ない。
総長は、『仲間の分割状態』を危険と看做している。それは自分も分かる。
人数が少ない時に、いざ何か魔物退治となれば、絶対に不利だからだ。
イーアンもいつ戻るか分からず、の状況で、ギールッフの町に全員がいるとは言え・・・それぞれが町の中に散らばったら、すぐに集うことが出来ない距離はある。
ヨーマイテスにそれを話したら、彼の答えは『呼ばれたら行けば』で終わった(※んな無茶な、と思う)。
これじゃ、ザッカリアの二の舞だ、と困るシャンガマック。まさか、自分まで同じ状態を申告する訳に行かない。
対処しようとしての相談だったのに、ヨーマイテス版バーウィーの状態が生じてしまい、自分はさながらザッカリア。
確かに、ヨーマイテスと一緒にはいたいけれど、ただでさえ、人数が少ない状況で、自分まで似たような理由(※お父さんの要求)で馬車を離れるなんて、それは選び難かった。
渋る息子に、獅子はイラつく(※基本、言うこと聞かない相手イヤ)。
「何が問題だ。俺と一緒じゃ困るのか」
「違う。そうじゃない。人数が少ない上に、共有する時間が減ると、仲間の意識が」
「その程度で失せる仲間意識なんて、ない方がせいせいするぞ」
えええ~~~っ(※お父さんが強引)! そんな、とばかりに困り驚く息子の表情を見て、獅子は言う。
「俺とお前は、親と子だ。一緒でも問題ない時間だと思ったから、一緒にいろと提案したんだ(※ミレイオには言わないし思わない)。
どうせ、馬車は動かないだろう。馬車で動くなら、俺だって邪魔しようとは思わん。お前たちが、ギデオンのようになっても困るからな(※さりげなく、アホの記憶が蘇る)」
きちんと、『俺はわきまえている。譲歩している』と教える獅子。
困るけれど。でも。ヨーマイテスは、俺と一緒にいたいんだ、とそれは伝わる。厳しく、一人の時間が大切な人なのに、こんなことを言ってくれるなんてと思えば。
ヨーマイテスっぽくない意見だけれど、そう考えてくれることは嬉しい。とはいえ・・・仲間を放置も選べず。
うーん、うーん悩むシャンガマックは、孤独歴の長いお父さんの切り捨て方に、そう簡単には返事が出来ない。『この話はまた夜に』と、逃げて終わらせようとしたが、『今、決めろ』と即決を求められ、こんなことで時間が過ぎていた(※そして夕方になる)。
「バニザット。お前じゃ埒が明かん。お前は『仲間を放っていけない』と、そこばかりにこだわる。
しかし、聞いてみろ。もしかしたら、お前が悩むほどではないかも知れないぞ。
俺と話したいと、ドルドレンが言ったなら、このまま、夜になるまで過ごして、暗くなったら話しに行ってやる」
とうとう。『埒が明かない』と言われたシャンガマックは、仕方なし、夕暮れを待ってから、ヨーマイテスと一緒に戻ることにして(※放してくれない)直に総長に、お父さんの意見を聞かせることになってしまった。
大きな獅子の鬣に腕を回して、ナデナデしながら悩む騎士(※『触ってて良いぞ』と言われる)。
獅子は息子に撫でられながら『何をそんな小さなことで』と、ぼやいていた(※自分基準=自由)。
*****
昼も済ませ、そのまま炉場にいるミレイオは、タンクラッドにも伝えた後。
「ビルガメスが。何か考えてくれるのかも」
「男龍が関与するようなことでもなさそうだがな」
自分たちの作業も続けつつ、他の職人の作業も見て午後を過ごす二人は、炉に火が入ったことで、既に日常を取り戻している。
それは他の職人もそうで、求めることさえ揃えたら、後は一心不乱に作業する。それは、日常を蘇らせる拍車として、歓迎すべき切り替えでもあった。
ミレイオは温度を見ながら、熱を入れた金属を叩いて、また炉に入れて、を続ける最中。
「そうね・・・だけど。ザッカリアって。元々ほら、空でしょ?男龍が何か手伝おうとしてくれても、変じゃないわよ」
「まぁな。フォラヴが開花したばかりで、ザッカリアも、かな」
どうなるやら・・・鼻で笑うタンクラッド。ミレイオはそんな友達を見て『意地悪い笑い方ね』と咎める。『まだ子供なんだから』仕方ないでしょと、鼻で笑った胸中を見透かすように言う。
「自分だけ、置いてけぼりみたいに思っていたのよ。
そういうこと、私たちに話さないから分からなかったけれど。きっとギアッチには、相談していたかもよ」
「意地になってもな。『手に入る時機』ってもんがある」
「やぁね。嫌味な言い方して! ・・・・・だけど、それ言ったら。じゃあ今でしょ?男龍が動くんだもの」
まぁそうかな、と親方はミレイオの意見に頷く。
イーアンに相談しようとして、うっかりビルガメスと話すに至ったミレイオは、『ザッカリアのことで連絡した』それだけだと理由を告げた。
ビルガメスは少し考えてから『何があった』と訊ねたらしく、ミレイオが『ザッカリアが自分を、要らないような気持ちでいる』と、正直に伝えたところ、男龍は『ザッカリアを呼ぶ』と即答したようだった。
「もう、あれから時間も経っているし。動きが出ているかもね」
ミレイオが炉から出した金属を叩き、船の水に入れる。音と湯気がその場を包み、二人は金属の状態を見てから『ドルドレンたち。どうしているかな』と気にした。
「早めに戻るか。あまり、バラけていてもな。こんな時だ」
「そうね。今日は戻ろう。イーアンはまだっぽいし・・・私たちも馬車へ」
「ミレイオ。ザッカリアはどうするんだろう」
親方とミレイオが帰ろうかと話していると、横から訊ねられ、振り向くとバーウィーが近づいてきた。
ミレイオも立ち上がり、彼に『今日は馬車かも』と答える。恐らく、そうなる。今日から泊まらせるとは行かない気がした。
「明日?という意味か」
「私たちもここにいるから、知りようないわよ。その辺は全然、見当も付かないわね」
バーウィーは、ザッカリアが『頭の中で話す道具』を使っていたと言い、それで聞けないかと訊ねる。親方は『あれは、誰とでも連絡が取れるわけではない』ことを教えた。
「気持ちが逸るのは理解するが。俺たちも魔物退治が仕事だ。
人数が欠けるとなれば、それはこっちも手を打たないとならん。ザッカリアはあれで、剣を持って戦える騎士なんだ」
多少、強引に進めてしまったと分かってはいる、バーウィー。見ず知らずの自分に、仲間を預けようと考えてくれているだけでも、親切を通り越した、親身な気遣いと理解出来ている。
「すまなかった。つい」
「良いのよ。久しぶりに子供と一緒なら、それは気持ちも変わるわよ。でも、もう少し待って頂戴」
謝った職人に、ミレイオも少し笑って首を振り『明日、また』どっちみち知らせると約束する。ミレイオとタンクラッドは、キリの良いところまで終えたので、皆に今日は戻ると挨拶し、荷を片付けた。
それから職人たちに見送られて、タンクラッドは馬に、ミレイオはお皿ちゃんで炉場を出発した。時刻はもう、夕方になる頃だった。
*****
馬車では、ドルドレンがフォラヴと話していた。ザッカリアはニヌルタに連れて行かれ、宿の裏庭には二人しかいない状況。
分かっているとは言え、ドルドレンは『この状態は何だ』と、うんざりしたように何度も呟いていた。
「総長が悩むことでは。重なっただけです」
「お前はそう言うが。二人だぞ?俺とお前の。旅行じゃあるまいし・・・バイラは仕方ない。彼は団員の仕事で、同国民の助けをしなければいけない。しかし。
旅の仲間はどうしたと言うのだ。タンクラッドも炉場、イーアンは空、シャンガマックは帰って来ない。ザッカリアまで、空に連れて行かれた。ミレイオとオーリンはお手伝いさん同行だから、とやかくは言えないが」
「落ち着いて下さい。状況が重なったのです。栄養が足りませんね。何か食べますか」
「子供じゃないんだぞっ 食べて気持ちが落ち着くか!」
遣り切れないで苛立つ総長に、フォラヴも困る。『要らない』とは言われていないので、フォラヴはイーアンが作っておいてくれた、保存用のおやつを出す。
「これは。イーアンが、日持ちがするからと。少しずつ食べてと言われましたが、さすがに一週間以上は経っていますし、食べ切っても」
言いながら、フォラヴは『一週間以上前のってどうなのか』と眉を寄せる(←町に入る前、朝食時に作ったおやつ)。
自分は食べれない気がして、総長はどうかと思い見せると、総長は引っ手繰るように箱を取って、『イーアンの味がする(?)』とむしゃむしゃ食べていた。
お腹の丈夫な上司におやつを任せ、横にまた腰掛けた妖精の騎士は、彼がもぐもぐ食べて、機嫌が直りつつあるのを見つめる(※単純)。
「美味しいですか」
「美味い。イーアンが作ったと分かる味だ。塩漬け肉と干した芋と、香辛料の味が、最高である。外側の焼き生地は多少硬くはなったが、これしき。何てことはない」
ぼりぼりと音を立てて食べているので、相当硬いんだろうと分かるが、フォラヴは黙って頷き、彼に水をあげた(※総長は一気に水を飲み干す)。
「ザッカリア。ニヌルタは彼を連れて行って、どうするのでしょうね」
「うむ。お前を見ても、何やら思わせぶりな笑みを見せていた。
ニヌルタは、男龍の性質が一番強い、とイーアンが話していたことがあるが、それと、彼の深遠の知恵は繋がらん。彼は数多の時を見据えている」
遠回しに、ニヌルタの思惑や意図は判らないことを伝える総長に、フォラヴも頷いて『あの方は重要な秘密の中にいる気がする』と思うことを伝えた。
総長の灰色の瞳が自分を見たので、フォラヴは前もそんな気がしたことを言うと、総長も『彼も、ビルガメスに続き、とても謎めいている』と同意した。
「きっと。何かザッカリアのためになるようなことを。彼は与えてくれるでしょう。示唆か、それとも」
「時が満ちていれば、お前のような変化・・・だな」
フォラヴはそうかも知れないと思ったが、自分がつい先日、そうしたことに巡り会ったのに、ザッカリアはもうなのかと。それを考えると、少し切ない気持ちも生まれる。
そんな部下の思いを察したか。ドルドレンは彼を見て『だが、その可能性は低い』と呟いた。
「ザッカリアは聡い。そして柔軟で、精神的にも優れている。とはいえ、まだ彼には受け入れるだけの器がない。それはもう少し、彼の中の偏見や帳を取り除いてからだ」
俺でもそう思うのに、男龍がそれを感じないわけはないだろう・・・同じ視線で見ているとも限らないが、と苦笑いをした総長に、その思い遣りを感謝した妖精の騎士は微笑んだ。
「いずれにしろ。気分転換には、なるな。ザッカリアも、張りつめていた部分があったのだし」
「そうですね。あ、あれ?シャンガマックですよ」
フォラヴは影が動くのを見て、すぐに気配でサブパメントゥと友達と判断。総長に教えると、彼らは見える場所に移動してきた。
「おお。シャンガマック。暗くなるまで、帰らないとは。心配した」
「ドルドレン。お前が心配することはない。俺に話があるんだな。聞いてやろう」
上から目線のイカツイ男に、ドルドレンはようやくリラックスしていた気分が、再び緊張。
部下と一緒に後ろから出てきた、焦げ茶色の肌の大男は、厳しい顔つきで、馬車の荷台に腰掛ける二人を見据え『話せ』と命令する。
困り顔の妖精の騎士に、ドルドレンは『無事を祈って』と小さい声で頼み、シャンガマックの苦笑いをちらっと見てから、サブパメントゥの男に歩み寄った。
「良いぞ。影に入って、お前が先に話せ。俺も言う事がある」
え・・・ホーミットが(※『朝に続いて、また?』って気分)。
ドルドレンはちょっと警戒する。朝は、ザッカリアの件で振った相手・ギアッチの展開で、目論見が外れておかしくなったのだ。
既に内容に手こずった後と思われるシャンガマックは、申し訳なさそうに目を閉じている。
仕方なく、ホーミットに言われるまま、暗い影に腰を下ろすと、総長は今後のことを話し出した。




